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受刑者同士に「償いとは何か」を問い詰めさせる驚きの効果

プレジデントオンライン / 2020年1月30日 9時15分

北尾トロ『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』(プレジデント社)

日本で唯一、受刑者同士に「対話」をさせる刑務所が島根県にある。20年間裁判傍聴を続けるノンフィクション作家の北尾トロ氏は「刑務所を出所した人のうち、5年以内に再び刑務所に入所する人の率は48.7%。だが、この刑務所で対話のプログラムを受講した人の再入所率は9.5%。受刑者同士が『償い』について話し合う効果は大きい」という――。

■2人に1人は、再び刑務所に戻ってきてしまう現状

僕は20年間、裁判傍聴を続けてきた。これまで本連載で紹介したように善良なビジネスパーソンが思わぬことで罪を犯し、転落する。その経緯と法廷の様子を『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』(プレジデント社)という本にまとめた。

では、判決が下った後、彼らはどこへ行くのか。有罪でも執行猶予がつけば社会に戻るが、実刑であれば刑務所だ。

誤解されがちなことだが、裁判は本来、有罪となった犯罪者を刑務所という“見えない場所”に閉じ込めるために行うものではない。死刑囚や無期懲役囚を除く受刑者の多くは、刑務所で一定期間罪を償えば出所して、一般社会に戻るのだから、また犯罪をおかさないよう受刑者を更正させることが刑務所の重要な役割となる。

では、日本の刑務所は更生させることに成功しているか。

2018年版の犯罪白書のデータを見てみよう。刑期を満了し刑務所を出所した者のうち、5年以内に再び刑務所に入所する人の割合は49.2%だから約半数が刑務所に戻ってくるという計算だ。

確信犯的に刑務所に戻ろうとする人もなかにはいるが、そうでない人もたくさんいる。でも、戻ってしまう。人々の偏見や、元受刑者を雇うところが少ないなど、社会全体が更生をしにくくしている面はあるだろうが、刑務所が役割を果たせていないことも否定できないだろう。

■国内唯一、受刑者同士が「対話」して過去や罪を振り返るプログラム

取材許可を得るまで6年。日本で初めてこの刑務所内にカメラが入り、受刑者に2年間密着したドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』(坂上香・監督)が1月25日に都内で公開された。

(C)2019 Kaori Sakagami
ドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』2020年1月25日~、東京・渋谷の「シアター・イメージフォーラム」を皮切りに全国で順次公開予定。 - (C)2019 Kaori Sakagami

筆者はひと足先に試写を観たのだが、正直驚いた。「刑務所がその気になったら、ここまでやれるのか」と思ったのだ。

舞台となる刑務所は、島根県浜田市にある「島根あさひ社会復帰促進センター」。刑務所という名称でないのは、ここが施設の設計・建築および運営の一部を民間事業者に委託して運営される刑事施設(官民協働刑務所)だからだ。あまり知られていないが、こうした刑事施設は、この島根のほかに山口、栃木、兵庫の各県にある。

映画が始まった瞬間、僕は度肝を抜かれた

センター内に入ったカメラが映し出す画面が、映画やドラマで観るような刑務所のイメージと180度違うのである。

まず明るい。雰囲気だけではなく、白い壁と木目の床がライトに照らされ、爽やかなのだ。受刑者が着ている服も黄色のポロシャツにチノパンで、監視するのはICタグとCCTVカメラ。部屋は個室で窓もある(普通はないのだ!)。全員丸刈りじゃなければ、ここが刑務所だとは思えない。従来の刑務所とは違う、新しいタイプの施設であることが伝わってくる。

■「負の感情」を互いに吐き出し、共有する

ここでは何が行われているのか。

映画が着目するのは、この刑事施設における「回復共同体(Therapeutic Community:セラピューティック・コミュニティ、以下TC)」というプログラムだ。このプログラムの特徴は、認知行動療法などの専門スタッフ指導のもと、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り更生を促すことだ。日本で唯一この施設がこれを導入している。

※英国の精神科病院で始まり、1960年代以降、米国や欧州各地に広まった。コミュニティ(共同体)が相互に影響を与え合い、新たな価値観や生き方を身につけること(リハビリテーション)によって、人間的成長を促す場とアプローチ。

受刑者の多くは、家庭の貧困や親からの虐待、周囲の人からの差別やいじめを受けた経験があり、それ以外にもさまざまな負の感情を抱え込んでいる。「対話」により、それらを隠すのではなく、吐き出し、共有する。

また、他の受刑者の話を受け止める役割も担う。半年間かけて科学的に裏付けられたTCを段階的に受けることで、自分自身と向き合わせるのが目的だ。

しかしながら、オレオレ詐欺、オヤジ狩り、傷害致死といった罪を犯した者が、他者との関係性の中で過去の自分をしっかり振り返り、未来に目を向けていくことができるのか。作品の最初から最後まで、ぴんと張り詰めた空気が画面に漂い、目をそらすことができない。

■受刑者が受刑者に直に「あなたにとって償いとは何ですか?」と問う

このTCに参加できるのは、初犯であることなどいくつかの条件を満たした40人のみ。カメラは20代の受刑者4人に密着。インタビューも挿入されるが、とりわけ印象的なのは、4人がほかの受刑者たちがほか受刑者との対話の中などで口々に言う「(物心ついて初めて)打ち解けられる仲間ができた」という言葉だ。このTCを受けることで、幼年期に親の愛情をあまり受けずに育ってきた孤独な彼らの心の中に「自分は一人じゃない」という意識が芽生えてくるのだ。

