薬の効かない「新型インフル」はどれだけ危険か

プレジデントオンライン / 2019年12月29日 9時0分

冬季に流行する季節性インフルエンザは薬が効く。しかし新型インフルエンザは薬が効かない。しかもアジアを中心にこの20年で860人の患者と454人の死亡者が出ている。平均死亡率は50%強だ。川崎医科大学の尾内一信教授らは「ヒト同士で感染する新型インフルが流行することは避けられないだろう」という――。(後編/全2回)

※本稿は、三瀬 勝利ら編著『ワクチンと予防接種のすべて 第3版』(金原出版)の一部を再編集したものです。

■致死率50%強といわれるH5N1インフルエンザをご存じか

2019年2月現在、わが国で承認されているインフルエンザワクチンは2種類のものに分かれます。

このうちの1種類は、冬期に流行を繰り返している「季節性(通年型)インフルエンザ」に対するワクチンです。そして、もう1種類は2007年に初めて承認された新型インフルエンザ(高病原性インフルエンザ;H5N1型)ワクチンで、将来発生するかも知れないH5N1型高病原性インフルエンザの流行に備えるためのワクチンです。

わが国では幸い、H5N1型インフルエンザウイルスの犠牲者が出ていませんが、1997年以降、香港を含む中国、ベトナム、タイ、インドネシア、トルコ、イラク、エジプトなどで散発的に患者や死亡者が報告されています(図表参照)。2017年9月までに860人の患者と454人の死亡者が出ています。平均死亡率は50%強という高さです。

特に、インドネシアで拡散しているH5N1ウイルスは、際立って病原性の強いタイプであると推定されます。2005年から10年近くの間は、患者の発生に強い歯止めがかかりませんでしたが、その後は幸い、患者の発生数が減少しています。こうした事態が続くことを願っています。

■新型H5N1インフルウイルスはエボラ出血熱ウイルス並の脅威

この恐ろしいH5N1ウイルスは、季節性インフルエンザウイルスと比べても、形態や構造の違いはほとんどありません。しかし、ヒトへの病原性の強さでは、完全に違っています。

写真=iStock.com/lightstock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/lightstock

国立感染症研究所のインフルエンザ研究センター長を務めていた田代真人は、H5N1は病原性の観点からは、完全に別種のウイルスと考えるべきだと述べています。

季節性インフルエンザウイルスでは、ウイルスが感染しただけでは肺炎を起こすことは少ないのです。季節性インフルエンザでは、多くのケースでウイルス感染後に肺炎球菌などの細菌が重感染し、肺炎を発症しています。

これに対して、新型H5N1の方は、ウイルスが感染しただけで激烈な肺炎や全身の炎症を起こし、50%強ものの患者が死亡しています。この場合、病原細菌の出番はありません。エボラ出血熱ウイルス並みのすさまじいウイルスなのです。

新型インフルエンザに感染した人の多くは、発症後1週間以内で死亡しています。重症患者に対症療法を施しても、生存期間を2~3日延長できる程度といわれています。全身の臓器にウイルスが感染することが多く、一命を取り留めても、神経症状などの深刻な後遺症が残る患者が出ています。

■抗ウイルス薬は予防効果は「期待」されるが発症すると全く効果がない

季節性インフルエンザでは、タミフルやリレンザといった抗ウイルス薬が、ある程度は治療効果がありますが、新型の方は発症してしまうと、抗ウイルス薬は全く効果がありません。ただし、抗ウイルス薬の事前内服による予防効果は「期待」されています。

H5N1インフルエンザによる患者も死者も、10歳から39歳という活動期にある人たちに多く出ています。H5N1インフルエンザでは何ゆえか、年齢が高い人では死亡率が低くなっています。理由はよくわかりません。

一つの仮説として、このウイルス感染によって全身の炎症が起こるために、抵抗力の強い若者ほど発熱などの生体防御反応が過剰に起こり、それがマイナスに作用して死亡するのではないかとも推測されています。発熱は、生体防御反応の発現でもあるのです。病原微生物の多くは発熱によって増殖が阻害されます。年をとると免疫力が低下するなど、おしなべて良いことが起こりませんが、H5N1感染の場合は逆に、結果として相対的に強くなるようです。

