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弁護士が人気職業から陥落した元凶は国にある

プレジデントオンライン / 2019年12月26日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pattanaphong Khuankaew

日本の弁護士人口は、15年前に始まった司法制度改革で大幅に増加したが、仕事がなく生活の苦しい弁護士も出現している。なぜこのようなことが起きたのか。長野県立大学の田村秀教授は「国や弁護士会は法曹人口を見誤り、『日本は弁護士が少ない』という思い込みがあった」と指摘する――。

※本稿は、田村秀『データ・リテラシーの鍛え方 “思い込み”で社会が歪む』(イースト新書)の一部を再編集したものです。

■司法試験「3000人合格」を目指してロースクールが乱立

2000年代の大学改革の中で混乱をもたらしたものの一つに、ロースクール(法科大学院)の設置があります。これは司法制度改革の一環として行われた、弁護士などの法曹人口拡大の要請にともなって作られたものです。アメリカの制度などを参考にして、大学院で2年または3年学んだ後に司法試験を受験するもので、当初は試験の合格率は80%程度と見込まれていました。

日本で最難関の資格試験とされる司法試験は、合格率がおおむね1%台から2%台で、司法試験予備校に行かないとなかなか合格できないことについて、各方面から弊害が指摘されていました。また、欧米に比べると人口当たりの弁護士数が大幅に少ないことも問題視されました。日本はアメリカの約20分の1、イギリスやドイツの約9分の1、フランスに対しても約4分の1という少なさでした。

昭和の時代には合格者数が500人前後だったものを、2010年ごろには3000人程度まで増やすことを目指して、鳴り物入りでスタートしたのが2004年のことです。

大学側も時代の流れに乗り遅れるなとばかりに、法学部がある大学はもちろんのこと、法学部がない大学でも大学院の設置が進み、結局74校のロースクールが誕生しました。国も規制緩和が叫ばれる中で厳しい審査をすることなく、基準を満たせばすべて認可するという方針で臨んでいたのです。

当初はロースクールを志願する人が延べ7万人を超え、その後も4万人前後で推移していました。しかし、80%程度と見込まれた司法試験の合格率は、新しい司法試験となった2006年時点ですでに50%を切り、その後も下がり続けて20%台の前半で低迷するようになってしまいました。これはロースクールでの教え方の問題なのか、あるいは学生の質の問題なのか、議論は分かれるところかもしれませんが、卒業後5年以内で3回落ちたら受験資格を失うという厳しい要件も足かせとなって、ロースクール人気はがた落ちしました。

■実は司法試験をパスした法学部教員は少ない

当初は、夢だった弁護士になれるのではと多くの社会人が仕事を辞め、なけなしの貯蓄を取り崩してロースクールの門を叩きましたが、元々大学の法学部などで教鞭をとっていた研究者教員の多くは、法律の解釈に関しては詳しくても、司法試験に合格させるための知識やスキルを身につけさせるという指導には必ずしも長けてはいません。

私自身も法学部に17年間勤めていたのでその実態はよくわかっていますが、実は法学部の教員で司法試験に合格している人は少数派なのです。最初から研究者志望で司法試験を受けなかったという人もいますし、司法試験に合格することなく大学の教員になった人も少なからずいます。研究者教員でも学生の指導に長けている人はいるでしょうが、試験対策という側面からすれば、学生のニーズに合致していたとは言いがたいのです。

司法試験予備校が受験生に重宝されていたのには、ちゃんと理由があったのです。もちろん、ロースクールでは弁護士や現職の裁判官、検察官など実務家教員も配属されているので、このような経験者は学生にとって頼りがいのある存在であったことは間違いないですが、74校も乱立したロースクールの中には、残念ながらLow school(レベルの低い学校)という実態のところも少なくなかったでしょう。

自分の人生をかけてロースクールに進学した社会人で、試験に合格しなかった人の少なからずが、金を返せ、人生を返せ、と叫んでいるかもしれません。

■たった15年で半分以上が廃校に追い込まれた

制度発足の2004年度には7万人を超えていた志願者も、2012年には2万人を切り、2016年には1万人を切るという極端な右肩下がりの状況が続きました。その結果、合格率の低いロースクールは学生も集まらなくなり、相次いで廃校となりました。姫路獨協大学のロースクールでは、2010年度の入学試験で合格者が1人もいなかったことが明らかになり、2011年度以降の学生募集を停止し、国内初となるロースクールの廃止を決めました。

その後もロースクールは続々と撤退を表明し、国公立大学では島根大学が最初に募集停止となり、74校のうち、2019年時点で学生の募集を行っているのは半分以下の36校です。さらに、甲南大学では2020年度から学生の募集を停止することになっているので、ついに35校にまで減ってしまうことになります。

制度発足からわずか15年で半分以上の学校が潰れるというのは、前代未聞のことではないでしょうか。当然のことながら国公立だけでなく、私学でも多くの税金が投入され、校舎を建設したり、数多くの教員を採用したりしたわけです。

大学によっては、累積赤字が20億円に達したところもあります。ロースクールが不良債権と化してしまったわけです。これでは撤退の圧力が、大学の内外から当然のように湧き起こってしまいます。

ロースクールが発足したころには2万人ほどだった弁護士数も、今では4万人を超えるにいたりました。しかし、大量に弁護士が生まれたにもかかわらず、訴訟件数はほとんど変わらず、弁護士の世界も二極分化してしまっています。

■仕事がなく、生活が苦しい弁護士の存在も明らかに

一般的には、弁護士は正義の味方という側面とともに、収入が高く生活が安定しているというイメージがあるでしょう。確かに大企業の顧問弁護士などはそうかもしれませんが、一方で生活が苦しい弁護士の存在もメディアによって明らかにされています。報酬があまり多くない国選弁護人のポストを求めて、行列ができるという都市伝説まがいの噂(うわさ)まで流布しているくらいです。

