からあげクンがあえて「鶏ムネ肉」を使うワケ
プレジデントオンライン / 2020年1月15日 11時15分
※本稿は、吉岡秀子『コンビニ おいしい進化史 売れるトレンドのつくり方』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。
■老若男女に愛される万能選手に変身
業界トップの人気を誇るキャラクターといって間違いない。ローソンの「からあげクン」だ。1986年4月15日生まれ。累計販売数32億食超え(2019年6月現在)という実績は、ただモノじゃない。つねづね不思議な存在だと思ってきた。からあげクンの成長を見てきた同社の中食商品本部・本部長補佐の友永伸宏も「からあげクンほど、ファン層が劇的に広がっていった商品はない」と、話す。
発売当初のコアターゲットは若い男性。おやつに食べられるスナックメニューという位置づけで登場した。それがぐんぐん進化を遂げ、平成後半で根づいた糖質制限ダイエットブームの追い風もあって、すっかり「チキン=ヘルシー」と、から揚げのイメージは様変わり。実際からあげクンは一食約200キロカロリー、糖質8グラム(5個入り ※チーズは9グラム)なので、ごはんの代わりに食べるという人も多い。
また5個入りという数も客層を広げた。家族や友だち間で「シェアして食べるスタイル」が重宝がられ、特にお母さんが小さな子どもと一緒に楽しむケースが多いという。今やからあげクンは老若男女に愛される、「おやつ&おつまみ&おかず」として活躍する万能選手に変身している。
■開発・製造はニチレイフーズが行っている
からあげクンは30年以上も前、どのようにして誕生したのか? 開発・製造を担当し続けているニチレイフーズの広域営業第一部長、太田崇は、80年代のマーケットの様子をこう話す。
「1980年前後、鶏のムネ肉はパサパサしていると消費者にあまり好まれていませんでした。とはいえ、高たんぱく質で低カロリーです。食べやすさや味付けの工夫次第でもっと好きになっていただけるのではないかと、社内でいろいろと開発を進めていたのです」
ローソンとタッグを組む前は、スーパーや弁当チェーン向けにから揚げの“代替品”のようなイメージで販売をしたという。でも、「鶏ムネ肉のから揚げ」は、なかなか定着しなかった。マクドナルドのチキンマックナゲットが全国販売を始めたのは84年。「鶏ムネ肉のから揚げをつまむ文化」は、日本にまだ定着していなかった。
「ですが、ローソンのご担当者から“スナックタイプのから揚げがほしい”とお声がけいただき、からあげクンの販売がスタートしました」(太田)
ローソンは、コンビニ業界の先陣を切って、79年に店内にフライヤーを設置していた。当時販売していたのは「アメリカンドッグ」「ジャンボフランク」と、子どもや男性にウケそうなものばかり。コンビニという業態が「若い男性の店」だった時代性がよくわかる。
■パッケージが「おやじ」から「妖精」に
「フライヤーを置いたのは、できたてのおいしさをお客さまにご提供したかったからです。その中で当時の担当者は、まったく新しいスナックメニューを世に出したいとニチレイフーズさんと組んだのでしょう」(友永)
当時は若者ウケをねらって英字がプリントされたおしゃれなパッケージだったが、実はニチレイフーズ社員が「英字新聞を折って作った」ものだったという。微笑ましい話だ。
それが90年に「おやじイラスト」のパッケージになる。思えば平成に突入していた90年は、バブル崩壊前夜だ。イケイケのサラリーマンをねらってのデザインだったのかもしれない。そして、2003年に今の「ニワトリのように見えて、実は妖精のキャラクター」へと変わっていった。このキャラクターになったのは、たしか加盟店らの投票で決まったと記憶している。かわいらしくて、一層、子どもや女性ファンが増えた。
■店頭で揚げるから、ジューシーになる
最初から売れた理由は、やはりおいしいからだ。基本のレシピと価格は、なんと今でも変わっていない。
ニチレイフーズによると「国産鶏ムネ肉が本来持つ肉のおいしさにこだわっている」という。そして最大の味のポイントは、店内で揚げるひと手間につきる。
「コンビニエンスストアのファストフードは忙しい消費者に手早く商品をご提供しないといけないため、短時間調理が求められます。そのため工場で商品を完全に加熱してしまうのが一般的ですが、からあげクンは鶏肉のジューシーさを保つためにお店で最終調理をします。お店で丁寧に調理してくださっているおかげで、鶏肉の旨みが凝縮したから揚げができるのです」(太田)
今はどのチェーンでもフライドメニューは定番だが、パイオニアであるからあげクンを「調理する」手間を惜しまなかった加盟店の努力あってのヒットだ。利益を生む“妖精”には違いないが、売れすぎた時は大変だったことだろう。
さらに「(からあげクンが)ムネ肉だからこそ、成長できた」と、友永は分析する。
「味の濃いモモ肉と違い、ムネ肉は繊細な味。だから味つけしやすいんです。からあげクンがいろんなフレーバーにチャレンジし、いつの時代もお客さまにおいしさと楽しさを提供できてきたからロングセラーになりえたと思います」
■「チーズ」は定番化するまで10年かかった
