コロナショックに「消費減税」をしてはいけない4つの理由
プレジデントオンライン / 2020年4月1日 9時15分
■経済対策の規模はリーマンショック時よりはるかに大きい
新型コロナウイルスの世界経済に与える被害は、未曽有のものになりそうだ。わが国では、インバウンドの落ち込みやイベント自粛などで被害を受けているホテル・小売店をはじめとした中小企業への緊急融資・支援や、臨時休校で休まざるを得ない子育て世帯、さらには休業補償のない個人事業者(フリーランスなど)への支援などを、早急に対応していく必要がある。
そして一段落したところでの本格的な経済対策となるのだが、内容を早急に決定し実行に移していく必要がある。規模は、リーマンショック時よりはるかに大きな規模とならざるを得ない。
経済対策として、自民党の若手有志による議員連盟「日本の未来を考える勉強会」などは消費減税を提唱している。しかし、対策の緊急性、消費に与えるインパクト(経済効果)から考えれば、消費税減税より給付金で対応する方が、はるかに効果がある。
消費税をひとたび減税すると、引き上げる時期を巡って政局になり、無駄な政治駆け引きやエネルギーが浪費される。消費税率の5%から10%への引き上げが、法律の成立した2012年8月から19年10月まで2度の延期とそのたびの選挙で、合計7年の年月を要したことは記憶に新しい。将来につけを回すような対応ではなく、最大限の経済効果を発揮する対策に限定すべきだ。
安倍首相は3月28日の記者会見で、経済減速の影響を受ける個人や中小企業に現金を給付する方針を明らかにしており、これは評価できる。
本稿では、消費税減税の問題点を指摘したい。
■消費税減税はお金持ちほど優遇される
第1に、即効性の問題である。消費税を減税するには、経過措置の規定など多くの改正法案作成作業が必要となる。補正予算を組むだけで対応できる給付金と比べて、はるかに時間を要する。また事業者の経理システムの改修、タクシーなどの認可制料金や郵便料金のような公共料金、診療報酬や介護報酬などを再設定する必要があるので、準備に少なくとも3カ月以上を費やすことになるという問題がある。
第2に、減税までの消費の手控え、元に戻す際の駆け込みなど、余分な経済変動、不安定化が生じる。
第3に、新型コロナ問題が広がる中で、経済的な被害の少ない方がおられる。例えばIT事業などを行っている高所得者、大企業正社員、公務員、年金生活者など、所得に関する限りほとんど打撃がないと思われるが、消費減税をすれば、彼らにも恩恵が及ぶ。
一般に消費税は逆進性があり、低所得者には負担がきついといわれるが、それは所得に対する消費税負担の割合のことを言っている。しかし消費税は消費額に対して比例的にかかるので、高所得者が車やマンションなどの高額商品を買えば、金額ベースの負担額は大きい。
逆に言えば、今回消費税を5%引き下げるという手段をとった場合には、車やマンションなど高額商品を買う高所得者ほど減税額が大きくなる。つまり消費税減税は、お金持ちほど優遇されるということになる。これは財政資金の使い方としていかにも無駄といえよう。したがって、そのような効果をもたらす消費税減税という選択肢はとるべきではない。後述するような、生活困窮者への助成に集中的に回すことができる対策手段を講じるべきだ。
■給付金は生活困窮者に手厚く配布を
最後に、消費税の持つわが国における政策的な意義である。消費税は、全世代型社会保障の切り札で、とりわけ幼児教育・保育の無償化など、わが国の働き方改革、少子化対策を進めていくための貴重な財源となっており、すでに使われ始めている。
一方、新型コロナウイルス騒ぎは、時間はかかるかもしれないが、必ず収束する。そうであるなら、消費税減税のように、わが国の中長期的な政策と矛盾し、将来に大きな禍根を残すことになるような政策はとるべきではない。
筆者は、消費税減税より給付金が即効性があり、対策として有効だと考える。しかし国民全員にばらまくのではなく、高所得者・世帯や年金生活者を除くなどして、その分生活困窮者に手厚く配布することが必要と考えている。
09年のリーマンショック後に麻生内閣の下で行われた国民全員への定額給付金(1万2000円)については、全体として消費を喚起する効果が弱かったという事後検証が行われている。その最大の理由は、高所得者など対策の不要な者にも配ったため、貯蓄に回ったことだ。
今回はそのような無駄は排除すべきで、そのためには、マイナンバーを活用して所得情報(税務情報)と社会保障情報を一体的に運営するシステムの構築を、デジタルガバメント化の一環として行う必要がある。
■マイナンバーでピンポイントな給付が可能になる
今回の騒ぎで、医療分野のオンライン診療の普及、教育分野における遠隔教育システムの整備などが進んでいくと予想されるが、マイナンバーを活用して税務情報を社会保障情報と連携させ、新たな国民のセーフティーネットを構築することも、デジタルガバメントの重要な政策だ。
これには時間がかかるという反論があるかもしれないが、2014年4月の消費税5%から8%への引き上げ時には、住民税非課税世帯に一人当たり1万5000円を給付した。その際自治体には、給付のためのシステムが整備されている。
今回は、これを基に、「住民税非課税かどうか」で線を引くのではなく、マイナンバーを活用して「一定の所得基準(例えば世帯所得700万円以下)」で線を引けばよい。そのためのシステムの改修費用は国が負担する。間に合わなければ、国が制度設計して地方自治体で執行(給付事務)を行うような措置も検討すべきだ。
これにより、例えば1‐3月の段階で前年より所得が大きく減少したフリーランス・個人事業主、雇い止めや解雇にあった給与所得者などを把握して手厚く給付することも可能になる。一方で、国・地方公務員や大企業正社員、さらには年金生活者など被害の少ない者は給付の制限・排除をすることもできる。
米国でも、欧州諸国でも、番号により国民全員の税情報(課税所得)と社会保障給付が連携され、有機的に活用するシステムが構築されている。英国が20日に打ち出したフリーランスの所得補償は、この制度(ユニバーサル・クレジット)を活用して緊急的に行われる。
この機会にわが国もデジタルガバメント化を進め、新たな国民のセーフティーネットを設けるべきだ。今後またやってくる可能性の高い危機への対応にもなる。
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東京財団政策研究所研究主幹
法学博士。中央大学法科大学院 特任教授。1950年広島生まれ、73年京都大学法学部卒業、大蔵省入省。英国駐在大蔵省参事、主税局税制第二課長、総務課長、東京税関長、2004年プリンストン大学で教鞭をとり、財務省財務総合研究所長を最後に06年退官。大阪大学教授、東京大学客員教授、コロンビアロースクール客員研究員などを歴任。ジャパン・タックス・インスティチュート所長。著書に『デジタル経済と税』『税で日本はよみがえる』(以上、日本経済新聞出版社)など
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(東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹)
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