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「共同トイレ6畳で月11万円」サンダース旋風を支える米国の異常な生きづらさ

プレジデントオンライン / 2020年3月2日 15時15分

2月29日、マサチューセッツ州ボストン市中心部にある公園「ボストン・コモン」で行われたバーニー・サンダース候補の演説会。主催者発表で約1万3000人が集まった。 - 撮影=井出明

■6畳一間、トイレと台所は共同、それで家賃は月11万円

アメリカ大統領選挙の民主党候補者選びでバーニー・サンダース上院議員が勢いを増している。それはなぜか。現在、米国に滞在している筆者が肌で感じていることをお伝えしたい。

筆者は12月上旬からハーバード大学の客員研究員となる機会に恵まれた。期間は約4カ月ほど。ただし勤務先である金沢大学の大学院入試業務があるため、その間に一時帰国をするスケジュールだ。研究費として使えるのは約100万円。2往復分の交通費と滞在費を考えると、大幅な持ち出しとなってしまうが、貴重な機会なので渡米を決めた。

ハーバード大学はマサチューセッツ州ボストン近郊の街ケンブリッジにある。「大幅な持ち出し」と書いたが、最大の原因は「滞在費」の高さだ。私が借りた家は、ハーバード大学からバスで30分ほど。一軒家の間貸しで、トイレと台所は共同、部屋の広さは約6畳(約10平方メートル)。それで家賃は月約11万円(980ドル)である。こうした事情がわかっていたので、妻子を連れてくるという選択肢は当然なかった。

ボストンの10平米の貸し間
写真提供=井出明
筆者が滞在していたボストンの貸し間。写真左手に写っているのは家主のグランドビアノ。これがあるため使えるエリアは6畳分程度になる。それでも相場からはやや安い。 - 写真提供=井出明

マサチューセッツ州の最低時給は現在12.75ドル。私が借りた6畳一間を維持するには月80時間の労働が必要だ。最低時給ではどう考えても生活は回らない。現地の知人に「低所得者はどうしているのか」と聞くと、「長時間働く」という答えだった。家の近くから大学に向かうバスは、始発が午前4時台、最終は午前1時台。終バスに乗り合わせたとき、車内は疲れ切った労働者で溢れ、日本の終電とは異質の空間だった。

こうした「恵まれない層」の不満はどこで解消されているのか。周囲に尋ねたところ、「それならばバーニー・サンダースの演説会に行ってみるといい」と言われた。

■78歳と高齢にもかかわらず人気があるのはなぜか

バーニー・サンダースは、現在、米大統領選の民主党候補指名を争っている有力候補の一人だ。4年前のアメリカ大統領選挙でも、ヒラリー・クリントンらと民主党候補指名を争った。年齢は78歳。高齢にもかかわらず人気がある。

12月19日、私は隣州ニューハンプシャーで開かれたサンダース支持者の集会を覗いた。エスコートしてくれたのは、筆者の高校時代からの盟友で、在米17年、現在はアメリカ国籍を持つハーバード大学の研究者である。

サンダースの演説会の様子
写真提供=井出明
2019年12月19日、ニューハンプシャー州で行われたサンダースの演説会の様子。 - 写真提供=井出明

演説会の会場は「コミュニティカレッジ」だった。日本風に言えば「職業訓練を重視した短期大学」である。日々、実直に生きながらも、生活に悩む人々が集う場所としては、うってつけの施設と言える。

演説会の開始は19時。私は開場の17時半から現地にいたが、どんどん人が集まり、参加者は1300人ほど。会場は開始前から熱気を帯びていた。演説会では4人の支持者が5分ずつスピーチを行い、それから政治家たちが演説する。最後はもちろんサンダースの演説だ。終了したのは20時半ごろ、90分程度のプログラムだった。

■年収880万円では「暮らしが成り立たない」

サンダースの演説もおもしろかったが、私が興味をひかれたのは支持者らのスピーチだった。1番手は黒人男性の高校教師。次はその教師の生徒である白人の女子高生。その次は高齢の白人男性で、最後は女性の市会議員。「バラエティに富んでいる」と感じた。

支持者らの主張の核は「生活の苦しさ」だった。真面目にコツコツと暮らしてきた人たちが、とにかく「いま困っている」ということを訴えている。これはアメリカで暮らしてみるとよく分かる。私の周りでも「困っている人」を多く見るからだ。

私がビザを申請するためハーバード大学に書類を提出した際、事務担当者から「研究費から滞在費への補填があるか」という質問があったり、「『帰国後も今の仕事がある』という書類を作ってもらえないか」というリクエストも受けた。

その背景を各所に聞いてみたところ、オバマ政権段階ですでにビザは厳しくなっていたものの、トランプ大統領になってさらにシビアになり、取りにくくなったそうだ。直接の労働ビザではない私のようなカテゴリーでも、潜在的にアメリカの知的労働者と存在が競合するため、アメリカ人の雇用を守るためにビザを厳格化しているわけである。

もちろん、申請書類に記した国立大学の准教授としての所得「年収8万ドル(約880万円)」は、ボストンおよび隣接都市の所得と比べて少なく、現実問題としてボストンではギリギリの生活となる。

後から知ったのだが、同業者のなかには、滞在期間中の家賃を上回る貯蓄の証明書を出すことになった人もいたという。また、日本人の「ポスドク」(大学院博士課程修了の若手研究者)がアメリカでビザを取得しようとしても、年収が4万ドル程度(約440万円)のため、州によってはなかなかビザが出ないそうだ。

