東京五輪を「1年延期」として本当によかったのか
プレジデントオンライン / 2020年4月1日 11時15分
■「正しく怖がる」という点で誤ったメッセージになる
東京オリンピック・パラリンピックが延期になってしまった。大会組織委員会は3月24日に1年程度延期することを決め、30日にオリンピックは来年7月23日、パラリンピックは来年8月24日に開幕すると発表した。
これは新型コロナウイルスの感染拡大に対する過剰反応だ。新型コロナウイルスは季節性インフルエンザウイルスと比べて感染力や病原性(毒性)が弱い。だから過度に恐れることはないのだ。
五輪の競技の大半は野外で行われるため、ウイルスの感染は起きない。また室内競技でも密接、密閉、密集の3条件が重ならなければ、クラスターは発生しない。無観客とすれば競技を行うことは難しくない。
さらに気候が温暖になり、湿度も上がっていくと、コロナウイルスの活動は弱まるし、冬に比べて新型コロナウイルスが感染する人のノドの粘膜細胞などが潤ってくる。
オリンピック選手のような通常、普段から健康に気を付けている若い人は感染はしにくい。まれに感染したとしても体調が悪ければ、競技には出場しない。
延期や中止とするのは簡単だ。しかしそれは「正しく怖がる」という点で誤ったメッセージとなり、日本だけではなく、世界中をパニックに陥らせてしまう。
なぜ人々は新型コロナウイルスを過度に恐れてしまうのか。
いま、各国に広がっている異常な規制を見ると、よく分かる。たとえば外出制限だ。これまで実施されたことがない外出制限が唐突に行われると、人々はパニックに陥り、社会は混乱する。
■フランスとドイツはイタリアの支援要請を無視した
イギリスのジョンソン首相は3月23日、「皆さんは家にいなくてはならない。従わないときには警察が強制的に待機を命じたり、あるいは罰金を科したりする」とイギリス全土での自宅待機を強く要求した。
そのうえでジョンソン首相は食品などの生活必需品以外を販売するすべての商店を半ば強制的に休業させ、全国各地で予定されていたイベントも中止の対象にした。
アメリカでも15州以上が同様に自宅待機を求めて在宅勤務の義務化に踏み切った。こうした外出の制限が長期化すればするほど、企業の株価は下がり、世界経済は衰退していく。いわゆるコロナショックである。
感染者が急激に増加して死者の数が8000人を超え、中国の死者数(約3300人)を軽く上回っているイタリアでも期間(3月10日~4月3日)を決めて国民に自宅待機を求めている。同様にフランスでも3月17日から15日間の自宅待機に入った。
問題のイタリアはマスクやレスピレーター(人工呼吸器)などの医療用品や医療器具をEU(欧州連合)各国に求めた。ところが、である。フランスやドイツは自国の在庫確保を優先し、イタリアの求めには応じなかった。これには驚かされた。フランスとドイツはイタリアの支援要請を無視したわけである。イタリアとの国境を閉鎖するような動きまであるというからさらに驚かされる。
■桜の名所では花見にまで自粛が求められた
ここにも沙鴎一歩がこれまで批判してきた自国第一主義やポピュリズム(大衆迎合)の風潮が見え隠れする。
パンデミック(世界的流行)を引き起こすような感染症をコントロール(制御)していくには、世界各国の協力が欠かせない。それなのに世界は自己中心的思考の落とし穴にはまっている。EUもしかりである。EUの基本概念の「結束」は、一体どこに行ってしまったのだろうか。
日本もまったく同じである。
3月26日には東京、神奈川、千葉、埼玉、山梨の1都4県の知事が夜間にテレビ会議を開き、「ロックダウン(都市閉鎖)を回避するために連携して感染防止の対策を進める」と確認し合い、都民や県民に人混みへの不要不急の外出自粛や時差出勤、テレワークなどの在宅勤務を呼びかけた。
28、29日の土日には、街中の商店の多くが営業を停止し、繁華街の人の姿はまばらだった。都内の桜の名所では花見にまで自粛が求められ、都立の全82の公園では飲食を伴わない場合も花見を控えるよう要請が出た。美術館や博物館も次々と閉館された。異常な光景である。
■安倍政権は専門家会議の意見に向き合っていない
テレビ会議後、小池百合子都知事は安倍晋三首相と面会した。その面会後、3月14日から施行された改正特別措置法の「緊急事態」の宣言について記者団に問われて彼女はこう語っていた。
「感染の拡大を防ぐためにも、国の大きな役割を果たしていただく段階かと思う」
緊急事態宣言の発令については3月23日の記事「専門家を無視し、強硬策だけを唐突に示す安倍政権の怖さ」で書いたのでここでは詳しくは触れないが、私たち国民の私権を厳しく制限する戦時中の戒厳令のような宣言であり、抜いてはならない伝家の宝刀である。
