後継者不足で悩む会社が学ぶべき「戦国武将の相続」術
プレジデントオンライン / 2020年5月9日 11時15分
■家風や文化を継ぐのが相続の目的だった
かつて、ほとんどの人が「後継者」だった時代がありました。武士にしても、農民にしても、町人にしても、基本的には家業を継ぎ、その風習は戦後すぐまで続いていたのです。そして家を継ぐことは、非常に名誉で、やりがいのあることでした。
今、「相続」と聞くと、お金や土地、株式など、財産をもらうというイメージが強いかもしれません。しかし、昔の相続はその家に伝わる文化や家風を継ぐことが主要な目的でした。それを実現するために財産が必要、という位置づけだったのです。
武将にかぎっていえば、相続というよりも事業承継と呼んだほうが正確かもしれません。相続はお金や土地のような財産をもらうこと。受け取る側の資質でその価値が変わることはありません。一方で事業承継は、受け取る側の資質次第で、価値が高まることもあれば、損なわれてしまう場合もあります。
特に戦国時代は、継ぐ者の資質、継ぎ方の善しあしによって、如実に結果が変わる世界でした。有能な後継者がしっかり家を継げば国は大きくなりましたが、凡庸な後継者だったり、継ぎ方がよくなかったりすると、すぐに攻め滅ぼされます。
■「統治基盤」を掌握した徳川家康
事業承継する際に押さえるべきポイントは、おもに「事業戦略」「リーダーシップ」「財務」「統治基盤」の4つがあります。このなかで特に重要視したいのが、統治基盤です。わかりやすく言い換えるなら、「部下がトップに従う根拠」でしょうか。どんなに後継者の資質が優れていたとしても、それを支える統治基盤が不安定であれば部下からの支持が得られず、能力を発揮することはできません。たとえば、武田信玄の跡継ぎである勝頼は優れた武将でした。しかし、後継者としての立場が脆弱なため、臣下から軽んじられ、武田家が滅亡する大きな要因となってしまいました。
組織における統治基盤を見極め、見事に掌握していたのが、徳川家康です。2代目将軍・秀忠の跡継ぎについて、親から寵愛されていた三男ではなく、嫡子である家光を定めるように秀忠に命じました。ここには、跡目争いが起きて統治基盤が崩れることを懸念した家康の思惑が見られます。また、直系の子孫が断絶した場合を考慮して、尾張藩、紀伊藩、水戸藩に親藩(徳川家の親戚)を置き、直系が途絶えたときにはその藩から跡継ぎを出す体制を構築しました。血筋を絶やさないことで、徳川家の統治基盤を守ろうとしたわけです。こうした体制が功を奏し、徳川幕府は長期政権となったのです。
戦国時代はトップがいなくなると、すぐに周りから攻め込まれました。そのため、後継者は「明日からでも自分がトップを務めるんだ」という自覚と、トップ同様の力量を持つ必要がありました。
それに比べると、現代の後継者は準備不足になるケースがよく見受けられます。それは、「自分は次のトップ」と考えるからです。「今は上がいるから、邪魔しないでおこう」と待ってしまうと、いつの間にか姿勢が受け身となります。しかし、トップはいついなくなるかわかりません。後継者は、いつでもトップの代わりが務まるように、戦国武将を参考にして力量を磨き、覚悟を決めておく必要があると考えます。
徳川家光●覚悟を決め、家臣と新しい関係を築いた
関ヶ原の戦いなどの戦績によって、その実力を諸大名から認められた徳川幕府初代将軍・家康と2代目・秀忠。それに対し、3代目・家光は合戦の経験がないまま、将軍を務めることに。そして秀忠の死後、家光は諸大名を集めて、「自分は生まれながらの将軍だ。あなた方は今後、家臣同様に扱うことにする。自分が継ぐことについて異論があれば、国元に帰って戦の準備をしてもらっても結構だ」と宣言した。
「創業者と後継者では、従う人たちとの関係もやるべきことも、それまでとは違うものが求められます。家光はその違いと向き合って、新たな理念に基づいて新しい関係を結び直したわけです。家康は徳川幕府が長続きするように綿密な準備をしましたが、子孫がそれを活用するという腹が据わっていないと、優れた制度も無駄になってしまいます。
家光からすると、周りには百戦錬磨の武将も残っていて、『自分に継げるのか?』という不安があったはず。しかし、後継者としての決意と覚悟を固め、宣言に至ったのではないでしょうか。徳川家が15代も続いたのは、この後の将軍にも同様の決意と覚悟が受け継がれていった結果だと考えます」(石橋氏)
