国はいつまで「JDI」に血税を投入し続けるのか
プレジデントオンライン / 2019年12月24日 11時15分
■最大900億円の支援を受けるが腑に落ちない
「経済産業省は産業政策失敗の責任を取らない」。企業幹部のそうした憤りをよく耳にするが、渦中のジャパンディスプレイ(JDI)再建問題は、その典型ではないか。
12月12日、JDIは記者会見を開き、独立系投資ファンドのいちごアセットマネジメントから800億~900億円の金融支援を受けることで今後詳細を詰めると発表した。
JDIを巡っては4月に台湾の電子部品メーカーなど3社で構成する台中連合「Suwaインベストメントホールディングス」が800億円を支援すると発表したものの、その後、各社が次々と離脱し、事実上、空中分解している。
JDIは12月31日までとSuwaとの交渉期限を設け、合意に達しない場合はいちごアセットからの支援を受ける方針。記者会見でJDIの菊岡稔社長は「いちごアセットは長期保有を前提としており、熱心なサポートをしてもらえそうだという気持ちを強くしている」と語り、心がいちごアセットに傾いていることを強く示唆した。
しかしこの話、どうにも腑に落ちない。JDIでは直近、こんなことが起きているからだ。
■着服事件も決算の不適切会計も解明されていない
11月21日に朝日新聞がスクープを放った。JDIの元経理担当幹部が約4年間にわたって不正経理を繰り返し、2018年12月に懲戒解雇されていたという内容だ。不正に入手した収入印紙を換金するなどの手口を使い、総額約5億7800万円を着服していたという。
JDIは2019年8月に業務上横領容疑でこの元経理担当幹部を警視庁に刑事告訴していたが、朝日新聞が報道するまでその事実を公表しなかった。ところが事実が明るみに出ると態度を一変させ、11月27日に着服をした元経理担当幹部が告発をしている事実を公にした。告発内容は「JDIは過年度決算で不適切会計をしている。当時の経営陣から指示があった」というものだった。
この発表があった日、元経理担当幹部が東京都新宿区のホテルの一室で倒れているのが発見され、その後死亡が確認された。「死んでお詫びします」というメッセージが残されており、警視庁は自殺を図ったとみている。
告発を受けてJDIは12月2日に特別調査委員会を立ち上げた。元経理担当幹部が指摘した不適切会計なるものが本当にあったのかどうかを確認するためである。
その結果が出ていない。にもかかわらず、いちごアセットは支援の用意があると発表している。調査結果が出ていないのにファンドが支援を発表するということは、亡くなった元経理担当幹部の告発はでっち上げなのか、それとも当事者が「事実だが死人に口なしで、蓋(ふた)をすることができる」と踏んでいることが推察できる。
どちらが正しいのか決して予断を持っているわけではない。しかし、一つだけはっきりしていることがある。JDIのかなり強引な発表はJDIの意思だけではできないということだ。監督官庁であり、その設立から現在に至るまで深く関与している経産省がゴーサインを出さなければ、こんな記者会見を開くことはできない。
■経営難に拍車をかけた2つの「致命的なミス」
JDIは経産省が主導し、2012年に日立製作所と東芝、ソニーの中小型液晶事業が統合して誕生した。当時、産業革新機構が2000億円を出資したが、それはもともと日本が実用化にメドをつけたものの、その後、台湾や韓国、中国勢に席巻されつつあった液晶パネルの分野で「日の丸」を守るためだった。
3社の事業を統合したこともあり、JDIはいきなりスマートフォン向け液晶パネル分野で世界最大手となったが、わが世の春は長続きしなかった。テレビ向けの液晶パネルで日本勢を駆逐した台韓中勢が、資金力を背景にスマホの分野にも進出してきたからだ。
そんな最中の2015年、JDIは致命的なミスを犯した。すでに台韓中勢の優位性が目立つ中で1700億円もの巨費を投じて、新工場を建設することを決めた。
ここで言う「致命的なミス」は二つある。一つは台韓中勢が攻勢をかけ始めた中で工場を建設したこと。ただ、これは情状酌量の余地があるだろう。ライバルが力勝負に出てきているのに、指をくわえているだけでは埋没することが目に見えている。
もう一つのミスは建設する工場で高精細な低温ポリシリコン(LTPS)の液晶パネルを生産しようとしたことだ。映像の美しさという観点でいうと当時は最先端の技術ではあったが、より美しい有機ELのパネルが商品化されることは時間の問題と言われていた。それにもかかわらず、LTPS液晶の量産に乗り出そうとしたのだ。
しかもLTPSはJDIしか持っていない技術ではなく、ライバルも実用化を進めていたものである。スタートダッシュは効くかもしれないが、いずれ追いつかれることが分かっていた。資金力でいえばライバルが上。陳腐な表現だが、技術の向上で戦略や戦術が大きく変わっているのに、時代遅れの戦艦大和を造ろうとしたわけだ。
■なぜ専門外の人物をトップに据えたのか
