五輪招致委員会の「贈賄疑惑」が闇に葬られた根本原因
プレジデントオンライン / 2020年4月8日 9時15分
※本稿は、八田進二『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「東京五輪は金で買った」疑惑は今も晴れていない
不祥事を起こした企業や行政組織が、外部の専門家に委嘱して設置し、問題の全容解明、責任の所在の明確化を図るはずの「第三者委員会」。だが、真相究明どころか、実際は関係者が身の潔白を「証明」する”禊(みそぎ)のツール”になっていることも少なくない。調査中は世間の追及から逃れる”隠れ蓑(みの)”になり、ほとぼりも冷めかけた頃に、たいして問題はなかった——と太鼓判を押すような報告書もあるのだ。
たとえば、2021年夏の開催が決まった東京オリンピック・パラリンピック。コロナ騒動で延期になったにもかかわらず、盛り上げようと奮闘する関係者には大変に申し訳ないのだが、どうやら我々は「東京五輪は金で買った」という疑惑が払拭されないまま、本番を迎えなくてはならない。
東京オリンピック・パラリンピック招致委員会が、元国際陸上競技連盟会長の子息が関係するシンガポールのコンサルタント会社に約2億2000万円を支払った、とフランスの検察当局が公表したのは、東京開催が決まってからおよそ3年後の16年5月のことである。当時、招致委の理事長を務めていたのが、竹田恆和日本オリンピック委員会(JOC)会長だ。
例によってJOCは、その月のうちに、独立性を有するとされる弁護士2名と公認会計士1名などから構成された「調査チーム」を立ち上げる。調査の主眼は、このコンサルタント契約における契約金額、成果、締結過程の適切性を検証することにあった。具体的には、疑惑のベールに包まれたコンサル会社や、その代表者の真の姿を明らかにするのが、その使命だった。
■疑惑は深まったのに「シロ」のお墨付きを与えた
しかし、結局、代表者をはじめとする関係者から、直接返答を得ることはできなかった。調査は、関係書類などの閲覧という間接的な作業に終始し、通常の海外コンサルタントとの業務契約に比して破格の契約金額が何を意味するのか、といった核心にはまったく近づくことができないまま終わった。コンサル会社の代表者が「雲隠れ」したことなどから、調査によって、疑惑はむしろ深まったとさえ言える。
ここまでなら、「期待外れだった」ですむかもしれない。驚くのは、そこから先だ。そんな未消化の調査結果だったにもかかわらず、調査チームは、「招致委員会関係者」について、「『オリンピック関係者』等への贈与の禁止を含むIOC(国際オリンピック委員会)の規程を十分認識し、また、本件契約の際にも『オリンピック関係者』等への贈与の認識を何ら有していなかった」と、明確な“シロ”認定を下しているのである。
しかし、19年1月、フランス当局が招致に絡む汚職の疑いで竹田氏の訴訟手続きに入った、と同国メディアが報じた。それを受けて会見した竹田氏は、あらためて「不正はなかった」と主張するのだが、その根拠の一つとされているのが、ほかならぬ「日本の法律において契約に違法性はなく、コンサル会社への支払いも適切だった」という、この調査チームの「結論」だった。
■やましいことがないなら、なぜ辞任したのか
賢明なる読者は、もうお気づきだろう。この調査チームの主たる目的は、「コンサルタント契約の適切性の検証」以上に、「招致委員会という組織や竹田氏個人には、何ら問題がなかった」というお墨付きを与えるところにあったのではないか。少なくとも予断なく、子細に報告書を読む限り、そう結論付けるのが自然だろう。
ただ、そんな努力も空しく、釈明会見後も批判にさらされた竹田氏は、19年3月にJOC会長の退任とIOC委員の辞任を表明した。事実が調査チームの認定通りで、自らになんらやましいところがないのならば、先頭に立って開催にこぎつけた晴れの舞台を目前にして職を辞するというのは、腑に落ちない。誰もがそう感じたのではないだろうか。この調査チームには、オブザーバーにJOCの常務理事という「身内」が含まれていたりと、他にも問題山積だった。
過去に数多くつくられてきた第三者委員会の中で、このJOCの調査チームが、とりわけ「異質」で「例外的」なものなのかといえば、それは違う。第三者委員会は、もはや多くの人が漠然と抱くであろうイメージ、すなわち不祥事を起こした企業や団体が、外部の専門家などに委嘱して設置し、問題の真相究明、責任の所在の明確化などを図る――とは、かけ離れた存在になっているのが実態なのだ。
では、その「実態」とは、どういうものか?
■「禊のツール」になっている第三者委員会
大半の第三者委員会は、真相究明どころか、不祥事への関与を疑われた人たちが、その追及をかわし、身の潔白を「証明」するための“禊のツール”として機能している――。それが私の結論である。何のことはない、調査中はメディアや世論などの追及から逃れる“隠れ蓑”になり、世のほとぼりも冷めかけた頃に、「問題ありませんでした」という“免罪符”を発給しているのだ。個々の委員会のメンバーがどれだけそれを自覚しているのか定かではないにせよ、結果的にそうした役割を担っている事実は消せない。
もちろん、第三者委員会は、その誕生の時からこうした性格を持っていたわけではない。現在でも、真相究明に貢献する立派な報告書が提出されることもある。しかし、大きな流れとしては、ある事件をきっかけに、「不祥事が発覚したら、とにかく第三者委員会をつくる」という「ルール」が定着し、それが徐々に“隠れ蓑”の機能を強めていったのである。
「ある事件」とは、2011年に発覚したオリンパスの巨額の損失隠し、粉飾決算である。この時、上場廃止の瀬戸際に追い詰められたオリンパスを救ったのが、まさに第三者委員会だった。そして、そのツールを活用した同社の救済に、東京証券取引所が一役買っている。さらにその背後には、時代を映した国の思惑があった。そうした経緯も振り返りながら、本書(『「第三者委員会」の欺瞞』)では、第三者委員会という組織の本質をより明確にしていきたいと思う。
■実は日本で考えられた「超ドメスティック」な仕組み
第三者委員会についての「ありがちな誤解」を、もう一つ付け加えておこう。さらに時間を戻して、そもそも、「社外に独立した委員会を設けて、真相究明に当たる」というスキーム自体は、いつの時代に、どこで生まれたのか、ご存じだろうか? 「コーポレートガバナンス」「コンプライアンス」などの概念同様、欧米からの「輸入品」だと理解している人が多いのではないかと推察する。だが、違うのだ。第三者委員会は、グローバルスタンダードとは縁もゆかりもない。「失われた十年」と称されるバブル崩壊期、この日本で考案された、すぐれてドメスティックな仕組みなのである。
私が調べた限り、似たような組織は、諸外国には見当たらない。純日本製であるがゆえに、「独立した委員会」と銘打ちながらも、他の組織と同じように「阿吽(あうん)の呼吸で、事を丸く収める」という日本型のDNAがプログラミングされていても、不思議はないのかもしれない。
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会計学者
1949年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了、慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学、博士(プロフェッショナル会計学;青山学院大学)。現在、金融庁企業会計審議会委員、金融庁「会計監査の在り方に関する懇談会」メンバー、文部科学省「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」委員、第三者委員会報告書格付け委員会委員、日本公認会計士協会「監査基準委員会有識者懇談会」委員等を兼任。著書に『不正-最前線』『開示不正』『会計・監査・ガバナンスの基本課題』『これだけは知っておきたい内部統制の考え方と実務』など多数。
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(会計学者 八田 進二)
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