真田昌幸●無形の財産のポテンシャルに気づく
■中小零細企業の社長に成り下がった
真田幸村の父親・昌幸は、武田家の親類から養子に招かれて、武田家の一族として生きていくエリートコースを歩みかけた。しかし真田家の長男と次男が戦死したため、真田家の当主が回ってきた。真田家は独立した大名ではなく、「国衆」と呼ばれる地方の有力者。いわば、大企業のオーナー一族になりかけたのが、中小零細企業の社長に成り下がったようなものだった。
「大河ドラマ『真田丸』では、昌幸が幸村と真田の地を見下ろす場面が出てきます。そこで昌幸は、自らの領土が実は恵まれた、価値を秘めた土地であることに気がつきます。そして大きい勢力に頼るのではなく、戦国大名になろうという意識に目覚め、戦乱の世をしたたかに生き残っていきました。小さい会社の後継者は、自分には力がなく、取るに足らない存在だという自己概念に縛られがちです。
しかしお金は少なくても、培ってきた価値や従業員のスキルといった無形の財産を改めて見直すと、実はすごいポテンシャルを秘めていることが少なくありません。同じ財産でも『これだけしかない』と見るのと、『こんなにすごいものを持っている』と見るのとでは、後継者の意識と行動は違ってくるのです」(石橋氏)
上杉景勝●先代の姿勢を磨き上げてブランド化に成功
「義」のために戦うと宣言し、それを愚直に実行した上杉謙信。後継者となった景勝は、その姿勢をさらに磨き上げていこうとした。
「『義』のために戦ったところで領土が拡大するわけでもなく、すべての家臣がその姿勢を支持したわけではなかったようです。しかし実践するうち、周りがそれを認めるようになり、上杉家は『義』の象徴のようになっていきました」(石橋氏)
関ヶ原の戦いでは西軍に味方し、取り潰される可能性もあったが、義と秩序を守る体制にしたかった家康にとって、上杉家はモデルにしたい家風だった。そのため、刑死や屋敷の没収などは免れ、石高を120万石から30万石とする減封で済むことになる。その後、上杉家は幕末まで生き残った。
「謙信の掲げた『義』は、当初は理解を得られなかったものの、家臣たちと共有することで上杉家の理念になりました。景勝がそれを継続していくことで価値として認められ、さらに磨き上げていった結果、『真の武士』というブランドにまで進化したのです。後継者経営においても、創業者の価値や理念を改めて見直し、継続していくことが大事。新たな価値やブランドを生む可能性があります」(同)
武田信玄●親の追放が尾を引き統治基盤が不安定化
■息子・義信と対立した信玄は、切腹を命じる
自分自身も後継者だった武田信玄。しかし父の信虎が、弟の信繁に家を譲りそうな動きを見せたため、信虎を追放してしまった。時は流れ、息子・義信と対立した信玄は、切腹を命じることになる。
「おそらく、『父のように自分も追放される』という恐怖心があったのでは。そして窮余の策として、外様の家に継がせた四男の勝頼を呼び戻します。正式な跡継ぎではなく、その後見人という形式的な地位で、後継者としました」(石橋氏)
武田家が通常使っている旗を使えないなど、制限付きの当主となった勝頼。武田家は源氏から続く名家であるため、出戻りという形で当主を迎えるというのはタブーだった。そのため、「どうしてつなぎの当主に従わなければならないんだ」と家臣から軽んじられ、統治基盤は不安定化。結果、武田家は弱体化し、勝頼の代で終わってしまった。
「信玄が親から友好的に家を継げなかったことが、後々尾を引きました。従う者を恐怖政治で抑え込むのではなく、多くの者が納得する形で後継者に家を譲る。そうすることで統治基盤は安定し、後継者も能力を発揮しやすい環境になるため、事業承継がスムーズに進んでいきます」(同)
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石橋税務会計事務所所長。1968年、大阪府生まれ。一橋大学社会学部卒業。事業承継、特に中堅企業の後継経営者を支援している。日本史に造詣が深く、趣味は城巡りと江戸時代以前の会計の研究。
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(公認会計士・税理士 石橋 治朗 構成=鈴木 工)
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