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欧州の弱小航空会社が「日本では敵なし」のワケ

プレジデントオンライン / 2020年1月23日 9時15分

フィンエアーのエアバス A350-900 - 筆者撮影

北欧の小さな航空会社が「日本の空」に活路を見いだしつつある。世界ランク62位の「フィンエアー」が、欧州直行便ではANAやJALに次ぎ、海外勢では最大規模になっている。航空ジャーナリストの北島幸司氏は「北欧は日本から一番近いヨーロッパ。『欧州最速便』を掲げて日本の需要を開拓した成果だ」という――。

■「小さな国のエアライン」が日本に向ける熱視線

フィンエアーは、北欧・フィンランドの首都ヘルシンキを拠点にした航空会社だ。航空会社の規模を表す「有償旅客キロ」(RPK)は347億RPK(2018年時点)。世界62位で、欧州の中でも15位の中堅会社だ。数字だけ見ると決して目立たない、平凡なものだ。

しかしフィンエアーは、福岡空港に就航した2016年以降、日本と欧州を結ぶ直行便を担う代表格に成長した。現在、ヘルシンキ・ヴァンター空港から成田(週9便)、関西(週7便)、中部(週5便)、新千歳(週2便)の4空港に週23便が乗り入れている。夏スケジュール限定では、これに福岡(週3便)が加わり、関西は週5便が増便されている。

2020年3月下旬から始まる夏スケジュールでは、羽田へ週7便の就航枠確保が決まっている。つまり、フィンエアーは最大6空港に週38便が乗り入れることになる。対して、欧州最大のエアラインであるドイツの「ルフトハンザ・ドイツ航空」は週26便なので、季節便を除いても、フィンエアーは“欧州勢ナンバーワン”になる。

小さな国の小さなエアラインがなぜここまでシェアを拡大できたのか。それは、日本と欧州を結ぶ飛行ルート上、フィンランドが極めて有利な場所に位置しているからだ。

■欧州まで最速最短、地の利を生かした戦術

「メルカトル図法」による世界地図に見慣れていると、北欧は日本からかなり遠い印象を受ける。だが、実際はそうではない。「正距方位図法」の世界地図と比べれば一目瞭然だ。

正距方位図法
正距方位図法(「どこでも方位図法」より CC BY-SA4.0)

フィンエアーはシベリア上空をまっすぐ飛行する「最短ルート」で欧州を目指す。このルートでは欧州の中で日本に最も近いのが北欧になる。つまり北欧が「欧州の玄関」にあたるため、東アジアを往来する路線は特に「欧州最速便」となり得るのだ。

フィンエアーの日本路線は、今春から最大6空港週38便となる。特に福岡と新千歳では、欧州直行は同社だけであり、日本国内で成田、関西、中部や近隣アジア諸国を経由するよりも早く欧州各地へ到着する。新千歳発で往路9時間半、復路9時間でヘルシンキ・ヴァンター空港に着く。欧州の大手航空会社に比べて約2時間、飛行時間が短縮されている。

また、同じアジアで「最速」を享受できる中国本土へも6都市に乗り入れている。2015年に欧州のエアラインで初めて最新鋭機エアバスA350の運航を始め、現在、発注したエアバスA350-900型19機のうち14機が運航している。他に長距離用機材ではA330-300を8機保有する。日本路線では成田、関西、中部、中国では北京首都や上海浦東空港などの路線などに投入し、日本や中国を含むアジア重視の姿勢が鮮明になっている。

■勝因は「乗り継ぎ需要」の掘り起こし

日本路線のライバルは、欧州最大のエアライン「ルフトハンザ・ドイツ航空」だ。世界ランク5位。グループの「有償旅客キロ」(RPK)で、2844億RPKで、会社の規模はフィンエアーの8.2倍となる。そのルフトハンザでさえ、日本路線は羽田、中部、大阪の3空港26便。しかもその数字はドイツのフランクフルトとミュンヘンの2都市への乗り入れの合計便数だ。フィンエアーの23便とさほど変わらない。

