1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「92歳でわずか10センチ」震災を生き延びた二枚貝のすごさ

プレジデントオンライン / 2020年3月11日 11時15分

山田湾より船越湾方面(2016年08月13日) - 写真=時事通信フォト

東日本大震災は、海底の生物にも影響を与えた。震災前と震災後に岩手県の大槌湾と船越湾を調査していた清家弘治氏は「震災前後で海底の風景は全く変わってしまった。だが、震災を生き延びた生物もいた。我々がみつけた二枚貝は、なんと92歳だった」という――。

※本稿は、清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■海底でも「液状化」が発生していた

2011年に発生した東日本大震災は、陸上、沿岸のみならず、実は海底生態系にまで大きな影響を与えていたことをご存じでしょうか。

2011年の大震災は、地震と大津波という二つの要因に大きく分けることができます。

まず、地震の震動が海底生態系に及ぼす事象について考えてみたいと思います。

私が研究するユムシやゴカイ、貝やシャコなど、いわゆる底生生物の生息場所である海底地盤は、砂や泥などの堆積物に加えて、海水を含んでいます。ざっくりと説明しますと、海底地盤とは堆積物粒子の間を海水が充填している状態です。地震によって海底地盤が上下左右に揺すられると、海底地盤は液体のように振る舞います。この現象を「液状化」と言います。

地盤の液状化と聞くと、埋め立て地の住宅街で家が傾いた、というニュースがよく報道されていることもあり、陸上特有の現象であると思われているかもしれません。しかし実際には、海底地盤の液状化は常に水没している潮下帯でも生じます。2011年の東日本大震災の際にも、潮下帯の干潟で液状化が生じましたし、おそらく海面下の砂泥底でも発生していたはずです。

■二枚貝類が大量死していた可能性がある

それでは海底地盤が液状化すると、底生生物はどのような影響を受けるのでしょうか。

通常、液状化した地盤の密度は、底生生物の体のそれよりも、高いことがほとんどです。その結果、液状化した海底地盤の中では、埋在性底生生物の多くは浮き上がってしまいます。

多少強引なたとえですが、密度の低いヘリウム風船が、空気中で上方に上がっていく様を想像して頂くとわかりやすいでしょう。相対的に密度の低い物体が、浮力で浮かび上がるのです。

では大震災の地震動によって、海底で何が起こったのでしょうか?

たとえば、海底液状化により堆積物中に生息する二枚貝類などが浮かび上がり、大量死した可能性が示唆されています。地面に深く潜っている底生生物が地表面まで浮かんでしまうと、ふたたび同じ場所に戻ることができずに死んでしまうのです。また、海底液状化が生じると地盤の中の水が抜けるので、元の状態よりも硬く締まった地盤になります。このことが、底生生物がふたたび地面に潜ることを困難にします。

■大津波は底生生物の生活基盤を“根こそぎ”変えた

次に、大津波によって沿岸の底生生物が、どのような影響を受けたのかを考えてみましょう。

2011年の大津波は、最近生じた津波の中でも強烈なインパクトをもたらしました。リアス式海岸のように湾が奥まっている場所では津波の高さが増幅され、普段の海面の高さから約40メートルもの高さまで到達した例があったほど。それだけの高さの波が押し寄せれば、相当な破壊力を持っています。

大津波が起こると、海底の堆積物は急速に削剥(さくはく)されます。そして一方で、削剥された土砂は別の地点に急速に堆積していきます。

普段とは桁違いの規模の浸食・堆積作用によって、多くの底生生物は洗い流されたり、生き埋めになったりしました。また、海底の基質が津波によって泥底から砂底へ、あるいはこの逆のパターンで置き換わったりもしました。つまり大津波は、底生生物の生息基盤である海底を、文字通り“根こそぎ”変化させてしまうのです。

■たまたま震災前に岩手県の海底を調査していた

一方で私は、たまたま東日本大震災の約半年前となる2010年9月に、岩手県の大槌湾と船越湾で、底生生物を対象としたフィールド調査を行っていました。調査対象としたのは水深2~25メートルにかけての範囲です。

ただ「調査をした」とはいえ予備調査といった方がふさわしく、この二つの湾にどのような底生生物がいるかを確認するためのものでした。つまり、ある調査地点に生物種Aがいるのか、いないのか、という点だけを記録するといった簡単な内容です。そして、もしこの二つの湾に自分の研究対象となりそうな底生生物がいたら、2011年度以降に本格的な研究を開始しようと考えていました。

しかしこの予備調査の半年後の2011年3月、大震災が起こります。ニュースでは三陸沿岸が津波によって大きな被害を受けたことが連日報道されました。当然のことながら、私が調査した大槌湾と船越湾の海底生態系も、大津波によって、決して小さくはない影響を受けたと思われました。つまり、大槌湾と船越湾で半年前に私が偶然にも実施した調査の結果は、震災の影響を受ける前の状況を示す、貴重なデータとなります。

■海底の光景は、様変わりしていた

研究者である私は、震災後にも同様の調査を実施できれば、津波がもたらすインパクトを明らかにできると思いました。そしてむしろ「偶然とはいえ、震災半年前のデータを持っているのだから、その後の海底との比較調査を私は絶対にしなくてはならない」と責務を強く感じました。さらに言えば、潮下帯の海底生態系が自然災害によりどのような影響を受けるのかという点については、世界的に見ても知見が不足しているようでした。

そのような背景もあり、震災から半年後の2011年9月、私はあらためて大槌湾と船越湾での潜水調査を実施することにしたのです。

そこで得られた調査内容については、新刊『海底の支配者 底生生物』に詳しく記しましたが、結論からいえば、震災前後では全く異なった光景が海底に広がっていました。

海中で森のように茂っていたタチアマモ群落は消滅し、浅場の海底に大量に生息していたウニの仲間、ハスノハカシパンも姿を消し、さらには“海底のモンブラン”と呼ばれるタマシキゴカイの糞塊も見当たりません。また、深場の海底をいくら掘ってみても、私が“最強の生き物”と呼ぶオカメブンブクを見つけることはできませんでした。

震災前の船越湾で撮影したハスノハカシパン。これが震災後にはすべて姿を消していた。2010年9月。
撮影=清家弘治
震災前の船越湾で撮影したハスノハカシパン。これが震災後にはすべて姿を消していた。2010年9月。 - 撮影=清家弘治

■木の年輪と同じような模様が刻まれる二枚貝

これらの変化は大津波によって起こったもので、東日本大震災をきっかけに、多くの生物が船越湾から消滅、あるいは激減したことを示しています。

しかし、サナダユムシのように震災直後にも生息が確認された生物もいるわけで、震災直後に姿を消していたように感じても、われわれが、たまたま調査した際に見つけられなかっただけかもしれません。でも震災直後に採集記録がなければ、当然ですが「震災を生き抜いていた」とは断言できません。

一方で、貝のような殻を持つ生物であれば、その殻を調べることで過去の状況を知ることができます。特に二枚貝の仲間であれば、殻に木の年輪と同じような模様が1年に一つ、成長の痕跡として刻まれるため、それで何年生きていたかを知ることができます。つまり、震災後に採集された二枚貝の殻を調べれば、その個体が震災を生き延びていたかどうかがわかるのです。

■「生きる歴史書」92歳のビノスガイが見つかった

船越湾ではかなり稀にしか採集されませんが、ビノスガイ、という二枚貝がいます。船越湾だと水深20メートル程度の深場に生息しており、殻の大きさが約10センチメートル程度になる比較的大型の二枚貝です。

2013年の調査で、生きた状態のビノスガイが採集されました。震災直後に生まれたのであれば2歳ということになりますが、震災前から生きていて、大津波の攪乱を乗り切ったのであればそれ以上の年齢に達していることになります。このどちらかを判定するためには、先述した殻の年輪解析が役に立ちます。

そこで、私の共同研究者である白井厚太朗さん(東京大学大気海洋研究所・准教授)と窪田薫さん(海洋研究開発機構高知コア研究所・日本学術振興会特別研究員PD)が、このビノスガイの個体の年輪を解析し、年齢を調べました。

すると驚くべきことにある個体は、なんと92歳であることがわかりました。震災を乗り切ったどころか、私よりずっと年上の、かなりの長寿個体だったのです。採集された他のビノスガイの年輪も解析してみると、やはり長寿のものが多いことがわかりました。

こうした長寿のビノスガイについては、その殻の年輪を調べ、化学分析をすることで、過去の環境変動を知ることもできます。年輪はその殻が形成された年を、年輪の幅はその年のビノスガイの成長量を、殻の化学組成はその年の環境状態を記録しているからです。ビノスガイは船越湾の環境変動を語る「生きる歴史書」とも言えるでしょう。

■「1年で平均1ミリ」ゆっくり成長して長生き

ではこのビノスガイ、なぜこんなに長寿なのでしょうか。

ビノスガイ
撮影=清家弘治
ビノスガイ - 撮影=清家弘治

ビノスガイは他の二枚貝類と同じく、海水中に懸濁しているエサを濾しとって食べる濾過食者です。そして先ほど述べたように、船越湾の水には濾過食者のエサが少なく、濾過食者にとって過酷な環境です。実際、ビノスガイの生息密度はとても低く、稀にしか採集することはできませんし、90年以上も生きているにもかかわらず、その大きさは10センチメートル程度しかありませんでした。

大雑把な計算ですが、体サイズを年齢で割ると、平均して1年で1ミリメートル程度しか成長していないことになります。また年輪幅を詳しく分析すると、大きく成長した個体では1年に50マイクロメートル(およそ髪の毛1本の太さ)しか成長していないことがわかりました。

清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)
清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)

しかし、このように、ゆっくりとしか成長できないことが、むしろ長寿の原因となっているのかもしれない、と私は考えています。また、水深20メートル程度の深場という津波の攪乱を逃れやすい場所に生息してきたことも、長寿の要因の一つだったのかもしれません。

ともあれ、津波が海底生態系に与える影響を調べるため、一つの湾を対象に腰を据え、底生生物を研究した結果、ビノスガイのようにまったく予想もしていなかった新しい知見が得られることもあるのです。

研究を進めるほど、震災が海底に遺した爪痕の深さを思い知らされると同時に、私自身、とても驚かされた経験でした。

----------

清家 弘治(せいけ・こうじ)
産業技術総合研究所地質調査総合センター主任研究員
1981年生まれ。広島県出身。文部科学省平成29年度卓越研究員。潜水士。専門は海底生物学、海洋地質学。2004年愛媛大学理学部生物地球圏科学科卒業、2009年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員PD、東京大学大気海洋研究所助教などを経て現職。受賞歴に科学技術分野の文部科学大臣表彰・若手科学者賞など。

----------

(産業技術総合研究所地質調査総合センター主任研究員 清家 弘治)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください