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なぜゴミ屋敷の住人は平気な顔で暮らせるのか

プレジデントオンライン / 2020年1月30日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/keladawy

屋外にまでモノがあふれ出し、悪臭や害虫で近所を悩ませる「ゴミ屋敷」。住んでる人は平気なのだろうか。東邦大学看護学部の岸恵美子教授は「ゴミ屋敷住人は、かつてはきちんとゴミを捨てていたということも少なくない。病気や死別などで、『セルフ・ネグレクト』(自己放任)に陥ることは誰にでもある」という——。

■ゴミ屋敷は孤立死につながる生命の問題

近頃、テレビのニュースで「ゴミ屋敷」が頻繁に取り上げられています。「ゴミ屋敷」とは、「ゴミが積み重なった状態で放置された建物、もしくは土地」のことです。ゴミ屋敷の住人がゴミをため込んだり、ゴミをあえて捨てずにとっておいたりすることもあります。

またゴミが堆積しているために、他人からゴミを投棄されてしまうこともあります。そして悪臭やネズミ・ゴキブリの発生などにより、近隣の住環境や治安を悪化させることもあるので社会問題になっています。

こうしたゴミ屋敷が片付かないのは、何が問題なのでしょうか。そして単なるゴミの問題と済ませて良いのでしょうか。実はゴミ屋敷は孤立死につながる生命にかかわる問題でもあるのです。

■ゴミ屋敷を生出す「セルフ・ネグレクト」

ところで皆さんは、ゴミ屋敷住人にどのようなイメージを持っていますか? 「そもそも片付けができない人」「生活がだらしない人」「周りのことを考えない自分勝手な人」など、生活のルールが守れない困った人というイメージではないでしょうか。

ところが近所の方や親族に話を聞くと、ゴミ屋敷住人は、かつてはきちんとゴミを捨てていたということも少なくないのです。また、ゴミ屋敷住人が捨てていないにしても、家族の誰かが捨てていて、ゴミ屋敷になったのは何らかの出来事がきっかけだったということも少なくないのです。

ではなぜ、ゴミを放置するようになったのでしょうか? それは彼らのほとんどが「セルフ・ネグレクト」(自己放任)という状態に陥ってしまったからです。

■「日常生活に必要な行為を行わない」

セルフ・ネグレクトの特徴をひと言で言うと「日常生活に必要な行為を行わない」ことです。具体的には、洗濯をしない、風呂に入らない、病気なのに病院に行かない、食事をしないなどで、ゴミを捨てずにため込むのもその中の一つです。

セルフ・ネグレクトは具体的には、いわゆるマスコミ等で報道されている「ゴミ屋敷」や多数の動物の放し飼いによる家屋が不衛生な状態、本人の著しく不潔な状態などがあります。また家屋は不潔ではなくても、医療やサービスの繰り返しの拒否や食事をとらないということもあります。

セルフ・ネグレクトは健康に悪影響を及ぼし、水分や食事を摂取しなければ生命にかかわり、「孤立死」につながることもあります。

海外の調査では、高齢者の約9%がセルフ・ネグレクトであったという報告がありますし、特に年収が低い人、認知症、身体障がい者の場合には、15%に及ぶと報告されています。またこの調査では、セルフ・ネグレクト状態にある高齢者の1年以内の死亡リスクは、そうでない高齢者に比べ、5.82倍であったと報告されています。つまり、セルフ・ネグレクトは決して軽視できない問題なのです。

■判断・認知能力の低下、落ち込み、喪失感

ではなぜ、日常生活に必要な行為を行わなくなってしまうのでしょうか。認知症や精神疾患等の病気により判断・認知能力が低下して、自分で生活に必要な行動ができなくなったり、生活する意欲が失われたりすることがあります。

また、判断・認知能力の低下はなくても、何らかのライフイベントによる気持ちの落ち込みや喪失感、人間関係のトラブルなどによる生きる意欲の低下や孤立感から、セルフ・ネグレクトに陥ってしまう場合もあります。

明確に生きる意欲がわかないと自覚するというより、「面倒くさい」「もうどうなってもいい」という気持ちが、やがて生活の破綻をきたし、数カ月後にはごみ屋敷になっていきます。

多くは一人暮らしの高齢者で、いくつかの調査では男性が多いという結果もありますが、男女差は明確ではありません。また最近は引きこもりの長期化・高齢化に伴い、50代から60代の引きこもりの人の中に、セルフ・ネグレクトに陥る人がみられ、8050問題と言われています。