ちなみに、日系エアラインとの関係は次の通りとなる。同じ「ワンワールド」アライアンスの中でJALと共同運航を行っており、成田線においてはJALも自社でヘルシンキ行きを運航している。もちろんのこと、JALのヘルシンキ便でも最速便は変わらない。

フィンエアーは日本国内就航地でJAL便へ、JALはヘルシンキ以遠でフィンエアー便に乗り継げる。JALとは競合というより協力会社だ。対するANAは「スターアライアンス」のルフトハンザ航空などと共同運航で乗り継ぎ需要を掘り起こす。ANAとはライバル関係である。

こうした強豪に打ち勝つため、フィンエアーが重視したのが乗り継ぎ需要の掘り起こしだ。日本から乗り継いで行けるその先はフィンランド国内線のほか、ヨーロッパ、中東方面は116都市に上る。

提供=フィンエアー
乗り継ぎネットワーク - 提供=フィンエアー

そのネットワークを生かす拠点空港の施設も重要となる。ヘルシンキ・ヴァンター空港では2014年にターミナル拡張を開始し、2022年まで工事を完了させる計画だ。以前ほどのコンパクトさはないが、全ての出発ゲートがフロア続きで乗り継ぎ時間が短くて済むよう改装されている。

そもそも、ドイツの経済規模はGDPで4兆ドルとフィンランドの14.5倍に上る。JETROの調査では、フィンランドへの日系進出企業数は180社、在留邦人数は1825人。ドイツは企業数で8.4倍、邦人数で25倍も多い。

フィンランドにビジネスパーソンの渡航が多いとは言えず、急拡大も見込めない。観光客数もドイツやフランス、スペイン、イタリアに比べれば少ない。しかし、フィンエアーは日本と欧州を「最速最短」で結ぶ航空会社であるとアピールすることで、欧州方面に向かう乗り継ぎ客を取り込むことに成功したと言える。

■実際に乗ってみて体感できる「最速最短」

欧州への渡航は誰もが長時間のフライトを覚悟する必要がある。おおよそ12時間というのが、ロンドン、フランクフルトやパリまでの所要時間だ。個人的所感だが、10時間を超えると身体的苦痛は加速度的に増すように感じる。深い呼吸を繰り返したり、足がむくんだりする。これは筆者周辺にいる出張頻度の高い知人も同じように口にする。

筆者も実際にフィンエアーで欧州に飛んだ。

昨年12月中旬。正午ごろ成田ターミナル2から出発したフィンエアー機は、左手に富士山を遠方に見ながら新潟を通り、ハバロフスクからロシア、北極圏を通る最短距離で欧州を目指す。西へ向かうので、陽は落ちるが最後まで完全に暗くなることはない。

機内サービスは「マリメッコ」や「イッタラ」などブランドを取り入れ、女性の気を引いているようだ。さわやかで付かず離れずの接客は、突き抜けた印象に残るサービスというよりは、気をつかわず利用できるエアラインである印象を受けた。

筆者撮影

■「もっとゆっくり飛んで寝かせてくれ」

現地時間の15時過ぎ、ヘルシンキ・ヴァンター空港に到着。10時間で到達する欧州があることに感動した。今回はそのままドイツ・ハンブルクへ足を伸ばすことにした。

2時間の乗り継ぎはあったが、空港ターミナルビル内で乗り継ぎ時間を使いマリメッコやイッタラのショップを見ることができた。子供のいる家庭には、ムーミンショップもいいだろう。

乗り継ぎ便に搭乗して2時間でハンブルクへ到達。ドイツ北部に位置するためヘルシンキからであれば遠くない。出発時間は若干差があるが、ルフトハンザ・ドイツ航空でフランクフルトやミュンヘンを経由するよりも現地到着時間ではフィンエアーの方が1時間ほど早い。東欧諸国に向かうのであればさらに近く、フィンエアーが便利だろう。

