「音楽教室」からも徴収するJASRACは、本当に表現者の味方なのか
プレジデントオンライン / 2020年4月6日 9時15分
■日本版「フェアユース」を早く取り入れるべきだ
日本音楽著作権協会(JASRAC)の音楽教室からの使用料徴収方針に対して、音楽教室事業者がJASRACに徴収権はないとして起こした訴訟で、東京地裁(以下、「地裁」)は2月28日、音楽教室事業者の請求を棄却した。
地裁は、古くは1988年の最高裁判決にはじまる古い判例が、今の時代の社会通念に合っているかどうかについては一顧だにせず、過去の判例をそのまま適用した(判決文はこちら)。JASRACの全面勝訴となった判決を不服とした音楽教室事業者は3月5日、知財高裁へ控訴した。
私はこれまで、著作物を扱う上で日本版フェアユース(公正利用)の必要性を説いてきた。フェアユースは公正な利用であれば著作権者の許諾なしに著作物の利用を認める規定のこと。著作権法は著作物の保護と利用のバランスを図ることを目的としている。著作物の利用には著作権者の許可を要求して保護する一方、許可がなくても利用できる権利制限規定を設けて利用者に配慮している。
わが国の著作権法はこの権利制限規定において私的使用、引用など一つひとつ具体的な事例を挙げている。対して、アメリカではどの事例にも使える権利制限の一般規定としてフェアユース規定を採用している。
個別権利制限規定方式では、新たに権利制限の必要性が発生する都度、法改正が必要になるが、法改正には時間がかかる。著作権法はソフトウエアなど技術革新の激しい分野も律する法律だけに、立法の遅れを補完するフェアユースのような権利制限の一般規定の果たす役割は大きいので、私は日本版フェアユースの必要性を訴え続けてきた。
■JASRACはなぜ毎回勝てるのか
判決の話に戻ると、訴訟の争点は著作権法の2つの条文、演奏権について定めた著作権法22条と著作権法の目的を定めた1条の解釈をめぐる争いだった。
1.音楽教室での演奏に演奏権が及ぶのか?
著作権法22条は、公衆に聞かせるための演奏には演奏権が働くとしている。その解釈をめぐる裁判でJASRACはこれまで勝訴を積み重ねてきた。図表1および以下の解説のとおり、今回も地裁はそうした判決を踏襲した。
■音楽著作物の利用主体はヤマハのような音楽教室事業者
1.1 音楽教室における演奏は「公衆」に対するものか?
地裁はまず「著作物の利用主体の判断基準」を示した。
クラブキャッツアイ事件最高裁判決とは、カラオケスナックでの客の歌唱もカラオケ店主による演奏であるとした1988年の判決である。最高裁は、①客の歌唱を管理し、②営業上の利益増大を意図した――ことを条件に店主に責任を負わせた。その後、カラオケ法理とよばれ、インターネット関連の新規サービスを提供する事業者に広く適用されるようになった。
最高裁がカラオケ法理を再検討したのが、2011年のロクラクII事件判決。知財高裁は事業者の責任を認めなかったため、カラオケ法理の呪縛から解かれる日も近いのではとの期待を抱かせたが、最高裁はこれを覆し、一審と同様に事業者の違法性を認めた。
今回のJASRAC裁判で地裁は、演奏の実現に枢要な行為である課題曲の選定は、音楽教室事業者である原告らの作成したレパートリー集の中から選定されることから、原告らの管理・支配が及んでいるということができるとした。
■音楽教室の生徒は“公衆”なのか?
1.2 生徒は公衆にあたるか?
「公衆」の定義について、著作権法2条5項は「特定かつ多数の者を含む」と定めているので、22条にもとづき演奏権について著作権者の権利が及ばないのは、演奏の対象が「特定かつ少数の者」の場合ということになる。
JASRACは、「2004年の社交ダンス教室事件名古屋高裁判決は『誰でも受講者になれるため、特定かつ多数に対するもの、すなわち、公衆に対するものと評価するのが相当である』と判示しているが、同判決に示された考え方を本件にあてはめると、原告らのサービスを受ける生徒は不特定かつ多数のものであるということができる」と主張、地裁もこれを認めた。
1.3 音楽教室における演奏が聞かせることを目的とするものであるか?
