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「同一労働同一賃金」で一番得をするのは誰か

プレジデントオンライン / 2020年1月28日 6時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/itakayuki)

いよいよ始まる「同一労働同一賃金」で何が変わり、正社員への影響にはどのようなものがあるのか。4月に施行される「パートタイム・有期雇用労働法」について、人事・労働分野に詳しいジャーナリストの溝上憲文さんが徹底解説する。

■「同一労働・同一賃金」で何が変わるか

政府の働き方改革関連法の大きな柱である同一労働同一賃金の規定を盛り込んだ「パートタイム・有期雇用労働法」の施行が2020年4月と直前に迫っている(中小企業は2021年4月)。

この法律の目的は、均等・均衡待遇原則に基づき正社員と非正社員の不合理な待遇差を解消することにある。非正社員とは有期雇用契約労働者、パートタイム労働者、派遣労働者のこと。均等待遇とは、働き方が同じであれば同一の待遇にしなさい、均衡待遇とは働き方に違いがあれば、違いに応じてバランスのとれた待遇差にしなさいということだ。

では具体的に何が変わるのか。正社員と非正社員の間の均等・均衡待遇原則の判断基準となるのが4月の法律施行と同時に施行される「同一労働同一賃金ガイドライン(指針)」だ。

ガイドラインでは、基本給、賞与のほか、役職手当、特殊作業手当、特殊勤務手当、時間外労働手当の割増率、通勤手当・出張旅費、単身赴任手当、地域手当、福利厚生などについて判断基準を解説している。

たとえば基本給については「能力・経験」や「業績・成果」、あるいは「勤続年数」に応じて正社員に支払っている場合は、非正社員も実態が同じであれば同じ額、違いがあれば、違いに応じた額を支給しなければならないと言っている。また、正社員の基本給が毎年、勤続に伴う能力の向上に応じて昇給する場合、非正社員も同じ能力が向上すれば同じ額を昇給させ、能力に違いがあればその違いに応じた昇給をしなければならない。ボーナスも会社の業績への貢献度に応じて支給する場合、非正社員が同じ貢献をしていれば同じ額を、貢献度に違いがあれば違いに応じた額を支給する必要がある。

■「非正規はボーナスゼロ」は許されない

実際は正社員と非正社員の業務内容や責任の程度など働き方がまったく同じというケースは少ないだろうが、たとえば正社員が勤続年数だけで毎年昇給していれば、非正社員を昇給させないのはダメだということになる。

すでに法律施行前の裁判でも正社員との基本給格差が不合理だとして支払いを命じた判決もある(「学校法人産業医科大学事件」福岡高裁平成30年11月29日判決)。

この事件は、臨時職員として30年以上働きながら、同じ頃に採用された正規職員との基本給の額が約2倍も開いていたことについて裁判所は、均衡待遇の観点から不合理と断定したのだ。

また、ボーナスについても会社の業績貢献度に応じて支払っている場合、正社員だけに支給し、非正社員はゼロというのは許されなくなる。実際に昨年2月15日、大阪高裁は非正規はボーナスなしという常識を覆す判決を下している。大阪医科大学の時給制の元アルバイト職員の50代女性が正社員と同じ仕事をしているのにボーナスが出ないのは違法だとして裁判所に訴えた。一審の大阪地裁は訴えを却下したが、2審の大阪高裁は正社員と待遇差があるのは違法であるとしてボーナスの支払いを命じている。

■手当も同等に支給する必要がある

さらに正社員に支払われている諸手当については、均等待遇、つまり非正社員にも同じ額を支給しなければならないことだ。ガイドラインでは以下のような仕事(職務)に関連する手当について同一の支給を求めている。

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・業務の危険度または作業環境に応じて支給される特殊作業手当
・交代制勤務などに応じて支給される特殊勤務手当
・業務の内容が同一の場合の精皆勤手当
・正社員の所定労働時間を超えて同一の時間外労働を行った場合に支給される時間外労働手当の割増率
・深夜・休日労働を行った場合に支給される深夜・休日労働手当の割増率
・通勤手当・出張旅費
・労働時間の途中に食事のための休憩時間がある際の食事手当
・同一の支給要件を満たす場合の単身赴任手当
・特定の地域で働く労働者に対する補償として支給する地域手当等

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同じ職務や業務に従事している以上、正社員と非正社員の手当が違うのは不合理だという考え方だ。また、通勤手当や食事手当のように従事する仕事の内容とは直接関係ないのに、正社員に支給し、非正社員に支給しない、あるいは金額が異なるのは明らかに不合理だというものだ。

■企業がかかえる訴訟リスク

じつはガイドラインには家族手当(扶養手当)、住宅手当などは入っていないが、こうした生活関連手当は仕事の内容や出来不出来などの中身とは関係なく支払っている以上、正社員だけに支給し、非正社員に支給しないというのも合理性に欠ける。実際に地裁や高裁の判決でも扶養手当や住宅手当を支払うように命じる判決が出ている。

