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劣悪なブラック企業で働き続ける人がいる納得の理由

プレジデントオンライン / 2020年3月6日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/South_agency

劣悪な待遇で働かされる「ブラック企業」が成り立ってしまうのはなぜか。脳科学者の中野信子氏は、「人の脳は“嫌なことの見返りとして報酬がある”と刷り込まれている。そのため、報酬そのものの存在がタスクを嫌なこととして認知させてしまう」という——。

※本稿は、中野信子『空気を読む脳』(講談社+α新書)の一部を抜粋、見出しなど再編集したものです。

■素晴らしいごほうびのある実験

子どもにやる気を出させたいとき、部下に自発的に頑張ってほしいとき、自身を鼓舞したいとき等々、自分も含めて誰かのモチベーションを上げたい、という場面には頻繁に遭遇します。

多くの人はそんなとき、目に見える報酬を用意して、モチベーションアップにつなげようとするのではないでしょうか?

たとえば、子どもには「成績が上がれば欲しいものを買ってあげよう」と伝えてみたり、部下には昇給や昇進を約束したり、自分自身にも「自分へのごほうび」を期して何ごとかを頑張ろうとしたりする、などです。

しかし、この方法は本当に良い方法と言えるのでしょうか?

この問題について、実験的に分析した人たちがいます。スタンフォード大学の心理学者レッパーの研究グループです。

実験は、子どもたちに絵を好きになってもらうにはどうしたらよいか、というテーマのもとに立案されました。子どもたちをふたつのグループに分け、片方のグループには「良く描けた絵には素晴らしい金メダルが与えられる」ということを前もって知らせておきます。もう一方のグループには、メダルが与えられるという話は一切しないでおきます。

■「ごほうびがある」=「その課題は嫌なこと」なのか

この操作のしばらくあとに、子どもたちのグループそれぞれに、実際にクレヨンと紙が渡されます。そして、子どもたちがどれだけ絵に取り組んでいたか、取り組んだ時間の総計と課題に傾ける熱心さを観察します。

すると、メダルを与えると伝えた子どもたちのグループは、メダルのことを何も知らなかった子どもたちよりも、ずっと課題に取り組む時間が少なかったのです。あたかも報酬を与えることそのものが、子どもたちを絵から遠ざけることになってしまったかのような結果でした。

絵を好きになってもらうために、良かれと思ってごほうびを約束したことが、かえって逆効果になってしまったのです。グループを変えて何度実験してもこの結果は変わらず、データには再現性がありました。

なぜ、このような現象が生じてしまったのでしょうか?

この実験を行った学者たちは次のように述べています。

子どもは、「大人が子どもに『ごほうび』の話をするときは、必ず『嫌なこと』をさせるときだ」というスキーマ(構造)をそれまでの経験の中から学習してきており、報酬を与えられた子どもは「大人が『ごほうび』の話をしてきたということは『絵を描くこと』=『嫌なこと』なんだ」と、報酬そのものの存在がタスクを嫌なこととして認知させてしまう要因になると指摘したのです。

■報酬とモチベーションとの関係性

これは、子どもに限った話ではありません。別の研究者による実験では、大人の被験者を対象に、公園でのごみ拾いという課題に楽しさをどのくらい感じたか、という心理的な尺度が測定されています。

「目的は公園の美化推進を効率的に行うにはどうすればよいかの調査です」と被験者には伝え、絵を描かせる実験と同様に、この実験でも被験者を2グループに分け、片方のグループには報酬として多めの金額を提示しました。もう一方のグループにはごくわずかな報酬額を提示しました。そして作業終了後には全員に、ごみ拾いがどのくらい楽しかったかを10点満点で採点してもらいました。

すると、謝礼として多めの金額を提示されたグループでは、楽しさの度合いの平均値は10点満点中2点となったのに対し、ごくわずかな報酬額を提示されたグループでは、平均値が8.5点だったのです。

つまり、何かをさせたいと考えて報酬を高くすると、かえってそのことが楽しさや課題へのモチベーションを奪ってしまうということが明らかになったのです。

公園のごみ拾いで高い報酬を提示された人たちは、ごほうびをもらえると言われた子どもたちと同じように「高い報酬をもらえるからには、この仕事はきつい、嫌な仕事に違いない」と考え、楽しさが激減してしまったのです。

逆に、ごくわずかな報酬を提示された人たちには認知的不協和が生じ、「わずかな金額でも自分が一生懸命になっているということは、この課題は楽しい課題に違いない」と自分で自分に言い聞かせるようになったと考えられます。

