ゴキブリやネズミが「ほどよく小さいサイズ」であるワケ
プレジデントオンライン / 2020年2月17日 11時15分
※本稿は、清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■ジャングルジムのような「坑道」を掘るスナモグリ
スナモグリという底生生物がいます。節足動物で甲殻類であるスナモグリもアナジャコと並んで、われわれ巣穴形成生物研究者にとって、「スター」とも呼べる存在です。
スナモグリの巣穴は、三つ叉に分岐した迷路状のトンネルが続いているのがその特徴です。大変に複雑、しかし規則性のある形状で、たとえるならばジャングルジムのようになっています。
そしてこの複雑な巣穴には、やはりちゃんとした生態学的な意味があるのです。
スナモグリは海底の堆積物に含まれている有機物を主なエサとしています。そのため、エサにありつくためには地中を掘り進まないといけません。
そしてなるべく効率的に海底の下を探索し、エサを掘り当てるためには、このような巣穴の形が理想的というわけです。まさにこの巣穴はスナモグリが海底に作った“坑道”だといえるでしょう。
■体は小さいけれど、巣穴と影響はとても大きい
なおスナモグリ自体、体長は数センチメートルしかありません。しかし、その巣穴は巨大で、深さ1メートルに達するものも知られています。
スナモグリが掘り崩して生じた余分な砂は、巣穴開口部から地面へと放出されます。その結果、スナモグリがたくさん生息している干潟では小山状になった砂が多数見られます。
また時折、巣穴の入り口から勢いよく砂が噴出している様子を見ることができます。このことを火山にたとえて、「サンド・ボルケーノ(砂火山)」と呼ばれることもあります。
このスナモグリも、海底環境を著しく改変する生き物です。彼らの摂食活動によって干潟の砂が激しく撹拌され、干潟の地盤そのものが軟らかくなることが知られています。
地盤の硬さが変われば、そこに生息できる生物種も変わります。また、スナモグリによる海底堆積物の撹拌作用によって、海底下深くまで新鮮な海水が送り込まれるため、海底下の化学環境までもが改変されてしまいます。
スナモグリ自体はとても小さな生き物なのですが、その巣穴は大きく、そして干潟の環境を変えてしまうほどに大きな存在といえます。
■人様に掘ってもらった巣穴に住み着く生物がいる
なお底生生物が作った巣穴の中に棲んでいるのは、実は、巣穴を作った本人だけではありません。
そもそも巣穴は海底下にあるため捕食リスクが少なく、また巣穴の主が自らの呼吸のため新鮮な(酸素に富んだ)海水を引き入れているので、多くの小さな生き物たちにとって安全かつ快適な環境といえます。
実際、この恩恵にあずかろうと、多くの小型生物が巣穴の中に居候しています。広い意味での共生関係が、巣穴の中に存在しているわけです。これは人の家の中に、ゴキブリやネズミが勝手に居着いているのと同じです。
■居候でタダ飯食いのヒメマスオガイ
先述したスナモグリの巣穴にも、多くの小型共生生物が生息しています。
大きさ1センチメートルくらいのヒメマスオガイやクシケマスオガイという二枚貝がいます。彼らの仲間は、アナジャコが掘った巣穴の中に水管を伸ばして生息しています。
本来、捕食者が多い地面から逃れるためには、海底の土に潜ったり、自ら地面を掘り進んだりして生活する必要があります。しかし既に開いている巣穴に居候する道を選ぶことで、地面を掘る能力が無くても、安全な暮らしができているのです。
ヒメマスオガイの仲間も、その主食は海水中に浮遊しているプランクトンです。そのため、アナジャコの巣穴にひそんでいれば、アナジャコが起こす水流によって、そのエサまで自動的に運ばれてくる、ということになります。
安全で快適な家がタダで手に入り、ご飯まで目の前まで勝手に来るなんて、なんと羨ましい生活なんだろう、と思われた読者の方もきっと多いのではないでしょうか。
■シャコの巣穴には「ヨーヨーシジミ」が住んでいる
シャコの巣穴の中にも、興味深い共生生物がいます。特に面白いのが「ヨーヨーシジミ」と呼ばれる仲間でしょう。
ヨーヨーシジミはウロコガイと呼ばれる二枚貝類の一種。彼らは先ほど紹介したトラフシャコの巣穴の天井に足でくっついて、吊り下がって棲んでいます。
ではなぜヨーヨーという名称が付いているかというと、時折縮んだり、伸びたりを繰り返している様子が、文字通り、オモチャのヨーヨーに似ているからです。
ヒメマスオガイやヨーヨーシジミら、巣穴内にひそむ共生生物に共通しているのは、体のサイズがとても小さいということです。なおヒメマスオガイの体長は先ほども紹介したように大きくても1センチメートル、ヨーヨーシジミに至っては5ミリメートルしかありません。
巣穴の主に見つかってしまうと巣穴の外に放り出されてしまうかもしれないし、また、おこぼれで得られるエサの量もさほど多くは見込めないでしょうから、小さな体でいなくてはならないのも、仕方がないのかもしれません。
振り返って考えれば、私たち人の家に棲む共生生物も、おおむね目立たない大きさのものが多いのではないでしょうか。犬ぐらいの大きさがあるゴキブリやネズミがいたら、われわれは即座に家から叩き出すに違いありません。
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産業技術総合研究所地質調査総合センター主任研究員
1981年生まれ。広島県出身。文部科学省平成29年度卓越研究員。潜水士。専門は海底生物学、海洋地質学。2004年愛媛大学理学部生物地球圏科学科卒業、2009年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員PD、東京大学大気海洋研究所助教などを経て現職。受賞歴に科学技術分野の文部科学大臣表彰・若手科学者賞など。
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(産業技術総合研究所地質調査総合センター主任研究員 清家 弘治)
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