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無職を「犯罪者予備軍」と見なすマスコミの罪

プレジデントオンライン / 2020年1月13日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/suriya silsaksom

川崎市で小学生ら19人が殺傷された事件で、市は犯行直後に自殺した男が「ひきこもり傾向」だったと発表した。ジャーナリストの池上正樹氏は「この事件は『ひきこもりが起こした凶悪事件』と広く報じられた。その結果、世間の敵意はひきこもりに向けられ、差別や偏見が当事者らを追い込んでいる」という――。

※本稿は、池上正樹『ルポ「8050問題」高齢親子“ひきこもり死”の現場から』(河出新書)の一部を再構成したものです。

■「8050問題」を全国に広めた川崎通り魔殺傷事件

不幸な形で広まる契機になったのは、2019年5月末に起こった、川崎の通り魔殺傷事件だった。事件後、「8050問題」という単語が、何度も何度も繰り返し、テレビやラジオ、WEBなどのニュースで流れることとなった。筆者もあらゆる媒体で「8050問題」についてのコメントを求められた。いったい、何が起こったのか。周知の事実ではあると思うが、ここで今一度、事件の概要を説明したい。

2019年5月28日、神奈川県川崎市多摩区にあるバス停付近の路上で、区内のカリタス小学校へ通学する途中の児童18人と保護者2人、合わせて20人が、刃物を持った男に突然刺された。女子児童1人と別の児童の保護者である男性1人が死亡。そのほか児童17人が重軽傷、保護者1人が重傷となった。男は、犯行直後に自分の首を刺し、その後、病院で死亡が確認された。

犯行を行った男は、川崎市に住む、当時51歳の容疑者だった。容疑者は、両手に刃物を持ち、スクールバスの列に並ぶ児童らを背後から次々と襲った。1分にも満たない犯行時間だったというが、被害者の大半は低学年の児童だったため、瞬時に逃げることも難しかったと思われる。許せない犯罪である。

■「ひきこもり」に向けられた敵意

この幼い子どもたちの命が犠牲になった痛ましい事件は、世間を震撼させた。だが、容疑者はすでに死亡しており、事件発生当時から今まで、その詳しい動機などはわかっていない。しかし、翌29日、川崎市が行った会見によって、このような事件が起こるに至った真相は、まったく違う文脈でメディアに拡散されることになる。

川崎市の精神保健福祉センターは、容疑者は長い間就労もせず、外出もほとんどしない生活を送っており、少なくとも10年以上は「ひきこもり傾向」だったと、会見で発表したのだ。

容疑者は80代の伯父と伯母と3人で暮らしていたが、ほとんど会話もしない生活が続いていた。この3人の関係に、特別な問題があったわけではなかったが、80代の伯父と伯母、50代の収入のない甥の同居する「8050世帯」だったのである。さらに市は、「容疑者が伯父や伯母からお小遣いをもらっていた」ことなども発表した。

伯父と伯母は、自宅に訪問介護サービスの職員などが入った際のトラブルなどを心配し、市に相談。相談は、2017年11月から2019年の1月までの間に、計14回にも及んだ。2018年6月から訪問介護のサービスが開始され、自宅に訪問介護の職員が入るようになったものの、そのこと自体で、とくに容疑者との間に大きなトラブルが起こることはなく、介護の問題は解決したという。

■敵意を煽る「ネット」「新聞」「テレビ」

しかし、その後、伯父と伯母は市のアドバイスで、自立を促すような手紙を書いて2019年1月に2回、容疑者に渡した。詳細な内容は公表されていないが、容疑者は、手紙を渡された数日後に「自立しているじゃないか」「食事や洗濯、買い物を自分でやっているのに、ひきこもりとはなんだ」「好きで、この暮らしを選んでいる」といったような趣旨の反論をしたという。

川崎市がこのように「容疑者が長年就労せず、ひきこもり傾向にあった」という趣旨の会見をした直後から、筆者の元にはメディアから、「容疑者がひきこもりだった」ことに対するコメントを求める問い合わせが殺到した。

もちろん、会見直後の時点では何の情報もなく、容疑者の事情も背景もよくわからなかったことから、一般的な見解として「ひきこもりとは、社会で傷つけられて安全な居場所である家などに待避している状態であり、理由もなく外に出て行って事件を起こすことは考えにくい」という話を繰り返すしかなかった。

しかし、市の会見後、ネット上には「ひきこもりが起こした凶悪事件」という見出しのニュースが流れ、テレビや新聞なども同様に取り上げたことから、世間の敵意は「この容疑者がなぜ犯罪を起こしたのか」を考えることではなく、「ひきこもり」に向けられていった。

