1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

米イラン緊張「不確定要素」はまだ消えていない

プレジデントオンライン / 2020年1月10日 18時15分

写真=CNP/時事通信フォト

世界経済を揺るがす軍事衝突が起こるのか

年明け早々、中東情勢の緊迫感が高まっている。

その発端は、米国がイラン革命防衛隊の精鋭“コッズ(正確にはクドゥス)部隊”のカセム・ソレイマニ司令官を空爆で殺害したことだ。1月7日にはイランがイラクにある米軍施設をミサイル攻撃するなど、不測の事態を懸念する政治や経済の専門家は多い。米国とイランの対立の歴史は長く、その経緯を踏まえて今後の展開を考える必要がある。

当面の焦点は、本格的な軍事衝突が発生するか否かだ。仮に本格的な衝突があると、中東地域全体の混乱が発生することが懸念される。それに伴い、原油価格の上昇を通してインフレ懸念が台頭するなど、世界経済にとって無視できない影響が及ぶだろう。

年初の金融市場では、一時、リスクを削減する動きがみられた。その後、米国イランともに軍事的な衝突を望まないことが明言されたこともあり、とりあえず、軍事衝突のリスクがやや後退している。米国を中心に世界的に株価が反発するなど、必ずしもリスクオフ一辺倒の流れにはなっていない。中東の地政学リスクから株価が下落する場面を押し目買いのチャンスと考える市場参加者もいる。

ただし楽観は禁物だ。今後、米国とイランが報復や追加攻撃に踏み切れば、中東情勢の緊迫感は一段と高まり、世界経済の先行き不透明感はさらに増すだろう。中東情勢がどうなるかは冷静に見守る必要がある。

米国とイランの緊密と軋轢の歴史

第2次世界大戦後、米国は中東での覇権を強めるためにイランとの関係を強化してきた。しかし、イラン革命を境に、米・イラン関係は急速に悪化し、今日に至っている。

1908年、中東においてはじめて、イランで油田が発見された。それ以降、イランは米英などから強い影響を受けてきた。1925年にはパーレビ朝が発足し、英国資本による油田開発が進んだ。その後1951年には民主的な選挙によってモハンマド・モサッデク首相が選出された。モサッデク首相は欧米の資本に吸い上げられてきた石油開発の恩恵を取り戻すべく、石油産業を国有化した。

1953年、ソ連への接近を警戒した米国などの関与によりイランではクーデターが発生し、モサッデク政権は崩壊した。民主的に選出された政権が米国の関与によって倒されたことはイランの社会心理に反米感情を植えつけるきっかけになったと考えられる。

1960年代、米国の支援を受けたパーレビ国王は“白色革命”と呼ばれる社会・経済改革を進めた。これによって、イランは米国の同盟国としての存在感を強めた。1970年代、オイルショックの発生による原油価格上昇もくわわり、イランは資本蓄積を進め軍事力を増強した。

中東地域における覇権強化

パーレビ国王の独裁色は強まり、経済格差も拡大した。この状況に対してイスラム教シーア派の指導者などの保守派は国王が米国とともに国富を独占していると批判し、対立が深まった。この結果、1979年にはホメイニ師を精神的な指導者としてイラン革命が発生し、親米姿勢をとってきたパーレビ王朝が崩壊した。

革命を境に米国とイランの関係は敵対的なものへと一変し、今日まで対立が続いている。1979年11月にはイランの米国大使館がイスラム法学校の学生によって占拠され人質がとられた。米国とイランの関係悪化は決定的となり、米国の反イラン感情も高まった。1980年4月に米国はイランとの国交を断絶し、現在まで経済制裁を課している。

一方、イランはイエメン、シリア、イラクなどでイスラム教シーア派の民兵組織を訓練するなどして中東地域における覇権強化に取り組んできた。

トランプ政権の発足後、両国間の関係は悪化

オバマ前政権下、米国とイランの関係が改善に向かうとの兆しが見えはじめた時期があった。しかし、トランプ政権の発足後、両国間の関係は悪化に転じている。

2015年7月、オバマ前大統領は、外交交渉を通してイランに核開発の制限を受け入れさせ、イランは米英独仏中ロの6カ国と核合意を結んだ。核開発の抑制と引き換えにイランは制裁の緩和を取りつけた。国際政治の専門家や市場参加者の間では、イラン核合意は、中東の地政学リスクを低下させる重要な取り決めだったとの見方が多い。

