ロゴが意味不明「極度乾燥(しなさい)」が経営不振に陥った理由
プレジデントオンライン / 2020年3月6日 11時15分
※本稿は、JFNのラジオ番組「On The Planet」内のコーナー「NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所」の内容を再構成したものです。
■Tシャツに書かれた言葉は「赤ちゃんを泣き」?
ある時、番組リスナーからこんなメッセージが舞い込んできた。
「アメリカの若者の間で漢字がクールと思われていて、漢字で書かれたTシャツを着ている人がたくさんいるが、日本人なら絶対着ないようなことが書かれていることもあるそうですね」
これに対しラボの面々は皆うんうんと頷(うなず)きながら、
「結構多いと思う。漢字とかが入っているスウェットシャツ、何て書いているかは分かんないけど、漢字だからかっこいいと思う人が多い」(ミクア)
確かに「侍」「忍者」と言ったロゴ入りTシャツやスウェットシャツ、時には「馬鹿」や「変態」、「日本人彼女募集中」なんていうのもよく見かける。
意味が分からず着ている人もいるだろうが、少なくともこれらはちゃんと日本語として意味が成立しているし、意味を分かって着ていてわざと笑いを取っている場合もある。
しかし問題は、日本語として全く意味不明のロゴ入りの服も少なくないことだ。
「例えば、私がさっきECサイトで見た服に書いてあったのは『赤ちゃんを泣き』。変じゃない?」(メアリー)
確かに、Cry Babyというロゴの上に「赤ちゃんを泣き」とプリントされている。
もともとクライベイビーというのは、英語で泣き虫とか愚痴っぽくグズグズしている人のことだが、これでは日本語をそのまま直訳しただけで、もう文法も何もめちゃくちゃだ。
これはイギリスのMINGAというブランドのTシャツで、日本語が分からない外国人にはクールに感じるということの典型だろう。
■実は日本ブランドではない「Superdry極度乾燥(しなさい)」
こうしたおかしな日本語を使うコンセプトは、もしかするとこの世界的な人気ブランドを真似(まね)たのかもしれない。「Superdry極度乾燥(しなさい)」だ。
ブランドのシグニチャー・アイテムであるスウェットには、大きなSuperdryのロゴの上にやはり巨大な文字で「極度乾燥(しなさい)」と書かれている。Superdryのショップがニューヨークにお目見えしたのは、漢字がクールだと感じる若者がまさに出始めたころだった。
スーパードライというと、皆さんが即座に連想するのはビールの銘柄だろう。それを「極度乾燥」と直訳したユーモアのセンスには私もニヤリとさせられたものだ。これを日本人がやったとしたら大したものだが、日本人ではなくイギリスのブランドだった。
しかし、このブランドの変な日本語ロゴだが、もともとは日本人がとりがちな行動がヒントになっているというから聞き捨てならない。
ブランドの創立者ジュリアン・ダンカートンは、たまたま訪れた日本の飲食店でスーパードライに出会い、クールな日本語を使ったロゴでブランドイメージを作りたいと思い立ったという。ビール名をそのままブランドネームにしたいと思ったが、カタカナのスーパードライはすでに商標登録されていたために、アルファベットでのSuperdryに落ち着いた。
さらに彼がヒントを得たのは、日本人が着ている服にプリントされた英語文法の多くが間違っていることだったというから耳が痛い。しかも、自社ブランドのロゴにわざと間違った日本語を使うことで、新鮮なインパクトが出せると考えたというから驚かされる。
■新鮮さがない割に値段が高く、失速の一因に
しかしそんなエピソードを知らないアメリカ人のほとんどは、これがジャパンブランドであることに疑問を抱かなかったようだ。2003年にデビューして以来、Superdryは世界46カ国500店舗にまで拡大。サッカースターのデヴィット・ベッカムが着たことも大ブレークに繋(つな)がった。
ところがSuperdryは今大きな問題に直面している。2018年の1年間で株価は70%も下落、さらに2019年は1年の中で最も重要なクリスマス商戦にも失敗し、ブランド自体の先行きが危ぶまれている。
その理由に関してはさまざまな分析がされているが、創立から15年以上たってブランドに新鮮さがなくなった、その割に値段が高く、商品の幅も広げすぎた、などという指摘がある。また他ブランドに比べ、ダイバーシティへの対応やインスタグラムなどのソーシャルメディア展開に後れを取ったことも失速の原因とされている。2018年には創始者のダンカートン氏が取締役から退いたが(2019年に復帰)、そこから急な転落が始まったとも言われている。