筆者撮影

話は帰路に移る。現地時間の17時半ごろ、ヘルシンキを飛び立った機体は、日本時間の10時ごろに成田空港に到着した。ジェット気流が強くなる冬場ではあるものの、到着まで9時間を切ったことは感動的でさえある。到着時に「もっとゆっくり飛んで寝かせてくれ」と思ったほどだ。これを一度味わうと身体が覚えてしまい、ついついリピートしたくなる。

筆者撮影

格付けによる安心感も魅力の一つだと感じた。世界の空港や航空会社の格付け会社「SKYTRAX」による評価は、10年連続で北欧のベストエアライン。北欧で4つ星を獲得したのはフィンエアーだけだ。安全面では、エアラインの国際的安全評価機関JACDEC(Jet Airliner Crush Data Evaluation Centre)が毎年公開する「安全なエアライン100社ランキング」の2019年調査で1位に選ばれている。

■遅れた日本路線参入、拡大する利用者と利益

フィンエアーの日本路線就航は1983年にようやく始まった。欧州メジャーのルフトハンザ、ブリティッシュエアウェイズ、エールフランス‐KLMの各社は、1948年から1963年にすでに就航していた。だいぶ遅れての市場参入だった。

しかし、飛行ルートは大きく異なっていた。欧州メジャー各社は米・アラスカのアンカレッジやモスクワを経由していた一方、フィンエアーは就航当初より極北、シベリア経由の「最短ルート」で日本に直行便を飛ばしてきた。

フィンエアーは、日本市場へのテコ入れも懸命に行ってきた。外国エアラインにしては珍しく、日本人俳優をCMに起用。役所広司氏がイメージキャラクター「Mr.ヨーロッパ」を務めた。

実際、ここ数年は安定して成長を続けている。2014年から2018年の5年間で、売上高は124%(2,741億円→3,401億円)、税引前利益は270%(211億円→570億円)に増えている。日本線を含むアジア路線の収益は、国内や欧州、太西洋路線よりも多く全体の43%を占めている。

※編集部註:初出時の表記に誤解を招きやすい点があったため、増率の表現をあらためました。(1月24日12時57分追記)

フィンエアーは、日本路線がフィンランドに次いで重要なマーケットであると表明している。前述のルフトハンザ・ドイツ航空ではアジア・太平洋路線の収益構成は19%であり、根本的にマーケット構造が相違している。

後発のハンデを「欧州最速」のキャッチフレーズで克服し、日本人にとって欧州を身近なものにした。欧州各都市への乗り継ぎ輸送の利便性は旅行者を惹きつけており、「最短最速」を売りに路線を展開するフィンエアーは、日本市場で成功モデルと言っていい。

■フィンエアーの新戦略「新千歳ハブ構想」とは

双方向で乗客を獲得する必要のあるのがエアラインビジネスであり、フィンエアーも欧州で日本路線を売ることにも力を注いでいる。今回、筆者による取材で、フィンエアーは「日本の空」で築いた地位を固めるべく、新戦略を描いていることが明らかになった。

筆者撮影

それは、日本での最短距離である新千歳―ヘルシンキ線に乗客を集中させ、日本各地に輸送する「新千歳ハブ構想」だ。日本で直行便のある都市以外への輸送は、新千歳経由が最も効率がいい。日本を目的地とする欧州各地からの旅客を、ヘルシンキ、新千歳を経由して日本各地に送客する算段だ。もともと、ウィンタースポーツの盛んな欧州で北海道の雪質の良いことが広がり、冬場の集客が増えることも考えられる。

巨大なライバル会社を相手に日本市場で成功を収めたフィンエアー。成功の秘訣は何よりも「移動時間は短いに越したことはない」という旅行者の本音に忠実であったことだ。

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北島 幸司(きたじま・こうじ)
航空ジャーナリスト
大阪府出身。幼いころからの航空機ファンで、乗り鉄ならぬ「乗りヒコ」として、空旅の楽しさを発信している。海外旅行情報サイト「Risvel」で連載コラム「空旅のススメ」や機内誌の執筆、月刊航空雑誌を手がけるほか、「あびあんうぃんぐ」の名前でブログも更新中。航空ジャーナリスト協会所属。

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(航空ジャーナリスト 北島 幸司)

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