なぜ京急は「防げるはずの事故」を起こしたのか

プレジデントオンライン / 2019年11月29日 11時15分

京浜急行線の踏切でトラックと衝突し、脱線した車両の撤去作業=2019年9月6日、横浜市神奈川区 - 写真=時事通信フォト

9月に横浜市内の踏切で起きた快特列車の脱線事故を受け、京浜急行電鉄(京急)は再発防止策を発表した。だがこれまでの説明に誤りがあったことが判明するなど、対応は不安が残るものだった。京急の対応の問題点を、鉄道ジャーナリストの枝久保達也氏が解説する――。

■防がねばならない事故だった

2019年9月、京浜急行電鉄(京急)本線神奈川新町―仲木戸間の踏切(横浜市)で快特列車とトラックが衝突した踏切事故では、トラックの運転手が死亡し、列車の運転士や乗客ら計77人が負傷した。

京急は11月12日、「中間報告」として現時点での再発防止策を発表したが、むしろ注目を集めたのは、これまでの説明に多くの誤りが含まれていたという点であった。

この事故をめぐる京急の説明には、警察の捜査中という点を差し引いても歯切れが悪い点が多く、対応が後手に回っている感が否めない。おそらく最大の要因は、本件が防げるはずの事故、防がねばならない事故だったという点にあるのだろう。

通行量の多い都市部の踏切には、踏切内に自動車などの支障物を感知した場合、接近する列車に停止信号を送る「踏切支障報知装置」が設置されている。停止信号は列車の停止距離よりも手前から確認できるようになっており、信号を確認した運転士は手動でブレーキを操作して列車を停止させる(一部の事業者では自動列車停止装置(ATS)等と連動して自動的に列車を停止させる)。

つまり鉄道の踏切は、踏切が鳴りだした後に自動車が進入してきた場合を除き、自動車と列車が衝突する事故が起こらないように設計されているのである。

■なぜ、衝突を避けられなかったのか

踏切支障報知装置は現場の踏切にも設置されており、事故時も正常に作動していたが、快特列車は踏切手前で停止できず、立ち往生していたトラックと衝突した。

なぜ衝突を回避することができなかったのだろうか。事故から2カ月が経過し、神奈川県警と運輸安全委員会が調査を進めているが、原因究明には至っていない。

日本では、航空・鉄道・船舶で事故、または事故につながりかねない事態(重大インシデント)が発生した場合、国土交通省の外局という位置付けの運輸安全委員会が、原因究明のための調査と、再発防止・被害軽減に向けた施策・措置を意見・勧告する仕組みが整備されている。

だが、調査には時間がかかる。これまで調査対象となった踏切事故の、発生から調査報告発表までの平均日数は約250日。遮断機を備えた「第1種踏切」の事故に限ると平均約300日に達し、最長で1年半を超えている(いずれも前身の航空・鉄道事故調査委員会時代を含む)。

しかし鉄道は原因究明まで列車の運行を停止するわけにはいかないので、まずは速度規制など暫定的な安全対策を講じ、調査報告後に恒久的な対策を実施することが多い。

■2つの再発防止策の中身は

そんな中、京急は11月12日に行った「中間報告」の中で、現時点での再発防止策として2点の対策を発表した。

第1の対策は、踏切支障報知装置の作動を知らせる発光信号機の増設だ。当初京急は、社内基準に基づき遠方発光信号機(踏切から最も遠い発光信号機)は600m手前から目視できる場所に設置しているとして、現場の踏切から340mの場所にある信号も、600m手前から確認できると説明していた。

ところが設置基準には600mという距離は定められておらず、最高速度からの停止距離(120km/h運転区間の場合は約520m)を基準に設置していると訂正。現場の遠方発光信号機も実際には踏切から390mの場所にあり、目視が可能な距離は説明より短い570mだった。

しかもこの遠方発光信号機の手前には左カーブがあり、570m地点からは信号はコンクリート柱の合間にわずかに見えるだけだったことが判明。京急は視認性に問題があったことを認め、より手前に信号を増設する方針を固めた。

第2の対策は、運転士が発光信号機を確認した際の、ブレーキ操作の取り扱い基準の変更だ。これまで京急の社内規程では、発光信号機を確認した場合も常用ブレーキ(通常使用するブレーキ)を使用すると定められていたが、非常ブレーキ(より強い非常用のブレーキ)を使うことに改めた。

■NHKのスクープを受けて急いで発表した?