音楽教室事業者は、カラオケボックスでの一人カラオケも聞くための演奏であるとした2009年のカラオケボックス・ビッグエコー事件東京高裁判決を例に、音楽教室のレッスンでは生徒は教師に対して演奏するので、生徒自身が聞く立場にないと主張した。これに対して地裁は、生徒はカラオケボックスの客と違わないと退けた。
以上、22条をめぐる解釈の結論として、音楽教室における演奏は、「公衆に直接、聞かせることを目的」としているとした。
■「音楽文化が発展しなくなるかもしれない」
2 使用料徴収は文化の発展に寄与するのか?
第22条とともに争点となったのは、著作権法の目的を定めた第1条の解釈だった。音楽教室事業者は、使用料を徴収されるという萎縮効果からJASRAC管理曲を使用しなくなり、文化の発展に寄与するという著作権法1条の目的に反することになると主張していた。
これに対し、JASRACは著作権者にお金を回すことが、創造のサイクルをつくり、音楽文化の発展につながると反論するが、JASRACから使用料を受け取ることによって、「創造のサイクル」の恩恵を受けるはずの坂本龍一氏ら著名なミュージシャンたちも、未来の音楽文化を担う子どもたちからの使用料徴収には反対した。
著作権法の権威である中山信弘東京大学名誉教授も「木の枝を刈り込みすぎて幹を殺してはならない。音楽教室に対して必要以上に権利を主張すれば、音楽文化が発展しなくなるかもしれない」と話している(詳細は拙著『音楽はどこへ消えたか? 2019著作権法改正で見えたJASRACと音楽教室問題』参照)。
こうした著作権法の目的にも関わる重要な主張として、音楽教室事業者はJASRACの権利濫用を挙げた。権利濫用は、裁判所はめったに認めないので、そうした法理に頼らざるを得ない点で音楽教室に同情を禁じ得ないが、ここで効果的な対応として期待されるのが、前述したフェアユース(公正利用)の法理である。
■融通の利かない法律を補完する「公平と正義」とは
3 フェアユースの由来
アメリカが最初に明文化したフェアユース規定は、英国の「エクイティ(衡平法)の法理」に由来している。中世の英国では、コモンロー(慣習法)の通常の裁判所では正義が得られないと考えると、その救済を求める請願を国王に提出した。大法官はコモンローでは救済できなくても、正義と衡平の見地からは救済に値すると判断した場合には救済した。
この救済が積み重なってエクイティ(衡平法)と呼ばれる法体系が生まれた。公平と正義の観点を取り入れることでコモンローの不備を補ったわけである。エクイティ(衡平法)の適用例として、シェイクスピアの戯曲「ヴェニスの商人」が紹介されることがある。フィクションだが、分かりやすい例なので、以下、筆者なりに要約する。
■判例を機械的に適用しても現代に合わない
現代社会でも法律がますます複雑精緻化しているだけに、法律をそのまま適用すると公正と正義の観点からは、疑問視される結論が導かれるケースは当然出てくる。フェアユースのようなエクイティ(衡平法)の法理の存在意義は失われていない。
音楽教室事件も法律をそのまま適用すると、公正と正義の観点からは、疑問視される結論が導かれるケースに当てはまりそうである。図表1の過去の事件では、事業者は使用料を支払わずに事業を運営していたのに対し、音楽教室はレッスン用の教材や発表会での演奏には使用料を払っている。しかも、カラオケ関連の事件は娯楽目的であるのに対し、音楽教室は教育目的である。
音楽教室事業者はこの点も主張したが、よりどころにしたのはここでも権利濫用だったため、予想通り却下された。
以上、地裁は過去の判例が今の時代に合っているのかどうかを検討することなく、古い判決を機械的に適用して音楽教室事業者の主張を退けた。音楽教室事業者がただちに控訴したため、争いの場は知財高裁に移ることになる。
ただ、楽観を許さないのは、上記1.1のとおり、音楽教室事業者が著作物の利用主体であるとした判断が依拠したクラブキャッツアイ判決が最高裁判決なので、下級審はその判例を無視できないこと。ロクラクII事件で、知財高裁は、利用主体はユーザー(本件でいえば音楽教室の生徒)であるとして、サービス事業者(本件でいえば音楽教室事業者)の侵害責任を否認したが、最高裁は、利用主体は事業者であるとしてこれを覆した。
司法による解決が予断を許さないとなると、立法による解決に期待がかかる。その意味では立法関係者にも責任がある。日本版フェアユースについてこれまで2度にわたって検討したにもかかわらず、いまだに道半ばだからである。
■アメリカではITベンチャーの躍進に貢献している
4.1 米国型フェアユースとはどう違うのか?
