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中国が科学技術で急速に日本に追いついた理由

プレジデントオンライン / 2019年12月30日 11時15分

20世紀末まで、中国の科学技術は欧米日に大きく遅れていた。それが今世紀に入るや急速に発展し、いまや日本と肩を並べ、欧米にも肉薄してきた。ライフサイエンス振興財団の林幸秀理事長は「欧米日との間で人材の短期大量交流・育成を行ったのが最も大きい。中国国内だけで閉じていたのであれば、10~20年程度で日本に追いつくことはできなかった」と指摘する――。

■論文「数」、特許「数」では日米を圧倒

中国の指導者は1949年の建国後、科学技術の振興を最重点に実施してきたが、政治・経済的な混乱が続き停滞していた。科学技術の本格的な歩みが始まったのは、文化大革命終了後の1990年代最後半であるが、経済的に貧しく研究費も微々たるもので、施設や装置は貧弱であった。20世紀末における中国の科学技術レベルは、欧米や日本と相当の距離があった。

中国の科学技術情勢が大きく好転するのは、21世紀になってからである。中国は、2010年に日本のGDPを追い抜いて世界第2位となった。経済の発展を受けて、科学技術も著しく進展している。2018年1月に発表された米国国立科学財団(NSF)のデータによれば、科学論文数の国別シェアは図表1の通りであり、なんと中国は米国を抜き去ってトップに立っている。

特許においても、今や中国は世界の先頭を走っている。図表2は、特許出願数を出願者の国籍別に合計したものである。2000年代には日米がトップ争いをしていたが、現在は中国が1位で米国や日本の2倍から3倍に達している。

特許出願数の世界ランキング(2016年)

論文数や特許数で圧倒的な中国であるが、これが本当に中国の科学技術力を表しているだろうか。科学技術振興機構(JST)は日本の専門家による科学技術力の国際比較を実施しており、2019年7月の最新の調査結果を4つの専門分野で大くくりに比較したのが図表3である。

これを見ると、中国は今回比較対象となった全ての分野で日本とほぼ拮抗している。筆者は50年近く科学技術振興に携わっているが、つい最近までライバルと考えていたのは米国や欧州の主要国であり、中国は眼中になかった。状況は激変したのである。

日本の専門家による国際比較

■研究開発費は日本の14分の1から1.4倍に急増

どうして中国はこのように急激な科学技術の発展を遂げたのであろうか。

まず挙げなくてはならないのは、豊富な研究開発資金である。図表4は、2000年と2016年の主要国の研究開発費の絶対値(IMFレートによる円換算)と増加倍率を示したものである。2000年では米国の30分の1、日本の14分の1程度であった中国の研究開発費であるが、2016年では2000年比約21倍となって世界第2位となり、米国の半分近くとなっている。

研究開発費の増大に伴い、中国のトップレベル研究室には、欧米や日本の研究室以上の実験機器、分析機器などがずらりと並んでいる。欧米や日本と比べ過去のしがらみがなく、思い切って世界最先端のものが導入できる。また自前の技術や製品へのこだわりがなく、国際的に最新鋭の機器導入を躊躇(ちゅうちょ)しない。さらに、巨額の費用が必要な大型加速器や天文台などの施設も次々と建設され、中国の科学技術レベルのかさ上げにつながっている。

各国研究開発費とその増加倍率

■発展に多大に貢献した「海亀」政策

もう一つ、何といっても、中国の科学技術上の強みは、科学技術人材にある。経済発展前の2000年以前は、人材を雇う資金が乏しかったため、研究者のポストが圧倒的に少なかった。また、文化大革命の後遺症から経験がある研究者が極めて少なかった。2000年代に入り急激に中国の研究者数が増大を始める。

図表5に示したように、2000年で70万人前後と日本と同等であった研究者数が、2016年現在で約169万人を数え、米国の約138万人(2015年)、日本の約85万人を抜いて世界一となっている。欧州諸国と比較しても、EU28カ国全体の研究者数である約189万人と同等に近い。

研究者の質も大幅に強化されている。文革後中国政府は、優秀な人材を米国や日本などに大量に派遣し、経済発展が開始された前世紀末頃から百人計画などと呼ばれる人材呼び戻し政策により、優れた成果を挙げた研究者に帰国を促した。これは「海亀」政策と呼ばれ、遅れていた中国の科学技術レベルを一気に世界レベルにまで持っていくことに多大な貢献があった。