セルフ・ネグレクトというと、一人暮らしというイメージを持たれますが、家族がいても家族からネグレクトされた結果、セルフ・ネグレクトに陥る人もいます。最近は母子世帯等で母親が病気などで家事や育児ができないために、ゴミ屋敷で家族で生活し、家族ごと孤立しているという場合もあります。

■誰にでも起こりうるセルフ・ネグレクト

セルフ・ネグレクトになるきっかけはさまざまですが、認知症やうつ等の発症で生活が困難になったり、年老いて足腰が弱り体を動かすのがつらくなったり、配偶者に先立たれ一人で生きていくのが面倒になったり、経済的に困窮し希望が見いだせなくなったという人などがいます。また日本人、特に高齢者に多いのは、プライドが高い人、また人から世話を受けることに遠慮がちな人がなりやすいようです。

それまではごく普通に社会生活を送っていた人が、病気やライフイベントなどがきっかけで起こりますから、誰もがセルフ・ネグレクトになる可能性があるのです。ただ、一つの出来事がきっかけで起きるというよりは、いくつかの要因が重なって起こることがあります。次に、よくあるケースを紹介しましょう。

①夫と死別し体を悪くしたA子さん・78歳
5年前に夫と死別し一人で暮らしていたA子さんはきちんとした性格で、毎日家の掃除と庭の手入れをしていました。ところが2年前に膝を悪くしてからは歩くのがつらくなり、掃除やゴミ出しが大きな負担になりました。気がつくと、家の中はゴミが積み重なり、庭も荒れ放題になってしまいました。そのころから近所の人との交流もなくなり、家に閉じこもる生活が続いています。

②妻に先立たれたBさん・73歳
Bさんは、定年後、専業主婦の奥さんと二人で暮らしていましたが、3年前に奥さんが他界。家のことはすべて妻任せだったので、料理や掃除、洗濯などの家事が一切できません。ゴミの分別や出し方もよくわからず、いつの間にか部屋にコンビニ弁当の空き容器や総菜のトレーがあふれています。Bさんは寂しさからか野良猫に餌をあげ始めたことがきっかけで、猫が何匹も家の中にいる多頭飼育の状態で、ゴキブリやネズミで家が不衛生になっています。

③老親の介護で離職したCさん・54歳
Cさんは、長年部品工場で正社員として働いていましたが、5年前に両親の介護が必要になり仕事を辞め介護に専念。3年前に二人を相次いで見送りました。両親が存命の時には年金で生活を共にできましたが、両親が亡くなった後の生活で預貯金を使い果たし、就職活動もうまくいかずイライラが募り、毎日昼間から酒を飲む生活になりました。風呂にも入らず、着替えもせずに、一日のほとんどを家の中で過ごしていました。栄養状態が悪いうえに、記録的な猛暑の中、冷房が壊れたままの部屋で孤立死をしているCさんが、異臭がすると気づいた近所の人の通報から発見されたのは2週間後でした。

④うつで家事ができないD子さん・32歳
D子さんは小学生の娘と二人暮らし。夫とは離婚し、シングルマザーとして娘を育てていましたが、派遣社員として勤務していた会社で上司とトラブルになり、うつ病を発症しました。その後会社を辞め、家に閉じこもる生活になりましたが、家にいると家事も子育ても何もする気が起こらず、娘の食事も作ることができません。娘がコンビニやスーパーで菓子パンや弁当を買ってきて、それを一緒に食べるという生活が続いています。家の中はゴミ箱がなく、足の踏み場がないほど物が散乱し、娘は「汚い」「臭い」といじめられた結果、学校に行けなくなりました。

■原因は、大切なものを失った「喪失感」

家族を病気や事故で失った人、災害により家を失った人、リストラにより仕事を失った人、友人や近隣住民とのトラブルで孤立している人、など、セルフ・ネグレクトで共通しているものを考えると、大切なものを失った「喪失感」があるかもしれません。

喪失感による心の隙間を埋めるためや、不安な気持ちを安定させるためにモノをため込んでいるのではないかと思えることがあります。

親しい人との死別の経験は最もストレスが高いことですが、他者との交流がなくなることや、親しい人から自分の存在を否定されることによって、「喪失感」を抱くことがあります。モノをため込む一方で、生活に必要な行為をしなくなることや、病気になっても受診や治療をしないこと、食事を十分にとらないことなどで孤立死に至ることがあるのです。

