これならコロナも感染しない「中国の無人ビジネス」最新事情
プレジデントオンライン / 2020年3月26日 11時15分
※本稿は 西谷格『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHPビジネス新書)を再編集しています。
■中国で次々と誕生する「無人●●」
スマートフォンとキャッシュレス決済が普及すると、自分だけの“スペース”を時間単位で簡単に借りることが可能になる。言い換えると、「無人ボックス」のようなものが身近に利用できるようになるのだ。
ボックスのドアをスマホで開閉し、何らかのサービスを享受したうえで、料金をキャッシュレスで支払う。すべて無人なので、人件費は一切かからない。
こうした無人ボックスから派生したビジネスが、中国では次々と誕生している。とくにエンターテイメントに特化したものが人気のようだ。駅やショッピングセンターのデッドスペースを有効活用できるので、自動販売機の延長と考えてもいいだろう。
自動販売機でさまざまなものを売れるのと同様、無人ボックスは多様なサービスを提供している。本章では、その象徴的なサービスをいくつか紹介していく。
■15分300円、大型商業施設の「休憩ボックス」
アリババが運営する杭州のショッピングモール「親橙里(チンチェンリー)」の一角で、3メートル四方ほどの小屋のようなボックスを発見した。「共享空間(ゴンシェンコンジェン)」と書いてあり、これがサービス名のようだ。
ヨガをする女性の写真が大きく貼られていたのでフィットネスマシンか何かと思ったが、そうではなく、休憩用の個室空間だった。ヨガ教室の広告ポスターが前面に出すぎていて、少々わかりにくい。ともあれ、使ってみよう。
小さく貼られていた説明を読むと、料金は15分9元(144円)。日本との物価の差
を考えると、15分300円ぐらいの感覚だ。
さっそく、アリペイでQRコードを読み取り、ボックスに手書きで書かれた番号を入力。「いますぐロック解除」をクリックすると、ガチャリと解錠音が聞こえた。
扉を開けてなかに入ると、カラオケボックスやネットカフェの個室のような空間で、ソファやテレビ、小型テーブル、クッション、サッカーボールなどの小物が置かれていた。
扉を閉めると再びガチャリと音がして、施錠された。
完全に閉じ込められてしまったが、出たいときにはスマホで操作して料金を支払い、カギを開ける仕組みになっている(万が一、室内でスマホが壊れた時は、どうするのだろう)。
室内には小さな窓はあるものの、ブラインドを下げれば外からは見えない。マジックミラーのような構造になっているので、内側からは外の様子がはっきりと見える。
通行人が見える場所でくつろぐのは、少し気まずい気分にもなった。はたして、こんな空間でくつろげるのだろうか。
■「エロいことでもしてるんじゃない?」
個室に入ってしばらくすると、中学生ぐらいの男子グループが興味深そうにボックスに接近。臆面もなくブラインドの隙間に顔を近づけ、こちらの様子を覗き込んできた。
「中に人がいる!」
「何やってるんだろ?」
「エロいことでもしてるんじゃない?」
中学生らしい品のない会話が聞こえてきた。外部から遮断された個室空間では、いかがわしい行為をする人がいるのでは? という懸念は確かにある。だが、室内にはしっかりと監視カメラが設置され、不適切な行為がないかどうか見張られている。
そう考えると、なんだか落ち着かない気分になる。室内の壁には、警察官のイラストとともに、こんな注意書きもあった。
「わいせつ、賭博、薬物使用などの行為は一切禁止です」
「たばこ厳禁。違反すると警報音が鳴ります」
「危険物、燃えやすいもの、爆発物の持ち込み禁止」
「室内の設備を破壊しないこと」
「これらの行為が発覚した場合、事実確認の上、警察機関へ連絡し厳格に処理します」
監視カメラで撮られていれば、さすがにルールを守る人がほとんどだろう。ソファは少々ホコリっぽかったが、ゆったりできてかなり快適。靴を脱いで横になると、仮眠を取ることもできそうだった。
■空港や駅、病院、大学などにも設置を想定