欧州のエネルギー、自動車企業などはイランの潜在的な需要の取り込みを目指し、イラン政府との交渉を進めた。穏健派のロウハニ政権も、徐々に欧米からの直接投資を受け入れる体制を整えた。イランにとって、外資を誘致して工業化をすすめ、経済の成長基盤を強化することはテロの温床をなくし、社会の安定を目指すために重要だったと考えられる。

親イスラエル票の確保を狙った

しかし、トランプ大統領は、中東での影響力拡大を目指しイランへの強硬姿勢を鮮明にした。とくに、2018年5月にトランプ政権がイランとの核合意から一方的に離脱した影響は大きい。それにより、オバマ政権から一転して米国がイランに強硬姿勢をとり、親イスラエルの考えを重視することが明確になった。その主要な理由の一つとして、同氏にとって重要な支持基盤の一つであるキリスト教福音派からの支持を取り込む狙いがある。

2019年の年末が近づくなか、大統領再選を目指すトランプ氏は無視できない世論の変化に直面した。11月後半、米国の一部の世論調査では“ウクライナ疑惑”をめぐるトランプ大統領の弾劾への賛成割合が約50%に達した。下院でトランプ大統領を弾劾訴追する決議案が可決された後、福音派の大手誌がトランプ大統領を批判する社説を掲載した。トランプ大統領はこの状況に危機感を持っただろう。

さらに、昨年末、イラクの米大使館が群衆に襲撃された。米国政府は、その背後にイランの関与があったと主張している。トランプ氏は親イスラエル票の確保を狙って、イランへの強硬姿勢を強め、ソレイマニ司令官の殺害につながったものとみられる。

今後の中東地政学リスクの展開予想

当面の焦点は、米国とイランの間で何らかの軍事的衝突が発生するか否かだろう。戦闘が起きるなどすれば、イランは世界の原油輸送の大動脈といわれるホルムズ海峡の封鎖に動くとの見方は多い。その場合、供給への懸念から原油価格は上昇し、徐々にインフレ懸念が高まりやすい。

インフレ懸念が高まると、各国の金利には上昇圧力がかかる。足許、世界経済は米国を中心とする低金利環境に支えられている。本格的に金利が上昇するとなれば、世界経済を支えてきた米国の個人消費が陰るなど、グローバルに減速懸念が高まる可能性がある。ホルムズ海峡を通って世界各国に供給される原油量は全体の2割程度に達する。イランが世界のエネルギー市場に与える影響は軽視できない。

1月上旬の時点で、米国を中心に株価は不安定ながらも大きく売り込まれる展開にはなっていない。実際に戦闘が発生する展開を真剣に警戒し、質への逃避に走る市場参加者はまだ多くはないようだ。

その背景には、イランは米国との衝突には耐えられず、さらなる経済環境の悪化も避けなければならないといった見方があるだろう。また、トランプ大統領としても、大統領選挙が近づく中で中東情勢をさらに混迷させ、先行き懸念を高めることは得策ではない。一部の世論調査でも、トランプ氏のイラン政策への懸念が増えている。当面、米国とイランは口先でのけん制や批判、警告を続ける可能性もある。

そうした見方が、株価の下落をとらえて短期目線で利得を狙う買いの動機となり、世界的に株価を支えていると考えられる。いますぐに中東の地政学リスクが拡大し、原油価格の急騰などを通して世界経済が混乱に陥るリスクは抑制されているといえる。

ただし、偶発的な衝突の可能性は排除しきれない。シーア派の民兵組織などの反米感情が高まり、民衆の暴動やテロが発生することも考えられる。それは中東の地政学リスクを追加的に上昇させ、原油価格の上昇要因となるだろう。米国とイランの関係悪化は世界経済の先行きを左右する無視できない不確定要素であることは冷静に考えなければならない。

----------

真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

----------

(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください