脳医学者が教える「大人専用の英語学習」のやり方
プレジデントオンライン / 2020年3月30日 11時15分
※本稿は、瀧靖之『脳が忘れない 英語の「超」勉強法』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■ネイティブのジョークを聞き取れなかった
英語が上手になりたいと思って、私が本気になって取り組んだのは、32~33歳のときでした。
もちろん、中学生のときから学校で英語を習ってきましたし、大学は医学部に入りました。さぞかし英語が得意だったのだろうと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。それどころか、まったくの謙遜抜きで人並み以下のレベルだったのです。
たしかに、大学入試で英語を勉強しましたから、ある程度文は読めました。ところが聴き取りや会話になると、からっきしダメだったのです。
決定的な体験をしたのが30歳のときでした。結婚したばかりの妻とともにハワイに行き、ワイキキで観光用のトロリーバスに乗ろうとしたときのことです。バスの乗り場に行くと、大柄な男性の係員が近づいてきて「ヤロー? レッド?」と声をかけてくるではありませんか。何を言っているのかわからず、きょとんとしていると、「ヤロー? ヤロー?」とたたみかけてくる。これには困り果てました。
あとでわかったのですが、ワイキキのトロリーバスは路線によって色分けされているため、どの路線に乗るのかを聞かれたのだと思います。たぶん、黄色の路線に乗るか赤の路線に乗るかで、「Yellow or red?」と言われたのでしょうが、それがまったくわかりませんでした。「yellow」が「ヤロー」としか聞こえないのです。
英語がしゃべれる人からしたら当たり前だったでしょうが、当時の私は、「yellow」といえばカタカナの「イエロー」という発音しか聞いたことがなかったのです。
困った私は、もしかしたら「years old」のことかもしれないと思い、自分の年齢を答えました。すると、相手は「はあ? 何を言っているんだ」という顔をするばかり。今思い出しただけでも、顔から火が出そうな体験です。
「これは本当にマズい。なんとかしないといけない」と、さすがの私も危機感を抱きました。そして、本気で英語に取り組まなくてはいけないと一念発起したのです。
■大人には、大人に適した習得法があるはずだ
こうして私は30歳を過ぎてから、英語を習得しようと思い立ちました。では、どのようにすれば、30歳を過ぎても、あるいは中高年になっても英語が上達するのでしょうか。中学生の教科書からやり直すのがいいのでしょうか?
私は、そうは考えませんでした。脳医学者として長年脳について研究を重ね、16万人の脳画像を見てきた経験をもとに、大人には大人に適した英語習得法があるのではないかと考えたのです。
「彼(敵)を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」(孫子)といいますが、これは英語を学ぶときにもあてはまります。英語という相手を知る前に、まず自分自身の脳の働きや性質をよく理解することが欠かせません。
ところで、英語を学ぼうとお話しすると、「もう若くないから無理」「記憶力が落ちている」と言う人がいます。たしかに、私たちのさまざまな認知能力というのは年を重ねるにつれて衰えていき、そうした認知能力の一つに記憶力があります。
■学べば学ぶほど、脳のネットワークは密になる
ここで少し、脳の神経細胞と加齢について説明しましょう。脳には、一説には1000億~2000億個もの神経細胞があるといわれています。この神経細胞というものは、一部を除いて生まれてから増えることがありません。むしろ、20代ごろからどんどん減少していきます。
それだけを聞くと、どんどん脳が衰えていくだけに感じられますが、そうではありません。大切なのは、神経細胞の数ではないのです。単に神経細胞があるだけでは、脳は働かないからです。
本当に大事なのは、脳の神経細胞同士のネットワークです。私たちが何か新しいことを学ぶと、そのたびに神経細胞からは「樹状突起」と呼ばれる触手のようなものが伸びて、周辺の神経細胞とつながります。そうして新しい情報伝達の回路ができ、情報のやりとりがされるようになるのです。
1つの神経細胞からは、何万もの樹状突起が出て周囲の神経細胞と結ばれていきますから、私たちが学べば学ぶほど情報伝達のネットワークが密になり、高度な情報処理ができるようになるわけです。
ですから、たとえ加齢によって神経細胞の数自体が減っても、学びを続けていればそれを補ってあまりある結果がもたらされるのです。
■大人でも学習によって脳の体積が増える
さまざまな脳研究の成果により、脳を使うことで神経細胞のネットワークが密になるだけでなく、特定の領域では神経細胞そのものの数も増えることがわかってきました。その領域というのが、海馬という重要な器官です。前の項では、脳の神経細胞について、「一部を除いて生まれてから増えることがありません」と書きましたが、その「一部」にあたるのが、この海馬のことです。