小池知事は都知事選を前に自らの存在を強くアピールしたいのだろうが、彼女の言葉を考えると、近く緊急事態が宣言されるような気がしてならない。
感染症をコントロールするには、専門家の知識と勇気と使命感が必要だ。専門家たちが意見を交換し、そのうえでバランスの取れた政策を実施すべきだ。しかし安倍政権は専門家会議の意見に向き合っていない。学校の一斉休校もなし崩しに行われた。
防疫の基本は人の移動を止めることだが、バランス感覚を欠いて実施すると思わぬ事態を招く。そのひとつがコロナショックだ。政治家は「ロックダウン」という言葉を使って脅すのではなく、自発的に不要不急の外出を取りやめてもらうよう丁寧に求めるべきだ。そうすれば不要な買いだめをする市民も減るだろう。強硬策をとるほど危険なウイルスではないことを理解し、正しく恐れることが重要だ。
■コロナ禍に対し「終息」より「収束」を使う記事が増えてきた
「東京五輪・パラリンピックの開催が、『1年程度』延期されることになった。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と安倍首相が合意し、IOCの臨時理事会も満場一致で承認したという」
3月26日付の朝日新聞の社説の書き出しである。
見出しは「五輪1年延期 コロナ収束が大前提だ」。この見出しで気になるのが「収束」の文字だ。この「収束」には収まる、一定の状態に落ち着くという意味があり、一般的に混乱や事態が収束するというように使う。もうひとつの「終息」には終わるという意味があり、感染症や疫病にはこの「終息」を使用する。
朝日社説が「収束」の方を使ったのには、新型コロナウイルスがもたらしている異様な社会の事態や混乱が収まるという意味を込めているのだろう。
■目標の達成を優先するあまり、強引に突き進む安倍政権
朝日社説を読み進めてみよう。
「最大の課題がコロナ禍の収束であるのは言うまでもない。首相がいう『最高のコンディション』『安全で安心な大会』を実現する大前提である。日本はもちろん、全世界でこの問題が解消していなければ開催はおぼつかない。国内対策の推進とあわせ、開催国としてどのような貢献ができるか、しなければならないか、政府は検討し、実践していく必要がある」
「コロナ禍の収束」とある。もちろん、「禍」とは現在の異常な状況を指す。やはり朝日社説は社会の事態や混乱が収まるという意味で「収束」の言葉を使っている。
全世界でコロナ禍を収束させるために、安倍政権の力が試される。緊急事態宣言などという伝家の宝刀に頼るようでは、世界中の国々から足元を見られる。
朝日社説は「この国では、目標の達成を優先するあまり、正当な疑問や異論も抑えつけ、強引に突き進む光景をしばしば目にする。そのやり方はもはや通用しない。情報の開示―丁寧な説明―納得・合意の過程が不可欠だ」とも指摘する。その元凶は「アベ1強」だろう。
■人間の力で新型コロナウイルスを「収束」させられるか
次に産経新聞の社説(主張、3月26日付)を見てみよう。朝日社説とは違い、大きな1本社説だ。主見出しは「東京五輪延期 日本は成功に責任を負う まず感染の収束に力を尽くせ」である。
ここで気になるのは、「感染症の収束」という使い方だ。本文中でもこう使っている。
「まず力を尽くすべきは、感染拡大の収束である。国内では政府の専門家会議が爆発的に患者が急増する『オーバーシュート』の懸念を示しており、五輪開催地の東京でも感染者が増え続けている。感染拡大との戦いは、国民の協力を抜きには成り立たない」
「1年を経ても世界的流行が収束していなければ、五輪を開催することはできない。治療薬やワクチンの開発に向けても、日本がリードすることが求められる」
ご覧のように産経社説は「感染拡大の収束」「世界的流行が収束」と書いているが、本来は前述したように感染症に関するものだから「終息」を使うべきではないか。産経社説の収束の使い方は、間違っていないか。
国語学の専門家に聞くと、これまで新聞記事では感染症には「終息」を使用してきた。ところが最近、新型コロナウイルスに対して「収束」を使う記事がある。なぜか。人間の力で新型コロナウイルスを何とかしようという意味を訴えるために、あえて「収束」の言葉を使っているようだ。一方で自然とウイルスが消えていくという意味で使う場合は「終息」を使う。ただし「収束」と「終息」はともにグレーゾーンの広い言葉で、専門家も頭を悩ませているという。
収束と終息、いずれを使うにせよ、過剰な反応だけは収束させたいし、終わってもらいたい。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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