「休むのはズルい」と思う人がいる限り新型コロナは拡がり続ける
プレジデントオンライン / 2020年3月9日 15時15分
■政府の発表に批判が起こったが…
新型コロナウイルス感染症について政府は、以下のように「帰国者・接触者相談センターに御相談いただく目安」を発表し、「風邪症状が軽度である場合は、自宅での安静・療養を原則」とした。
または
②強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)がある方
(高齢者、基礎疾患のある人、妊婦さんなどは①が2日程度)
これらの政府からのアナウンスに、「熱が出ても4日以上待てというのか」「軽い症状なら自宅安静にせよというが、重症化してからでは遅いではないか」という批判の声がネットを中心に噴出したことは、まだ記憶に新しい。
日々、日本のあらゆる地域で感染者が発生したとの報道が流れ、それに伴い国内感染者に死亡例も報告され始めた。その状況で、政府からこのようなアナウンスがなされれば、不安が怒りとともにさらに増幅してしまうのも当然のことだ。
ただ一般論として言えば、この「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く方」というのは、本来、医療機関を受診する際の目安である。
■そもそもカゼの引き始めも医療機関に行く意味はない
例えば、カゼの引き始めと言われる、ごく早期には、私たち医者も、カゼかカゼでない疾患かを判別できない。さらに「カゼの引き始めに早めに服用すれば、カゼをこじらせることなく、早く治せる薬」も存在しない。つまり、カゼの引き始めに医療機関を受診する意味は無いのだ。
私は、カゼの引き始めに受診してしまった患者さんには、「今後、もしどんどん悪化して、37.5度以上の発熱が少なくとも4日以上続いたら、必ず受診してください。もちろん熱が持続しなくても、日ごとに悪化する、いつもと違う、息苦しい、水分が取れないなどのときは即受診してください」と言っている。その場合は、普通のカゼである可能性は低いからだ。つまりこれが、本来、医療機関を受診すべき目安であると言える。
だから政府も、そのようにアナウンスすべきだったのだ。
とは言え、自覚症状というのは、個人の主観に基づくものだから、Aさんがつらいと感じる症状を、Bさんが同様につらいと感じるかどうかは分からない。「これはなんかいつもと違うぞ」という“素人の勘”が、私たち医者の見立てより正しい場合さえもある。「いつもと違う」「日ごとに悪化している」場合は受診するように、と言っているのはこのためだ。
新型コロナについては、今後ますます感染者が増えてくることが想像に難くない現状、さらに検査自体が一般の医療機関でまだ手軽にできる体制にないことを考え合わせると、「新型コロナウイルス感染症の確定診断がついていない場合であっても、少なくとも37.5度前後以上の熱が4~5日以上の期間にわたって遷延し、せきなどの呼吸器症状を伴う場合であって、インフルエンザやマイコプラズマなど他の感染症の確定診断がなされていないもの」は、社会的に新型コロナウイルス感染症として取り扱うとするのが安全ではないかと考えている。
■カゼ症状のある人は全員「新型コロナウイルス疑似症」だ
そして、無症状やごく軽症の人にも検査陽性となる人がいるという事実を踏まえれば、この症状ほどではなくとも、少なくとも「カゼ症状」の人についても「新型コロナウイルス感染症疑似症」として、出歩かない、もちろん登校も出勤もしない、ということを徹底すべきではないだろうか。
この認識が広まれば「カゼでも絶対に休めない」という社会こそが歪であると多くの人の認識が変わるだろう。「新型なら休まないといけないのですが、カゼなら休めないので」という理由で検査を受けるためだけに、ごく軽症で受診する必要もない。「陰性証明書」や「出勤(登校)許可証」という無意味な書類も一切不要となるだろう。
2月17日、加藤勝信厚生労働大臣は記者会見で「発熱などの風邪症状がみられるときは会社や学校を休み、毎日検温をして結果を記録していただきたい」と述べた。
■「休め」と言うだけでは無責任すぎる
もちろんこれは正しい意見だ。しかしこれは厚生労働大臣ではない私にでさえも言えることだ。厚生労働大臣であるならば、「休め」と言い放つだけではいけない。全く不十分だ。誰でも「休めるものなら休みたい」のだ。「カゼでも絶対に休めない」という人たちを、いかに休ませるか、いかに休めるような制度を整えるのか、ということが、厚生労働大臣の仕事ではないか。
大手企業であれば、テレワークを導入したり、自宅療養中は無理に働かせず、場合によっては休業補償する体力もあることだろう。しかし、多くの中小企業や小規模事業者、さらに非正規労働者、パート・アルバイトの人たちは、休めるのか。休んだら、その日の日給はゼロ、それだけでなく解雇されてしまうリスクさえ抱えているのだ。
このような行動を取る人、取らざるを得ない人を放置したまま、「カゼをひいたら休みましょう」と厚生労働大臣が念仏のように唱えたところで、感染拡大防止には全くなり得ない。
■マレーシアのガイドラインが素晴らしい
マレーシアのクラセガラン人的資源相は、2月6日、新型コロナウイルス感染拡大防止に向けた雇用者が従業員に対してとるべき対応ガイドラインを発表した。
◎登録を受けた医師より自宅もしくは病院における隔離指示を受けた従業員の有給病気休暇または入院休暇を認めること。政府はこうした従業員に追加の報酬を与えることを推奨する。
◎登録を受けた医師から隔離指示を受けた従業員には賃金を全額支払う。
◎登録を受けた医師から隔離指示がない場合、その従業員の就業を妨げない。ただし、雇用者は有給病気休暇を認めることにより、調子の悪い従業員の就業を止めることができる。
◎隔離期間中の従業員に年次有給休暇をとる、あるいは無給休暇をとるよう指示してはならない。
(出典=マレーシアナビ!)