TCには専門知識を持つスタッフが関わっているが、スタッフが受刑者に講義を行うスタイルではなく、受刑者同士が輪になって語り合う。これが映画作品のタイトルの由来にもなっている。

受刑者のひとりが司会役をする中、ほかの受刑者が自分の過去を告白したり、ときには、他の受刑者から「今、刑務所で教育(TCのこと)を受けてて変われているんですか?」「あなたにとって償いとは何ですか?」などとを問い詰められたりする場面もある。1週間に計12時間のプログラムを体験していくうちに、最初は過去の自分や事件について多くを語らなかった受刑者が、重い口を開き、心を解放していく。

誰かが強制しなくても、くるべきときがきたら自分から話し始めるのだ。思い出しながら泣く受刑者。その話を聞いて、やっぱり泣いてしまう別の受刑者。少しずつ何かが変わっていく。

(C)2019 Kaori Sakagami
ドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』(坂上香・監督)より - (C)2019 Kaori Sakagami

■「窃盗がどうしていけないのかわからず、気がついたら盗んでいた」

例えば、母親は育児放棄で食事は学校給食のみで、3人目の父親からは家庭内暴力を受けた時期もあり、小学校でもいじめを受けていた真人(24・強盗致傷:オヤジ狩りや窃盗で刑期8年)は言った。

「強盗が悪いのはわかる。でも、窃盗がどうしていけないのか自分にはわからず、気がついたら盗んでいる状態だった。勝手に手が動いてしまうから、出所したらまたやってしまうだろう」

この心情の吐露に対して、他の受刑者たちは「そうなんやぁ」と否定も肯定もしない。が、彼らの“聞く力”によって、真人は初めて真剣に自分の盗癖について考え始める。

別の受刑者は、TCを受けるまでは「自分は人に加害を与えたとは思っていない。俺は被害者だなって勝手に思っていた」「被害者は(自分:受刑者の行為によって)亡くなってるんですけど、お前も悪いだろっていう部分もあった」と受刑者との対話やインタビューの中で語った。

(C)2019 Kaori Sakagami
ドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』(坂上香・監督)より - (C)2019 Kaori Sakagami

■「本当にそれでいいのか? もっと真剣に生きるべきじゃないか?」

カメラはときに外へも出て、TCを受講し終えた元受刑者(出所して社会人になった)の集まりを映す。見事に立ち直った人もいれば、再び犯罪をしてしまいそうな危なっかしい生活をしている人もいる。短期のバイトで職場を転々としている元受刑者が「本当にそれでいいのか? もっと真剣に生きたほうがいいんじゃないか?」と他のメンバーから詰め寄られ涙を浮かべる場面など、仲間を見捨てない気持ちにあふれてグッとくる。

この官民協働の刑務所の成り立ちと目的は、アメリカ発祥の「PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)」と呼ばれる仕組みをお手本としている。

国だけではなく民間の資金や能力を導入して、公共サービスの質を高めようとする考え方で、裁判員裁判の開始が2009年5月だったことを考えあわせると、刑務所の在り方を考えるべく、司法改革の一環として試験的に導入されたものだろう。

昨今のニュースや政治家などの言動を見ていると、なんでもかんでも自己責任、強いものになびき、弱いものを叩く風潮が強くなっているような気がする。人は失敗を恐れ、失敗した人を見下し否定することで優越感を抱こうとする。

でも、そんな世の中は息苦しくないだろうか。生きていれば何かにつまずくことあるのだから、失敗したら、次は失敗しないように頑張ればいい。でも、こんなふうと書くと、「そんなの甘い」と上から目線の意見が飛んできそうだが。

(C)2019 Kaori Sakagami
ドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』(坂上香・監督)より - (C)2019 Kaori Sakagami

■「再入所率」はTCのプログラム受講者9.5%、非受講者19.6%

この映画作品に支援員として出てくる同志社大学心理学部の毛利真弓准教授らが2009年2月~2015年3月のセンター出所後に再び刑務所に入った割合(再入所率)を調査したところ、このTCのプログラム受講者は9.5%で、非受講者19.6%の半分以下だった。先に紹介した国内全体での再入所率は49.2%。調査対象の母集団が異なるので単純な比較はできないが、かなり低いことは確かだ。受刑者同士による対話は再犯の欲効果において大きな効果を上げているのだ。

(C)2019 Kaori Sakagami
ドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』(坂上香・監督)より - (C)2019 Kaori Sakagami

もちろん、他のアプローチ法もあるだろう。受刑者が刑務所でどういう時間を過ごすべきか、本腰を入れて取り入れる時期に来ているのではないか。

その価値は経済的な面からもある。ひとりの受刑者にかかる経費は、年間数百万円と言われている。すべて税金だ。再犯者が減れば使われる税金も減る。しかも、彼らが更生して社会に復帰すれば、市民として税金を払い、稼いだ金を使う消費者にもなるのだ。

この映画に結論はない。

『プリズン・サークル』を観ることは、受刑者やそこで働く人以外は見ることのできない日本の刑務所が、どう変わろうとしているのか、その最先端を知るチャンスでもある。

興味本位でもいいと思う。エンドマークが出る頃にはきっと、犯罪について、回復について、再犯について、出所後の生き方について、これまで気にもしなかった気持ちが芽生えているに違いない。

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北尾 トロ(きたお・とろ)
ノンフィクション作家
主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』(小学館)、『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)など。最新刊は、『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』(プレジデント社)。公式ブログ「全力でスローボールを投げる」。

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(ノンフィクション作家 北尾 トロ)

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