第一号のレギュラーが出た後、88年にレッド、94年にチーズを発売。安定した人気を誇る3品を定番化し、その他、限定販売の「第4フレーバー」を出し続けている。フレーバー開発には、いくつものターニングポイントがあった。ざっくり記録したい。
〈バージョン1〉
90~2000年初め……試行錯誤してレギュラー、レッド、チーズを基本商品に決定。チーズは何度か発売したものの、定番化するまで10年かかった。
〈バージョン2〉
2005年……地域限定フレーバー販売開始。「愛・地球博」の開催に合わせ、愛知県で手羽先味を販売。
〈バージョン3〉
2007年……映画やアニメなどとのコラボ作戦を解禁。初めて映画『スパイダーマンⅡ』とタイアップし、刺激的なブラックペッパー風味に。
〈バージョン4〉
2015年……1.4倍大きい「でからあげクン」を発売。以降、不定期で販売。
〈バージョン5〉
2019年……新しい技術で具材を入れられるように。5月に「あらびきペッパーマヨ味」を発売。以降、不定期で販売。
■ファンを巻き込む力を持っている
その他、爆発的に売れたものは、2011年に日本唐揚協会監修で作った第1弾「宇佐しょうゆダレ味」、第2弾「名古屋手羽先ダレ味」、第3弾「中津しおダレ味」や、12年、100種類目のフレーバーを記念して出した、食べるまで味がわからない「?はてな味」といった“企画モノ”だそうだ。
「はてな味は、社内でも正解を数名しか知りませんでした。でも、すでにツイッターが普及していた時期で、『これ、カルボナーラ味じゃん』←正解。とか出回ってしまい、瞬く間にバレてしまいましたね。こうしていろんな企画をしても、お客さまがおもしろがってノッてくださる。からあげクンの強さは、ファンを巻き込む力なのかもしれません」(友永)
確かにそうだ。ローソンが得意とするSNSで情報発信すれば、必ず予想以上の反響が湧く。販促担当も、さぞ楽しいだろう。2019年6月末現在、からあげクンフレーバーは258種以上にも上っている。
■「カレー味」を即撤収した理由
しかし、こんなに多くのフレーバーを作るニチレイフーズは大変だったろう。
「新たなフレーバーを作り出すのは困難の連続ですが、からあげクンは弊社にとって、ローソンさんのお店を通じたお客さまとの絆として大変重要な存在。これからも新しいことに挑戦したい。直近は、限定販売フレーバーの幅がさらに広がり、最近では那覇空港限定A1ソース味(17年)、新千歳空港ガラナ味(18年)など、珍しい味も出しました」(太田)
こうした作り手のプライドはもちろん、ローソンの店と本部が一体となって楽しもう、盛り上げようとする姿勢が、長年、からあげクンを高く羽ばたかせている原動力だろう。
“からあげクン史”は、これだけではない。決して順風満帆ではなかったことも正直に残しておきたい。失敗も多々あったそうだ。超がつく売れ筋のため、新作フレーバーがコケた時、社内に走る衝撃はハンパない。
「最初の大失敗は、まだチーズが定番になる前、カレー味を出した時だと聞いています。衣にカレー粉を混ぜたわけですが、揚げると店内にカレーの匂いが充満してとんでもないと、即撤収したそうです」(友永)
■「衣サクサク」「モモ肉に変更」は売れなかった
当時加盟店は相当ザワついたことだろう。また、果敢にリニューアルしようとしたことが大いに裏目に出たこともあった。「衣をサクサクにしてみた」(01年)、「ムネ肉からモモ肉に変えたみた」(03年)も、「売れなかった」という。食べ応えがあって、ジューシー、そして薄ごろも。ずっと価格は当初と変わらず200円(税抜価格)のまま。令和へと時代が移っても、からあげクンは変わっちゃいけないのだ。
ただ同時に、第二のからあげクンを目指したチキンメニューもヒットへの道を走ってきた。2005年11月、フライドチキンからコンビニ業界で初めて骨を抜いた「ジューシーフライドチキン(骨なし)」を発売。その後、進化して、09年にスパイシーな骨なしフライドチキン「Lチキ」が誕生。発売1年で約8000万食を売り、念願かなって定番になった。後日、Lチキを挟む「バンズ」まで別売りされたから、かなり攻めていた。
13年には、「ローソン史上最高品質」を謳(うた)う骨つきの「黄金チキン」が仲間入り、このあたりからは、からあげクンとはやや別路線の「食事チキン」が台頭してきたように思う。
ふだんのおかずは「Lチキ」や「鶏から」(12年発売)、クリスマスなどのハレの日は「黄金チキン」を仲間と囲む、というスタイルが定着してきた。
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コンビニジャーナリスト
関西大学社会学部卒業。会社員生活を経て、フリーランス記者として独立。2000年代前半からコンビニ業界に密着した取材を続け、ビジネスや暮らしに役立つコンビニ情報を各メディア、講演などを通じて発信中。近著に『コンビニ おいしい進化史』(平凡社)。その他著書に『セブン-イレブン 金の法則』(朝日新書)など多数。
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(コンビニジャーナリスト 吉岡 秀子)
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