図表2は知的財産戦略本部次世代知財システム検討委員会報告書(2016年4月)からの抜粋である。米国型フェアユースが総合考慮型の権利制限の包括規定を設けるのに対して、日本版フェアユースは、権利制限規定の最後に「以上の規定に掲げる行為のほか、やむを得ないと認められる場合」という受け皿規定を設ける方法である。
アメリカではフェアユースは「ベンチャー企業の資本金」とよばれるように、グーグルをはじめとしたIT企業の躍進に貢献した。このため、今世紀に入ってから導入する国が急増。日本でもイノベーション促進の観点から、2度にわたって検討されたが、2度目の検討結果を反映した2018年の改正後の30条の4でようやく図表2のいちばん右の著作物の「表現を享受しない利用」が認められた。
■AI開発のための著作物データ収集は認められている
4.2 表現を享受しない利用とは?
「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」について定めた改正後の30条の4は概略以下のように定める。
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない。
① 著作物利用に係る技術開発・実用化の試験
② 情報解析
③ ①②のほか、人の知覚による認識を伴わない利用
2号に挙げられている「情報解析」はAI、IoT時代に重要な条文である。文化庁も「これにより、例えば、深層学習(ディープラーニング)の方法による人工知能の開発のための学習用データとして著作物をデータベースに記録するような場合も対象となるものと考えられる」としている。
具体例を挙げよう。2016年、オランダの美術館やデルフト工科大学のチームが、346点に及ぶレンブラントの全作品から深層学習のアルゴリズムによって作品の特徴を分析、作品に共通する題材を分離しもっとも一貫性のある題材を特定した作品を発表した。レンブラントの作品は著作権切れなどの理由で許諾は不要だが、この条項によって、存命中のアーティストの作品を許諾なしにAIによって分析し、そのアーティストの作風をまねた作品を創作することが可能になるわけである。
■音楽も含めた表現文化も救うことができる
4.3 2018年改正法で高まる日本版フェアユースの必要性
今回の裁判でも、上記3の「聞かせることを目的とする演奏か」をめぐる争点で、音楽教室事業者は、練習のための演奏はこの「表現を享受しない利用」にあたると主張したが、地裁は「音楽教室における演奏の目的が演奏技術の習得にあるとしても、同時に音楽の価値を享受する目的も併存しうる」として退けた。
日本版フェアユースが導入されれば、「やむを得ないと認められる場合」には表現を享受する利用も認められるので、今回のようなケースが救われる可能性が出てくる。効用はそれにとどまらず、音楽だけでなく文字も含めた表現文化の発展にも寄与できる。
政府がクールジャパン戦略を掲げてから久しいが、諸外国でも認められつつあるパロディも日本ではいまだに合法化されていない。合法化について検討した文化審議会著作権分科会「法制問題小委員会」のパロディワーキングチームが、2013年3月にまとめた報告書でも、以下のように司法による解決が提言された。
表現を享受しない利用を認めた2018年改正後の30条の4の反対解釈で、表現を享受するパロディを解釈によって認める道は閉ざされた。このため、パロディを合法化するためにも日本版フェアユースが必要となる。
文化の発展に寄与するという著作権法の目的に沿った日本版フェアユースの導入を今度こそ実現すべきである。
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国際弁護士
1941年生まれ。東京大学法学部卒。ニューヨーク大学経営大学院修了(MBA取得)、ロースクール修了(LLM取得)などを経て現在、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員教授。牧野総合法律事務所顧問も務める。
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(国際弁護士 城所 岩生)
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