人を叱るときは「人前で」が、なぜ重要なのか

プレジデントオンライン / 2019年12月23日 11時15分

JFEホールディングスのトップとして、中国古典の教えを経営に生かしてきた。写真は、世界最大の規模を誇るJFEスチール西日本製鉄所福山地区の高炉。 - 写真提供=JFEホールディングス

川崎製鉄とNKKの統合により誕生したJFEグループのトップとして、鉄鋼業界の国際的な再編のなかで経営を指揮、その後NHK経営委員会委員長や東京電力会長を歴任したプロ経営者でもある數土文夫さん。製鉄所のエンジニアとして技術畑を歩み、やがては経営の道へと進むなかで、歴史や中国古典を座右の書に「人間学」を学び、財界きっての教養人としても知られる。そんな數土流マネジメントの流儀の一部と、リーダーのための組織運営の知恵をご紹介しよう。(第3回/全3回)

■失敗も危機も経験したことがない

経営には人間学が必須です。人間に興味がない人が、人間の集団を率いることはできません。私が川崎製鉄の社長だった時代も、「人間に興味がない者を上級管理者にするな」と、口癖のように人事部に言っていました。

人間に興味を持つことは経営者として成功するための極めて大きな要素だと思います。

そのために格好のテキストが中国の古典です。『管子』にしても、『論語』にしても、あるいは『韓非子』『孫子』『史記』『十八史略』などもすべて、リーダーが危機に直面したり、塗炭の苦しみに陥ったりしたとき、あるいはその逆で、何の憂いもない絶頂期にあったとき、何を考え、どう決断し、いかに行動するべきかを教えてくれる、まことに貴重な書物なのです。

こういった話をすると、「失敗したときの話や、危機に陥ったときの話をしてほしい」と言ってくる人がいます。しかし、そのようなとき私は、「失敗も危機も経験したことがありません」と答えます。

つい一年ほど前、ある財界の会合で講師に招かれたときもそうでした。皆さん、不満顏でしたが、ある人がこう言いました。「同じ言葉を京セラの創業者、稲森和夫さんから伺ったことがあります」と。

■三振せずにホームラン王になった選手がいるか

失敗を恐れていたら、何事も前に進みません。三振を恐れてホームラン王や首位打者になったプロ野球選手はいるでしょうか。手ひどい経験を含め、自分の過去というのはすべてが、成功に至るまでの貴重な経験であり、材料なのです。

2002年に川崎製鉄とNKK(日本鋼管)が合併してJFEスチールとなり、私がそのホールディングスの社長に就任したとき、このようなことがありました。合併直後に株主総会があり、株主の一人が挙手して立ち上って、「川崎製鉄のエンジニアリング事業部は数百億円という巨額の負債を抱えた結果、特損を計上した。その責任は誰にあるのか、それを追及せず、合併話でうやむやにするのはおかしい」と発言したのです。

会場は水を打ったように静まり、私がどう答えるか、皆、固唾(かたず)を飲んでいるのがありありと分かりました。

私はこう口を開きました。

撮影=プレジデント社
人間の集団を率いるには、人間に興味をもつことが必要。人間学の教えが詰まった中国の古典は、そのための格好のテキストだ。とくに熱心に読み込んだのが『管子』だ。 - 撮影=プレジデント社

「よい質問をしていただきました。ところで、シーズン中、三振を一度もせずにホームラン王になった野球選手はいるでしょうか。本日は、後に控えている議決案件で、過去最高の配当を皆様方にご用意するという内容のものがあります。私から言わせれば、今回の巨額の特損計上は重大な三振であります。しかし、最高の配当をご用意しようとしているときに、重大とはいえ、一つの三振をとがめないでください」

会場中に拍手が満ち、私は「次の方、ご質問ください」と。

上場企業の経営においては、株主総会が終わった次の日から起こるすべての出来事が次の年の株主総会の議題となり得るわけです。その心構えで経営の舵取りと次の株主総会の準備をしていけば、失敗や混乱という想定外は起こらないはずです。

