新型コロナで社員に「有休」をとらせる日本企業のおかしさ
プレジデントオンライン / 2020年2月28日 11時15分
■政府は時差通勤、テレワークの活用を求めるが…
COVID-19感染症、いわゆる新型コロナウイルスが勢いを増している。国内での感染者と死亡者の発生と増加を受けて、「対岸の火事」から「渦中の当事者」にモードが完全に切り替わった。
政府は感染防止のために発熱などの症状があったときに労働者が休みやすい環境の整備や、時差通勤、テレワークの積極的な活用を強く求めている。そして大企業を中心に、時差出勤やリモートワークに切り変える企業がでてきはじめた。ただし、この流れが長期的かつ完全に実施されるかというと不透明である。
東京の満員電車は少し減った感はあるけれども、相変わらずの混雑で、多くの人が通常通り出勤する。都会においては公共交通機関を使わずに出勤することは極めて難しいし、高熱が出ているわけではない体調不良で会社を休むという意思決定はなかなかハードルが高い。
言うまでもなく人混みを避けることと、体調不良時は自宅から外に出ないことの2つは感染拡大防止の大原則である。しかし、感染者となった人の多くは、症状が顕在化して入院措置がとられるまで、真面目に会社に行き、仕事をし、そして意図せず周囲のウイルス感染のリスクを引き上げた。誰もウイルスをばらまこうなどとは微塵(みじん)も思っておらず、その時に求められていた仕事をこなした結果である。
この種の休めない人々を単純に社畜と罵(ののし)るのはたやすい。しかし、世の中には自分が職場に移動しないと仕事にならない人々も多く存在する。製造の現場では現場に行かないと仕事にならないだろうし、医療や介護、そして他のサービス業も又しかりである。それ以外でも、会社に行って社内ネットワークに接続し、会社のパソコンを使わないと仕事ができないという人々も多いだろう。
その上、アルバイトやパート、そして多くの派遣社員や契約社員の非正規社員や、フリーランサー等、仕事に行くことが賃金に直結している人々は休みたくても休めない。生活ができなくなるからである。
■「迷惑をかけるから」体調不良でも出社する人が圧倒的
一方で、出社しなくても仕事にさほどの影響がない人々も多く居ることは事実である。多数派であろうこの種の人々が、体調不良で休むという断固たる意思決定と行動ができないのはなぜだろうか。
筆者の勤務するビジネススクールのMBA学生達とのディスカッションでは、その理由として「周りに迷惑をかけるから」と答える者が大半であった。自分が抜けることによって、職場の中の誰かがしわ寄せを受ける。ただでさえ人手不足で大変なのに同僚に迷惑をかけたくない、というのがその趣旨である。
責任感のある人ほど自分の体調を鑑みずに仕事に対して忠実に動く。その結果として体調不全の中の出社が起きる。ウイルスの感染を広げているのは、こうした日本人の「出社至上主義」にあるのだ。
■「わが社に合う」人々を採用し続けた結果
なぜ具合が悪いのに出社してしまうのか。組織行動学者の視点からみると、「似たもの同士コミュニティ」の行動特性が存分に発揮された結果だと理解できる。同じような教育、同じような考え方、同じような経験を持った人々を日本企業は長い時間をかけて集めて組織化してきた。「わが社に合うかどうか」は長い間、採用の最も大きな基準だった。「わが社に合う」似たような人々を採用し続けた結果、日本企業は同質性の高い「似たもの同士コミュニティ」となった。
昨今では人口減少の煽(あお)りをうけて、女性も多く採用するようになり徐々に変化はみられるが、このコミュニティのメインプレーヤーは男性で(注1:正社員比率で言うと男女は産業別平均で65:35の割合) 意志決定は圧倒的におじさんが中心として担ってきた。
人は自分と同じ要素のある人間を本能的に好む。ダイバーシティの重要性を声高に企業は叫べども、結果的にはある一定の幅の中での採用である。飛び抜けて異質な人を積極的に採用することは稀(まれ)である。似たような経歴、似たところのある人々が企業に集い、組織が形成されている。この種の似たもの同士コミュニティは一緒に居るとメンバー間の心理的な安心度が高い。似たもの同士はお互いを察しやすいし、そもそも似たようなマインドセットを持つ。
注1:高田朝子『女性マネージャーの働き方改革2.0』(生産性出版)
■集団の掟を破ることを心配し、思考がフリーズする
似たもの同士コミュニティが人々にもたらすのは、組織の中で「集団の掟から外れた者認定をされたくない」という渇望である。似たもの同士コミュニティでは他人に迷惑を掛けることを恐れる。互恵が集団の絶対的なルールだからである。
人手不足の中で休むことは、その分をやる人が必要で他人に負荷がかかる。高熱が出ていて誰が見ても理由がたつような状態ならばともかく、体調不良程度で休むことはずる休みと思われないか。大義名分なく休んだことで誰かに負担がかかると、互恵のルールを壊した、つまり「集団の掟(おきて)から外れた者認定」をされることへの不安感から無理をして出社する。
一方で、一人で抜け駆けして皆と違う行動をとると組織からの長期的な援助と、仲間からの互恵にあずかることができないという不安も持つ。集団の掟を破ることについての危惧が何重にも積み重なり、自分で判断することができない思考がフリーズした状態になる。外れ者認定されたくないがゆえに、国や企業トップからの強制的な指示をひたすら待つ。
自分で決めたならば集団の中の異常行動だけれども、上からの指示だったらそれを守るのは正常行動だからである。体調が悪くて欠勤して後で不合理な扱いを受けたくないとの思いが無理にでも出勤する意思決定となる。時間だけが過ぎていき、ウイルスが蔓延(まんえん)していく。
■サラリーマンを襲う「組織分離不安」
似たもの同士コミュニティは人々に組織分離不安をもたらす。組織に長くいると、組織から物理的に離れることに対して心理的不安を覚えやすい。母子分離不安ならぬ、組織分離不安である。