むろんJDIはあてもなくLTPS液晶を量産しようとしたわけではない。売り上げの多くを依存する米アップルとの取引が見込めたからである。当時の契約の詳細は判然としないが、関係者の話を総合すると、アップルがiPhone向けにLTPS液晶の量産を要請、JDIは巨額の前受金をアップルから受け取って新工場建設に乗り出したが、肝心のiPhoneの需要が思ったほどに伸びず、それが引き金となってJDIの経営難が続くことになったようだ。
このような経緯を踏まえると、JDIが漂流することになったのはアップルに振り回されたからということになるが、だからといってJDIには責任がなかったとはならない。市場環境の変化を経営が完全に読み誤ったのだから。
JDIを存続の瀬戸際にまで追い詰めた白山工場(石川県白山市)の建設に乗り出した時の会長兼CEO(最高経営責任者)は元三洋電機副社長の本間充氏。旧三洋では電池事業のトップに就いていた人物で、液晶パネルは門外漢の人物だった。
JDIにとって肝心な時に門外漢を経営トップに招いたのは経産省だった。なぜ本間氏だったのか。それは経産省が当時、もう一つの業界再編を目論んでいたからだった。自動車向けリチウムイオン電池だ。
■本当なら「日の丸リチウム」を率いるはずだった
ソニーとNEC、日産自動車はEV(電気自動車)の動力であるリチウムイオン電池事業を持て余していた。そこで各社の事業を一つにまとめ、革新機構が出資する「日の丸リチウム」の設立を企図した。元三洋の本間氏はそのトップに就く予定だったのである。
ところがソニーが突然、「電池事業は自前で手掛ける」と方針を転換。経産省が描いた青写真は幻となり、本間氏は行き場を失った。経産省は本間氏に借りを作ったと思ったのだろう。同氏をJDIに横滑りさせた。そんな人物がトップだった時に巨額投資は決まったのである。
JDIのトップを巡っては、その前にもいい加減な人事が起きている。本間氏の前の社長だった大塚周一氏は、今はなき半導体メーカー、エルピーダメモリのCOO(最高執行責任者)を務めていた人物だ。本間氏が「電池屋」なら大塚氏は「半導体屋」である。
案の定というべきか、大塚時代にJDIは一年間で三度の業績下方修正をしている。「振幅が激しいスマホ向け液晶のビジネスについていけなくなった」というのが専らの評価だ。
経産省がこうしたトップ人事を繰り返したのは、革新機構でJDI設立に深く関与した谷山浩一郎氏がいたからだろう。旧日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行、投資ファンドのカーライルグループを経て革新機構入りし、その後、JDIの社外取締役に就いた人物で、「影の社長」と呼ばれた。「経産省にしてみれば、谷山氏がいるのであれば、トップは誰でもいいと考えていたのではないか」とJDIのOBは振り返る。
■次世代産業を育成するための金が運転資金に回されている
実際、2016年に革新機構が経営難に陥っていたシャープへの出資を名乗り出た時に、JDIとの統合を画策し、当時のシャープ経営陣に買収案をプレゼンしたのは谷山氏。その年の終わりに資金繰りに窮したJDIに革新機構から750億円を追加出資させたのも谷山氏だ。
この750億円の追加出資は今でも語り草になっている。革新機構は次世代産業の育成を目的として設立されたファンドという建前があった。JDIの救済目的でカネを出すわけにはいかない。
そこでソニーとパナソニックが有機EL事業を切り出して設立、その際に革新機構が発行済み株式の75%を出資したJOLED(ジェイオーレッド)をJDIが買収するための資金として拠出させている。その後、JDIによるJOLEDの買収は実現しておらず、750億円は恐らくJDIの運転資金に回されたのだろう。
谷山氏と本間氏は2017年6月末でJDIを退任。本間氏の後任に就いた東入来信博氏は2019年3月、過労で緊急入院したため、月崎義幸氏がワンポイントリリーフを務め、現在の菊岡氏がJDIのトップに就いた。
■経営破綻すれば経産省の責任を問う声が強まる
これほどまでに経営トップがコロコロと替わる中で、今日の苦境を招く大きな原因となった白山工場の操業は7月に無期限停止となり、1200人の希望退職も募られた。業績は19年3月期まで5期連続の最終赤字で主要取引先のアップルは有機ELパネルの採用に傾いている。
12年に設立して以来、失敗続きで、今後の展望も開けないJDI。経産省は同社にこれまで4000億円を超える血税を投入している。14年2月に上場を果たした際のJDIの公募価格は900円。国は約700億円の売却益を得たが、足元の株価は70円台をウロウロ。そんなJDIが経営破綻すれば、経産省の責任を問う声はさらに強まる。
いちごアセットは、明らかな産業政策の失敗の尻拭いに名乗りを上げていることになるが、単なる善人ではあるまい。経産省との間に何か密約がある。そう考えるのが普通だろう。
(プレジデントオンライン編集部)
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