一方、季節性インフルエンザによる死亡者の大半は65歳以上の高齢者です。このように、H5N1ウイルスは季節性のものに比べて、ヒトに対する病原性の点で大きな違いがあるのです。

■トリが保有していたウィルスがヒトに感染した

ヒトに犠牲者を出したH5N1インフルエンザウイルスは、元来はトリが保有していたものがヒトに感染したもので、それゆえに「高病原性トリインフルエンザウイルス」とも呼ばれています。従来の考えでは、トリが持っているウイルスには「種の壁」があって、トリから直接ヒトには感染しないと考えられていました。

尾内一信、高橋元秀、田中慶司、三瀬勝利(著、編集)『ワクチンと予防接種のすべて 第3版』(金原出版)

しかし、世界各地で発症している例から判断すると、「種の壁」は絶対ではなく、H5N1インフルエンザウイルスに感染しているトリと濃厚な接触によって、例外的に感染・発症することがあるようです。

これまで報告されているH5N1インフルエンザの犠牲者の多くは、感染したニワトリやカモの世話をしたり、解体したり、生肉や生焼け肉を食べたりした人たちです。要するに、ウイルスを含むトリの体液や排泄物と濃厚に接触したり、ウイルスを含む飛沫を肺に吸い込んだり、口から取り入れたりして発症したものと思われます。

逆からいえば、H5N1インフルエンザウイルスを持つトリと濃厚に接触しない限り、現状では感染するリスクは低いとも言えます。このためには、H5N1インフルエンザ患者が出ている国に渡航した場合は、可能な限り生きたトリとは接触しないように注意すべきです。

自分が飼っている愛鳥なども、可愛いと言ってキッスをする人もいますが、ヒトを含む動物とむやみにキッスをすると、とんでもない災難が降りかかることがあります。トリにはインフルエンザウイルスだけでなく、オウム病クラミジアなどを保菌しているものもいます。愛鳥にキッスをして突かれ、オウム病に罹った不運な人もいます。要注意です。

■ヒトへの感染力の強い、突然変異を起こす可能性がある

インフルエンザウイルスの名がつくウイルスは、おしなべて変異しやすいウイルスです。

病原性には大きな違いはあっても、新型のH5N1ウイルスは、やはりインフルエンザウイルスの仲間です。季節性ウイルスと同様、変異を起こしやすいことが明らかになっています。

現状ではH5N1ウイルスが、トリからごく少量ヒトに降りかかったぐらいでは発病しませんが、いつ何時、ヒトへの感染力の強い、突然変異を起こしたウイルスが出現しないとは限りません。実験室段階ですが、フェレットやマウスなどの哺乳類に高率に感染するH5N1ウイルスのミュータントも出現することが報告されています。

季節性インフルエンザウイルスのように、高率にヒトからヒトに感染するタイプが出現すれば極めて由々しい事態が出現し、多数の患者と死者が出ます。

■新型インフルエンザワクチンが次々と開発されている

こうしたインフルエンザウイルスに対抗する最も有効な手段はワクチン接種でしょう。その他の手段として流行地の学校閉鎖が、交通制限よりも流行を遅らせるために有効と考えられますが、効果はワクチンほどではないようです(義澤宣明、私信)。

写真=iStock.com/MarianVejcik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MarianVejcik

念のために書きますが、季節性インフルエンザワクチンは、新型H5N1インフルエンザには予防効果ゼロのはずです。

H5N1インフルエンザの悲劇を避けるために、わが国を含む世界各国で、新しい手法を駆使したワクチン開発も進められています。多くのものが臨床試験の段階ですが、予防効果が期待できそうな新型インフルエンザワクチンが次々と開発されつつあります。

特に、予防効果を格段に上げる新しいアジュバントが開発されてきたことは朗報です。また、わが国では、インフルエンザワクチンは孵化鶏卵を使って製造していますが、培養細胞を使って増やす方法や、HA蛋白などを組み込んだバキュロウイルスを昆虫細胞に感染・増殖させる方法も開発されています。

こうした手段を使うと、短時間のうちに大量のワクチン原料が得られるために、パンデミック時には有用なワクチン製造法になるのではないかと期待されます。新手法を駆使したH5N1ワクチンの中でも、欧米ですでに承認が取られたものもあり、H5N1インフルエンザが流行しそうな緊急事態が生ずれば、即座に使用されるでしょう。

