「ヤフー×LINE」を公取委が審査するべきなのか
プレジデントオンライン / 2019年12月2日 9時15分
■巨大プラットフォーマーをどう規制するか
検索サービス大手「ヤフー」などを傘下に持つZホールディングス(ZHD)と、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)大手のLINEが経営統合することで合意した。ZHDの親会社であるソフトバンクと、LINEの親会社である韓国NAVERコーポレーションが共同で株式公開買い付け(TOB)を実施。LINEを非公開化して、ZHDの傘下に置く一方、ZHDはソフトバンクの連結対象子会社として東証一部に上場し続けるというスキーム。ZHDの傘下で「Yahoo! JAPAN」と「LINE」の事業を再編統合していくことで、巨大ITプラットフォーマーへと育てていこうという考えだ。
そんな中で、注目を集めているのが公正取引委員会の対応。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)と呼ばれる巨大プラットフォーマーがサイバー市場で圧倒的な力を持つ中で、独占禁止法の観点からどう規制するかが国際的な問題になっている。こうしたGAFAに後れをとっている日本のITサービス企業が、合従連衡で追随を図ろうとしているのが、今回明らかになったソフトバンクの動きだとみることができる。
■一国内での独占禁止から、世界市場での独占禁止へ
公正取引委員会はこれまで、企業どうしの合併によって特定市場に寡占状態がおき、競争を阻害しないように、合併を認めるかどうか審査してきた。例えば、鉄鋼会社どうしが合併する場合、鉄の供給量の何%を新会社が占めることになるかを重点的にみて、合併を認めるかどうか判断してきた。
国内シェアの過半を占める企業が生まれると、競争がなくなり、企業が独占市場で価格をつり上げるため、消費者に不利益が生じるというのが独禁法の基本的な考え方だ。ところが、最近ではグローバル化によって、国際的な巨大企業との競争が激しくなり、生き残るためには日本国内で圧倒的に市場シェアを握ったとしても、競争はやまないという事例が増えた。逆に、日本で圧倒的な強さを持つ巨大企業を育てないと、国際競争に勝てないという状況に直面するようになった。
こうしたことから、一国の中での独占禁止から、世界市場でみた独占禁止へと、徐々に判断の原則が変化しつつある。
もともと欧州は独占禁止に厳しく、一国内で圧倒的なシェアを持つ企業の誕生に否定的だったが、EU(欧州連合)の誕生以降、EU域内でのシェアという見方に大きく変わり、最近では国際競争を前提にした国際シェアで合併の可否を判断する傾向が強まっている。つまり、EUでは寡占状態になったとしても、国際的に競争状態が保たれるのならば合併は認められるということだ。
■「スマホ決済サービス市場を寡占する」とは言い切れない
今回のヤフーとLINEの統合で懸念されるのは、サービスが急速に広まっているスマホ決済サービス。LINEが展開する「LINE Pay」の登録者が約3700万人、ヤフー傘下の「ペイペイ」が約1900万人とされ、単純合算すると約5600万人に達する。NTTドコモの「d払い」は約1000万人とされ、それを大きく上回ることになる。国内のスマホ決済サービスという視点でみれば、ZHDが市場を寡占し、競争を阻害することになると見ることも可能だ。
ただ一方で、スマホ決済サービスという市場だけで「競争状態」を判断していいのか、という問題もある。スマホ決済は、ネットショッピングや情報提供サービス、SNSなどその他のネット上のサービスに付随して使われるもので、ネットサービス市場全体の中でのシェアを検討すべきではないか、という考え方も成り立つ。
日本で使われている広範なネットサービス全体からみれば、統合してもZHDが市場を寡占したとは言えない、という結論も可能だろう。いずれにせよ、独占禁止状態であるかどうかを判断する「市場」の範囲が、伝統的な製造業などとは違って極めて確定しにくいうえ、それが日々成長し、変化しているということだ。