法律の施行が迫る中で、現在多くの企業が対応に追われている。もし、非正社員がこの格差はおかしいと思って会社側と争いになれば、最終的には裁判で決着することになる。ただし、今回の法改正では非正社員が「正社員との待遇差の内容や理由」などについて使用者に説明を求めたら、使用者は説明する義務があることが盛り込まれた。それでも使用者の説明に納得がいかない場合は、都道府県労働局の個別労使紛争を解決するための「調停」を求めることができる。もし使用者が十分な説明をせず、調停でも物別れに終わり、訴訟になったら裁判所から正社員との「待遇差」は不合理と判断される可能性が高くなる。

■法改正に対応できていない企業が多い

ではどれだけの企業が法改正に対応できているのか。エン・ジャパンの「働き方改革法実態調査(従業員数1000人未満の企業の人事担当者)」(2020年1月15日発表)によると、「すべて対応を完了した」企業が14%、「おおむね対応を完了した」が30%。計44%にすぎない。一方、「あまり対応できていない」が35%、「まったく対応できていない」が13%もある。

この中には来年の2021年4月施行の中小企業も含まれているが、今年4月施行の対象と想定される従業員300~999人の企業では、「全て対応を完了した」「おおむね対応を完了した」企業は計37%にすぎない。「あまり対応できていない」「まったく対応できていない」の合計は54%に上る。もし、このまま4月施行を迎えると、多くの企業が訴訟リスクを抱えることになる。

■正社員への大きな影響3つ

また、同一労働同一賃金が影響を与えるのは非正社員にとどまらず、正社員の処遇や働き方にも大きな変化をもたらす可能性が高い。なぜなら非正社員の処遇が向上すれば全体の人件費は確実に増える。日本経済新聞社の大手企業の「社長100人アンケート」(2019年9月20日)によると、人件費負担が「増える」「どちらかといえば増える」と答えた企業は46.9%に上る。また、日本経済研究センターの試算によると、正社員と非正社員の格差が大きい賞与について、正社員と非正社員の所定内給与の格差と同じにした場合、経済全体の総人件費は約8.3兆円増となり、割合にして2.9%分上昇するとしている(「『同一労働同一賃金』、人件費増の圧力に」2020年1月14日公表)。

企業としては、当然、人件費が増えることを極力回避したいと考えるだろう。実際に今、正社員に起きている動きや、これから起きると予想される動きは以下の3つである。

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1.非正規との格差の原因である諸手当の廃止・縮小
2.年功賃金から、年齢・勤続年数に関係のない職務・役割給への賃金制度の転換
3.昇給・昇格要件の厳格化

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■配偶者手当は縮小へ

諸手当については、たとえば家族手当は、支給要件は企業によって違うが、本人が世帯主であるかどうか、配偶者(妻)の収入、子どもの年齢、老親の有無などによって決まる。配偶者手当の支給要件は「年収103万円以下」という税制上の「配偶者控除」が適用される基準と同じ要件にしている企業も多い。それから外れる主婦パートには支払う必要はないが、近年では家計を支える男性契約社員やシングルマザーなども増加している。正社員と同じ家族手当の要件を満たす非正社員に支払うことはかなりの負担となる。

そのために配偶者手当などの諸手当を廃止・縮小する企業が増加するだろう。ただし、ガイドラインではそれを踏まえ、事業主が正社員と非正規社員の不合理な待遇差の相違の解消を行う際は「基本的に労使で合意することなく通常の労働者の待遇を引き下げることは、望ましい対応とはいえない」と釘を刺している。それを避けるためにたとえば既存の手当をいったん基本給に組み込み、数年かけて徐々に減らしていくことを考えている企業もある。

2の賃金制度の変更は、今まさに経団連が提唱している制度である。非正社員は職務に基づいた賃金(時給)が多いが、同じように正社員も年齢に関係なく、どんな職務・役割に就いているかで給与を決定する仕組みだ。正社員の現在の仕事内容を職務(等級)で区分し、職務等級に応じた給与を支払う。これによって正社員間だけではなく、非正社員の職務と分離することで、給与の合理的違いの説明を担保しようというものだ。

しかし、一方で年功によって自動的に給与が上がることがなくなり、固定費としての人件費を抑制することも可能になる。3の措置は、2の賃金制度の大幅な変更はしないが、従来以上に昇給・昇格の要件を厳しく制限することで人件費の圧縮を図ろうとする手法である。

■男女の賃金格差もクローズアップされる

こうした動きは正社員の女性にも影響を与える可能性がある。前述したように今後は正社員と非正社員の格差の合理的説明が義務化される。ということはこれまで曖昧だった給与のあり方を改め、誰もが納得できる仕組みに変えないといけないということだ。正社員間でも男女の給与格差が長年指摘されてきたが、同一労働同一賃金の法制化を契機に男女間の賃金格差の縮小を促していく可能性もあるだろう。

また、給与に付随する昇格・昇進にしても、今までは上司の好き嫌いが多分に影響する要素もあったが、それが厳格化され、あるいは職務給制度になれば、これまで以上に客観的かつ合理的な理由が求められてくるようになるだろう。

同一労働同一賃金の施行が非正社員の権利の保障にとどまらず、男女間の格差の是正につながることを期待したい。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)

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