■もっとも凄みがある古典が『管子』

あまたある中国古典の中でも、私が一番熱心に読み込んだのが『管子』で、30歳を過ぎて手にしました。読んでいくうち、中国の古典の中でこの本がもっとも凄(すご)みがあると思うに至りました。

『管子』は、春秋時代における斉の桓公(かんこう)に、宰相として仕えた管仲(かんちゅう)の言行をまとめたものです。管仲は紀元前720年前後に生まれ、同645年の没とされています。斉の宰相に登用されると、経済政策に注力して富国強兵を実現し、斉を当時の覇王にまで押し上げました。

『論語』『孟子』『韓非子』『史記』にも管仲に関する記述があり、『三国志』で知られる諸葛亮孔明もまた、自身の理想に管仲を掲げていました。

『管子』の真骨頂は、経済政策です。『十八史略』に「管仲、よく国用(こくよう)を会(かい)す」という文章があります。国用とは国の財政、企業でいう財務諸表のこと。会すとは照会・査察するという意味です。管仲は国の財政をよく照会・査察した。この言葉で私は管仲に惚(ほ)れ込んでしまいました。

その根本には、「倉廩(そうりん)実(み)ちて則(すなわ)ち礼節を知り、衣食足りて則ち栄辱(えいじょく)を知る(生活が安定して初めて礼節をわきまえるようになり、生活が豊かになって初めて栄誉と恥辱のけじめを理解するようになる)」という考えがありました。

戦力も政治力も、経済力に依拠する、という一種の唯物論です。国を富ませ強くするには人民から豊かにしなければ駄目だと言っているわけです。

管仲は度量衡の統一、運河の掘削、塩や鉄の専売制を手がけています。秦の始皇帝による度量衡の統一、隋の煬帝による大運河の建設などは、すべてこの管仲の施策を真似(まね)たものだったのです。

■信賞必罰こそ徳の極みである

『管子』には人材育成に関する金言もあります。

「一年の計は穀を樹(う)うるに如くはなく、十年の計は木を樹うるに如くはなく、終身の計は人を樹うるに如くはなし(一年の計を立てるなら穀物を植えるがよい。十年の計を立てるなら樹木を植えるがよい。終身の計を立てるなら人物を育てるのがもっともよい)」

あなたの会社は果たして、穀や木ではなく、人を「樹え」ているでしょうか。

また、組織運営に関しては、次のような名言を遺しています。

「明賞は費えず、明刑は暴ならず。賞罰明らかなるは、則ち徳の至れるものなり(正当な褒賞は浪費ではない。正当な刑罰は暴虐ではない。信賞必罰こそ最高の徳である)」

『論語』に出てくる孔子は徳という言葉を多用しているのですが、その中身を具体的に説明していません。

それに対して管仲は違います。賞罰こそが徳の極みだと言っているわけです。

なぜか。人を褒めたらそのことを妬(ねた)む人が出てきますし、罰したら今度はそのことを本人が恨むでしょう。だから、上に立つ者はなかなか賞罰に踏み切れないわけですが、組織全体を考え、長期的視点に立つことができれば、何を褒め、何を罰するか、という指導者の判断と行動が、その組織における徳を形作り、その徳を組織に浸透させていく原動力になる、と述べているのです。

写真提供=JFEホールディングス
2003年12月、広州JFE鋼板有限公司設立。技術者として技術論文の学会発表で海外へ出るほか、国外においても意見や情報交換ができる知人を増やすことを意識してきた。 - 写真提供=JFEホールディングス

一方で、管仲を尊崇していた諸葛亮孔明は、信賞必罰を旨としており、常日頃、重用していた部下、馬謖が、命令に従わず、敵に大敗してしまったことに対し、けじめをつけるため、泣く泣く彼を斬りました。よく知られるとおり、これが「泣いて馬謖(ばしょく)を斬(き)る」という故事成語になっています。

