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東京と地方の「ベンチャー格差」が消えない理由

プレジデントオンライン / 2020年1月16日 11時15分

福井県で行われている「福井ベンチャーピッチ」の様子 - 画像提供=ふくい産業支援センター

東京と地方には「ベンチャー格差」がある。福井でベンチャー支援をする岡田留理氏は「たしかに情報はどこでもタイムリーに入手できるようになった。しかし東京などの都会で成長を目指すベンチャーと、あくまでも地方に軸足を置きたいベンチャーでは、必要な支援が異なる」と指摘する——。

■本当に「都会との違いはない」のか

以前、大手ベンチャーキャピタル(以下、「VC」)の社長から、「今やインターネットが普及し、どこに住んでいてもタイムリーな情報が等しく入手できる世の中で、地方のベンチャーはいまだに何を格差として感じているのでしょうか」と質問されたことがある。

たしかに、情報をタイムリーに入手できるという点では、都会と地方でもう格差はない。交通アクセスは進歩し、行動力さえあれば、会いたい時に会いたい人に会いに行ける。地方創生が叫ばれている昨今、VC投資を受けるハードルも低くなった。

しかし一方で、地方ベンチャーを取り巻く環境が、これらの変化と同じスピード感で都会とのギャップを埋められているかというと、決してそうではない。

地方のベンチャーが感じている格差の正体とはいったい何なのだろうか――。

■銀行融資が主流、着実成長を望む地方ベンチャー

私が所属する「公益財団法人ふくい産業支援センター」は、県内の中小企業支援を担う福井県の関連団体だ。私は、開業社会保険労務士を経て、2015年4月に入職した。現在は、創業・ベンチャー支援事業を担当し、福井ベンチャーピッチなどのピッチイベントを企画・運営するなど、県内のベンチャー企業支援に取り組んでいる。

都会ではベンチャー投資が盛んだ。急成長するスタートアップが次々と誕生し、ベンチャー企業ネットワークが積極的に構築され、エンジェル投資も活発だと聞く。

一方、地方はどうだろうか。銀行融資が主流で、着実成長を望む企業が大半だ。もちろんそれは、地方経済の発展を支える大切な価値観なのだが、今求められている「地方発ベンチャー」の創出に必要なことは、リスクをとってでも成長を求める会社が生まれる環境を地方でもつくることだ。同時に、地域の公的機関がどうやってベンチャー支援に取り組むべきなのかが、今問われている。

■漁協の経営不振を救うアプリを開発

2016年10月に創業した、フィッシュパスという企業がある。地方の課題解決型ビジネスモデルを手掛ける福井のベンチャー企業だ。

日本の河川は全国830の漁業協同組合によって管理されているが、経営不振により、内水面漁協(※)の多くが苦境に立たされている。経営不振の理由の一つが、「遊漁券」の未購入問題だ。しかし釣り人は、何も最初から無許可で釣りをしようと思っているわけではない。遊漁券を購入できる場所や購入できる時間帯に制限があるため、遊漁券を買いたくても買えず、結果的に遊漁券の売り上げが落ちている。

※全国内水面漁業協同組合連合会。内水面とは、河川や湖沼など、陸に囲まれる水面を指す。

そこでフィッシュパスは、24時間いつでも遊漁券が購入できるスマートフォン・タブレット端末向けのアプリ「FISH PASS」を開発し、2017年6月に提供を開始した。アプリ経由の購入であっても、販売はあくまで地元販売店であり、既存の販売店の売り上げとなる。FISH PASSと提携しアプリを導入した内水面漁協の1つは、遊漁券の売り上げが前年比1.5倍に増加した。

さらには「FISH PASS」は、GPSを使ってアプリを利用している釣り人の位置情報を得ることで、漁場の監視業務や河川整備の効率化も実現した。安全面では、損保ジャパン日本興亜と提携し、釣り人向け保険である「フィッシュパス保険」も提供している。

画像提供=フィッシュパス
スマホから遊漁券を購入できるアプリを開発した - 画像提供=フィッシュパス

■VCとの面談で、どんどん自信を失っていった

フィッシュパスが、当センター主催のピッチイベント「福井ベンチャーピッチ」に登壇したのは、2017年10月。福井ベンチャーピッチ立ち上げ当初の、第1回開催時だ。当時はまだ、提携漁協数が3漁協と市場進出はまだまだこれからの状況であったが、その将来性が高く評価され、複数のVCから一気に声がかかった。