■今でも続く「川崎事件」の余波

この川崎の事件報道によって、拭いがたいスティグマを貼りつけられてしまった結果、ひきこもり界は、恐怖や不安感のイメージが植え込まれ、その後の練馬の元事務次官事件などのきっかけにつながった。「行政に頼んでも当てにならない」「だから、自分たちに任せなさい」という“引き出しビジネス”目的の暴力的支援業者も、親の不安な心理につけ込んで営業活動を活発化させるなどして台頭し、今でも余波が続いている。

メディアやSNSでは、「死ぬならひとりで死ね」「不良品」「モンスター予備軍」「無敵の人」などと無神経な発言が流布されていった。本当のモンスターは、公共の電波を使って、憎しみを振りまいた人たちだったのではないか。

本当にモンスター化したのは、いったいどっちだったのか。いずれにしても、こうして世間の敵意が“ひきこもり”に向けられたことによって、現場の教訓としておろしていかなればいけない真実が、うやむやになってしまったのである。

■報道に怯える当事者たちから相談が殺到

連日続いた「ひきこもりバッシング」報道の影響は、全国の家族会や当事者の自助会などにも押し寄せた。

筆者が理事として所属する、ひきこもり家族会唯一の全国組織、NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(以下、KHJ家族会)の本部には、メディアの大々的な報道以降、朝から夜まで一日中、電話が鳴りやまなかった。キャッチホンにかかっているのがわかっていながら、取れない電話が何本もあった。

主に家族と本人からの電話が多く、その割合は、7対3くらい。家族からは、「うちの子も同じような事件を起こすのではないか」「自分に攻撃の矛先が向くのではないか」「もう限界」「行政に相談しても何もしてくれなかった」といったものまで、切羽詰まった内容が多かった。

これに対し、本人からは「周囲の目線が怖い」「ひきこもりというだけで、(周りから)事件を起こすと見られている」「ますます外に出られない」「居場所の情報を知りたい」など、全体的に事件が起きる前の相談件数に比べて、数十倍にも増えた。

また、そうした家族や本人たちからの相談の合間には、メディアからの取材依頼や問い合わせも入った。メディア対応は、途中から筆者が引き受けるようにしたものの、家族会本部のスタッフたちは日常業務がまったくできない状態に陥った。

■誰にも相談できずに孤立していた当事者家族

同じような状況は、全国の家族会支部でも見られたようだ。中には、「(ひきこもる子の存在が)ストレス。顔も見たくない。早く支援団体に連れ出してほしい」などと焦る家族もいて、スタッフが「本人から恨まれるだけで逆効果だから」と、何とか思いとどまらせる場面もあった。

正確に分析したわけではないものの、特徴的だったのは、こうして電話してきた人のほぼすべてが、初めて電話をかけてきた人たちで、誰にも相談できずに孤立していた。そこで、家族会や家族のつくる居場所などに来て、「自分1人ではない」ことを感じてもらい、同じような経験をしてきた当事者家族の情報などもたくさん聞けば、参考になることもたくさんあるなどと伝えた。

ウラを返せば、家族会の会員たちは、日頃から同じ家族どうしでつながりがあるせいか、事件に対しても比較的冷静に受け止めていたようである。

■メディアの「ストーリーありき」に辟易した

元事務次官の事件の背景には、家庭内暴力があったという。一連の事件以降、「どうしてひきこもりの人は暴力を振るうのか?」と、ひきこもっている人は暴力を振るうことが前提であるかのように、執拗に聞いてくるメディアもあった。

筆者は「ひきこもる人の心の特性は、本来、暴力や争いとは程遠いタイプ」と、そのたびに説明に追われた。それでも、ストーリーありきで「ひきこもり」と「暴力」のメカニズムを執拗に聞きたがるメディアもあって、辟易した。

エビデンスを見ても、ひきこもり状態にある人すべてが、家庭内暴力を起こすわけでない。宮崎大学教育学部の境泉洋准教授が、2017年度にKHJ家族会の各支部を通じて調査したデータがある。それによると、現在、ひきこもり状態の子がいる家庭のうち、家庭内暴力があると答えた家族は544人のうち18人で、わずか3.3%に過ぎなかった。

過去に暴力を受けたことがあると答えた家族を含めても123人で、全体で22.6%。家族会の会員が対象ということで、孤立した家族よりも少なめなのかもしれないが、それでもデータ上は、そう多くはない。こうした調査に基づくデータがあるにもかかわらず、メディアでは「ひきこもり=家庭内暴力」という一面的な見方を基にした図式で流布されてしまうのが現状だ。