さらに、日本一国ではなく、国際市場全体でみた場合、今回の統合が寡占とは到底言い切れない。前述の通りGAFAなどに日本企業のサービスは大きく立ち遅れている。こうした日本でのサービスの合従連衡を妨げてしまっては、そもそも日本企業の国際競争力は生まれてこない。
■発想の転換ができていない公取委の現状
だが、日本の公正取引委員会は、まだまだこうした発想の転換ができていない。世界の巨大プラットフォーマーに対抗できる企業を育てることが国益につながる、という主張は政府内にもあるが、公正取引委員会はあくまで「競争が制限されるかどうか」が判断基準だという姿勢を崩していない。
ここ数年、地方銀行の再編統合でも、統合を進めたい金融庁と、合併で競争が阻害されるとする公正取引委員会の意見が対立している。一定地域内で地銀がひとつになることが寡占を生み競争をなくすという理由で、統合に難色を示しているのだ。
一方で、金融庁などからすれば、すでに3メガバンクなどとの間で競争力を失っている地銀を合併・再編していかなければ、地銀自身の存続が危ういとみている。政府の「未来投資会議」などは地銀や乗り合いバスなど、地方基盤企業の独禁法適用判断を柔軟にするよう求めているが、公取委はなかなか姿勢を変えようとしていない。
■欧米では「特定の事業だけ売却」を命じる場合がある
欧米の独禁当局による合併審査の場合、競争を阻害すると認めた特定の事業分野で対策を命じることがしばしばある。合併そのものは認めるが、合併すると独占になり競争が阻害される特定の事業だけ、売却を命じるのだ。2008年に欧米の独禁当局が承認したカナダのトムソンと英国のロイターの経営統合の際に、企業データのデータベース事業の売却を求められたことなどが典型だ。
もちろん、世界で圧倒的な寡占状態になるような事業では、独禁当局が合併を認めないケースもある。世界で生き残りを模索するロンドン証券取引所がいったん合意したドイツ取引所との合併計画を、EUの行政機関である欧州委員会が2017年に禁止する決定を下した。確定利付債券の清算市場において、事実上の独占が生まれるというのが理由だった。
欧州委員会は2012年にもNYSEユーロネクストとドイツ取引所の合併を禁じる決定を下していた。もっとも、欧州委員会は持ち込まれるEU域内企業の合併についてはほとんど承認しており、合併を阻止したのはわずか。域内企業の成長拡大に理解を示す姿勢を取っている。
公正取引委員会の山田昭典事務総長は11月20日の記者会見で、経営統合をめぐる審査について、「日本企業同士の統合だからといって国内市場だけで判断するわけではない」と述べたという。あくまで「一般論」と断ったうえでの発言で、ヤフーとLINEの統合について見通しを示したものではないが、今回の統合を国内市場の競争が失われることを理由に禁じるのは無理があるように思われる。
■ZHD「少数株主」の利益は守られるのか
もっとも、今回の統合を含め、ソフトバンクグループの資本やグループ体制の組み換えには分かりにくさがつきまとう。公正取引委員会には関係ないもうひとつの「独占禁止問題」が疑われるのだ。
ZHDは今年10月に上場企業だったヤフーを社名変更して持ち株会社に変え、引き続き上場している。一方で、傘下にヤフーという名前の新会社を設立、ヤフーが行ってきた事業はそこが担っている。今回のLINE親会社の出資でZHDの支配形態が大きく変わるが、上場は維持される。この間、ZHDの一般株主は「少数株主」としてきちんと利益が確保されているのか。ZHDの主要株主が変わることで、「少数株主」の利益は守られるのか。
2020年10月以降も、ZHDは上場企業でありながら、上場企業である電話事業のソフトバンクの連結対象子会社であり続け、やはり上場企業であるソフトバンクグループの孫会社として連結対象会社であり続ける。親子上場ならぬ孫会社やひ孫会社の上場で一大グループを形成することに、問題はないのか。本来は東京証券取引所が上場企業としてふさわしいのか、再度厳しく審査を行う必要があるのではないか。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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