しかし、多数のVCとの面談を繰り返していくうちに、どんどん自信を失っていったとフィッシュパスの西村成弘社長は振り返る。

「当時は、全国的に販路を拡大して急成長するためには、VC投資を受ける必要があると思い込んでいたので、VCから声がかかる度に何かあるのではないかと期待した。しかし、どのVCと面談しても具体的には話が進展せず、成果が得られないままモヤモヤだけが募っていった」
「今になって冷静に振り返ると、まだ投資段階ではないものの、将来性を感じるビジネスモデルなのでしばらく様子見しようと判断されたのだと理解できる。しかし、当時は心の余裕が全くなかった。『今のビジネスモデルのままではVCに関心をもたれない。VC好みの成長ビジョンを思い切って描く必要があるのではないか』と焦る一方で、とはいえ、無理せず着実にやりたいという想いも強く、頭の中が混乱していた」

画像提供=フィッシュパス
フィッシュパスの西村社長 - 画像提供=フィッシュパス

■ピッチイベントに出るたびに、ショックを受けた

西村社長はもともと、福井県内で飲食店を5店舗経営する中小企業の社長だ。26歳で創業し、飲食店ビジネスが軌道に乗りはじめたことを契機に、ずっとやりたかった新事業に41歳で挑戦した。

金融機関から融資を受け、借りたお金をコツコツと返済しながら着実にビジネスを大きくすることが当たり前の生活を送っていた西村社長にとって、多額のVC投資を受けることを前提に大きな成長ビジョンを描くことは、相当な重圧だった。

「都会のピッチイベントで知り合った、ひと回りも二回りも年下の若いベンチャーが、『数億円投資してもらった』『ダメになったら返さなくていいお金だから』とカジュアルに話している様子を目の当たりにし、ショックを受けた。ビジネスを考える大きさも、必要な資金も、スケールの桁がまるで違う。自分がこれまで生きてきた環境とはまるで違う世界なのだと痛感した」

フィッシュパスのビジネスモデルは全国的に話題を呼び、西村社長のもとには多方面から声がかかり、誘いを受けたピッチイベントには積極的に登壇した。

しかしそうやって、たくさんの人に会い、それぞれの立場からいろいろなことを言われるうちに、「いったい何が正しくて自分はどこに進めばいいのかがわからなくなっていった」と振り返る。

■腹落ちするまでに2年かかった

そんな西村社長に転機となる出来事が起こる。三菱総合研究所が運営する「ビジネス・アクセラレーション・プログラム」で2019年度のファイナリストに選ばれたのだ。西村社長は、三菱総研のメンター陣からビジネスモデルのブラッシュアップを受けた後、特別賞を受賞した。

「専門家に、業界の全体図を俯瞰しながらビジネスのロードマップを示してもらえたことで、自分の進むべき方向性がハッキリ見えた。投資を受けることもできず、VC好みのビジネスモデルを描くこともできず、このままではダメなのではないかと迷った時期もあったが、今回のアクセラレーションプログラムを受けたことで、ようやく整理がついた」
「今は焦らず、金融機関の融資で資金を調達しながら、着実に漁協の提携数を増やしていくことに注力し、ある程度ビジネスが大きくなってから、VC投資を受けることを検討していきたいと考えている。こんなシンプルなことが腹落ちするまでに、2年もかかった」

■個々のビジネスモデルに助言できる専門家が足りない

当然ながら、当センターでも、福井ベンチャーピッチ後から継続して西村社長を伴走支援している。「現状はまだ投資を受ける段階ではなく、ある程度提携先が増えた段階でVC投資を検討してもいいのではないか」というアドバイスも、早い段階から行っていた。しかし結果として、事務局の立場から行うアドバイスだけでは、西村社長のモヤモヤを払拭し、腹落ちさせるほどの納得感を提供することができなかった。