■ひきこもりになった元正社員男性の苦悩

一連の事件の後に開催されたKHJ家族会のイベントでも、事件報道に胸を痛める当事者たちの声が多く聞かれた。2019年6月9日、「KHJ家族会北海道『はまなす』」が、たまたま事件とは関係なく企画していた「ひきこもり8050問題と命の危機予防を考える」というテーマの学習会を開いた。

偶然とはいえ、筆者はメディアから追いかけ回されていた時期であり、あまりにタイムリーなタイミングでの「8050問題」のイベント企画に、会場は椅子が足りなくなるくらい参加者が詰めかけ、メディアも多く集まった。

そこで、「8050問題」のひきこもり当事者の1人として登壇した50歳代の男性は元々、技術職の正社員として働いていたものの、人間関係や超過勤務などから身体を壊して退職した。しかし、すぐに次の仕事に切り換えることができなかったという。その後も、アルバイトを探して働いたものの、長続きしなかった。

派遣の仕事に就いても契約が切れてしまい、「早く次の仕事を見つけなきゃ」という焦りに追われているうちに、眠れなくなった。うつ病の薬を処方されたものの、ズルズルと薬を飲む生活が続いてしまった。

そして、最後に派遣で入った会社でパワハラに遭い、暴言を浴びた翌日から出社できなくなった。そのまま、ひきこもり状態に陥ったが、家族からも周囲からも「仕事はいくらでもある」「仕事をしろ」などと責められた。「自分としても、もちろん仕事をしたかった。しかし、どうしても行動に結びつけられないほど、心理的ハードルのほうが高かったんです」

■一度レールを外れると元に戻れなくなる社会

履歴書を書いて応募しようにも、ひきこもっていた間の空白をどう埋めればいいのかわからない。「この仕事ならできそうかな」と思って、求人先に電話しても、担当者から「ちょっと難しいですね」と断られる。

「応募して断られるたびに、『あなたのスキル不足ですよ』と言われている気がしました。それが何回も続くたびに、正社員時代の技術職の自負があるだけに、自信の喪失が積み重なっていったんです」

一度レールから外れると、元に戻れなくなる社会の構造がある。求められているのは、神スペックと言われる人材で、履歴が重視される。非正規や派遣が増え、採用されても待っているのは、低賃金や超過勤務、いじめやハラスメントの横行する職場環境だったりする。

今は令和の時代だというのに、右肩上がりの高度経済成長の頃に設計された終身雇用が前提の雇用の仕組みは、未だ変わっていない。「働くって何なのか?」

前出の男性は、「就労」の目的が生活していくことにはつながらないように感じているという。公的機関に相談に行っても、40歳という年齢で区切られて受け付けてもらえなかったり、ミスマッチな支援しかしてもらえなかったりと、疎外感を抱くことが多かった。

「働くことというのは、本当は、世の中に貢献できるとか、自分がこの社会に生きていることを確認するための手段なのかなって、思うんです」

■「事件」と「ひきこもり」を結び付ける報道の罪

事件と「ひきこもり」を結びつける報道があるたびに、過度の差別や偏見が当事者を抱える家庭を追い込み、外につながる機会を遠ざけていく現実がある。

池上正樹『ルポ「8050問題」高齢親子“ひきこもり死”の現場から』(河出新書)

「最近、電車に乗るのが怖い。今回の事件やネットの騒動を見ていても、他者に不寛容な世の中になっているのではないか」。

イベント企画者であり、ひきこもり当事者に対して手紙や電子メールを中心とした双方に無理のないピア・サポート活動を進めるNPO法人「レター・ポスト・フレンド相談ネットワーク」理事長の田中敦さんは、こう問いかける。

「非常に社会そのものが、不満や不寛容の中でギスギスした感じを受ける。こういう社会状況の中で、当事者たちが肩身の狭い思いをして生きていかなければならない。働いても収入が少なく、賃金が上がっていかない。年齢が上がれば、収入の高い職業に就くこと自体、難しくなる。社会はそんな状況をわかっていながら若年者支援ばかりに目を向けてきた。当事者が生きたいと思える状況になっているのか、検証する必要がある」

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池上 正樹(いけがみ・まさき)
ジャーナリスト
1962年、神奈川県生まれ。大学卒業後、通信社勤務を経てフリーのジャーナリストに。ひきこもり問題、東日本大震災、築地市場移転などのテーマを追う。現在NPO法人「HKJ全国ひきこもり家族連合会」理事。

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(ジャーナリスト 池上 正樹)

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