山一證券に見る「破滅する企業」の典型パターン
プレジデントオンライン / 2020年1月9日 15時15分
■バブルが招く「焦り」がリスクを増やす
日本でバブル景気とその崩壊といえば1980年代後半から1990年代初頭にかけての状況が思い浮かびます。ただし、それが最初でも最後でもなく、そして日本に限らず、大好況期とその崩壊は世界各地で何度も発生しています。
こうした大きな波が起きた時、その波の様子を冷静に見極め、しっかり掴んで成果を上げ、その後に訪れる大崩壊に巻き込まれないような対応ができれば、企業にとって千載一遇の成長のチャンスとなるわけです。しかし、現実にはなかなかうまく行かず、多くの悲劇がくり返されています。
バブルとその崩壊に関わる倒産事例をひも解いていくと、「焦り」というキーワードが浮かんできます。
たとえば、金融機関には1985年のプラザ合意以降に訪れた「金余り」現象の中、それまで「貸し出せなかった」お金を「貸し出さなければならない」状況が訪れます。そうしたゲームのルール変更にあわせて、大手都銀はこぞって都内の優良案件を押さえにかかりますが、都銀の一角を占めていた北海道拓殖銀行は、その波を掴めませんでした。
■融資審査の甘さが招いた巨大な不良債権
道内最大手の「拓銀(たくぎん)」としては主戦場の北海道で事業を拡大したいところでしたが、首都圏よりもバブルの到来が遅く優良案件は少ない。都内にも支店があるとはいえ、大手都銀の圧倒的リソースには勝てず、首都圏では地銀の追い上げにもあっていました。
拓銀は自らに課した大きな貸出ノルマを満たすべく、道内のインキュベーター案件への貸し出しを増やし、1990年には最高益を出します。しかしバブル崩壊による地価下落にともない、融資先の担保割れが続出。いわゆる「不良債権」は1994年に9600億円に達し、1996年、ついに破綻に至ります。
同社ではバブルの真っ只中に「総合開発部」が設けられました。それまで別々の組織に置かれていた営業機能と審査機能が一体化された組織です。「融資のスピード拡大」という課題に応えるための組織改編ですが、その結果、融資審査は甘くなり、巨大な不良債権へとつながっていきました。
■焦りの先に待つ「単純化」の落とし穴
山一證券はバブル到来を機に「業界大手4社の最下位」という位置づけから脱しようと、法人顧客を頼りに「特定金銭信託(営業特金)」獲得に注力します。運用先を証券会社に一任する営業特金はそれ自体に違法性はありませんが、獲得競争が過熱する中、違法に利回りを約束する「握り」が横行。その後、バブル崩壊とともに発生した巨額赤字を子会社に付け替える「飛ばし」に手を出し、その発覚が1997年、同社101年の歴史に幕を閉じる道へとつながります。
背景にあったのは、やはり「焦り」でしょう。バブルの最中、どんどん早めに投資していけば、その分、どんどん売上は膨らんでいく。業界のそこかしこで景気のいい話が聞こえてくる。いけいけどんどんの興奮状態の中で、「今、投資しないでいつするんだ!」という大きな声に飲み込まれるように、従来なら審査に通らないはずの案件が通るようになっていく。
もちろん、それまで築き上げてきた仕組みを金科玉条のごとく硬直的に守っていればいいわけではありません。状況の変化にあわせてその仕組みを柔軟にアップデートすることは必要です。ただし、ここで注意しなければいけないのは「単純化」という落とし穴に嵌らないようにすることです。
ありがちなのはKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)の単純化です。たとえば、平時には売上の数字のほか、長期的なリレーション、ステークホルダーとの関係など、複雑な経営要素を冷静に検討していた企業でも、非常時にはそうした多角的な分析は蔑ろにされる。「とにかく売上を伸ばせ」と単純化され、やがて「どんな手を使っても売上を伸ばせ」となり、その先で、越えてはいけない「一線」を越えてしまう……。
■厄介な「自分を許すルール」
ここでさらに厄介なのは「自分を許してしまうルール」です。
山一證券には、1960年代前半の「証券不況」で痛いめに遭った経験があります。今でいうベンチャー投資を甘い審査で増やす中で相場が下落、「山一倒産」の噂が広がり、取り付け騒ぎまで起きました。しかし、日銀の特別融資で倒産を逃れ、その後の「いざなぎ景気」の中で救済融資をわずか4年で完済します。