■ブラック企業でも辞めないのは、低い報酬だから

類似の実験は課題を変えて何度も再現性が確認されていますが、報酬額や仕事の内容によらず、低い報酬を約束された人は高い報酬の人よりも常に頑張ってしまい、課題の成績も良く、しかも圧倒的に楽しいと感じているという傾向が見られます。

この心理が、ブラック企業に利用されているのかもしれません。酷使されても辞めないケースの中には、低い報酬だからという要因も考えられます。

私自身も疑問に思い、日本テレビ系列の番組『世界一受けたい授業』の制作スタッフに同様の実験をしてもらいました(2018年5月5日放送)。すると、やはり報酬額の少ないほうがその課題を楽しく感じる、という結果に変わりはありませんでした。

人にやる気を起こさせようとするとき、多額の報酬を与えることはほとんど意味がないということがこれでわかります。短期的には馬力を出すための励みになるかもしれませんが、長期的に見ればかえって仕事に対する意欲を失わせる原因になってしまう可能性があります。

人をやる気にさせるのに効果的なのは、その仕事自体が「やりがい」があり、素晴らしいものだとくり返し伝え続けることと、「『思いがけない』『小さな』プレゼント」です。予測される報酬ではなく気まぐれに与えられること、しかも少額であることが重要です。多額のものでは、せっかく醸成されたその人のやる気が失われてしまいかねません。

■人は「承認欲求を満たす言葉」でやる気が出る

もともと仕事の内容が嫌なものであることが明らかな場合には、現実的な額の報酬を与え、その後、「あなたのような人でなければできない仕事です」などの心理的報酬、つまり承認欲求を満たす言葉を上手に使っていくのが効果的です。

逆を言えば今、給料は少ないし休みもないけれどやりがいがある、という状態にあるとの自覚を持っている人は、一度自分の状態が客観的に見てどうなのかを振り返ってみることが必要かもしれません。

しかし、「報酬を目当てにみんな仕事をしているし、昇給すればうれしいし、言葉よりも具体的な金額として自分の努力が認められるのは幸せなことじゃないか」と、多くの人は反論したくなるだろうと思います。たしかに、ある種の課題では、外的動機づけと呼ばれるわかりやすい報酬が生産性を上げるのに功を奏することがわかっています。

それでは、報酬を与えるのはどんな課題のときがよく、どんな課題のときには報酬を与えてはいけないのでしょうか?

■モチベーションは「報酬」か「やりがい」か

この問いに答えを与えるのが、あまりにも有名な、ドゥンカーのロウソク問題です。私も以前、著書の中で触れたことがあります。

心理学者ドゥンカーが考案したこの実験では、次のような道具を使います。

ロウソク1本、マッチ1束、画鋲1箱。

実験中、被験者に対してひとつの課題が与えられます。ロウソクをコルクボードの壁に固定して、火をつけるというものです。ただしこの課題には条件があり、融けたロウが下のテーブルに落ちてはいけません。また、ロウソクを直接画鋲でコルクボードに固定することもできません(物理的にも難しいです)。

この問題の答えは、箱から画鋲をすべて取り出し、画鋲で箱をコルクボードに固定、そこにロウソクを立てて、マッチで火をつけるというものです。画鋲を入れてあった箱を道具として使えるかどうか、という創造性が求められる課題なのですが、今や有名になりすぎて、創造性を測るテストとしてはもはや使うことができないでしょう。

それはさておき、この課題の被験者をやはりふたつのグループに分けて、片方には多額の報酬を与え、もう一方にはやりがいのみを与えるという条件を設定します。

■単純な課題に対しては「報酬」がモチベーションになる

すると、予想どおり金銭的報酬を与えたほうがひらめくのに余計に時間がかかってしまい、やりがいのみを与えたグループのほうが平均して数分早くこの問題を解くことができたのです。この結果はおそらく多くのみなさんが想像したとおりです。

創造性を上げたいときには報酬を与えてはいけない、むしろ、やりがいを与えたほうが創造性が高くなる、ということがわかりました。類似の現象は多くの分野で実際に見られるのではないでしょうか。

さて、この問題には別のバージョンがあります。課題も条件も同じで、ただ画鋲が箱から出されている、という点だけが違うものです。画鋲が箱の中にあるか外にあるかだけで問題の難易度はまったく変わってきます。あらかじめ画鋲が箱の外にあれば、創造性やひらめきはまったく必要なく、課題はただ与えられた材料を組み立てるだけの単純作業になるからです。

では、そうなると実験の結果は変わってくるのでしょうか?

