「週末は長めに寝てしまう人」の脳や体は危険な状態にある
プレジデントオンライン / 2020年3月16日 9時15分
※本稿は、西野精治『睡眠障害 現代の国民病を科学の力で克服する』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■3000万人が睡眠障害である可能性
アメリカにおける潜在的な睡眠障害の人口比率を参考にすると、日本人の総人口は約1億2400万人ですから、潜在的な睡眠障害の患者は約3000万人くらいいても不思議ではありません。
アメリカの場合、7600万人のうちの約半分はなんらかの治療を受けておりそのほとんどが、睡眠薬、サプリメントです。その内訳は、21%くらいが処方薬、26%が薬局で購入できる市販薬、残り数%がサプリメント等での治療をしているとされます。
日本国内における詳細な数字は把握できていませんが、サプリメントに頼っている人が多いかもしれません。現在、日本で処方箋なしで買える睡眠薬は抗ヒスタミン薬だけ。それでもある製薬会社では、この抗ヒスタミン薬の売り上げが70億~80億円規模という状況ですから、使用している人が相当数いることが推測できます。
アメリカで睡眠障害の患者が増えてきたのは、単純な話ですが、睡眠障害が一般的に知られるようになってきたのが第一の要因です。睡眠医学の研究が進み、睡眠障害への認識が高まると、さらに増えるのではないでしょうか。
日本も同じように考えていいと思います。もしかすると、その予測を超えるかもしれません。なぜなら、日本人の睡眠時間は、海外と比べると明らかに短いからです。
■9時間以上眠る南アフリカより2時間も短い
OECD(経済協力開発機構)が2018年に発表したデータによると、調査対象国のなかで日本は最下位で、1日の睡眠時間は平均442分(7時間22分)でした。1位の南アフリカの553分(9時間13分)と比べると、約2時間も睡眠時間が短いことになります。しかも、前回調査(2014年)の463分から、さらに短くなっています。
睡眠時間が短くても、睡眠に満足しているならいいのですが、そうでもないようです。
厚生労働省が調査した平成29年の「国民健康・栄養調査」によると、「ここ1カ月間、睡眠で休養が十分に取れていないと感じている人」の割合は20.2%でした。これはつまり、約5人にひとりが睡眠時間に満足していないということ。その数字は、ビジネスシーンの中心にいる30~50代になると、30代27.6%、40代30.9%、50代28.4%と軒並み平均を上回ることになります。
このままの状況が続くと、睡眠障害と診断される人たちが、ますます増えていくことになることは間違いありません。
■実際の時間より「よく眠れたか」の感覚で判断する
わたしは、自分自身の睡眠が足りているのかどうかで目安にしていることがあります。
それは、睡眠中に目が覚めたら時計を見ること。時計を見ると気になるから見ないほうがいいとも言われますが、わたしはあえて見るのです。
午前3時かなと思って時計を見ると、午前5時のときがあります。そういうときは、自分の感覚よりも多く寝てしまっているということなので、睡眠が足りていないと判断します。
逆に、午前4時かなと思っても、午前2時のときがある。そういうときは、自分の感覚よりもよく眠れていて、疲れも取れやすくなっているのではないかと判断します。もちろんこれは、あくまでもわたし自身の体感によるものです。
自分の睡眠不足が慢性的なものなのか、急性的なものなのか、足りているのか、足りていないのか、なかなかわかりにくいものです。
睡眠障害がある人は慢性的な睡眠不足の傾向がほとんどなのですが、急性と慢性で特異的なものはあまりありません。そこで基準となるのは、休日のときにいつもよりどれだけ長く寝るのかです。いつもより90分とか2時間くらい多く寝てしまう人は、慢性的な睡眠不足の兆候だと思ってください。
■休日、長めに寝ても「すっきりしない」は要注意
慢性的な不眠状態が続き、睡眠不足が蓄積されていくことを、「睡眠負債」と言います。
「睡眠負債」という表現で、睡眠不足が続くことに警鐘を鳴らしたのは、スタンフォード大学のデメント教授。「眠りの借金が溜まると、脳や体にさまざまな機能劣化が見られる」と広く訴えたのでした。それが、1990年代のことです。
「睡眠負債」という言葉が日本で使われ出したのはつい最近のことですが、睡眠研究に携わっている人たちは、少し前から使っていた言葉でした。
睡眠不足は、言い換えれば“眠りの借金”です。つまり、借金ですからいつかは返さなければなりません。