自らに課したルールを逸脱し、窮地に陥りながら、結果は何とかなってしまった。すると「ちょっとくらい逸脱しても結局、景気が戻れば何とかなる」という学習をしてしまう。これが実に厄介なのです。危機の原因と対策をちゃんと総括する機会は企業を強くする好機になり得ますが、その機会を逸して「甘えのルール」を受け入れてしまえば、その先に待つのは「悪夢再び」の道です。
「結果対プロセス」についての議論は、いつどんな会社でも起き得るものです。結果を出している人がすばらしいのか、プロセスを順守している人がすばらしいのか、これは単純な二元論で片づけられる問題ではありません。大事なのはプロセスを守りながら結果を出していくこと。そうした大原則を揺るがしてしまうのが、先の「甘えのルール」の怖さです。
バブル期の山一にも、熱に浮かされることなく、プロセスをしっかり守ろうとした社員たちはいました。けれどもその声は「景気は戻るはず」という希望的観測に結局かき消されてしまいました。
■「ダブル・ループ」で環境変化に備えよ
千代田生命保険も1904年に設立された歴史ある企業でした。戦前には5大生保の一角を占め、戦後も「財務の千代田」と呼ばれる堅実第一の経営を続けましたが、業界内の競争が激化する中、中堅グループに埋没し、シェアを落とし続けていきます。
転機は1982年、「営業のドン」と呼ばれた神崎安太郎氏の社長就任でした。やがて訪れたバブル景気の中、財務の堅実さよりも攻めの営業を優先し、ハイリスク・ハイリターンの投資先案件開拓へと舵を切ることで、8大生保への復帰を実現します。
しかし、それは融資先の審査を形骸化させた末の産物でした。バブル崩壊とともに逆ザヤに転じ、2000年、更生特例法の手続き申請に至ります。前出の2社と同様、「焦り」から「単純化」という落とし穴への道筋が浮かび上がります。
「株価が下がるかも知れない」「貸し倒れになるかも知れない」という可能性は目に入らず、プラスシナリオに向かう情報ばかりに目を奪われていく。そんな状況をハーバード大学のクリス・アージリス教授は「シングル・ループ・ラーニング」と定義し、その危険性を訴えています。
余計なことを考えない分、短期的には大きな威力を発揮しますが、環境が変われば一転、大惨事に。私たちに必要なのは、既存の考え方とともに、外部からの新しいものの見方を取り入れ、その双方をバランスよく回していく「ダブル・ループ・ラーニング」にほかなりません。
■先人の失敗こそ貴重な教材
さて、バブル崩壊の後、生き残った企業と、残念な結果に至った企業との差はどれほどあったのでしょうか。私は「紙一重」だったと思います。自分が当時の拓銀や山一や千代田生命の経営者と同じ立場にいたら、冷静に正しい判断ができただろうか。そう考えると、同じ過ちをしてしまう可能性を否定できないのです。
かつての倒産事例を知る目的は、失敗の犯人捜しをすることではありません。当時の状況をたどり、そこに自分の身を置いてみて、自分ならどうするだろうと考えてみる。先人の失敗は時代を越えた貴重な教材なのです。
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学びデザイン 社長/フライヤー 取締役COO
1975年生まれ。1998年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、住友商事入社、人材育成に関わる。2003年、グロービスに入社。法人向けコンサルティング業務を経て、グロービス経営大学院でオンラインMBAの立ち上げや特設キャンパスのマネジメントに携わる。2015年、グロービス経営大学院副研究科長に就任。2018年、グロービスを退社後、学びデザインを設立し、代表取締役に就任。書籍要約サービスのフライヤー取締役COOも務める。著書に『ストーリーで学ぶ戦略思考入門』(ダイヤモンド社)、『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
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(学びデザイン 社長/フライヤー 取締役COO 荒木 博行)
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