病院でいい治療を受けるため「避けたほうがいい」言葉遣い
プレジデントオンライン / 2020年3月12日 11時15分
※本稿は、尾藤誠司『医者のトリセツ 最善の治療を受けるための20の心得』(世界文化社)の一部を再編集したものです。
■患者と「白衣の人たち」との間に溝がある
私は、都内の総合病院で「総合内科」という看板で医師をしています。総合内科という診療科名は聞きなれないかもしれませんが、要するに皆さんが体に変調をきたしたときに最初に会う医者、と考えていただければ結構です。そして、そんな立場で医者を続けている中で感じていることが、医療を受ける主体である患者さんと提供する側である医師や看護師など「白衣の人たち」との間にある、深くて大きな溝のようなものの存在です。
例えば、治療法を選択する場面で、“患者が気をつけたい言葉”の一つが、「お任せします」です。安易に使うと医師との間に認識のズレが生じ、思わぬ方向に進んでしまう事態になりかねません。
医師の説明を聞き終わると、いよいよ治療法の選択という重大な局面を迎えます。このとき、患者が医師に対して使いがちだけれど、安易に口に出してしまうと望まない結果を招きかねない危ない言葉が「お任せします」です。
■「自分で考えるのが面倒くさい」のではないか
この言葉が頭に浮かんだら、どのような思いで任せようとしているのかを自分に問いかけたほうがいいでしょう。
つきあいの長いかかりつけ医など、相手への信頼がベースにあり、「この先生なら間違いなく私を、私にとって最善の道に導いてくれるだろう」との確信に基づいて積極的に任せようと思うのか。それとも「自分で考えるのが面倒くさいから任せてしまおう」「難しくて手に負えないので任せるしかない」など、消極的な動機からなのか……。
たとえば、がんのような重大な疾患で大病院にかかり、まだつきあいの浅い医師と向き合った場合は、自ずと後者のケースが多くなるでしょう。これは患者さんの“主体性の放棄”にほかならず、治療方針が不本意な方向に進んでしまう可能性があります。
なぜなら「お任せします」といわれた医師は、「患者さんは私の説明をきちんと理解し、私を信頼して任せてくれた」と勘違いし、患者さんにとってではなく医師が最善と思う治療法を迷わず選択することになるからです。
■最善の治療は「患者の価値観」と「医師の専門知識」で実現する
安易に医師に委ねるのでなく、自分自身で最善の決断をするための基本は、時間と心の余裕を持って対応すること。結論をいつまで待てるかを確かめ、その間に情報や自分の考えを整理し、信頼できる人と相談する期間などを設けることが大事です。
この場合、治療のバリエーションは多いほうが、望ましい道を選べる可能性も広がります。より多くの選択肢を提案してもらうには、医師に自分の情報を伝えることが必要です。
患者さんが医療に関する専門知識や十分な情報を持たないのと同じように、医師には患者さんの仕事や家庭の事情、生きがいや趣味など価値観に関する十分な情報がありません。
それらを医師と共有することで、治療を受けないという道も含めて選択肢が増え、より主体的に医療を受けることができます。
ポイントは、自分が「絶対に嫌だ。これだけは譲れない」と思う事柄や心配事を伝えること。痛いのは耐えられない、仕事を長期間休むわけにはいかない、食べる楽しみだけは奪われたくない、など。それらは裏を返せば自分が望む状況であり、医師の頭を刺激して「それならこういう方法もあります」と新たな提案がもたらされることにもつながります。最善の医療は、患者さんの価値観や希望と、医学的専門知識の両方を考え合わせて初めて実現するのです。
■治療に迷った時に集める「4つの情報」
【ケース1】
医師が、手術を前提に詳しく説明をしている……。
できれば切りたくないのだが
MRI検査で胸部動脈瘤が見つかったAさん(55歳)。直径は5ミリ程度で、自覚症状はありません。医師はパソコンの画面を見せながら、人工血管に置き換える手術法について詳しく説明し始めました。
しかし、Aさん自身は手術の必要性を感じておらず、痛いのが苦手なこともあって極力手術は受けたくないと考えています。医師の説明内容も専門的で難しかったのですが、そのことよりも手術を前提に話が進んでいくことに大きな不安と不満を感じ、この流れをどう変えたらよいものかと戸惑っています。
「治療を受けないという選択肢」もあることを念頭に置く
どんな症状や病気にも、手術を受けない、薬を飲まないなど「治療を受けないという選択肢」が存在します。ところが医師の説明は、患者さんは治療を受けるのが当然であり、受けないのであれば私のやることはないといったニュアンスで行われる場合が往々にしてあります。
その治療を受ける場合と受けない場合、それぞれのメリットとデメリット(つまり、合計4つの情報)は、知っておくべき重要な判断材料です。不安な気持ちを伝え、手術を受けない場合、今後どのような展開が予想され、病気とどうつきあっていけばいいかを聞いてみるとよいでしょう。
■「緊急度」がわからなくて困った時の対処法
【ケース2】
糖尿病の薬をすすめられた。
どれほど必要な薬なのか、緊急度がよくわからない
健康診断で糖尿病が見つかり、かかりつけ医の指導のもと、生活習慣に気をつけているBさん(52歳)。しかし思うように効果が上がらず、医師から「そろそろ血糖値を下げる薬を飲み始めてはどうでしょうか。すぐに処方しますよ」と薬物療法を提案されました。副作用や、飲み始めると長く続けなければならないことを考えると、薬に頼るのは最終手段としたいBさん。もうしばらくは食事療法と運動療法を頑張って血糖値をコントロールしたいのですが、病状の緊急度がよくわからず対応に迷っています。
医師の”おすすめ度”を
五段階で具体的に聞いてみる
糖尿病、高血圧、高脂血症などの年単位で飲み続ける必要のある薬は、それほど焦って飲み始めなくても問題のないケースが多いものです。ただ、せっかちな医師は少なくないので、自分がどれほど“のっぴきならない”状況なのかを確かめ、「少し考えたいので2〜3週間先に決めても問題はないでしょうか」などと尋ねることです。
また、医師がその治療法をすすめる度合いを知ることも判断の目安になります。たとえば薬ならば、「どちらでもいい」を真ん中に「飲まなくてもいい」から「飲むべきだ」まで医師の考える必要度を五段階で聞いてみるとよいでしょう。
■「先生の母親だったら?」がダメな理由
【ケース3】
ある質問が医師を困らせた
認知症で寝たきりの90歳の母親に、胃ろうによる人工栄養を提案されたCさん。判断に迷い、主治医に「先生の母親だったらどうしますか」と聞くと、困惑されただけで何も答えてもらえませんでした。
「親だったら?」と聞くのは避ける
医師には医療の専門家としての意見を聞くべきで、息子(娘)の立場の考えを尋ねることは医療の範囲外だといえます。多くの医師は答えることに躊躇(ちゅうちょ)するでしょうし、答えたとしても参考にはなりません。原則として避けたほうがいい質問です。
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東京医療センター 総合内科医
1965年、愛知県生まれ。岐阜大学医学部卒業後、国立長崎中央病院、国立東京第二病院(現・東京医療センター)、国立佐渡療養所に勤務。95~97年UCLAに留学、臨床疫学を学び、医療と社会との関わりを研究。総合内科医として東京医療センターでの診療、研修医の教育、医師・看護師の臨床研究の支援、診療の質の向上を目指す事業に関わる。
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(東京医療センター 総合内科医 尾藤 誠司)
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