マスクの高額転売をわざと見過ごしたフリマアプリのモラル
プレジデントオンライン / 2020年3月17日 15時15分
■常識と良識で考えると明らかにおかしい
国内で新型コロナウイルスによる肺炎の感染が増える中、一部のネットオークションサイトなどではマスク60枚セットが約10万円、1800枚セットで約30万円など、常識では考えられない高い価格で転売されはじめた。転売によってかなりの収益を得たケースも報じられている。
常識と良識にもとづいて考えると、この状況下でマスクを高額で転売するのは容認されないだろう。多くの人がマスクの入手に困っている。その解決には、わが国全体での協力が欠かせない。社会全体で考えた時、マスク入手に困る人々の足元を見るようにして高額での転売を行い、利得を手に入れる行動が容認あるいは黙認されるのはおかしい。
別の観点からマスクの高額転売を考えると、ITプラットフォーマーは自社がどのような社会的な要請、期待を負っているか、冷静に考える必要がある。オンラインでオークションやフリーマーケットを運営する企業は“社会の公器”としての自覚を一層強く持ち、人々の信頼を獲得するために行動しなければならない。
■企業は社会の公器である
企業は社会の公器だ。企業は商品やサービスの提供をとおして消費者とより良い関係を築く。顧客層が拡大するにつれ、社会全体に対する企業の影響力は増す。それが、企業が社会的責任を持つということだ。つまり、事業をはじめたその時点から、企業は社会全体からの信頼感を獲得し、強化しなければならない。特定の(一部の)利害関係者の欲求を満たすことによって、企業の長期存続が支えられるわけではない。
新型肺炎の感染が広まる中、多くの人がマスクを必要としている。フリーマーケットなどのITプラットフォームが、社会全体が必要とするモノの高額転売に利用されているのは、社会の公器としての本来の在り方にそぐわない。
経営学の専門家の中には、マスクの高額での転売は納得できないという考えを持つ人が多い。それは一部のITプラットフォーマーが企業は社会の公器であるという最も重要、かつ根本的なポイントを十分に認識できていなかったからだろうと指摘する者がいる。ITプラットフォーマーは、自社のサイト上で自由に価格が形成され取引が行えるというメリットと、社会全体の厚生のバランス感覚を磨かなければならないとの指摘もある。
■ITプラットフォーマーの社会的な役割とは
この問題を考えるには、フリーマーケットなどの基本的な意義を確認する必要がある。それは、個人と個人(C2C)が直接にモノの取引を行うことで、より良い消費の選択肢を手に入れることにある。C2Cなどの取引を仲介することで、より良い需要と供給のマッチングを実現することが、ITプラットフォーマーの社会的な役割のひとつといえる。
ある人が洋服を買ったとしよう。着るタイミングを逃してしまい、シーズンも変わってしまった。捨てるのはもったいない。それを日曜日に近所の公園で開催されるフリーマーケットに出品したところ、他の人の関心をひきつけ、買ってもらえた。それによって、出品者と購入者はウィンウィン(両者にとってメリットがある)の取引ができる。これが本来のフリーマーケットの意義だろう。
社会の公器としての役割に加え、ITプラットフォーマーは常識と良識にもとづいてサイトやアプリの管理・運営を行わなければならない。新型肺炎への不安が高まる中で一部の人が他人の足元を見て利得を手に入れる状況は容認できない。それは、多くの人が抱く常識的な見方だろう。多くの人が常識で考えて納得できることが重要だ。
■利得追及が常に認められるわけではない
マスクの高額転売は、一部の人間による資源などの独占・集中が起きているとも言い換えられる。それは、社会により豊富な消費の選択肢や機会を提供するというITプラットフォーマーの社会的責任や役割から逸脱しているといわざるを得ない。
自由な取引という経済原則を盾に取った利得追及が常に認められるわけではない。行き過ぎた利得追及によって社会的な弊害が生じる展開は、事業の運営主、あるいは公的な機関が止めなければならない。政府が取得した価格以上の値段でマスクの転売を禁止したのは当然だ。マスクの抱き合わせ販売に関しても、公正取引委員会が独占禁止法に違反する恐れがあると指摘している。
やや気になるのは、ITプラットフォーマーがこうした常識と良識にもとづいた事業運営をどこまで徹底しようとしてきたかだ。マスクの高額転売が問題視される前にも、ネット上のフリーマーケットなどで取引されてきたモノやコトの中には常識的に考えておかしい、問題があると指摘されるものがあった。
■夏休みの宿題を代行するサービスの出品も
たとえば、一部のプラットフォーマーでは、小学校の夏休みの宿題を代行するサービスなどが出品されたことがある。夏休みの宿題は、児童一人ひとりが自分の力で成し遂げることに意義がある。スキルのシェア、購入した商品の配送や品質などを巡ってトラブルに発展したケースもあると聞く。それらは常識と良識に照らしておかしい。
また、換金を目的にしたと思しき現金や偽ブランドの出品なども行われていた。これは法令違反だ。ITプラットフォーマーはそうした取引をなくすために人海戦術で対応してきたが、未だ取り組むべき課題は多いようだ。
ITプラットフォーマーはビジネスモデルを支える基本的な価値観に立ち返る必要があるだろう。新型肺炎の発生によって日常生活に不安を募らせる人は増えている。群集心理に付け入るようにして特定の個人が利得追及に走る状況は公共の福祉に反している。こうした問題はテクノロジーの活用以前の経営理念に関する論点だ。
各社は、人々が公平に、安心して利用できるオンライン上のフリーマーケット、あるいはオークション空間を確立しなければならない。システムでの対応が難しいのであれば、取引をモニターする人員を増員するなどの対策が求められる。そうした取り組みを重ねることが、企業が社会からの信頼感を得ることにつながる。
■社会全体から信頼されるシステム構築を急げ
逆に言えば、マスクの高額転売問題はフリーマーケットやオークションサイトの社会的な影響力が増していることを確認する重要な機会になった。新型肺炎の発生によって、わが国だけでなく世界各国でマスクなどの日用品の買い占めが多発している。その状況が続けば、日常生活を安心して過ごすことができるか、不安を抱く人は増えるだろう。その状況の中で高額転売を放置すれば、企業のイメージは低下する恐れがある。
2月下旬、世界の金融市場では新型コロナウイルスが米国を中心に世界経済を冷え込ませるとの懸念が高まった。さらに3月に入ると原油価格の下落から米国の景気後退懸念も浮上した。多くの市場参加者が先行きを警戒しリスク削減に動いている。近年、世界的に企業の社会的責任への関心が高まってきただけに、高額転売を黙認し社会からの批判を浴びる企業に対する投資家の視線は一段と厳しくなっているとみられる。同時に、IT先端分野での国際競争も激化している。
ITプラットフォーマーは常識と良識にもとづき、自社にどのような役割が求められているかを冷静に見直すべきだろう。それをもとに、社会全体から信頼されるシステム構築に向けて新しい取り組みを進める必要がある。それは、各社が多様な利害関係者と良好な関係を築き、長期の存続を目指すために重要な取り組みの一つと考えられる。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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