「まるでクルーズ船」時差出勤でも大混雑の通勤電車は危険すぎる
プレジデントオンライン / 2020年2月28日 15時15分
■列車一本がそれぞれ「クルーズ船」とも言うべき状況
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が止まらない。既に市中感染が拡大し、感染者および濃厚接触者の追跡は困難な状況となっており、今後は感染拡大をできる限り抑制するために外出自粛を求めていくとともに、重症者や死亡者をできるだけ増やさない対応が必要になってくる。
新型コロナウイルスは接触感染や咳やくしゃみなどの飛沫感染によって広がっていく。厚生労働省はホームページで「屋内などで、お互いの距離が十分にとれない状況で一定時間いることが、感染のリスクを高める」としており、人が密集するイベント会場での感染拡大を防ぐために、各地でプロスポーツや就職説明会、催し物などさまざまなイベントが中止または延期、規模縮小の検討に着手している。
だが、こうしたイベント以上に、大都市圏で働く人々にとって身近かつ避けて通れない関門が満員電車だ。2015年に国土交通省が実施した「大都市交通センサス調査」によれば、東京23区を目的地とする1日当たりの通勤・通学利用者数は約514万にも達する。
東京圏で一般的に用いられている電車の定員は1両あたり約150人。10両編成の場合、乗車率100%で1500人、乗車率200%で3000人もの乗客が数十分、密室で密着していることになる。いわば、列車一本がそれぞれダイヤモンド・プリンセス号とも言うべき状況だ。
■列車1本3000人のうち、1人が死亡するリスクも
本格的な感染期に入った場合、満員電車はどれほどのリスクになるのだろうか。ダイヤモンド・プリンセス号では約3700人の乗員乗客中、700人以上に感染が確認されており、感染率は約20%だ。またWHOが中国で新型コロナウイルスに感染した約4万5000人を分析したデータによると、感染者の致死率は現時点で2.3%という。厳密には年齢により感染リスクは大きく異なり、10代~40代は0.2~0.4%程度であるのに対し、50代は1.3%、60代は3.6%、70代は8.0%、80代以上は14.8%にも達する。
満員電車の乗客はクルーズ船よりも密着しているが、クルーズ船ほど長期間、同じ空間に閉じ込められているわけではない。乱暴な計算だが感染率がダイヤモンド・プリンセス号の半分の10%、致死率は10代~40代の中間値0.3%とした場合でも、満員電車1列車あたりの乗客3000人のうち、1人が死亡する計算になる。あくまでこれは机上の計算であるが、新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)は社会にとって大きなリスクとなりうることが分かるだろう。
■交通制限は「生活と経済活動に大きな影響を与える」
こうした状況に対して、赤羽一嘉国土交通大臣は25日、鉄道による感染拡大を防止するためにテレワークや時差通勤の推進が重要との観点から、鉄道事業者を通じて鉄道の駅構内や車内アナウンスで利用者に対し、時差通勤の協力を求める呼びかけを開始したことを明らかにした。
しかし、その一方で「公共交通機関の利用を制限すると国民生活や経済活動に大きな影響を与えることから慎重に判断する必要がある」として、現時点では交通の遮断や制限までは検討していないともコメントしている。
実際、感染が拡大したとしても、医療関係やインフラ関係の従事者など医療体制や都市機能を維持するための人員の移動は確保する必要があり、全面的な交通遮断は現実的ではない。また実際に、そのような利用制限を行うとしても、どこまでが都市機能の維持に必要な業種であるか、明確な線引きは困難だ。24日に政府の専門家会議が示したように「今後1~2週間が感染拡大か終息かの瀬戸際」という状況においては、答えを出せるような時間的余裕もないだろう。
結局、電車の運行を維持しながら、企業や利用者の自主的な取り組みによって、できる限り混雑を緩和し、少しでも感染リスクを下げる以外に手の打ちようがないのが実情だ。ではそれは可能なのだろうか。