運転士から発光信号機が見えなかったのか、あるいは運転士のブレーキ操作が遅れたのか、複数の要因が、それぞれどの程度影響を与えたのかは運輸安全委員会の結論を待つとしても、この2点の改善は対策の方向性としては正しいだろう。しかし不可解なのは事故から2カ月というタイミングでの発表だ。

京急広報部は「現時点の対策がまとまったため」と説明するが、発光信号機の増設は方向性を示しただけで、どこに設置するかなど具体的な仕様は検討段階にあるという。しかし、その一方でブレーキ操作の規程改定は1カ月近く前の10月17日に実施済みだというのだ。

段階の異なる2つの対策を並べて「まとまった」とするのは、いかにもアンバランスなように思える。京急はなぜ、このタイミングで中間報告をしたのだろうか。

これは鉄道事業者で広報業務を担当した経験がある筆者の推測だが、京急の12日の発表は当初予定されていたものではなく、同日のNHKの報道を受けて急遽行われたものだったからではないだろうか。

この発表を巡る報道にはひとつの錯覚がある。同日の夕方から夜にかけて、NHKを含む各媒体が一斉に京急の「発表内容」を報じたため、多くの人は、その日のニュースの全てが京急の発表を受けて報じられたものだと思い込んでいる。

ところが、NHKの「京急『踏切の600m手前から信号見えず』当初の説明と異なる」と題したニュース(以下第1報)だけは、NHK NEWS WEB上に朝5時37分に掲載されているのだ。必然的にこのニュースは発表以前の取材によるものということになる。

■マスコミが殺到し対応が後手に回っている

NHKは12日18時40分にも「京急『踏切の600m手前から信号見えず』再発防止策は?」という、よく似たタイトルの記事(以下第2報)を配信しているが、ふたつの記事を読み比べると、京急の中間発表は第1報と第2報の間に行われたということが読み解ける。

例えば第1報でNHKは、遠方発光信号機の設置場所を訂正前の340m地点と伝えている。ところが京急の発表を受けて配信された第2報では、信号の設置場所に関する記述が消えている。

また第1報の中で京急は「現在、対策は検討中なのでコメントは差し控える」と回答しているが、その日のうちに「現時点の対策」が発表されることになり、発表を受けて公開された第2報では「止まれなかったことを真摯に受け止め対策を積み重ねて安全を確保していきたい」とのコメントが掲載されている。

NHKは独自取材に基づく第1報で「京急の説明の誤り」をスクープし、その結果、京急にマスコミからの問い合わせが殺到することになった。そこで事実関係と経過を説明するために当日中に発表したと考えれば、再発防止策がアンバランスだったことも辻褄が合う。

このように、今回の事故をめぐる京急の対応は常に後手に回っている。そのせいなのか、中間報告にも歯切れの悪さが散見されるのだ。

■信頼を回復するのに十分とは言えない

京急は現場に遠方発光信号機を増設すると発表した一方で、これまでの信号については、最高速度からの停止距離520mを上回る570m地点から視認できること、設置に当たって運転部門の実地確認を行っていること、その後も運転士から改善要望がなかったことなどを理由に、国の省令や社内基準に違反していなかったとの見解を示している。

だが、信号機はただ設置すればよいというものではない。非常時に使われる特殊な信号について省令は「係員がその現示(点滅)により列車等を運転するときの条件を的確に判断することができ、かつ、列車等の運転の安全を確保することができる」ものでなければならないと定めている。

信号を増設する必要があるのなら、従来の設置基準にも何かしらの問題があったことになる。京急は事故後、全ての踏切で信号の視認性を調査し、問題はなかったと説明しているが、その信頼性も揺らぐことになりかねない。

広報対応において、事実関係の確認は基本中の基本である。特に事故・トラブル発生時に初期対応を誤ると、その後に発信する情報の信頼性を著しく損なうばかりか、企業体質そのものへの疑念や不信、不安を招くことになる。

京急の当初の説明に、なぜ基本的な誤りが生じてしまったのか。社内で情報は適切に共有されていたのか。12日の発表は、残念ながらそうした懸念を払拭し、信頼回復を図るには十分なものとは言えなかった。それどころか不安を助長する結果になってしまったようにも思われる。

■「安全」がおろそかになっては意味がない

京急の高頻度・高速運転や相互直通運転、そして何より遅延に強く、早期に運転を再開する輸送サービスには熱心なファンが多く、利用者だけでなく業界関係者からも高く評価されてきた。

例えば鉄道に関する施設整備・サービス・芸術などさまざまな取り組みの中から優れたものを表彰する、国交省主催の表彰制度「日本鉄道賞」は2015年、京急の「列車の遅延を最小限に抑制した、わが国で最高水準の安定輸送」や「高度なプロフェッショナリズムへのゆるぎない信念に基づいた『人間優位』の運行管理思想」などを高く評価して「高度な安定輸送実現・特別賞」を授与している。

しかし、その「安定輸送」最重視の姿勢と「人間優位」思想の裏側で、現場社員が過度な負担を強いられていた可能性はないだろうか。人間優位とは何事も人間だけで解決することを意味しない。イレギュラーな状況で人間が機械よりも迅速、的確に判断できるとしたら、それはハード面の万全なバックアップと、人間の経験があればこそだが、今の京急にはそうした「余裕」が感じられない。

今後、働き手不足の進展により、鉄道業界の現場はますます苦しくなっていくと危惧されている。そうした時代の転換点において、高頻度・高速運転、安定輸送に縛られるあまり、鉄道輸送の根本にあるべき「安全」がおろそかになってしまっては意味がない。

今後も比類なきサービスを維持することができるのか、京急は大きな岐路に立たされている。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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