「僕は根っからの中小企業経営者。見通しを立て、順序立ててマイルストーンを置き、確認しながら着実にビジネスを進めていきたいタイプ。僕のように、地方のビジネススタイルに慣れている地方発ベンチャーが全国に打って出る場合は、自分のビジネスの現状を俯瞰し、ロードマップを確認しながら、頭を切り替えていく準備期間が必要だ」

“地方発ベンチャー”とひとくくりに言っても、ITを活用した若いスタートアップもいれば、フィッシュパスのような地域の課題解決型ベンチャーもいる。既存事業の延長線で新事業展開を目指す後継ぎベンチャーもいれば、これまで培った経験やスキルを生かして新しいビジネスを立ち上げる創業者もいる。そのビジネスモデルの内容は多種多様だ。一方、地方では、その多種多様なビジネスモデルにそれぞれフィットした専門知識をもつ支援人材の陣容が、都会ほどはまだ充実していない。

ベンチャーピッチという場を作り、VC投資は呼び込めても、ビジネスを加速させる段階で、経験豊富な専門家からじっくりとアドバイスを受けられる機会が不足しているという現状こそが、地方のベンチャーが感じている「格差」なのかもしれない。

■地方のベンチャー支援は「スタート地点」になる

フィッシュパスの事例を見ると、「地域の公的機関がベンチャー支援に取り組む意義は本当にあるのか。いっそ東京に行った方が早いのではないか」と疑問に感じる人も少なくないはずだ。

もちろんそれは一理あるのだが、一方で、当センターのような地域の公的機関が、地域密着型のピッチイベントを開催し、ベンチャー支援に取り組んでいるからこそ実現できていることも確実にある。たとえば、フィッシュパスのような、地方ならではの発想をもつベンチャーを発掘し、ノウハウや技術が全国的なビジネスとして展開できる可能性があるという気づきを促せたことは、その一つだろう。

「地元で福井ベンチャーピッチという場があったからこそ、自分のビジネスの可能性を肌で感じることができた。今まで見たことのない世界感を見せてもらえたことで、ビジネスを考える視野が広がった。ピッチ登壇後、ビジネスを加速させる段階では苦しい思いをしたが、今こうやっていろいろな舞台に立たせてもらえているのは、福井ベンチャーピッチというスタートがあったから」と西村社長は振り返る。

■県内の人材ネットワーク作りを強化している

当センターでは現在、2017年にマザーズ上場を果たした福井市内の企業、ユニフォームネクストの横井康孝社長を塾長に迎えた経営塾「福井ベンチャー塾」の定期開催をはじめ、ベンチャーに特化した個別相談窓口の設置、ピッチ登壇企業に対しての集中的なメンタリングなどを実施しながら、県内のベンチャー支援人材のネットワーク作りに積極的に取り組んでいる。今後はさらに、各業界に精通した人材を確保しながら、県内ベンチャーのビジネスモデルを加速させる仕組みを強化できないかと模索しているところだ。

地方には、その土地でしか生まれ得ない「地方ならではのビジネスモデル」もあれば、家業を継いで新事業展開を目指す後継ぎベンチャーなど、軸足を地元に置いて全国展開を目指したいとがんばるベンチャーが多数存在する。

当センターのような地域の公的機関がベンチャー支援に取り組む上で、改善していくべき課題はまだまだたくさんあるが、田舎にいても、ビジネスを加速させるために必要な支援の選択肢を幅広に提供していけるよう、今後も挑戦し続けていきたいと考えている。

画像提供=ふくい産業支援センター
ユニフォームネクストの横井社長を塾長に迎えた「福井ベンチャー塾」 - 画像提供=ふくい産業支援センター

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岡田 留理(おかだ・るり)
公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士
福井県生まれ。同志社大学卒業。特定社会保険労務士。開業社労士時代は、中小企業の顧問、労働局の総合労働相談員、人材育成コンサルタントを経験。2015年4月に公益財団法人ふくい産業支援センターに入職。現在は、福井県内の創業・ベンチャー支援業務を担当している。2018年11月、近畿経済産業局が取りまとめる関西企業フロントラインにて、関西における「中小企業の頼りになる支援人材」として紹介された。(ふくい創業者育成プロジェクト http://www.s-project.biz/)

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(公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士 岡田 留理)

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