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なぜ日本は世界一の「薬剤師パラダイス」になったのか

プレジデントオンライン / 2020年1月31日 11時15分

撮影=プレジデントオンライン編集部

大きな病院の門前には、同じような店構えの調剤薬局が並ぶ。なぜこうした風景が生まれたのか。『日本国・不安の研究 「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』(PHP研究所)を出した作家の猪瀬直樹氏は「調剤薬局の青年がフェラーリを乗り回しているという話が取材の端緒だった」という――。(後編/全2回)

■年間8兆円、薬局調剤医療費の不思議な仕組み

——『日本国・不安の研究』では、調剤薬局を切り口に、薬局調剤医療費(年間8兆円)の問題点を指摘しています。

国民医療費43兆円のうち、医科診療医療費が31兆円を占めています。8兆円の薬局調剤医療費はあまり目立たないのですが、きちんと精査する必要があります。厚生労働省が場当たり的に「医薬分業」を進めた結果、薬局調剤医療費……とくに1兆9000億円の調剤技術料をわれわれが負担しなければならなくなった。

——医師が薬の処方を、薬剤師が調剤を分担する「医薬分業」については明治期に遡(さかのぼ)って解説していますね。

そもそも「医薬分業」自体は悪いことではないんです。欧米の先進国でも当たり前に行われています。日本では明治時代から「医薬分業」の必要性は訴えられていたものの、医師が収入源だった調剤権を手放さなかったために「医薬分業」が定着しなかった。

昔は医師が仕入れた薬を倍くらいの値段で、大量に処方していた。もちろん「薬漬け」「過剰投与」と批判された。医師だけが儲かる仕組みに対して、「それじゃまずいだろう」と厚生労働省は「医薬分業」へと舵を切った。

その結果、昔は当たり前だった病院内での処方が減りました。そして患者みんなが病院の外に並ぶ「門前薬局」で薬をもらうようになった。現在、病院内での処方は3割。残りの7割が病院外の薬局の処方されている。

■医薬分業に潜む「政策コスト」

——そこだけ聞くと、医者が不当に儲けられなくなり、患者は適正な価格で薬をもらえるようになる気がするですが。

撮影=プレジデントオンライン編集部

政策コストがかかりすぎて、そのコストをわれわれ利用者が払っているから問題なんです。政策コストとは、政策を実現するためにインセンティブを与える費用です。「医薬分業」で言えば、医師、病院から薬剤師、薬局に調剤業務を移行させための必要な費用です。

その政策コストの1つが、先ほど指摘した調剤技術料です。調べれば調べるほど、1兆9000億円の調剤技術料にどこまで合理的な根拠があるのか疑問がわいてくる。

一例ですが、高血圧、糖尿病、不眠、胃炎の70代の患者が28日分の薬を処方してもらったとします。病院内の場合は320円で済むのに、「門前薬局」に行くと3450円もかかる。

——病院内で処方されるより10倍以上も高いとは驚きです。

それだけではありません。そのなかでも調剤料は、院内が90円に対し、院外が2400円。実に27倍ですよ。それに「お薬手帳」ってあるでしょう。あれも持っていても持っていなくても、380円かかる仕組みになっている。

院内処方と院外処方の診療報酬上の評価(例)

結局、医師のボロ儲けを防ぐための「医薬分業」が、薬剤師がボロ儲けする構造になってしまった。

——なぜ是正しないのでしょうか

それは大玉送りだからですよ。

■根本的な見直しを怠り、既得権益が積み重なる

——大玉送りですか?

運動会で、隊列を組んだ子どもたちが、両手を挙げて大きな玉を移動させていく競技があるでしょう。調剤医療費を巡る問題を先送りしていくさまが、まさに大玉送りなんです。

2、3年で担当が代わる役人が長期的なビジョンもなく「医薬分業」を実現するために少しずつ修正した。そして「医薬分業」を達成してみると、必要以上に政策コストがふくらんで調剤技術料が1兆9000億円になった。

付け加えるなら「門前薬局」の増加が、薬剤師の雇用を生んで、薬科大学の定員が大幅に増えた。私学薬学部の定員は1990年代と比較すると2倍になっています。また人口1人あたりの薬剤師の数は諸外国に比べても飛び抜けて多い。増え続ける薬剤師が食べていくためにも、高額な調剤技術料が必要になる。そうした産業構造がつくられてしまった。

■調剤薬局の若手経営者がフェラーリのお得意さん

——いつの間にか病院の前にたくさん並ぶようになった薬局の源泉は、私たちが無自覚に支払っていた薬局調剤医療費だった、ということですね。

風景の変化は、自覚的に見ていかないと気がつきませんからね。私にも「門前薬局」の風景に違和感を持つきっかけがありました。

数年前、散歩の途中で立ち寄ったフェラーリ販売店の店主と雑談していると、チャラチャラした若者が店員と立ち話している。とてもフェラーリに手が届く収入があるようには見えない普通の青年でした。不思議に思って、店主に「あの青年は、冷やかしなのかね」と尋ねると「お得意さんです」と答えた。

聞けば、調剤薬局の経営者だという。実を言えば、そのとき「チョウザイヤッキョク」が「調剤薬局」と結びつかなかったし、聞いたあとも、なぜ調剤薬局がフェラーリを買えるほど儲かるのか分からなかった。

撮影=プレジデントオンライン編集部

——実際にそんなに儲かるのですか?