買い物中に一休みしたいとき、カフェでは物足りない時がある。家のソファのようにダラダラとくつろぎたければ、ネットカフェを利用する手もあるが、「わざわざ感」があって面倒。そんなとき、手頃な値段でこうした空間が利用できるなら有難い。食事や着替えなど、用途は幅広い。
テーブルの上に休憩ボックスを運営する会社のパンフレットが置かれていたので、読んでみた。
ボックスはショッピングモールのほか、空港や駅、病院、大学などに設置することを想定しているという。設置希望者を4万元(64万円)で募集していたが、広告収入もあるため、最短3カ月で元が取れるとうたっていた。
30分ほどゴロ寝をして、スマホで料金を支払い外に出た。昼寝スペースとしては、かなりいいかもしれない。
窓があると「覗かれているかも」と落ち着かないので、足元だけ見えるようにするなど改善の余地はありそうだが、日本にもあれば、ぜひとも利用したい。
すでに日本でもターミナル駅などで昼寝ができるスペースが設置されているので、受け入れられる余地はありそうだ。もっとも、監視カメラで常に見られているというのは、慣れが必要かもしれないが。
■なんと無料、ユニセフも視察した「授乳用個室」
前述の「個室休憩ボックス」によく似たサービスを、杭州東駅の構内で発見した。授乳用個室、その名も「移動母嬰室(イードンムーインシー) mamain」。
ウィーチャットでQRコードを読み取るだけで解錠でき、すぐに使用できる。料金は、なんと無料だ。
室内にはテレビモニターが設置されており、子育て関連の広告を流している。この広告費のおかげで、無料でサービスを提供できるわけだ。
2019年2月にはユニセフ(国際連合児童基金)も視察に来たというから、かなり先進的なサービスなのだろう。と思いきや、日本でも同様のサービス「mamaro(ママロ)」が2017年7月に運営を開始している。
中国の授乳室は同年10月に始まったので、日本のほうが先だった。とはいえ、設置台数は日本の約140台に対し、中国は倍の約300台。
駅や公共施設におけるベビールーム不足は日本同様、中国でも課題となっている。子育て世代からの支持を受けて、急速に普及しているようだ。
■1時間320円、個室でコミットする「ランニングボックス」
上海市内に怪しげなボックスがあるという情報を聞きつけた。
現場を訪れると、オフィス兼マンションの敷地内に、突然2メートル×3メートルほどの四角い箱が出現。ガラス製のドア越しになかを覗くと、3畳足らずの殺風景な空間にランニングマシン、テレビ、エアコンが設置されていた。
こちらも個室ボックスの応用版で、個室ランニングボックスの「覓跑(ミイパオ)」だ。「何でも個室ボックスにすれば、ビジネスになる!」という中国人の商魂を感じる。
「覓跑」は直訳すると「走ることを探す」を意味し、「メートル走」と韻を踏んでいる。個室はスマホで解錠でき、室内の設備を使い終わったら、その場で支払いができるサービスだ。
2017年7月に北京のベンチャー企業が運営を開始し、現在は上海、深セン、南京など9都市で展開している。料金は3分間で1元(16円)。
1時間利用しても20元(320円)とかなり良心的に感じるが、中国は都市部でも食事代などの物価が日本の半額程度であることを考えれば、まずまずだろうか。使用する際は、直前の10分間は予約してキープできるので、並ぶ必要もない。
■4畳あれば設置化、デッドスペースの有効活用
集合ボックス内に鎮座するランニングマシン。外界との遮断によって、かなりの没入感が期待できる住宅の敷地内やオフィスなどに設置されていて、公式ホームページには「自宅から5分以内の運動空間」「時間や場所、天候に左右されることなく、運動習慣を身につけられます」と書かれていた。無人ジムの最小形態といえる。
室内は薄暗かったが、中に入ればライトが点灯する仕組みのようだ。アプリの地図上からマシンを選び「解錠」ボタンをクリックしたが、あいにく中国の身分証の登録を求められ、外国人の私には利用できなかった。
ジャージ持参で汗をかこうと思っていたのに、残念。このサービスが日本でうまくいくかどうか考えると、地方のショッピングセンターなどスペースに余裕があって、人が集まりやすい場所に適してそうだ。