■“クール”だった日本語に起きた変化
そして中には、メインロゴである「Superdry極度乾燥(しなさい)」という言葉そのものを問題として挙げる人もいる。
かつて、日本人が英語やフランス語の意味が分からないながらもエキゾチックな魅力を感じたように、「極度乾燥(しなさい)」も意味不明だからこそ、外国人にとってはクールなロゴだった。
ところが今では、そのフレーズに一体どういう意味があるのか、その意味とブランドが打ち出すメッセージにどういう関係があるのかが問われるようになっている。意味が分からなければ、筋も通らないという方向に時代がシフトしているのだ。
背景としては世界がグローバル化し、ネット上で英語・日本語に限らずさまざまな言語が氾濫するようになり、コミュニティにも多様な人種や国籍の人が身近に存在するようになった。一方で、アニメ、日本食ブームや、来日観光客の増加で、日本語に親しむ人が増えたことも大きい。つまり異言語、異文化をもっときちんと知り、リスペクトすべきという考えを持つ人が増えてきたということだ。
■意味不明なロゴが足かせになっている
同時に、デジタルネーティブで多くの情報に瞬時にアクセスするミレニアル&Z世代は、企業やブランドにもトランスペアレンシー(透明性)を求めるようになっている。食品の成分や洋服の素材がサスティナブルかはもちろん、そこに書かれていることの意味もはっきりと知りたい。さらに、それがブランドとして打ち出したいメッセージなのかという点にも強い関心を持っている。
例えばユニクロは、「UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE(他にはない衣類が集まる場所)」を略したものである。シンプルで手頃な値段の服がなかなか見つからないアメリカで、むしろミニマルなデザインがユニークと認知されているのも、ブランドとして成功した一つの要因だろう。
Superdryの場合、デビュー時は意味不明だからこそインパクトのあったロゴが、時代が変わった今では逆に足かせになってしまったと言っていいかもしれない。ブランド再生のためには、日本語のフレーズをやめたほうがいいという声さえある。
■下着に「KIMONO」と名付けたキム・カーダシアン
もう一つのポイントは、ダイバーシティの時代に大きな問題となっている「Cultural Appropriation=文化の盗用」だ。
2019年、キム・カーダシアンがKIMONOという名前で下着ブランドを立ち上げようとした時、日本からだけでなく、アメリカ人からも「文化盗用だ」と叩(たた)かれネーミングを変更した。
日本人から見れば、日本が誇る伝統文化の着物=キモノを下着のブランド名にするなんてとんでもないと感じただろうが、こういうことは日常的にあちらこちらで起きている。最近でも、日本のデザイナー・川久保玲が手掛ける「コム・デ・ギャルソン」のファッションショーで、黒人特有のヘアスタイルであるコーンロウを白人モデルがウィッグとしてかぶり、物議を醸した。
黒人の髪はもともと細かくカールしており、白人はこれを散々バカにして笑いものにしてきた歴史がある。コーンロウはそのような中苦労して編み出されたヘアスタイルであり、黒人の彼らはプライドを持っている。
いくらブランド側がアート表現の一つであり、リスペクトを込めた文化へのオマージュですと言っても、見る人によっては「盗用のレベル」と批判されてしまうことがある。
■黒人の文化を奪ってきた歴史がある
文化の盗用とは、違う文化を持つ者同士が単にお互いの文化を取り入れたり、文化交流したりすることではない。「支配的なマジョリティの文化に属する者」が「不利な立場にいるマイノリティの文化」を、もともとの趣旨や意図、意志に反する形で勝手に使うことであり、そのルーツは植民地主義や帝国主義にある。
アメリカの場合は、ネーティブアメリカンの虐殺、黒人奴隷制度が元になり、白人が黒人の文化を、または白人がネーティブアメリカンの文化を勝手に使う、ということになる。この行為は盗用された者にとって、大きな痛みを伴う歴史があるのだ。
白人による黒人文化の盗用で最も代表的なのはロックンロールだ。黒人音楽であるリズム&ブルースから生まれたロックンロールを、白人に演奏させることで「白人の音楽」として流行(はや)らせた。当初、黒人には何のクレジットも与えられなかったという経緯がある。
ヒップホップ・カルチャーもそうだ。ヒップホップは黒人が作り出したものだということに異論がある人はさすがにいないと思うが、ロックンロールの前例があるために、白人のヒップホップアーティストが出てくると、最初は黒人を中心に拒否反応が起こった。
