リベラル社会が直面する「少子化」のジレンマ
プレジデントオンライン / 2020年1月17日 11時15分
■「多様で寛容な社会」がもたらした矛盾
そしてサンタクロースは、世界のいろいろな場所で差別や暴力が起きたことに心を痛め、プレゼントを届ける先が減ってしまったということです。
フィンランドの古い言い伝えでは、いじめっ子には平和や言論の自由、人権への尊敬の念を取り戻させるため、プレゼントの代わりにお仕置きをするためのかばの木の枝が送られるそうです。
(NHKニュース『サンタ 北欧の故郷の村を出発 ことしのプレゼントは少なめ?』(2019年12月24日)より引用)
「メリー・クリスマス」ではなくて「ハッピー・ホリデー」と言いそうなほど「政治的にただしい」サンタクロース。多様性・寛容性をモットーにしてきた2010年代の西欧世界の「リベラリズム」のひとつの終着点を見るかのようだ。
多様性・寛容性の名のもとに、「だれもがただしく、だれもまちがっていない」社会を目指した。これによって一時の賞賛や共感は得られたが、しかし西欧的な価値観や道徳観とはけっして相容れない人びとと軒を連ねるような現実を受け入れなければならなくなった。
■西欧世界の「自縄自縛」
人権に重きを置き、これに基づいて「異邦人」を包摂することは、西欧的な価値観で育った人にとっては空気のように当たり前のことだった。保守的で排外主義的な価値観に基づく言動が、先進的で人権意識の高いリベラルな人びとにとっては「わるいもの」にしか見えなかった。だが、人類社会がたんに無知蒙昧だから、古臭く「わるい」価値観にこだわっていたわけではなかったのだ。それは社会の更新と再生産にとり合理的に――水が低きに流れ陽が東から登り西へと沈むように――収斂された形だったのだ。
いま西欧世界は動揺している。自分たちが広げてきた多様性という名のイデオロギーによって、自分たちの思想的リーダーシップが失われてしまったからだ。自業自得、自縄自縛といってしまえばそれまでのことだが、多様性という「相対化」の文脈が、自分たちの思想そのものにまで及ぶとは想像していなかったようだ。西欧的な価値観に相容れない価値観や宗教観を持った人びとに対しても「多様性」に基づいた「寛容性」を示さなければならなくなった。
■移民との軋轢が生じ始めたフィンランド
その課題に直面しているのが、「高福祉」で知られるフィンランドだ。フィンランドの移民人口はじわじわと上昇している(2000年には3.3%だったが、2017年には5.8%にまで上昇した)。そして、雇用や社会保障をめぐって、国民と移民との間で軋轢が生じ始めた。
(中略)
加えて、急速に浸透したのが「福祉の取り合い」という考え方だ。高い税金を納めているからこそ受けられるはずの「高福祉」。しかし移民や難民は、一度滞在許可がおりれば、国民と同等の生活保護、医療、教育を受けられる。「福祉の取り合い」は移民や難民が「高福祉」に“ただ乗り”しているという不公平感に基づくもので、シリアの内戦などに伴う移民・難民の流入が急増するなか、こうした議論は活発になった。
(NHK『外国人“依存”ニッポン:「世界一幸せな国」フィンランドと「福祉の取り合い」』(2019年5月29日)より引用)
「自分たちの価値観や文化に相容れず、また国民の雇用や社会保障を奪う移民を排除しなければならない」という機運が高まり、国民主義を標榜する政党「真のフィンランド人」が台頭し、2019年4月の総選挙では、とうとう野党第二党にまで迫ったのだった。
■「思想のための自殺」を遂げつつある
(朝日新聞『34歳女性が首相、日本との差は? フィンランドの要因』(2019年12月22日)より引用)
フィンランドはいままさに、国内に高まりつつある反リベラリズム(「反・多様性」「反・寛容性」)の機運を挽回すべく、最後の戦いを開始した。若い女性たちをリーダーに据え、自由・平等・博愛・多様性・寛容性・男女平等――まさに、2010年代西欧リベラリズムの総決算ともいえる布陣で、これを迎え撃とうとしているのだ。
だが、そうしたメッセージ性を強く押し出すほど、野党第二党にまで迫った国民主義政党「真のフィンランド人」が活気づいてしまうだろう。なぜなら、そうした「政治的ただしさ」のメッセージ性に辟易している人びとが「真のフィンランド人」の支持者層となっているからだ。
いかに「政治的にただしい」メッセージ性を有して思想的な勝利を収めようが、最新の統計によればフィンランドの出生率はもはや日本を下回る見込み(※)となっており、そのような国や社会には人口動態的な持続可能性が乏しい。まさに「思想のための自殺」に他ならないのだ。
※フィンランド統計局のデータによれば、2018年の合計特殊出生率は1.41。日本は1.42だった。
(フォーブスジャパン『最高レベルの子育て政策も無駄? 急減するフィンランドの出生率』(2019年10月19日)より引用)
■リベラリズムと「人口の確保」は相性が悪い
リベラリズムは、リプロダクティブ・ライツを擁護し、産む自由・産まない自由をそれぞれ保障し、政治権力がこれに介入することを強く批判する。
だが、リベラリズムが愛してやまない「個人の自由・人権」を担保するのは(どのようなきれいごとを述べようが、実質的には)国であり、その国を維持するのは人口動態であるという致命的な矛盾を内包する。美しくただしい思想も権利も、それを担保してくれる国がなければ意味がない。そして国は、自分たちの生殖によってしか維持できない(あいにく移民は彼ら西欧人の思想信条や人権概念を必ずしも受け入れるとはかぎらない)。