海馬というのはおかしな名前に聞こえますが、そのまま英語にすると「sea horse」で、これは海に棲むタツノオトシゴのことです。海馬の形が、タツノオトシゴに似ていることから、こう名付けられたのです。
海馬の機能は記憶と深く関係しており、外から入ってきた情報を一時的に記憶すると同時に、その記憶を残しておいたほうがよいか、消してもよいかを判断する働きをします。つまり、記憶を整理するわけです。
この海馬の神経細胞が、学習をすることによって大人になっても増えていくということは、1998年にアメリカの研究チームによって明らかにされました。
それだけではありません。21世紀に入ると、学習によって大人でも脳の体積が増えるということがわかってきたのです。それまで、脳は青年期になっていったん完成すると、海馬以外の部分は形が変化しないといわれてきました。変わるとしても、加齢や病気で萎縮した場合だけと考えられてきたのです。
■50歳からでも、英語を話せるようになる
ところが、大人になってからも学習を続けていけば、神経細胞同士をつなぐ回路が密になって、脳の体積を増やし、さまざまな能力を獲得することができると示されたのです。このように外部からの刺激や作用で、脳の体積や脳回路が変化することを脳の「可塑性」(plasticity)と呼んでいます。
海馬の中で新たに神経細胞がつくられていることに加え、脳に可塑性が備わっているということは、何歳からでも努力をすれば、どんどん伸びる可能性があることを示しています。大人になって英語を学び直そうとしている私たちにとって、大きく勇気づけられる事実ではありませんか。
もちろん、脳の可塑性は子どものころのほうが高いのは確かです。英語の学習や楽器の演奏をみれば、幼児期に学べば、伸びが早いということはどなたもおわかりでしょう。
では、30歳、50歳、80歳では手遅れかといえば、そんなことはまったくありません。それぞれの年齢相応に脳の可塑性があるからです。
30歳でも50歳でも、それなりに頑張れば、英語を必ず自分のものにできます。80歳であっても、本気で頑張れば十分に身につけることができるのです。
もしあなたが、プロのピアニストになりたいとか、ネイティブとまったく同様に英語をしゃべりたいというのならば、それは少し難しいかもしれません。でも、セミプロ級のピアニストになることは可能ですし、英語で外国人とコミュニケーションをとることは間違いなくできるようになります。
■「読み書き」よりも「聴いて話す」を優先すべき
なぜ大人になって英語を学び直すのか、その目的をもう一度確認してみましょう。それは、単に試験でいい点数を取るためではなく、外国人と話してみたい、海外旅行を楽しみたい、世界を舞台にして仕事をしてみたいというものではありませんでしたか。
つまり、英語をツールとして、さまざまな人とコミュニケーションをしたいということだったはずです。そのために磨くべき能力は、いかに相手の英語を間違いなく聴いて、いかに自分の思っていることを正確に伝えるかという実践的なコミュニケーション力です。
ところが、中学英語をやり直すためにおこなうことは、机に向かって本を読み、文法や単語を一生懸命に覚えることが大半だと思います。いわゆる座学です。それでは、コミュニケーション能力はなかなか向上しません。
もちろん、私は中学英語をすべて否定しているわけではありません。相手と正確にコミュニケーションをとるには、ある程度の文法の知識と単語力が必要です。そうした力が欠けていると感じている人は、一定の時間をとって文法や単語の勉強をすることも必要でしょう。
ただ、あまりそれらにとらわれていると、大切な時間がどんどんとたってしまいます。文法の知識を完璧にしないといけないなどと思っていると、いつまでたっても次に進めません。コミュニケーションにとって、それよりも大切なのは、聴く力(リスニング)と話す力(スピーキング)です。ですから、読み書きをしている時間があったら、聴いて話す練習をしてほしいのです。
文法や単語というのは、座学ではピンとこなくて覚えられなくても、リスニングやスピーキングといった実践をしているうちに身につくことがよくあるものです。
このうちでも、まず力を入れたいのはリスニングです。相手の言うことが理解できなければ、それに対して自分の意見を述べることができないからです。
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東北大学教授
1970年生まれ。医師。医学博士。東北大学大学院医学系研究科博士課程卒業。東北大学加齢医学研究所機能画像医学研究分野教授。東北大学東北メディカル・メガバンク機構教授。脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達、加齢のメカニズムを明らかにする研究に従事。読影や解析をした脳MRIは、これまで16万人分にのぼる。
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(東北大学教授 瀧 靖之)
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