ワクチンの予防効果を間接的に測定する方法には、いろいろなものがあります。また、ワクチンの種類によって、試験法や判定基準が異なります。その中でよく使われる方法の一つに、ワクチン接種によって、どれだけのヒトが特異抗体を持つようになったかを調べる方法があります。

インフルエンザワクチンの場合は、ワクチン接種を受けた7割以上のヒトがインフルエンザウイルスに対する抗体を保有していれば、効果が期待できるとされています。新型高病原性H5N1インフルエンザのような恐ろしい病気では、ワクチン接種者にH5N1ウイルスを感染させて直接ワクチンの予防効果を調べるような人体実験はできません。

■H5N1インフルエンザは恐ろしいが、むやみに恐れる必要はない

ただし、動物実験を含むいろいろな実験から、ワクチン接種による抗体保有率の上昇と感染予防効果との間には、H5N1ワクチンの場合でも強い関連性があると考えられています。わが国で開発されたH5N1ワクチンは、ワクチン接種者の抗体保有率の上昇や、実験動物を使った感染予防実験などから、予防効果が期待できる成績が得られています。

H5N1インフルエンザは恐ろしい病気ですが、むやみに恐れる必要はありません。若者の一部には、抗菌グッズの使用に期待を寄せる向きがありますが、健康な若者が抗菌グッズに、このような期待を寄せることは、全く有害無益です。

■ヒト‐ヒト感染を起こすH5N1ウイルスはいずれ出現し流行する

『感染力が強い、ヒト‐ヒト感染を起すH5N1インフルエンザウイルスが出現し、人間社会で流行するようになるか否か、もし流行するとすれば、それは何時か、その場合の死亡数はどの程度になるか』について、ウイルス学の専門家は、いろいろなところで予測を聞かれています。

これら3つの質問のうちで第一の質問については、多くのウイルス学者たちの回答は一致しています。すなわち、「ヒト‐ヒト感染を起すH5N1ウイルスが出現し、人間社会で流行を起こすことは避けられない」というのが、多くのウイルス学者たちの見解ですし、日本のウイルス学を長く牽引してきた大谷明(国立感染症研究所の前身である国立予防衛生研究所の所長)も、生前そのように明言していました。

すでに東南アジアだけでなく、ヨーロッパやアフリカなどのトリの中に、ヒト‐ヒト感染は起こさないものの、多種類のH5N1ウイルスが定着し、制御がきかない状態に陥っています。インフルエンザウイルスは変異しやすいウイルスですから、いずれヒト‐ヒト感染を起こすウイルスの出現は避けられないでしょう。

写真=iStock.com/K_E_N
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/K_E_N

第二の質問、それが何時起きるかについては、専門家の意見は違っています。確実に言えることは、ヒト‐ヒト感染を起すH5N1ウイルスの出現が遅れれば遅れるほど、犠牲者の数は少なくなるということです。その間にワクチンの備蓄やウイルス感染防御対策も進むでしょう。これは第三の質問に対する回答にも関係しています。

■1918年のスペイン風邪では世界で約5000万人もの死者が出た

1918年のスペイン風邪の流行では、全世界で約5000万人もの死者が出ました。H5N1ウイルスは、スペイン風邪ウイルス以上に病原性が強そうですが、現在は当時とは比較にならぬほど医学が進歩しています。

わが国に限って言えば、購入可能な食品も豊富になっており、国民全体の体力もついています。ワクチンも開発され、備蓄量も増加しています。ハード、ソフト両面での公衆衛生も、1918年当時とは比べものにならぬほど発達・完備しています。

確かにH5N1は、すさまじいウイルスですが、極端に恐れることはないはずです。もちろん、これとは別に、政治や行政に当たる人たちは最悪の事態を予想し、十全の対策を立てねばならないことは言を待つまでもありません。

<編著>
尾内一信 川崎医科大学小児科学講座主任教授
高橋元秀 国立感染症研究所免疫部客員研究員
田中慶司 一社 日本医療安全調査機構専務理事
三瀬勝利 国立医薬品食品衛生研究所名誉所員

(川崎医科大学小児科学講座主任教授 尾内 一信、国立感染症研究所免疫部客員研究員 高橋 元秀、日本医療安全調査機構専務理事 田中 慶司、国立医薬品食品衛生研究所名誉所員 三瀬 勝利)

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