■1~2時間の時差出勤では限界がある
東京圏の通勤電車は平均で150%以上の混雑を記録しており、仮に乗車率を100%まで低下させるとしても、乗客を3分の1削減する必要がある。既にIT関連企業を中心に、テレワークの導入、拡大を進める企業が相次いでおり、通勤電車はいつもよりすいているという声もあるが、目に見えて混雑が減少するほどの状況とは言い難い。
満員電車の混雑を緩和するためにはピーク時間帯の輸送人員を減らす必要がある。ピーク輸送人員を削減するためには、外出の自粛やテレワークによる利用者そのものの削減と、前後の時間帯にずらして乗るための時差通勤が必要になる。
しかし、通常のダイヤは朝ラッシュ時間帯のピーク1時間の輸送量に対応する輸送力を確保するために作成されており、むやみに出勤時間を前後させると、運行本数の少ない時間帯に多くの利用者が集中する結果となり、朝ラッシュピーク時間帯前後に激しい混雑が発生することも考えられる。実際、利用者の間では時差通勤をすると、かえって電車が混んでいるという声も出始めている。
本来であれば鉄道事業者側も、利用の分散に応じてピーク時間帯前後の運行本数を増発するなど、時差出勤が混雑緩和につながるような輸送計画を立てる必要があるが、それを行うには要員確保も含めて時間的余裕がない。1~2時間程度の時差通勤には限界があることが見え始めている。
もはやこの状況では、通勤利用者の個々の自主的な時差通勤に期待するのではなく、企業側が広範囲の出勤停止、テレワークの導入を決断し、利用者の総数そのものを削減する以外に効果的な混雑対策は存在しないと言ってもよい。どうしても出勤が必要な場合は3~4時間の思い切った時差出勤を検討する必要があるだろう。
■すでに交通機関の職員まで感染している
しかも、現実には輸送力の確保すらも困難になっていく状況が想定されている。JR東日本は24日、横浜線相模原駅で勤務する50代のグループ会社社員がコロナウイルスに感染したと発表した。接客業務にはついておらず、乗客への感染はないとしているが、26日にはその同僚である60代男性の感染が確認された。同社は、社員が最近勤務した3駅の消毒を実施するとともに、男性と接触のあった社員の検査を進めている。
実際、名古屋高速道路公社で22日、同社の男性事務員が新型コロナウイルスに感染していたことが判明。男性と濃厚接触した料金所の職員52人が自宅待機となり、職員不足により6カ所の料金所の有人レーンを閉鎖する事態に陥っている。
鉄道においても同様に社員間での感染が拡大した場合、駅の業務を担う人員が確保できず、営業体制の縮小を迫られる可能性もある。さらに憂慮すべきは、感染が乗務員にも拡大する事態である。
■4割の社員が欠勤すれば、朝ラッシュの電車本数は半分に
多くの鉄道事業者は新型インフルエンザ特措法に基づく事業継続計画の中で、国内でパンデミックが発生し、最大で社員の4割が欠勤する状況になった場合、朝ラッシュ時間帯の運行本数が通常の20~50%まで減少すると見込んでいる。インフルエンザより感染力が強いとされる新型コロナウイルスにおいては、想定以上に感染が拡大し、社員の欠勤が進む可能性も否定できない。この場合、運行本数の削減が始まり、現在以上の混雑が発生する状況にもなりかねない。
そうした意味では、鉄道もまた状況の悪化を食い止めることができるかどうかの瀬戸際に立たされていることになる。しかし残念ながら、残された時間の中で政府や鉄道事業者に実効性のある取り組みは期待することはできないだろう。企業や利用者一人ひとりが、漠然と時差通勤を行うのではなく、何のために混雑を緩和する必要があるのかを自覚し、必要な行動をとるとともに、マスク着用や手洗いやうがいなど自衛に努めるしかないのである。
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鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)
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