周囲に「しんどい」と言えない人ほど薬物にハマりやすい
プレジデントオンライン / 2020年3月1日 11時15分
※本稿は、塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです。
■「反社会的で、嘘つきで、どうしようもない」のか?
【松本】世間一般の人は、薬物で捕まった人や薬物依存症の人を「反社会的で、嘘つきで、どうしようもない」と思いがちです。でも、多くの薬物依存者と会ってきた立場としてつくづく思うのは、“いい人”がたくさんいるということです。世の中にはいい人も悪い人もいっぱいいるけど、依存症と無縁の一般人とも何ら変わりはない。「クスリが好きなのがたまに瑕」程度の感覚で、いい人だと感じる人は本当に多いんです。
【塚本】実際、私も依存症回復施設に通ってみて、「依存症患者さんも普通の人なんだな」と感じる機会も多かったです。一見、我々の生活と変わらないような暮らしをしている人が、依存症からの回復を目指している。この事実は、彼らに会ってみないと気づけないかもしれません。
【松本】本当にそう思います。もっと世間の人たちが、彼らの存在に気づいてくれたらいいですよね。塚本さんにお会いしたときも「ああ、いい人だな」と感じましたし、「優秀なアナウンサーだったんだろうな」と純粋に感じました。だから、日本の厳しい偏見に晒されるなかで、それを武器にして生き延びて欲しいんですよ。
そんな風潮をどうにかして普及できないものかと、かねてから僕や「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子さんは考えていました。そういう意味では、塚本さんと会ったときに、モデルケースとして「オイシイ人が来たな」という打算もありましたけどね(笑)。
【塚本】そうだったんですね(笑)。
■逮捕後、性格にも変化が起こってしまった
【塚本】2016年に危険ドラッグの製造・所持で逮捕された後、私の環境は大きく変わりました。私自身の性格にも変化があり、「人と話すことに対する恐怖心」が芽生えてしまいました。たとえば今日、電車で新入社員と思わしき若者50人くらいの集団を見掛けたんです。もともと私は気軽に人に話し掛けてしまうタイプで、このときも以前の私だったら、彼らに「どこの会社なの?」「どこに行くの?」などと質問していたでしょう。ところが、逮捕されて以降、人に話し掛けることが怖くなってしまい、話し掛けられませんでした。
人と話すことが大好きだった私が、会話を怖れるようになってしまったと気づき、「そりゃうつにもなるよな」と再確認しました。ただ、うつで怖いのは「少し動けるようになった時期」ではないでしょうか。私は施設に行くことが決まった2017年の夏頃、先が見えて少し元気になったかな? という時期に、なぜか「人生を投げ出してしまおうか」とも考えたことがありまして……。
【松本】そうだったんですか。もしかしたら、施設に行かせない方がよかったのかな?
【塚本】いえいえ、私の場合、松本先生との診察が月に1回あったので、そこで気持ちをぶつけて踏みとどまることができ、むしろ感謝しています。とはいえ、「うつ症状が和らぎ、先が見えて、体も動けるようになった時期」って怖いなと感じたんです。
■薬物依存者の多くは「人に頼るのがヘタ」
【松本】たしかに怖いですね。実際、自殺が多いのはうつの症状が一番酷い時期ではなく、少し軽くなってくる時期ですから。うつの重症度がそれほど深刻ではない人であっても、その時期は危険。塚本さんにも、そうした危うい局面があったんですね。
【塚本】やはり病院や自助グループ(薬物をやめたい人が集まるコミュニティ)などと繋がることが大事なんだと思います。それまで私は「自分ひとりで解決しなくては」と思い込んでいましたし、これまでの人生でも「人に助けを求めてはいけない」と考えていましたから。しかし、病院と繋がったことで、「人に頼ってもいいんだ」と思えるようになり、すごく気持ちが楽になりました。
【松本】塚本さんもそうだけど、ほかの薬物依存症の人たちもセルフ・スティグマ(自分自身に持つ偏見)が強くて、“頼るのがヘタな人”が多いんです。しんどいときでも自分で解決しなくてはいけないと思い込んでいるから、酒やクスリを使ってその場を乗り切ってきた、という人が多い。だから「頼ってはいけない」という自縛に加え、「刑事法で罰せられた犯罪者」という事実がますますそのスティグマを強めてしまう。そんな人たちが精神科を訪れるというのは、実はすごく大変なことなんです。