予想どおり、このバージョンでは、報酬を与えられたグループのほうが圧倒的に早く、この課題をやり遂げるという結果になりました。単純なルールとわかりやすいゴールの見えている短期的な課題に限れば、外的動機づけが有効だ、ということが改めて確認されたわけです。

ところで、私たちが経験してきて、子どもにも学習させようとしているのは、こうした単純な課題に対する応答の速さ、ではないでしょうか?

■どうすれば創造性を伸ばせるのか

人的資源を大量に利用し、大量生産が利益に結びついた時代には、単純な課題をどれだけ早くこなすことができるか、が勝負でした。ゆえにそうした人材が求められ、報酬を上げることで生産性そのものもそれに比例して向上したのです。

しかし、現代はどうでしょうか?

われわれやわれわれの子ども世代が取り組まなくてはならないのは、正解やゴールのない問題ばかりです。むしろ、単純作業はどんどん機械に勝てなくなっていくのですから、そんなところを鍛えてもまったくの無駄になってしまうであろうことが容易に予測できます。

人工知能の開発が進めば進むほど、報酬依存型の生産性向上のスキーマは崩壊していくでしょう。その時代にあって、どのようにしたら私たちは創造性を伸ばすことができるのでしょうか?

ブレーメン国際大学の心理学者フェルスターは、創造性を伸ばすには異端的なものの存在を露わにする現代美術の絵画を眺めると効果があるのではないかと考え、2005年にある実験を行いました。

特別に印刷された2枚の絵を用意し、被験者をどちらか1枚の前に座らせます。そして、レンガひとつの使い方をできるだけたくさん考えるといった標準的な創造力テストをやってもらいます。

■人は「暗示」に影響される

この絵はいずれも1メートル四方であり、12個の十字が黄緑色の背景の中に描かれています。片方の絵の十字はすべて濃いグリーン、もう片方の絵の十字はひとつだけが黄色であとはすべて濃いグリーンでした。濃いグリーンの十字の中にひとつだけ黄色い十字があれば、それはほかの十字からは外れた異端的な何かを示すものと無意識的に被験者に受け止められ、型破りで創造的な思考を促すのではないか、とフェルスターは考えたのです。

すると、フェルスターの思惑どおり、ひとつだけが黄色い十字の描かれている絵の前に座った被験者のほうが、有意にレンガの使い方をたくさん考えることができたのです。また、心理学の専門家は、黄色い十字のある絵の前に座った被験者のほうがより創造的な使い方を考えた、と評価しました。

子どもの創造性を高めたい、社員の創造力をアップしたいと考えるなら、今すぐに異端的な何かを示唆するアートを取り入れるべきだと言えるでしょう。

フェルスターのこの実験は、1998年にナイメーヘン大学のダイクステルホイスとニッペンベルクが行った実験に基づいています。この研究は、暗示効果(プライミング効果)により、人がその暗示に影響される、というものです。

■常識が創造性を邪魔しているかもしれない

たとえば、パソコンの壁紙に紙幣の画像を使っていると、人はエゴイスティックに振る舞うようになり、寄付を渋ったり、他者との交流を深めようとしなくなったりします。また、ほんの少しだけ石鹼のにおいをつけた部屋にいると人はそれまでよりきれい好きになったり、会議でテーブルにブリーフケースを置くと急に競争意識が増す、ということも知られています。

中野信子『空気を読む脳』(講談社+α新書)
中野信子『空気を読む脳』(講談社+α新書)

フェルスターは絵の実験をする前にこんな実験をしています。

過激で反社会性の高い技術者と保守的な技術者の、行動や生き方、外見について短い文章でまとめてもらい、その後に創造力テストを行いました。すると、過激で反社会性の高い技術者について考えた被験者のほうが、はるかに創造性が高くなっていたのです。

私たちの創造性は、常識や、社会に合わせなければという思いに無意識的に縛られているのかもしれません。遺伝的に社会性が高くなりがちな素因を持つ日本人は、自分の創造性を発揮する前に、社会の一員であることに喜びを感じることが多くなりがちです。

ただ、ひとりになれる場所や、社会性を考えなくてもすむフィールドでなら、その創造性を十二分に発揮できているという現実もあります。時には本家ノーベル賞以上に創造性が求められるイグノーベル賞ですが、その受賞者には日本人が非常に多く、13年連続で受賞するなど活躍が光っています。

肩の力を抜いて個人が自由な創造性を発揮できる分野だからこその結果である、と言えるでしょう。注目された結果、むやみに研究費などが乱発されて、クールジャパンのような大惨事にならないかだけが個人的には心配です。

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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。現在、東日本国際大学教授。著書に『サイコパス』(文春新書)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)ほか多数。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)

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