しかし、それがアートとして素晴らしく、リスペクトが感じられれば、黒人にも温かく受け入れられている。真似されるのは自分たちの文化がかっこいいからだと、誇りに思う人もたくさんいる。
■“盗用”と“尊重”、その違いとは
ちなみにコム・デ・ギャルソンのウィッグ問題を最初に炎上させたのは、「ダイエットプラダ」というインスタグラム・アカウントだ。デザインの類似性やブランドの不適切な表現を取り上げ、ファッション界の監視役とされている。若い白人とアジア人の2人で活動し、ドルチェ&ガッバーナの人種差別問題を最初に告発したことでも知られている。こうしたソーシャルメディアの存在も見逃せない。
実際、ミレニアル世代とZ世代はこうした差別や偏見に非常に敏感な世代だ。アメリカだけ見ても若い世代の4割以上がマイノリティであり、多民族や他宗教のバラバラの常識や価値観を持った同士がこれからの平和な未来を一緒に作っていかなければならない。世界中がネットでつながっている今、これは世界の縮図と言っていいだろう。
異国の文化とそのメッセージは真似してもいい、使ってもいい。でもその前に、文化の背景にある歴史を知ってリスペクトした上で使うべき。これは当然のこととはいえ、その線引きがどこにあるのかは微妙な問題でもある。しかしだからこそ、こういう論争が、文化への知識を求める動きや、相互理解につながるという声も多い。
ここでイギリスのSuperdryに話を戻すと、ロゴを日本文化の盗用と呼ぶのは厳しすぎるという声も多い。彼らのクールさは日本語をロゴに使っていることに尽きるが、それにより多くの消費者が日本のブランドだと誤解していた。
ブランドが日本のものではないと知り、しかもヘンな日本語と使っていると分かった時、トランスペアレンシーを求める若い世代は裏切られた気持ちになり、「日本のブランドのふりをしている偽物」「文化の盗用」という感覚を持ってしまうかもしれない。こうした消費者心理が最近のブランド不調にますますマイナスに働く可能性もある。
■「日本人がポジティブな日本語をもっと発信すべき」
では、どうすればお互い納得できる形で異文化や異言語を使えるのだろうか? 答えは実はとてもシンプルだ。
冒頭で変な日本語Tシャツを見つけたラボのメンバーはこう言う。
「間違えるのは日本人を雇ってないから。もっと日本人を雇えばいい」(メアリー)
これは日本人がやってしまいがちな、間違った英語Tシャツに関しても同じ。もっと英語がわかる人を雇えばいいわけだ。
他者の言語や文化を正確に使うためには、その国の人に聞けばいい。このシンプルな解決法は、これだけグローバル化が進んだ今、それほど難しいことではない。逆にそれができないというのは怠慢であり、言い訳にすぎないと思われてしまう時代がもうやってきているのだ。
これはTシャツのロゴだけでなく、ウェブサイトなどあらゆるコミュニケーション手段に当てはまる。英語サイトはあってもその英語が間違っていると、ブランドイメージに傷がついてしまう。笑われているうちはいいけれど、「変な英語を使うアパレルブランド=ダイバーシティに鈍感」という評価を受けかねない事態が近い将来待っているかもしれない。
最後はラボのメンバーからのこんな素敵な提案で締めくくりたい。
「もっと日本人が、日本語を入れた商品を作ればいいと思う。キャッチフレーズとかを漢字で、それも意味がある内容、ポジティブなメッセージを入れたものを作ってほしい」(ミクア)
日本人が日本語でポジティブなメッセージを世界に発信する。それは新たなビジネスチャンスであるだけではない。日本語の持つ、漢字がクールというだけでなく、そこに込められた深い意味も世界の人に理解されれば、それが新たな文化交流の手段にもなっていくに違いない。
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ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ
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(NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所、ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)
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