なんと素晴らしいガイドラインではないか。わが国でこの政策を実行することは不可能なのだろうか。
■一方、日本では自主的に休むと手当がおりない
厚労省ホームページ「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(2月28日現在)では、新型コロナウイルスに感染した従業員を休業させる場合の休業手当について、以下のような見解を示している。
感染が疑われる従業員については、
としている。マレーシアとの違いにがくぜんとする人も少なくないのではなかろうか。
さらに発熱等で自主的に休んだ従業員については、
とのことだ。休んだ場合の所得補償が万全でなければ、労働者は休むわけにいかないだろう。だが、「新型コロナウイルスかどうか分からない時点」で休ませなければ、感染拡大対策には絶対にならないのだ。
■感染症の防止は事業者としての最低限の責務だ
安倍首相は2月29日の記者会見で、「ウイルスとの闘い」への決意は言葉を尽くして表明されたが、マレーシアで行われているような、感染拡大防止に向けた具体策は何ら示さなかった。労働者が所得に不安なく休める社会こそが感染拡大防止に非常に重要であるにもかかわらず、だ。その社会システムを構築するのは、まさに政治決断しかない。
具体的には、新型コロナの検査をするしないにかかわらず(仮に検査した場合でも、その陰性陽性にかかわらず)、「37.5度前後以上の熱が、少なくとも4~5日以上の期間にわたって遷延し、せきなどの呼吸器症状を伴う場合であって、インフルエンザやマイコプラズマなど他の感染症の確定診断がなされていないものは、新型コロナウイルス感染症として取り扱う」として「会社都合での就業禁止」とすべきである。ただ、これは最低限だ。先述したが、本来すべきはこの症状ほど重くなくとも「カゼ症状」なら擬似症として「会社都合での就業禁止」とするというのが、私の意見だ。
なぜ「会社都合」にすべきかと言えば、職場に感染症を蔓延させないということは、事業者としての最低限の責務であるからだ。これにより労働基準法第26条で規定されている、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当すれば、休業手当の支払いを事業者に求めることも可能になる。
■体力のない企業には国が手厚く財政支援を
休業しても、収入がある程度補償されるのであれば、療養に集中できるし、職場や周囲に感染を広げるリスクも軽減できる。職場に感染症が蔓延して、企業がその活動全てを停止せざるをえない状況に追い込まれるよりは、事業者にとっても、よっぽどリスク管理上のメリットがあるのではないか。
ただこれらの手当を、すべての企業が出せるとは限らない。そのような資力や余裕のない中小企業や小規模事業者に対しては、国が積極的に財政出動し補助すべきであろう。それは憲法第25条で規定されている国の責務であるとも言えるだろう。
この際、私たちすべて、企業経営者、政府関係者すべての意識改革を行うべきだ。
「カゼくらいで仕事を休むなんて迷惑千万だ」などと誰にも責められることなく休める社会を作るには、私たち一人ひとりの意識改革が早急に求められる。
体調不良を感じた個人は、周囲に気がねすることなく率先して休む。同僚はいつ何どき自分も体調不良によって休む立場となるのかわからないのだから、休んだ人を責めることなく休ませる。企業は休んだ人に不利益な取り扱いをせず、金銭的手当を十分に行う。体力のない企業、自営業者、傷病手当金を得られない労働者には、国が手厚く財政支援する。病気で休んだ日数を有給休暇から差し引くことを罰則付きで禁じるとともに、「有給病欠制度」を確立するという政策も必要だ。
■新型コロナを機に慣習を根本から改めよ
さらに進めれば、たとえ具体的病名を記した診断書を提出せずとも、体調不良者の病気休暇を認定するという方向に、多くの人の認識を転換していくという議論も始めていくべきだろう。
新型コロナウイルスという「新型感染症」は、これまでの私たちが当然と考えていた慣習や認識、風土について、根本的見直しを迫る非常に貴重な機会を与えてくれている。またいつ何どき、「新型感染症」が私たちの直面する危機として上陸してくるとも限らない。
この機会を逃すことなく、今こそ私たちはパラダイムチェンジすべきではないだろうか。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。
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(医師 木村 知)
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