■安心して愚痴をこぼせる環境がない
【塚本】自助グループに行ったとき、みんな平然と「しんどい」と口に出していたので、当初、すごく新鮮だったし不思議でした。でも、よくよく考えると「しんどい」と言える場所って、我々の生活ではほとんどないですよね。
【松本】うっかり口に出そうものなら説教されちゃいますよね。
【塚本】そうなんですよ。会社で「しんどい」なんて言ったら、「いや、もっと頑張れ」と返される可能性もあるし、評価が悪くなるリスクもあります。
【松本】安心して愚痴をこぼしたり、泣き言を言えたりすることが許される場所がないですよね。会社の産業医や産業カウンセラーがいる場所だったら大丈夫かと思いきや、勘の鋭い人は「裏で経営陣と繋がっているのでは?」と疑ってしまいます。僕だったら絶対にそう疑うし、相談できませんよ。ましてや「違法薬物をやめられないんです」なんて口が裂けても言えませんよね。
【塚本】施設に通っているとき、アルコール依存症で「産業医に勧められて施設に入った」という人がいまして、これは素晴らしいことだと思いました。さらには、「産業医に勧められてアルコール依存症から回復した」といった内容を社内広報で取り上げるケースもあるそうで、感心しました。ただ、さすがに薬物となると難しいですよね。
■薬物のことをオープンに相談できる場所が必要だ
【松本】EAP(従業員支援制度)のようなメンタルヘルスは、アルコール依存症の支援から始まったという歴史があります。ようやく日本も常識的になってきたと思いますが、薬物の場合はまだ無理ですね。
よく、薬物の問題を抱えている会社員の診断書を出すことがありますが「薬物依存」とは書けません。「うつ状態」などと診断名とは言えない表現で濁すんですが、それを見た産業医が僕の名前をネットで検索して「この先生って薬物依存の専門じゃない?」と突っ込まれることもあるようです。
【塚本】薬物依存から抜け出そうと通院していても、その通院歴が健康保険でバレてしまうのでは、と不安になる人もいる。心配を取り除きたいのに、通院そのものが心配の種になってしまうと、治療に繋がるだけでも大変です。
【松本】結局、いまの日本ですぐに通院を選択できる人は、残念ながら「あらゆるものを失って望みがなくなった人」くらいなんですよ。だから、もっとクスリの話に限らず、日々の困りごとについて、安心して相談できる場所を提供することが必要だと思います。
何かを相談する際、薬物に関わる話題が出てくることも当然ある。でも、ここで薬物のことを隠して相談したらカウンセリングにならないので、すべてを隠さずにオープンに話す場所があれば、明らかに乱用者の進行を食い止めることができると思う。ただ、いまの日本だと難しいかな……。悩ましいですね。
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元NHKアナウンサー
1978年生まれ。明治大学文学部卒業。2003年、NHK入局。京都や金沢、沖縄勤務を経て2015年に東京アナウンス室に配属。2016年に危険ドラッグ「ラッシュ」の製造・所持で逮捕され、NHKを懲戒免職となった。現在は依存症の自助グループに参加しつつ、依存症予防教育アドバイザーとして、依存症関連イベントにて司会や講演活動を行っている。
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精神科医
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長 兼 薬物依存症治療センターセンター長。医学博士。1967年生まれ。93年佐賀医科大学医学部卒業。横浜市立大学医学部附属病院などを経て、2015年より現職。近著に『薬物依存症』(ちくま新書)がある。
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(元NHKアナウンサー 塚本 堅一、精神科医 松本 俊彦 構成=松本晋平)
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