寿退社するつもりで入社した私が、役員会の直前に父から後継者指名された理由
プレジデントオンライン / 2020年2月18日 11時15分
■最初に配属された工場で、仕事の面白さに目覚めた
おいしそうな大福や季節の和菓子が並ぶ売場を、デパ地下などで目にしたことがある人も多いのではないだろうか。あけぼののお菓子はどこか優しく上品な印象で、手土産としても人気が高い。
四代目社長の細野さんも、あけぼののお菓子と同じく優しい雰囲気を持つ女性。祖父から父、そして自分へと受け継がれてきた家業に、どんな思いで取り組んでいるのだろうか。やわらかな口調で今の思いを語ってくれた。
「就任当初は、会社とは社長が先頭に立って変えていくものだと思っていました。でも、私たちのような企業は歴史の積み重ねで成り立っています。そこに気づいたとき、どう変えていくかよりも、先人が築いた土台の上に何をどう積み重ねていこうかと考えるようになりました」
現在は全国約80店舗と400人近い従業員を主導する立場。だが、入社前は後を継ぐどころか、自分は就職したとしても、結婚したら家庭に入るタイプだと思っ
そんな状況で、とりあえず入社した細野さんだったが、最初に配属された工場で仕事の面白さに目覚める。先輩たちに比べてあまりにも何もできない自分にショックを受け、「1日も早く成長しなきゃ」と思ったのがきっかけだった。
■顧客満足と利益の両立を叩き込まれた
「配属先の工場スタッフは約半数が知的障害を持った方。皆さんの手助けができればと考えて入ったのですが、新人がベテランの先輩たちの役に立てるはずがないですよね(笑)。自分でもびっくりするぐらい何もできなくて、仕事をなめていたなと痛感しました」
先輩たちに追いつこうと、和菓子づくりに励む日々が始まった。もともと目標を与えられると張り切るタイプ。そのおかげか成長も早く、少し仕事ができるようになってきた頃には、仕事の楽しさと同時に「自分がつくったものを買ってくれる人がいるんだ」と喜びも感じるようになっていた。
新人のほとんどが店舗に配属される中、工場勤務を命じられたのは細野さんただ一人。父親からは、娘だからといって甘やかされることもなく、「工場が経営的に成り立つようしっかり働きなさい」と口酸っぱく言われ、時には叱られることもあったという。
「そのおかげで、お客様に喜ばれるように、かつ利益も出せるようにという思いはかなり早くから持つことができました。それが仕事への意欲にもなりましたし、のちの配属先でもずっと同じことを心がけてきました」
工場で初めて父親の経営姿勢に触れ、同時に働くことの楽しさも知った細野さん。その後は結婚しても退職することなく、店長、企画室長、営業部長、商品本部長、取締役と着実にステップアップ。だんだんと会社の成長を担う立場へ近づいていく。
では、後継者としての自覚を持ったのはいつなのだろうか。あけぼのの創業家である植草家は、長女の細野さん、次女、三女、弟の4人兄弟。細野さんは幼い頃から、祖父母からも父親からも後継者は弟だと聞かされて育った。「だから自分が継ぐなんて、父から言われるまで思ってもみなかった」のだとか。
■「これからは女性社長の時代」と言われて
当時は今ほど女性活躍が進んでいなかった時代。後継者は男の子という考え方も根強く、細野さんもそういうものかと思っていたそう。ただ、若い頃一度だけ、父親に「男だから女だからという考え方はおかしいのでは」と言ったことがある。しかし、女性は結婚して苗字が変わるんだからと相手にされなかった。
それが変わったのは2004年。役員会を前に父親と2人で昼食をとっていた時、突然「この後、来季からお前を社長にすると発表する」と告げられたのだ。驚いた細野さんが理由を尋ねると、返ってきた答えは「これからの時代は女性が社長になったほうが面白いことができる」だった。
「役員会が始まる10分前のことでした。弟がいるのにとも思いましたが、今まで部下たちと積み上げてきたものを生かすには私が受けるしかないと。10分しかなかったので、自分が一番大切にしてきた仲間たちの顔がパッと浮かんで、それで決断できたのだと思います」