2~3日睡眠不足が続いたくらいなら、借金は少ないですからいつもより少し長く眠れる日があればすぐに返せます。しかし、3~4週間も睡眠不足が続いて借金がふくらんでしまうと、1~2日いつもより長く寝ても返せなくなります。さらに睡眠不足が続いて借金が雪だるま式に増えていくと、ついには返済計画も立てられなくなってしまう。それが、睡眠負債というものです。
休日にいつもより長く寝ても、目覚めが悪いとか、すっきりしないとか、日中に眠気が出てくるという人は、眠りの借金が溜まってきている可能性が十分にあります。
■「40分の寝不足」を取り戻すには3週間かかる
睡眠負債の概念の提唱のもとになった、健康な8人を連日14時間、無理矢理ベッドに入れた際の睡眠時間の推移に関して、1990年代に行われた実験があります。実験前の8人の平均的な睡眠時間は7.5時間。彼らに1日中、14時間ベッドの上で好きなだけ寝てもらうようにしました。その結果、1日目はみな13時間、2日目もみな13時間近く眠っていました。
ところがその後は長く眠ることは無理で、徐々に睡眠時間が短くなり、1週間もすると、5時間も6時間もずっとベッドの上で起きているという状態になります。結局、3週間後に睡眠時間は平均8.2時間に固定しました。この8.2時間がこの8人の生理的に必要な睡眠時間だと考えられます。長い期間、体が必要とする睡眠時間より毎日40分短い睡眠時間であった彼らは「毎日40分の蓄積した睡眠負債」を抱えており、この長年の睡眠負債を返すためには、毎日好きなだけ寝ても3週間かかったということが如実に示されました。
睡眠不足が借金になるなら、寝溜めして“眠りの貯金”をつくっておけばいいではないかという考えもあるかもしれません。実際のお金の話であれば、貯金があるのなら借金をしなくても済むことはあります。
■「週末に寝溜めしておこう」はほぼ無意味
しかし残念ながら、睡眠は貯蓄ができません。「週末に寝溜めしておこう」とか、「来月は忙しくなるから、今月はたっぷり寝ておこう」などという行為をしても、ほぼ無意味なこと。仮に、週末にたっぷり寝たとしても、それは、それまで溜まっていた眠りの借金をほんの少しだけ返済できたに過ぎません。
そもそも、自分の睡眠不足が慢性なのか、急性なのかもわからないままですから、なかなか改善はされず、気づかないうちに眠りの借金はどんどん溜まります。
ペンシルベニア大学などの研究チームが行った研究で、知らないうちに蓄積されていく睡眠負債の怖さがよくわかる実験があります。
その実験によると、「6時間睡眠を2週間続けると、集中力や注意力は2日間徹夜した状態とほぼ同じレベルまで衰える」ということが明らかになりました。2日も徹夜すれば、間違いなく疲れや眠気で頭がぼーっとして働きが鈍くなることを自覚します。しかし、6時間睡眠を2週間続けた人は、自分の脳が正常に働いていないことに気づきません。そこに、睡眠負債の怖さがあるのです。
ミスや事故、取り返しのつかない失敗などは、危ういという自覚症状がないときに起きるものです。自覚があれば慎重に対応するでしょうし、自信がなければほかの人に任せるという選択肢もあります。そう考えると、わたしたちは、もっと睡眠負債について知るべきではないでしょうか。
■時間がなければ、せめて眠りの質を高めよう
そんな怖い睡眠負債が溜まっている人は、どうすればその“借金”を返すことができるのでしょうか。
結論から言うと、睡眠負債を解消する根本的な方法は、まだわかっていません。睡眠が足りているのか足りていないのかを、脳がどうやって認知しているのかが解明されていないからです。
いま言えるのは、きちんとした睡眠習慣を身に付け、個人に必要な睡眠時間を十分に確保することです。
眠りの借金は、やはり、きちんとした眠りで返済するしかないのです。
どうしても寝る時間を十分につくれないのであれば、せめて眠りの質を高めることが必要でしょう。
もちろん、時間的に十分に眠れても、眠気が残っていたり、疲れが取れていなかったりするのは、よい眠りとは言えません。眠りの満足度が出るのは、目覚めたときの感覚です。「すっきりした」とか、「よく眠れた」という満足感があれば、睡眠の質は満たしていると捉えていいと思います。
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スタンフォード大学医学部精神科教授
同大学睡眠・生体リズム研究所(SCNlab)所長。医学博士、精神保健指定医、日本睡眠学会専門医。2019年5月に睡眠に特化した健康経営のコンサルティングなどを手がけるブレインスリープのCEOに就任。
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(スタンフォード大学医学部精神科教授 西野 精治)
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