ここで言う不安の要因には2つの側面がある。まず、同じ環境から異質な者がたくさんいる環境に出ていく不安である。次に、組織から離れることで目前の仕事が達成できなくなるという不安である。これらの不安は組織に対する好悪の情とは別に発生する。会社が嫌いだと思っていたとしても、仕事に対して忠実でありたいと思えば組織分離不安は発生する。
さらに言えば、良くも悪くもわが国の場合、長時間労働が初期設定となっている。個人の持つ人的なネットワークは所属している企業を中心に張り巡らされていることが多く、会社に行かないとそれらとアクセスするのがむずかしい。情報の取得という側面からも、少しの体調不良であれば休むよりも組織にいる方が情報にアクセスすることができて合理的という判断につながる。
■「一緒にいる時間」という評価軸が行動を決めてしまう
似たもの同士コミュニティの中で、企業は一緒にいた時間の長さで人々を評価してきた。わが国においては労働時間の長さと昇進には正の相関があるとされている(注2)。企業側にとっては、一緒に居る時間の長さはコミュニティに対する忠誠心の証しとして可視化しやすい一つの指標である。そして、長時間をかけて多角的に従業員を評価するという効用もあった。
一緒に居る時間の長さが評価の一部とされることは、人々の行動に強く作用した。休むと自分の評価が下がるので休んではいけないという行動の規則を強化したのである。
こう考えていくと、日本のビジネスパーソンが少しの体調不良ごときでは休まないのも、それなりに彼らにとっての合理的な意思決定なのかもしれない。しかしながら、彼らにとっての合理的な意思決定は、ウイルス対策にとっては全くの逆効果で、むしろウイルス蔓延の促進剤となってしまっている。
注2:Kato,Takao, Daiji Kawaguchi and HideoOwan(2013)“Dynamics of the Gender Gap in the Workplace: An Econometric Case Study of a Large Japanese Firm.” RIETI Discussion Paper Series 13-E-038
■「有休で自宅待機」では休みづらいまま
事態を好転させるには、トップの「一緒に居る時間の長さが評価の要素になることは断じてあってはならない」という強い意志の明示と、その実行のための指示が不可欠である。似たもの同士コミュニティの根幹となっている行動の規則は、休むことによって自分の評価が下がること、情報が得られないことである。そこから組織分離不安が生まれる。これを逆張りすればよいだけだ。
トップが末端の意志決定者まですべてに対し、休むことの重要性を徹底させることが可及的速やかになされるべきアクションであろう。「トップはああ言っているが、現場の部長が認めない」といった、よく見聞きするねじれ現象がないように徹底させるべきである。場合によっては、部下を体調不良で出社させた上司への罰則規定を設けることも必要かもしれない。
ようやく出された政府の基本姿勢方針(2月23日時点)では、37.5度の熱が4日以上続いた場合、保健所などに設置されている「帰国者・接触者相談センター」に相談するよう呼び掛けている。逆に言えば、それほどの高熱が4日間は続かないと検査すらさせてもらえないということだ。
その際、テレワークを未導入の中小企業の場合、多くが自宅待機のために有給休暇をとることになる。陰性と陽性、どちらに転ぶか分からないものに対して有休を取るのを嫌がる人もいるだろう。社会を守るためなのに、自宅待機を有休で対応するというのもおかしなものである。
コロナウィルスが蔓延し完全なるパンデミックが発生すると、経済的な打撃は長期にわたり、その影響は計り知れない。ここはトップが何らかの特別措置を講じるなど、強い意思決定を早急に示すべきだろう。
■「その場にいないといけない」という思い込みを変える
同時並行で、これを機にITを活用した業務効率化をよりいっそう進めた方が良い。人口減少というわが国の逃れられない社会環境に対応するためにも必須である。現状で蔓延している、その場にいないと「おいしい情報」が得られないという思い込みを根本から変えるべきである。もちろん、会うことは重要である。しかし、ただ居ることは重要ではない。
災い転じて福となす——。この故事は危機対応を行う際に重要な発想の一つである。私達は紛れもなく、新型コロナウイルスという見えない敵との戦いの中にある。この戦いが終わった後には、再び人口減少と人手不足という従来の課題が待っている。その為にも、組織を強くすること、新たな手法や考え方を組織に入れることは不可欠である。
今回のウイルス対応を、似たもの同士コミュニティからダイバーシティコミュニティに変化する第一歩を踏み出す好機と捉えて、各企業が行動を早急に起こすことを強く望む。
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法政大学ビジネススクール 教授
モルガン・スタンレー証券会社を経て、サンダーバード国際経営大学院にて国際経営学修士、慶応義塾大学大学院経営管理研究科にて、経営学修士。同博士課程修了、経営学博士。専門は組織行動。著書に『女性マネージャー育成講座』(生産性出版)、『人脈のできる人 人は誰のために「一肌脱ぐ」のか?』(慶應義塾大学出版会)、新刊『女性マネージャーの働き方改革2.0 ―「成長」と「育成」のための処方箋—』などがある。
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(法政大学ビジネススクール 教授 高田 朝子)
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