■「個人の自由」を尊重する社会が支援を阻む

ではセルフ・ネグレクトにならないためにどうしたらよいのでしょうか。心や体の病気が原因でセルフ・ネグレクトになった人は、病院で治療を受けるか、高齢者であれば介護保険のサービスを利用することで生活が改善することがあります。

経済的に困窮している人は、行政の窓口に相談に行き、就労支援や生活保護を受けることができれば、生活を立て直すことができるかもしれません。しかし、セルフ・ネグレクトの人は助けを求めることが「できない」人や、助けを求める状態にあることに「気づかない」人なのです。

ではその人の周囲にいる人が気づいてあげて、無理やりにでも病院に連れて行ったり、ゴミを行政が撤去したりしてしまえばよいのではと思う人も多いかもしれません。しかしそこに至るには大きな困難が立ちはだかっています。それは「個人の自由」を尊重する法の壁と社会です。

あなたが愛煙家だとして、医者から「体に悪いから煙草をやめなさい」と言われてその通りにしますか? きっと「医者に禁煙を強要する権利はない」と反論するでしょう。そう、私たちは法に触れず社会や他人に迷惑をかけない限り、いかなる行為も邪魔されない権利を日本国憲法第13条によって保障されています。

つまり、精神的な病によって認知力や判断力が著しく低下している場合を除いて、何人も他人の生き方や生活に介入することはできないのです。この「自由の尊重」は、愚行権とも言い換えることができます。つまり人は、たとえ他人から愚かな行為と思われようと、公共の福祉に反しない限り誰にも邪魔されない権利があるということです。

■セルフ・ネグレクトの先にある孤独死の現状

東京都監察医務院で取り扱った「自宅住居で亡くなった単身世帯の者の統計(平成30年)」によると、東京23区内の自宅住居で亡くなった単身世帯の65歳以上は男性が2518人、女性が1349人と2003年以降過去最高となっています。

また日本少額短期保険協会の「孤独死の現状レポート(2016年3月)」によれば、東京23区内の65歳以上の孤独死者(賃貸住居内における)の数は、2002年の1364人から2014年には2885人と2倍を超える増加となり、遺体発見までの平均日数は男性で23日、女性で7日です。

以前私が委員長を務めたニッセイ基礎研究所の調査では、孤立死の要因の約8割がセルフ・ネグレクトでした。セルフ・ネグレクトの先には孤立死が待っているといっても過言ではありません。それがわかっていながら手を差し伸べられない今の法律や社会の壁が立ちはだかり、孤立死は増え続けているのです。

■セルフ・ネグレクトに気づいたら

高齢化が進む日本では、今後、セルフ・ネグレクトから孤立死に至る人の数はさらに増えることが予想されます。こうした状況をふまえて、各地域の民生委員は一人暮らしの高齢者への訪問活動を行ったり、行政では見守りボランティアを養成したりするなど、高齢者の見守りに力を入れています。また地域包括支援センターは高齢者の支援を、保健所・保健センターでは精神疾患や障害を持つ人の支援を行っています。

しかしセルフ・ネグレクトは当人がSOSを出さないため、発見することが困難であることと、発見した時にはすでに孤立死していたり、病気が重症化したりしていることがあります。また予算や人員に限りがあるので、行政がさまざまな機関と連携して対応しているこのの、一人ひとりに細やかな対応をすることはできません。

そこで必要になってくるのが親族や知人の協力です。

セルフ・ネグレクトの人のほとんどは他者に心を閉ざしていますが、子どもやきょうだい、友人なら心を開くことがあります。実際、親族や友人の説得によりゴミを捨てるようになったり、医療機関を受診したりするというケースは多いのです。

仮に家族や親族では説得が難しくても、本人の情報を民生委員や地域包括支援センターに伝えれば、何らかの支援につなげてもらうことが可能です。

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岸 恵美子(きし・えみこ)
東邦大学看護学部、東邦大学大学院看護学研究科教授
1960年東京都生まれ。看護師、保健師。日本赤十字看護大学大学院博士後期課程修了。看護学博士。東京都板橋区、北区で16年間保健師として勤務した後、自治医科大学講師、日本赤十字看護大学准教授、帝京大学大学院医療技術学研究科看護学専攻教授を経て、2015年より現職。高齢者虐待、セルフ・ネグレクト、孤立死を主に研究。

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(東邦大学看護学部、東邦大学大学院看護学研究科教授 岸 恵美子)

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