■清水次郎長はリーダー失格

組織運営に関してもう少し言えば、私にはよいリーダーになるために、30代くらいから心がけていたことがあります。

部下に対してどんな厳しいことを言っても嫌われない上司、上司に対しては、どんなに反対の意見を述べてもその上司に嫌われない部下になろう、ということでした。

そうなるには、あらゆる人に対し、誠実に接しなければなりませんが、リーダーたる者、どうしたって、叱らないといけない場面が出てきます。

その場合、大切なのは、人前で叱るということです。

こう言うと、「幕末の侠客、清水次郎長は人前で子分を怒らなかったという。子分にも体裁というものがあるから、そのやり方のほうがいいのでは」と言う人がいます。「褒めるときは人前で、叱るときはこっそりと」というわけです。

まったく違います。次郎長は類いまれな義侠心はあったのでしょうが、これが実話だとしたら、リーダーとしては失格でしょう。千人の子分がいて、それぞれが同じミスを繰り返したとしたら、千回、怒らなくてはいけないことになる。それでは身体がいくつあっても足りません。浪曲のつくり話です。

そうではなくて、部下が間違ったことをしたり、見当違いのことを言ったりしたら、皆の前で怒るべきです。それをやっておけば同じミスを犯す人が出なくなります。

逆に褒める場合は、人前ではなく、こっそりやらなければならない。他の人が妬むからです。

■「人を叱るときは衆目の前で」

雷を落とす場合は、やり方も重要です。要は、叱る前に褒める。

私が電力会社の会長だった頃の話です。自信満々に仕事をしている人がミスをしていて、怒らざるを得ないことがありました。「人を叱るときは衆目の前で」が私のルールですから、会議の場でそのことを話題にしようと考えました。

会議を設定し、その3日前のことです。本人の職場にわざわざ赴くと、「会長、どうしたんですか。わざわざこんなところまで来ていただいて」と言うので、「ある人から聞かされたんだけれど、君は非常に優秀で、よく頑張っている。私も常日頃からそう思っていたから、そのことを伝えに寄ってみたんだ」と。

それを聞いた本人は、「いやいやそんなことはありませんよ」と否定しながら、喜色満面でした。

そのうえで3日後の会議で大きな雷を落としたわけです。

同席者は真っ青になり、「あんな叱られようをしたら、あいつはもう駄目だ」と心配したのですが、当の本人は私の思惑通り、けろっとしていました。「今日は叱られたけれど、会長は3日前に私の席まで来て褒めてくれた。あれが本当の評価だろう」と思ったに違いありません。実際、彼は優秀な人でした。

また、人を褒めるのは「陰でこっそり」がルールですが、あえて破る場合もあります。とりたてて功績はないのだけれど、長く働いてくれている部下がいて、ちょっと勇気づけたいと思ったとしましょう。その社員が気の利いた発言をした場合、「いま、いいことを言ったね。いいね」とベタ褒めするのです。周囲は単なるお世辞だと悟るかもしれません。でも本人は違うでしょう。その夜、床に入る時、にやっと笑いながら心穏やかに眠りに入るはずです。「部長はやっと俺の力を認めてくれた。もう少し頑張ってみるか」と。

こんなことも、人間学の要諦、中国の古典には山ほど書いてある。リーダーとして人の上に立つ者であればなおさら、これらの叡智を学ばずにおくのは、まったくもって惜しい、勿体(もったい)ないことです。

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數土 文夫(すど・ふみお)
JFEホールディングス 名誉顧問
1941年富山市生まれ。64年北海道大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。常務、副社長を経て、2001年代表取締役社長。最後の川崎製鉄社長として、NKK(日本鋼管)との経営統合によるJFEスチール設立を進め、03年初代代表取締役社長(CEO)就任。05年JFEホールディングス代表取締役社長(CEO)。10年相談役。豪腕の経営者として、11年日本放送協会経営委員会委員長、12年東京電力ホールディングス社外取締役、14年より同会長の要職も歴任。川崎製鉄では冶金技術者として多くの論文執筆と特許出願でも貢献したほか、中国古典に造詣が深いことでも知られる。19年旭日大綬賞受賞。

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(JFEホールディングス 名誉顧問 數土 文夫 文=荻野 進介 撮影=小川 聡)

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