たとえば、1人で門前薬局を開業したとして、月20日間店を開けて、1日30人患者がくるとしましょう。受け付けしただけで支払わなければならない調剤基本料、調剤の数によって算出される調剤料、お薬手帳の料金など、薬剤費を抜いた技術料だけで“3450円×30人×20日=207万円”。これを年収にすると2484万円。経費を抜いて年収1000万円だとしたら、フェラーリにも十分手が届く計算になる。

■問題の根っこを見るには歴史的な視点

——なるほど。フェラーリを買いにきた若者をきっかけに「医薬分業」の歴史をたどり、薬局調剤医療費を削減する提言にまでいきついたわけですね。

医療や介護問題に限らず、いまの日本では、歴史的な視点が政治家にも専門家にも失われてしまっている気がします。社会がディズニーランド化してしまったと言えばいいかな。歴史の流れを見ようとしなくなった。

精神医療にしても「医薬分業」にしても、近代以降の連続性を見ていかないと問題の根っこは見えてこない。そもそもわれわれが日本人という意識を持ったのは近代――明治以降ですから。物事の本質をつかむには、明治時代に日本という空間が誕生して、日本の近代がスタートした時点にまで立ち返るしかない。

■国民国家としての日本をどうするか

いま日本のIT業界の人たちが盛んに「電子国家」を掲げるエストニア詣をしているでしょう。エストニアは、公的サービスの99%が電子化され、24時間年中無休で利用でき、住民票などの変更も選挙も確定申告もパソコンやスマホでできるそうです。マイナンバーカードのようなIDカードが1枚あれば、免許証も健康保険証も、お薬手帳も必要ない。

でも、エストニアを礼賛する人たちには、近代への目線が欠けている。視点が軽いと言わざるをえません。

エストニアはスウェーデンやロシアから長い間、占領されていました。彼らはいつ領土が奪われるかもしれないという危機感がある。だから領土を奪われ、国民がちりぢりになっても国民と国の電子データさえあれば、国家を再建できるという考えから「電子国家」として存続していこうとしている。

私は国民国家とは、ある意味での会員制クラブのようだと考えているんです。会費を払えば、さまざまなサービスを受けられる。日本ではエストニアのような危機感は持ちにくいのはわかりますが、人口が減少し、高齢化が進むいま、国民国家を維持していく上で、ギリギリのところにきている。とくに問題なのが『日本国・不安の研究』で提示した医療・介護です。ここを早く解決しないと日本は取り返しがつかないことになる。

■政治家や官僚は改革を実行できるのか

——『日本国・不安の研究』には増え続ける医療・介護費を消費者の利益に沿ってどのように削減していくか数々の提案が示されている。政治家や官僚は実行できるのでしょうか。

猪瀬直樹『日本国・不安の研究 「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』(PHP研究所)

政治家が地元しか見ていないからです。道路公団民営化のときも同じことを感じました。政治家は自分の地元に道路を敷きたい。高速道路が通らなければ、地元が寂れてしまう。地元をないがしろにしたら選挙に勝てない……。その気持ちは分からなくはないのですが、本来、政治家は天下国家を論じるべき存在です。地元だけを見ていると、国家の観点がなくなってしまう。

期待できるとしたら政権ですが、安倍政権は権力を持ったけれど、なにもやらない。権力があり、本気になれば改革できるはずなんですよ。だって、小泉さんは信念を持って郵政民営化をやり遂げたでしょう。

一方、官僚は当局の政策を立案する役割をになう。ただし担当者が2、3年で異動していくから、目先のことしか見ていない。長期で俯瞰する視点を持たず、予算なら前年度比を参考にして考えることしかできない。だから道路にしても、医療にしてもコストだけがどんどんふくらんでしまう。

将来を見通す政治家と実務を行う官僚がうまく補完し合う関係であればいいんだけど、現実はそうなっていない。近い将来、長期的なビジョンを持つ政治家が厚生労働大臣になり、私が書いた処方箋をもとに、医療・介護業界の改革に乗り出してほしいと考えているんです。

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猪瀬 直樹(いのせ・なおき)
作家
大阪府・市特別顧問。1946年、長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。2007年6月、東京都副知事に任命される。2012年12月、東京都知事に就任。2013年12月、辞任。2015年12月、大阪府・市特別顧問就任。主な著書に『天皇の影法師』『昭和16年夏の敗戦』(以上、中公文庫)、『ペルソナ 三島由紀夫伝』(文春文庫)、『黒船の世紀』(角川ソフィア文庫)、『猪瀬直樹著作集「日本の近代」全12巻』(小学館)。

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(作家 猪瀬 直樹 構成=山川 徹)

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