現在でもこの人材循環システムは有効に機能しており、トップレベルの学生は北京大学や清華大学などに入学し、必死で勉学に励む。卒業した後、優秀な成績を収めた学生は米国などの有名大学に留学する。優秀な学生が米国などを目指すのは、中国国内の有力大学教授や中国科学院の研究責任者になろうとすると、海外での留学や研究経験が不可欠であるためである。

各国研究者数(2000年および2016年、単位:万人)

■真の一流国になるために残された課題

では、中国の科学技術の進展は盤石であろうか。すでに図表3で示したように、日本とは拮抗(きっこう)しているが、世界トップにある米国や欧州先進国と比較するといまだ距離があるとの見方が大勢で、キャッチアップの過程にあると思われる。欧米と並ぶ真の一流国となるには、短くてもあと数年はかかるであろう。

その原因として、まず挙げなければならないのはオリジナリティの不足である。一つひとつの研究でオリジナリティを出していくという点では、まだ欧米などの一流大学や研究機関に及ばない。1のものを10にする研究は盛んとなっているが、オリジナリティが必要なゼロのものを1にする研究が圧倒的に少ない。これはノーベル賞受賞者の少なさの原因でもある。

イノベーションでも課題がある。中国は遅れて経済発展してきたため、すでに欧米や日本で実用化された技術を上手に取り入れ、世界最大の市場をも味方にして、さまざまな技術の国内での実用化・産業化に成功してきた。その過程で外国企業に技術移転を強要したり、他国のIT企業を閉め出したりした例も見られた(例えば、グーグルやフェイスブックは認められていない)。しかし、世界の先頭に並んだ現在では、このような方式は通用しなくなりつつある。中国独自のイノベーションの経験が圧倒的に足りない。

■圧倒的な人の多さが拓く新たな可能性

しかし、中国は日本や欧州諸国と違い、別の意味で大きな可能性を秘めている。中国を訪問してまず驚くのは、その圧倒的な人の多さである。あれだけ徹底的に数が多いと、少々問題があったとしても、それを乗り越えるパワーを感じる。

例えば、中国が強いIT技術において今後大きな比重を占めるのがビッグデータである。ビッグデータでは多ければ多いほど成果が大きいと考えられ、中国の巨大さで欧米の技術的優位性をあっという間にひっくり返す可能性がある。

企業買収に伴う技術の移転にも注意する必要がある。2016年8月、中国企業がドイツの最先端ロボットメーカーKUKAを買収した。KUKAは老舗機械メーカーであり、ドイツが進めているインダストリー4.0の中核企業である。KUKA買収のようなことが頻繁に発生するのであれば、中国国内だけで技術レベルを判断すると見誤る可能性がある。

■日中科学技術協力が日本を救う

中国と日本の科学技術の現状を見ると、研究資金や人材などの物量で日本は中国に到底かなわない状況となっている。さらに中国は、米国を中心として優れた国際的な協力ネットワークを築いているので、日本との協力は必ずしも必要ないと考えている恐れもある。

しかし、現在のところオリジナリティやイノベーションの経験で、日本に一日の長があり、地理的にも欧米と比較して極めて近いことから、日本の対応次第では中国が日本との協力を有意義と考える可能性もあると筆者は思っている。

一方、現在の日本にとって、かつてのライバルは米国と欧州であったが、バブルの崩壊と中国の経済発展により状況が一変した。もし日本が、科学技術において一国主義的な政策を取り続けるのであれば、日本は体力を徐々に消耗し、気が付けば何の取り柄もない辺境の科学技術中進国になってしまう恐れが強い。

日本は中国との科学技術協力を積極的に実施すべきである。日本の科学技術関係者は、これまで長く中国を科学技術の発展途上国として見てきたため、対等の日中協力には抵抗があると思われる。一方、中国は共産党の一党支配の国であり、科学技術の協力も政治的な影響を受けやすい。

しかし、このままではじり貧となり、日本の科学技術に展望は無い。科学技術協力の強化・促進を、政治経済全般での協力の突破口とする気概を持って努力すべきと考えている。

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林 幸秀(はやし・ゆきひで)
ライフサイエンス振興財団理事長
1973年東京大学大学院修士課程原子力工学専攻卒。文部科学省科学技術・学術政策局長、内閣府政策統括官(科学技術政策担当)、文部科学審議官などを歴任。2017年より現職。

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(ライフサイエンス振興財団理事長 林 幸秀)

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