中国依存に苦しみ続ける「ドイツの超長期政権」の末路
プレジデントオンライン / 2020年2月15日 11時15分
2020年1月19日、ベルリンで開かれたリビア和平会議にて、ドイツのアンゲラ・メルケル首相(右)が中国外相・楊潔篪(よう・けつち、左)を歓迎。ドイツ政府としては、19年4月に内戦の激化したリビアで模索されている国連主導の平和活動に貢献したい。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■長期政権の弊害に今一番苦しんでいる国
安倍首相の自民党総裁としての任期が2021年9月までと迫るなかで、ポスト安倍をにらんだ自民党内での動きが活発化している。後継の候補として何人かの有力な政治家が取り沙汰されているが、一転して安倍首相が党総裁として続投する展開も否定できず、今後はさまざまな駆け引きが自民党内で繰り広げられるだろう。
安倍首相の在任期間はすでに8年近く、憲政史上最長を更新し続けている。こうした長期政権が抱える最大の課題は、その権力の移譲にあると言える。政権が長期にわたり安定すればするほど、政治の新陳代謝が弱まる。その結果、次世代を背負う人材が十分に育たず、政治がかえって不安定となってしまうのである。
こうした長期政権の弊害に今一番苦しんでいる国の一つがドイツだ。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は2005年11月に就任して以降、4期約15年間にわたって政権を担ってきた。しかし17年の総選挙や翌18年の地方選で敗北を重ねたことで、21年の任期をもって政界を引退する意向を示し、与党キリスト教民主同盟(CDU)の党首を辞任した。
このようにメルケル政権は着実にレームダック化してきた。さらに悪いことにメルケル首相に代わってCDU党首に就任し、事実上の後継候補と目されてきたアンネグレート・クランプ=カレンバウアー(AKK)国防相が2月10日に党首を辞任する考えを示したことで、メルケル首相後のドイツ政治に対する不透明感が強まる事態となった。
■カレンバウアー党首のカリスマ性のなさが問題
日本と同様に、ドイツもまた本来ならば与党の党首が首相に就く。しかしながらメルケル首相は、自らの求心力の低下を受けて党首を辞任し、そのポストを事実上の後継者に禅譲することで、権力のスムーズな移行を図ろうとしたわけだ。しかしそうしたメルケル首相の期待を、カレンバウアー党首は裏切ってしまったことになる。
カレンバウアー党首にとって致命的だったのが、19年5月の欧州議会選後の発言だ。欧州議会選で与党CDUは連立を組む最大野党で中道左派の社会民主党(SPD)とともに議席を大きく減らした。その際にカレンバウアー党首は、選挙期間中にオンラインメディアに対する規制を設ける必要性について言及した。
一部オンラインメディアのインフルエンサーによる扇動的な政治活動に対する警鐘の意味を込めたカレンバウアー党首の発言は、言論の自由を阻害するものとして多くの有権者がこれに反発する事態を招いた。カレンバウアー党首では次期21年の総選挙は戦えないという機運が、CDU内に高まることになった。
結局のところ、カレンバウアー党首はドイツを率いるだけのカリスマ性を有していない。メルケル首相をはじめとするCDU指導部がそう判断したことが今回の辞任劇につながった。カレンバウアー党首はしばらくその職にとどまる見込みであるが、ポストメルケルのレースは振り出しへ戻ったことになる。
■新興勢力の台頭が与党の危機感に
各種世論調査によると、首位を走る与党CDUの支持率は30%を下回る程度にとどまっている。20%強の支持率で第2位の座にあるのは環境政党である緑の党であり、さらに極右勢力であるドイツのための選択肢(AfD)と最大野党のSPDの支持率が12~15%程度の支持率で拮抗(きっこう)し、第三勢力を争う構図となっている。
緑の党とAfDは、有権者が抱えるCDUとSPDに対する不満の受け皿となっている。政権の安定を重んじるドイツでは、少数与党政権を回避するために連立工作が行われるのが常である。このままCDUやSPDが党勢を回復できなければ、緑の党かAfDを政権に参加させる必要が出てくることになる。
CDUからすれば、右派と左派の違いはありながらも、長年タッグを組んできたSPDはまだ付き合いやすい。しかし環境対策を重視する緑の党は、経済成長を優先するCDUと利益相反の関係に陥る可能性が高い。とはいえ民族主義が強いAfDだと、EU(欧州連合)内での協調関係にひびが入ってしまう恐れがある。
ドイツ政治の安定のためにも、CDUの党勢の立て直しは急務である。そのためには、カリスマ性に富んだリーダーをいち早く擁する必要があった。しかしながら、満を持して登場したカレンバウアー党首が退場してしまった。メルケル首相以下、CDU指導部の焦燥感は非常に高まっていると言えよう。
■政治と経済が最悪のタイミングでかみ合う恐れ
新党首の候補としてはラシェット副党首のほか、メルツ元院内総務、シュパーン保健相などの名前が挙がっている。とはいえどの候補もCDUが単独与党に返り咲くようなカリスマ性を持っているとは言い難く、2021年10月までに予定される次期総選挙では、ドイツ政治の多極化が進むものと考えられる。
ドイツ経済は今、2つの大きな課題を抱えている。1つが過度に輸出に依存した経済モデルを是正しなければならないという点だ。メルケル政権下でドイツは、特に中国への輸出依存度を高めたが、中国経済の構造的な成長鈍化を受け、このモデルは徐々に立ち行かなくなってきている。足元では新型コロナウイルス騒動の悪影響も加わった。
もう1つが、東西ドイツ間に存在する格差問題への対応である。今年10月で東西ドイツ統一から30年が経つが、東西間には引き続き3割程度の所得格差があり、雇用格差もある。そうした格差がメルケル政権下であまり改善しなかったことが、旧東独地域でAfDが台頭する事態につながっていることは紛れもない事実だ。
これらの大きな課題を克服するためには、強いカリスマ性を持つリーダーの誕生が望まれる。しかし政治が多極化しつつある現在のドイツで、そうしたリーダーが生まれる展望は描き難い。政治の多極化と表現すれば聞こえはいいが、それは要するに、ドイツが抱える課題の改善を遠のかせる「決められない政治」の誕生に他ならない。
長期政権に安住し適切な後継候補を育まず、ドイツ経済の構造的な課題にも切り込めなかったCDU指導部の罪は決して軽くない。少なくとも先の任期の頃までは名相の誉れが高かったメルケル首相の最大の置き土産がドイツの落日であるとしたら、これほど皮肉なものはないと言えよう。同様のことが日本にも当てはまらないことを祈りたい。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介)
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