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生物学者が「オカメブンブクこそ最強の生物だ」と断言する理由

プレジデントオンライン / 2020年2月11日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tonygeo

地表の7割を占める海底。そこに穴を掘って暮らしているのが「底生生物」だ。海底生物学と海洋地質学を専門とする清家弘治氏は、「わずか5センチほどの体長でありながら、“最強”と呼ぶにふさわしい底生生物がいる」という――。

※本稿は、清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■カニ、エビ、貝は「底生生物」の一種

最大の、最小の、最長の、最古の……。

生物に関する記述で、そういった表現が付いていると魅力的に聞こえます。それでは、「最強」というのはどうでしょうか。何をもって「強い」とするのかは難しいところなので、「最強」という言葉は科学的な表現としては不的確かもしれません。しかし、「最強の生物」と聞くと、なんだか凄いものを想像してしまいます。

これらを踏まえて、私が勝手に「最強の底生生物」と呼んでいるものがいます。それがウニの仲間である、オカメブンブクです。

なお、そもそもですが、私は底生生物というものを研究している科学者です。そして底生生物とは端的にいって海底の下、あるいは海底面の上に生息している生き物の総称です。

実は底生生物とは私たちの生活に、ごくごく身近な存在でもあります。たとえば食材として馴染み深い貝、カニ、エビなどがそれに該当しますし、ニョロニョロとした体のゴカイも底生生物の一種となります。生物学的な分類としては、軟体動物、節足動物、環形動物に分類されますが、あくまで生活型による分類では、これらは全て底生生物に該当します。

■ネズミのような小動物にも、お饅頭にも見える「オカメブンブク」

さて、その底生生物にて“最強”と目されるオカメブンブクのサイズは最大でも5センチメートルほど。ガンガゼやムラサキウニなどの一般的なウニに比べると、柔らかめの毛のような棘(とげ)に覆われています。ぱっと見、ネズミのような小動物、あるいはお饅頭のようにも見えます。

このオカメブンブク、「最強」といっても凄まじい攻撃力があるわけではなく、また強い毒を持っているわけでもありません。私がオカメブンブクを「最強」と呼んでいるのは、彼らが海底の生態系に及ぼすインパクトが非常に顕著、という事実があるためです。

画像=『海底の支配者 底生生物』

■棘を使って這い回る、海底の「かき混ぜ屋」

オカメブンブクをはじめとしたブンブクウニの仲間は、海底の砂や泥の中に埋もれて生活しています。彼らは口から堆積物を飲み込み、その中に含まれる有機物をエサとしています。

地面の中を移動する際には、体中に生えた棘を使います。棘を使って体前方の砂泥を掘り崩し、そして体の別の部位の棘を使って崩した砂泥を体の後方へと運搬します。この一連の棘の動きによって、オカメブンブクは自らが位置する空間を前に移動させ、海底下を自由自在に動き回っています。

海底直下でオカメブンブクが動き回った場合、その這い痕は海底面にも現れます。海底の表面がオカメブンブクの這い痕で覆い尽くされている様子(写真1)から、たくさんの彼らが海底下で蠢いている状況が想像できると思います。

画像=『海底の支配者 底生生物』

なお、オカメブンブクがいない、あるいは少ない場所であれば、海底表面には水の流れでできた、いわゆる「リップルマーク(さざなみ模様)」が発達します。

しかし、オカメブンブクが多数生息している場所では、リップルマークはオカメブンブクの撹拌作用によって破壊されています。オカメブンブクが海底の堆積物を激しく撹拌するので、海底の微地形が改変されているのです。そしてオカメブンブクによる海底堆積物の撹拌作用、これこそが、私が彼らを「かき混ぜ屋」、もしくは「最強の底生生物」と呼んでいる所以(ゆえん)です。

■自分たちしか生息できない海底を作りあげる

陸上の畑にたとえて考えてみましょう。

清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)

仮に、毎日のように徹底的に耕されている畑があるとします。このような場所では、何らかの植物の種が運良く芽生えたとしても、地面が頻繁にひっくり返されているため、植物は成長できません。同様に、そのような場所では、昆虫なども生息することは困難でしょう。

海底生態系でそのような影響を及ぼしているのが、オカメブンブクなのです。

実際に、オカメブンブクが多く生息している場所では、彼らによる“耕し”効果によって海底地盤が軟らかくなっています。つまり、彼らは海底の物性そのものを変化させているのです。そしてオカメブンブクが多数生息する場所では、彼ら以外に大型の底生生物はほとんど生息していません。

さらにオカメブンブクによる海底堆積物の撹拌は、海水の化学組成にも影響を与えています。これも身近なケースにたとえて説明しましょう。

お米を研ぐと、お米表面に付着しているヌカや汚れが懸濁して、研ぎ水が白濁するのは皆さんご存じだと思います。それと同じように、海底の砂泥をオカメブンブクが撹拌すると、それによって生じた濁り、つまり泥の中のアンモニアなど様々な物質が、海水中へと放出されます。

■海底にはユニークな名前のウニがたくさんいる

こうしてオカメブンブクは海底直上の海水の化学組成までをも変化させ、そしてこのことは他の生物、海底表面に繁茂する微細な藻類などの増殖促進にも繋がっているのです。私が「最強」と呼びたくなるのも理解して頂けるのではないでしょうか。

それにしても、オカメブンブクというのは変わった名前だと思いませんか? その名前は、棘付きの全体形が昔話の「分福茶釜」のタヌキに似ており、また表面の棘を取り去った白色の殻が「オカメ」のお面に似ていることに由来しているようです。

ウニといえば岩礁に生息して棘が長い生き物というイメージが強いかもしれませんが、実際にはオカメブンブクのように海底の砂泥に生息するものが多くいます。そしてそれらの種名には「ハスノハカシパン」、「スカシカシパン」、「ライオンブンブク」のように、とてもユニークなものが多いのがその特徴となっています。

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清家 弘治(せいけ・こうじ)
産業技術総合研究所地質調査総合センター主任研究員
1981年生まれ。広島県出身。文部科学省平成29年度卓越研究員。潜水士。専門は海底生物学、海洋地質学。2004年愛媛大学理学部生物地球圏科学科卒業、2009年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員PD、東京大学大気海洋研究所助教などを経て現職。受賞歴に科学技術分野の文部科学大臣表彰・若手科学者賞など。

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(産業技術総合研究所地質調査総合センター主任研究員 清家 弘治)

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