ところで、なぜ旧来の価値観や伝統的宗教観では、女性の権利や人権が男性のそれに比べて往々にして低く見積もられていたのだろうか――西欧リベラリズムは「人間社会には根源的に女性蔑視が根付いていたからだ」と回答したが、本当にそうなのだろうか。「女性が男性並みに経済的・社会的に優位性を獲得したとしても、しかし男性のようには他人を扶養しようとはしなかった(からこそ、そんな共同体は生産人口が長期的に持続できず、結果的に女性蔑視的(だが、生産人口が安定している)集団に淘汰されてきた)」ということだったとしたら。
西欧人が自らの思想によって「産まない自由」などと言って子どもを作れなくなり、女性の人権(そもそも人権という概念が西欧的なものであるため、これを非西欧に当てはめて用いるのは適切ではないかもしれないが)を制限しながら、人口を安定的に再生産する思想(代表的な例がイスラム教の道徳的規範に基づくコミュニティであるだろう)との人口動態的な競争に敗れ去ろうとしているのは、その仮説の「答え合わせ」を示唆するもののように思える。
■「政治的にただしい」社会は持続しない
(WIRED『「世界人口が今後30年で減少に転じる」という、常識を覆す「未来予測」の真意』(2019年2月20日)より引用(※太字は筆者による))
女性が高学歴化し、社会進出し、活躍する――だれもが賞賛してやまない「政治的にただしい」メッセージ性を強く放つ、フィンランドの女性首相や女性閣僚をいくら賞賛しようが、しかしそのような「リベラルな社会」は持続しない。子どもが生まれないからだ。子どもが生まれない社会では、いかに立派な思想や道徳であっても継承できない。私たちは不老不死ではない。試験管ベビーもない。電脳化も無理だ。人工子宮もなければ、クローン技術もない。子孫を残して社会を継承するためには、生殖するしかない。
■「産めよ増やせよ」とは言えない西欧人
女性の教育を充実させ、もって社会進出を後押しするようなリベラルな思想は、たしかに人権的な観点では「ただしい」ことはいうまでもないが、しかし人口動態の観点からはその限りではない。
生殖に枷をはめたコミュニティは滅びる――本当にたったそれだけのシンプルな解答が、高度に洗練された西欧の英知を蝕み、いままさに倒壊させようとしている。「真のフィンランド人」の支持者たちは、金髪青眼の自分たち西欧人のアイデンティティが、皮肉にも自分たちの思想によって消え去ろうとしていることに気づいた人びとであるかもしれない。
しかしおそらく彼・彼女らには、「産めよ増やせよ」といった前時代的な社会思想を再インストールすることはできない。もし彼らが今後政権を取ることがあったとしても、ドラスティックな社会変革を企てるような力はない。いまの「政治的にただしい社会」よりも多少緩やかに現状を追認する程度の結果しかもたらさないだろう。なぜなら結局は彼らもリベラルな西欧人だからだ。
■世界を「ひとつのただしさ」へ導こうとしている
前述したとおり、多様性とは「たくさんのただしさ」を是認するような思想だった。
だが多様性を肯定する西欧社会には、「たくさんのただしさ」が乱立し、結果的に「ただしさ」が飽和した。自分たちの「ただしさ」をさえ侵襲してくるような「別のただしさ」を持つ集団の台頭を許し、いよいよ耐えられなくなってしまった。世界はやはり、たったひとつの「(私たちの)ただしさ」によって統べられるのがよい――そのように考えなおしたのだ。西欧世界はいま「ネオ・オリエンタリズム」とでもいうべきフェーズに移行している――すなわち、西欧人の基準による「ただしさ」によって世界を再び統一しようとしている。
自分たちの思想には致命的な弱点があるからこそ、その弱点を突くような思想が「多様性」によって擁護されてしまうことがアキレス腱となる。しかし世界中のどこに行っても、自分たちの思想が普遍的に準拠されていれば、「人口動態の枷」を持たないコミュニティによって自分たちが将来的に駆逐される心配もない。中東や東南アジア圏、あるいは中国に対する西欧文明の、「人権擁護」を名目にした文脈の非難はこのようにして起きる。この世界には、人権思想に恭順せず「多様性や寛容性の仕組みをハックして自分たちのコミュニティを脅かす存在」がいては困るのだ。
■「保守的でわるい」システムは、よくできていた
いま起きているのは、いうなれば「西欧リベラリズムの最終戦争」とでもいうべき現象だが、これは「断末魔」という風にもとれる。「自分たちに豊かで快適で先進的な暮らしを提供してくれたリベラリズムの思想では、人口が再生産できない」ということに、さすがにほとんどの人が気づき始めたのだ。
急速に科学技術を発展させながら進化を続けてきた西欧リベラル社会が「子どもを増やせない(しかもその空席を西欧リベラリズムに恭順しない人びとにとって代わられる)」という、こんな原始的な理由によって崩壊しはじめているというのは、人間の思想が人間の生物的宿命を克服することの困難さに嘆息するとともに、幾万年と続いてきたホモ・サピエンスの「保守的」で「わるい」システムが、しかしマクロ的には「よくできている」のだと再認識させるものだ。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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