それ以外にも、弁護士による犯罪、特に依頼人を騙(だま)して金品を横領するような事件が相次いで報じられたこともあって、弁護士という職に対する評価が以前よりも低くなったとこのような弁護士の社会的な存在価値の低下もあって、弁護士になりたいと考える学生の数は大幅に減少しています。

ロースクールに入ればすべての学生が合格できるわけではなく、予備試験というロースクールを経ないバイパスのような制度に優秀な学生が数多く流れ込んでいるということも、ロースクールの不人気に拍車をかけました。

このことは大学の法学部にも少なからず影響を及ぼしています。

本来、法学部を卒業しても、司法試験に臨む学生は一部で、多くは民間企業や公務員を志望しています。しかし、ロースクールの不人気はその前段に位置づけられる法学部全体の評価を下げることとなり、入学志願者も減少しています。また、ロースクールに多くの教員を奪われ、結果として十分な法学教育が行われない大学も出てきています。

■「日本は弁護士が少なすぎる」という思い込みがあった

それでは、何を見誤ったのでしょうか。何を無視してロースクール・バブルに突入してしまったのでしょうか。

ロースクールや裁判員制度などの導入に向けた推進役の一つに、司法制度改革審議会というものがあります。2001年に出された「司法制度改革審議会意見書―世紀の日本を支える司法制度―」では、法曹人口の大幅な増加が必要であるとしていて、その中で「法曹一人あたりの国民の数が、日本では約6300人なのに対して、アメリカは約290人、イギリスは約710人、ドイツは約740人、フランスは約1640人と圧倒的に日本の法曹人口の不足があるとして、今後需要が量的にも質的にも拡大することが予想されるので、増加に直ちに着手すべき」としています。

確かにこのデータを見る限り、アメリカはもちろんのこと、ヨーロッパの主要国と比べても日本の法曹関係者の負担は大きく、増員しないと大変なことになると考えた人は少なくなかったでしょう。当時からこの分析に異議を唱える人はいたのですが、必ずしも大きな声にはならず、改革は断行されていったのです。結局のところ、弁護士は少な過ぎるという思い込みが政策の失敗を招いたのです。

私自身も、拙著『政策形成の基礎知識』(第一法規、2004)で、法曹人口を一気に増やして本当に需要があるのか、これほどまで多くのロースクールを設置して教育の質や学生の質が確保できるのか、問題提起をしました。

■日本と外国では弁護士業の範囲がまったく違う

弁護士会や大学教員の側は、弁護士数を増やすこと、すなわち供給を増やせば需要は増すだろうと安易に考えていましたが、実際には国民の側の法曹に対する需要というものは思ったように増えなかったのです。何よりの問題は、法曹に対する国民感情の違いはもちろんのこと、各国の弁護士の役割の違いや、弁護士に類似する資格の有無について、きちんと考慮せずに法曹人口が大幅に足りないと煽(あお)ったことだったと考えます。

すぐに弁護士を呼ぶ場面は、アメリカのドラマなどではおなじみですが、日本の場合だと、そこまで弁護士に頼らないという国民性があり、これはそう簡単に変わらないでしょう。それとともに、それぞれの国の弁護士の位置づけが異なることや、日本では特に隣接士業と呼ばれる弁護士以外の法律家が多数いるということを無視して議論を進めたことが、ロースクール・バブルの崩壊につながったと考えられます。

国ごとに見ると、アメリカの弁護士の中には日本における弁護士業務ではなく、税理士のような業務を専門とする人も多いとされています。イギリスでは弁護士は(法廷弁護士)と(事務弁護士)に分かれていて、法廷に立つのは法廷弁護士で、事務弁護士は日本の司法書士や行政書士のような仕事に従事しているとされています。

■国だけでなく弁護士会も猛省する必要がある

要するに、国によって弁護士の仕事は異なるのです。それにもかかわらず法曹人口を弁護士と裁判官、検察官だけに限定して比較すれば、日本が見かけ上法曹人口が足りないとなるのは明らかです。実際、弁理士、税理士、司法書士、行政書士を加えて比較すれば、2001年当時でもフランスよりは充足していました。

田村秀『データ・リテラシーの鍛え方 “思い込み”で社会が歪む』(イースト新書)

この四つの士業に弁護士を加えた弁護士等一人当たりの国民数を見ると、2018年にはフランスが1024人、日本が640人、ドイツが499人、イギリスが396人、アメリカが260人となっています。アメリカは別としても、諸外国と大幅に違うとまでは言い切れないでしょう。

もしかすると弁護士の多くは、隣接士業と呼ばれる資格の人たちとは違うという一種の特権意識を持っているのかもしれません。そのようなプライドを持つこと自体はとやかく言うべきではないかもしれませんが、国の政策を議論する際に客観性の乏しいデータで弁護士不足を声高に叫んだ結果、どのような事態を招いたのかということについて、国の関係省庁(法務省、文部科学省)だけでなく、弁護士会も猛省する必要はあるのではないでしょうか。

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田村 秀(たむら・しげる)
長野県立大学グローバルマネジメント学部教授
1962年生まれ。北海道出身。東京大学工学部卒。博士(学術)。自治省、三重県財政課長、新潟大学法学部教授・学部長などを経て現職。専門は行政学、地方自治、公共政策。『地方都市の持続可能性』『暴走する地方自治』(ともにちくま新書)、『自治体崩壊』(イースト新書)など著書多数。

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(長野県立大学グローバルマネジメント学部教授 田村 秀)

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