■貧しくて病院に行けないから、インフルエンザで死んでしまう

こうした「困っている人」の問題は、実はアメリカ人の研究者も同じだ。アメリカのポスドクも年収5万ドル程度のため、なかなか生活が成り立たない。

家賃が高いのはすでに述べた通りだ。さらに研究に追われ、自炊をする時間もない。食生活は貧しい。ハーバード大学のハンバーガーは6ドル。コーヒーとサラダをつければ、最低時給12.75ドルは簡単に吹っ飛ぶ。

ハンバーガーとスーパーで求めた昼食
写真提供=井出明
(左)ハーバード大学の食堂で出てくるハンバーガー(6ドル)。(右)ハーバード大学から歩ける範囲にあるスーパーで求めた夕食。卵と肉の揚げ物(7ドル)、カップスープ(4ドル)、パン(1ドル)で、全体で約12ドル。水は職場でペットボトルに移せば無料。 - 写真提供=井出明

既述したアメリカ人の賃金に関しても、ハーバードの院生労働組合は、筆者の滞在中にストライキを行い、待遇改善を主張していた。また問題は給料の安さだけではない。国民皆保険ではないため、医療費は頭の痛い問題だ。雇用されていれば健康保険がカバーされるが、家族は対象外のケースもあり、妻子がいればさらに不安は大きくなる。

アメリカでは今シーズン、インフルエンザで1万2000人以上が死んでいるが、これは、公衆衛生そのものの問題というより、貧しい人々がなかなか病院に行けず、意を決して医者にかかったときはすでに重篤化しているケースが多いからだろう。

■賃金は上がらないのに、物価だけが上がるという苦しさ

ハーバード大学やMITのあるボストンは、学術関係者が多く、豊かな人が多いと言われてきた。ボストンはケネディ家が長期過ごしたこともあって、伝統的に民主党支持が強かった。豊かで高学歴のリベラル層が、ヒラリーやバイデンといった候補を支持するという構図があった。

しかし、状況は変わりつつある。ボストンにおいてもバイデンは異様なほど不人気で、人気があるのは左派のサンダースだ。大学を出ても良い職につけるとは限らず、むしろ教育ローンが大量に残ってしまう。そんな現実社会の有権者が、伝統的な民主党の候補者像と合わなくなってきているのだ。

傾いたバイデンの看板
写真提供=井出明
不人気だからか、ニューハンプシャーのガソリンスタンドの前ではバイデンの看板が傾いていた。 - 写真提供=井出明

この問題はほかの州ではさらに深刻だ。前述のようにボストンのあるマサチューセッツ州の最低時給は現在12.75ドル。だが、私がサンダースの演説を聞きに行った隣州ニューハンプシャーの最低時給は連邦基準の7.25ドルだ。アメリカの場合、約10年にわたって連邦としての最低賃金は上がっていないのに、物価だけが上がっていくという状況が起きている。真面目に謙虚に頑張っている人々が、全く報われない社会が出現しているのである。

■生活に余裕のない中産階級がサンダースを支持している

サンダースを支えるのは、こうした実直な人々だと言われている。堅実に働いているのに、生活に余裕がなく、子供を大学にやることもできない人々が、サンダースを支持している。サンダースのいう「民主社会主義」とは、真面目に頑張っている中産階級の復権であり、多様な社会の維持なのだろう。

サンダースの演説会では、こんなシーンもあった。ヒジャブに頭を包んだソマリア生まれの民主党女性下院議員イルハン・オマルが、拍手の中で登壇したのだ。オマル議員はトランプ大統領から「米国が嫌なら出ていけ」と言われた著名議員だ。

イルハン・オマル下院議員
写真提供=井出明
演説会に登壇したイルハン・オマル下院議員。頭にはヒジャブが巻かれていた。 - 写真提供=井出明

その主張はしばしば“radical(急進的)”と批判されるが、演説の中で多種多様な弱者に対する福祉の必要性について、「これが急進的なら、急進的と言われることに誇りを持つ」と述べると、参加者から喝采が起こった。そこではサンダースの支持層のインクルーシブ(=包摂的)な特性が感じられた。

■この怒りを現在のトランプ政権は吸収できていない

これまで民主党を支えてきたのは、高い教育を受けたリベラリストたちだった。しかし、バイデンの苦戦を見ると、エリートのキャリアを持つ者ほど支持者からそっぽを向かれていると感じる。別の米国育ちの知人は、「バイデンはヒラリーの劣化コピー」と言っていた。

現在、民主党予備選挙は予断を許さない状況となっている。ヤマ場となるのは3月3日の「スーパーチューズデー」だ。この日、14の州で予備選挙などが行われ、代議員の約3分の1が決まる。中道派で有利とみられていたバイデンは初戦で大敗している。

イルハン・オマル下院議員の手を取るサンダース候補
写真提供=井出明
イルハン・オマル下院議員の手を取るサンダース候補。 - 写真提供=井出明

筆者が偶然にもアメリカ大統領選挙の熱気に触れて感じたのは、給料の上がらない実直かつ多様な層の怒りだった。そしてこの怒りを現在のトランプ政権は吸収できていない。

アメリカ大統領選挙をめぐる報道は、候補者ばかりに焦点が当たりがちだ。だが、ここ10年でアメリカ社会は大きく変化している。その結果、有権者の求める政治家像も変わっている。今回の滞在記が、そうしたアメリカ社会の実相をとらえる手がかりになればと思う。

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井出 明(いで・あきら)
観光学者
金沢大学国際基幹教育院准教授。近畿大学助教授、首都大学東京准教授、追手門学院大学教授などを経て現職。1968年長野県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院法学研究科修士課程修了、同大学院情報学研究科博士後期課程指導認定退学。博士(情報学)。社会情報学とダークツーリズムの手法を用いて、東日本大震災後の観光の現状と復興に関する研究を行う。著書に『ダークツーリズム拡張 近代の再構築』(美術出版社)などがある。

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(観光学者 井出 明)

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