続く役員会で、細野さんは再び驚くことになる。父親は事業承継について誰にも相談しておらず、弟や親戚を含む役員全員が寝耳に水だったのだ。「皆、なぜ私なのかという顔をしていた」と笑いながら振り返るが、就任後に苦労しただろうことは想像に難くない。どんな壁をどう乗り越えてきたのだろうか。
第一の壁は社内の反発だ。父親は皆を引っ張っていくカリスマ型の経営者で、先代を慕う社員からは「前社長の時代はよかった」という声もたくさん上がった。だが、細野さんにとってこれは想定内。自身が父親の経営姿勢を尊敬していたこともあり、無理に気持ちを変えさせようとはしなかった。
第二の壁は時代性。父親の時は商品さえよければ売れたが、今は売り方や接客にも創意工夫が必要な時代。この点は営業や商品企画の経験を生かして変革に取り組んだ。ただ、理念や品質の部分は大切に守り抜いたため、顧客や社員の心が離れることはなかったという。
■新たなミッションのもと皆が一丸に
第三の壁はベテラン社員のプライド。古参社員や職人の多くは男性で、細野さんが意見を率直に言い過ぎた結果、関係が悪化してしまうこともあった。これを反省してからは、尊敬の念が伝わるよう“正論型”ではなく“相談型”の物言いに変更。相手ではなく自分を変えたことで、話し合いがよい方向へ向かうようになった。
「父がカリスマ型なら、私は協調型と言えるかもしれません。祖父と一緒に当社を立ち上げた祖母は、本当に優しくて社員皆のお母さんみたいな存在だったそうなので、父と祖母両方の長所を取り入れていけたら理想的ですね」
今は後継者としての大きな仕事を一つ終えたばかり。創業70周年を機に会社の進むべき方向を練り直し、全社員に向けて新たなミッションを発表したのだ。それは、創業時からの歴史を振り返り、今に至るまでつながっている「あけぼのの根底」を探り出す作業でもあった。
新たなミッションは「銀座あけぼのを、大切にする喜び連鎖を広げる会社にする」というもの。あけぼのを通して、一人でも多くの人が大切な人への思いを伝え、その連鎖が世代や国境を越えて広がっていきますように──。そんな思いを込めた。
昔からのあけぼのの理念に「お菓子が満たすのはお腹ではなく心」という言葉がある。細野さんのミッションからは、より多くの人の心を満たし、さらにその先にいる人の心も満たしていく姿勢が感じとれる。これは同時に、「この先も歴史を重ね続ける会社にする」という力強い宣言でもあるだろう。
ミッションをつくる際には、ある人からのアドバイスが軸になった。「会社は生き物だから、過去を理解せずに今を変えようとしてもうまくいかないよ」。その言葉に従って、細野さんはまず父親から会社の歴史や理念をつぶさに聞きとったという。
その過程では、父親がやってきたことと自分のやりたいことのズレも浮かび上がり、何度も衝突を繰り返した。だがある時、父親が「俺の時はこうした」と怒るのは、会社をよくしたいと願う気持ちからなのだと気づいた。
「その思いは私もまったく同じ。共通点を理解してからは対話がスムーズになりました。新しいミッションには、父をはじめ弟や親戚も『創業時からの思いが大切にされている』と納得してくれて、ようやく一丸になれた気がしています」
ファミリービジネスには、家族や親戚と共に働くからこそ持ち上がる問題も多い。第四の壁とも言えるこの難題を、協調型のリーダーシップと対話の力で乗り越えた細野さん。新しいミッションを携えて、あけぼのに次の歴史を積み重ねていく。
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曙 代表取締役社長
1964年東京生まれ。玉川学園大学卒業後、祖父が創業した和菓子屋「曙」に入社。工場スタッフ、たまプラーザ店店長、企画室長、営業部長、商品本部長を経て、2004年に父から事業を承継し四代目社長となる。4人兄弟の長女。
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(曙 代表取締役社長 細野 佳代 文=辻村洋子 撮影=小林久井)
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