フィットネスジムをつくるよりかなり低コストで設置できるし、全体で4畳ほどの広さがあればいいので、デッドスペースの有効活用になりそう。健康増進を目的とする高齢者の利用も見込めるはずだ。
走り終わったあとに汗を流したくなるので、郊外のスーパー銭湯の駐車場に置くのもいいだろう。逆に都市部では、設置スペースが見つけにくいかもしれない。
■ちょっとした空き時間に歌える「無人カラオケ」
待ち合わせの時間より少し早く着いてしまい、暇を持て余した経験は誰しもあるはず。そんなとき、2、3曲だけ歌って15分ほど時間を潰せるサービスがあったら、悪くないのでは。
無人カラオケ「友唱(ヨウチャン)」は、15~30分程度の空き時間に、手軽にカラオケを楽しめるボックスで、ショッピングモールのエスカレーターの下や階段近くの空きスペースなどに設置されていることが多い。
大きさは1.5メートル四方ほどで、電話ボックスを一回り大きくした程度のサイズ感。ボックスの中に入ると左右の壁にはカーテンがかかっていて、背中だけが外から見られる構造になっている。
高さのある椅子2脚とカラオケの操作パネル、マイク、横幅いっぱいの液晶モニターが設置されており、操作パネルにはQRコードとともに「ウィーチャットで読み取り、いますぐ歌う」と書かれていた。
ウィーチャットのカメラでQRコードを読み取ると、スマホ画面に料金が表示された。 15分24.8元(約397円)、30分47.12元(約754円、通常料金は48元)、60分71.92元(約1151円、通常料金は88元)。
日本のカラオケボックスとそれほど変わらショッピングモールに設置された「無人カラオケボックス」。音漏れが心配ない料金設定で、ネット上でも「値段が高い」との声が散見された。
■音漏れが少々気になる……
15分間を選択して料金を払うと操作パネルが起動し、曲を選ぶ画面に切り替わった。ゲームセンターの音ゲーのような画面で、画面下に残り時間が秒単位で刻まれていく。チラチラと制限時間に目を奪われるので、ちょっとせわしない。
中国語の持ち歌の少ない私は、2010年代にヒットした歌謡曲「小苹果」を選択し、熱唱。続いて中国では国歌並みに有名なテレサ・テン「月亮代表我的心」を歌った。
BGMは備え付けのヘッドホンで聞き、自分の歌もヘッドホン越しに耳に入る。とはいえ、大声を出していることには変わりないので、音漏れが少々気になる。歌い終わると間もなく15分になりそうだったので、選曲画面をいじって時間を潰した。
制限時間に達すると「もっと歌いますか?」との文言とともに15%ほどの割引価格が提示されたが、一通り楽しめたので、いったん外に出た。
ボックスに貼られた張り紙を読むと、録音してSNS上に投稿したり、ランキングを競ったり、ライブ配信して離れた相手と一緒に“バーチャルカラオケ大会”などを楽しむこともできるという。
ただ、私が体験したときにはそれらしき項目は見当たらず、ネット上にも「録音の仕方がわからない」との声があった。機種によって多少バラツキがあるのかもしれないが、日本だったらすぐさま運営会社にクレームが入りそうだ。
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フリーライター
1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞の記者を経て、フリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。主な著書に『この手紙、とどけ! 106歳の日本人教師歳の台湾人生徒と再会するまで』『中国人は雑巾と布巾の区別ができない』『上海裏の歩き方』、訳書に『台湾レトロ建築案内』など。
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(フリーライター 西谷 格)
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