発行部数が1年半で16倍『鬼滅の刃』が愛される3つの理由
プレジデントオンライン / 2020年4月4日 11時15分
■アニメ化で火がついた「鬼滅の刃」ブーム
2016年2月から『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載中のマンガ「鬼滅の刃」が、社会現象とも言える驚異的な盛り上がりを見せています。
「鬼滅の刃」は吾峠呼世晴氏の漫画作品です。人食い鬼が住む大正時代の世界を舞台に、鬼に家族を殺された主人公・竈門炭治郎が、鬼にされた妹を人間に戻すため、鬼狩りの組織に入り、仲間と共に元凶である「最初の鬼」に立ち向かう“和風剣戟奇譚”となっています。
本作は、2019年4月のアニメ化をきっかけにブームが起こり、放送開始時に350万部であったコミックスの累計発行部数はわずか1年足らずで4000万部を突破しました。
オリコンの週間コミックランキング(1月27日~2月2日)では1~18巻が1~18位を独占するという史上初の記録を達成し、アニメの放送終了からほぼ半年が過ぎても未だにその勢いは止まりません。
一体この「鬼滅の刃」は何がすごくて、どのようにしてここまでの社会現象となったのでしょうか。異例ともいえるヒットの実態とメカニズムを探っていきます。
■極めて短期間での驚異的な伸び率
同じ週刊少年ジャンプの看板作品である「ONE PIECE」は世界累計発行部数が4億6000万部(2020年4月1日現在)を超え、「鬼滅の刃」と同様に最初のアニメ化が社会的なブームのきっかけとなった「進撃の巨人」も、世界累計発行部数は1億を超えています。
では、現在累計発行部数4000万部の「鬼滅の刃」が、それらと比較して一体何が異例なのかというと、それは“極短期間で驚異的な伸び”をみせている点といえるでしょう。
図表1は上記3作の累計発行部数の推移を表したイメージ図となります。(注1)
そもそもの前提としてアニメ化決定時点での既刊数や発行部数、週刊・月刊連載の違い等もありますが、それらを除いたとしても上述通り「ONE PIECE」や「進撃の巨人」とは、まだまだ累計発行部数の規模に差があることがわかります。
しかし発行部数の“伸び率とその期間”に注目してみると、2013年のアニメ化を経て部数を伸ばした「進撃の巨人」でさえ1年半以上を要した1000万から4000万部までの上昇を超える伸びを、「鬼滅の刃」はわずか1年足らずの間にみせているのです。
逆に、アニメ化の時点で「鬼滅の刃」と同じくらいの発行部数であった作品というのも多数ありますが、アニメ化を経て1年半で10倍以上という驚異の伸びをみせた作品は他に思い当たりません。
「鬼滅の刃」現象が、単なる盛り上がりではなく、異例の出来事として注目されているのは、「ONE PIECE」や「進撃の巨人」でさえみられなかった、そうした極短期間での驚異的な伸び率も原因であると思います。
■4回のファン層拡大に成功し、社会現象に
では、本作はどのような経緯で上記のような伸びをみせ、こうして社会現象にまで至ったのでしょうか。その経緯を振り返ってみます。
近頃本作の評判を知った人の中には、急に現れたムーブメントに奇妙な感覚を覚えている人もいるかもしれません。しかし本作が今の状態に至るまでには、下記①~⑤で示したように、確かに短期間ではありますが、ファン層を広げていく段階を着実に踏んできたことが考えられます。
【①元々のファン層】
本作はそもそも2019年4月のアニメ化以前から一定の人気があり、マンガ好きの間でも度々話題にあがるくらいの知名度がありました。
しかし、それでもまだ当時は知る人ぞ知る作品という印象が強く、劇場先行上映の時点からアニメもかなりの高評価ではあったものの、放送開始後しばらくは、今に至る盛り上がりの兆候はまだみられませんでした。
実際に、そのころでも十分人気作といえる存在ではありましたが、アニメ放送開始直後の4月9日に発売された15巻の時点で累計発行部数は500万部。決して少ない数字ではないものの、まさか1年も経たない短期間でこれほどの伸びをみせるとは、このころは誰も予想ができなかったと思います。
【②マンガ・アニメ好き女性層】
その後、②のマンガ・アニメ好きの女性層にも人気が広がり始めたのは、1クール目のアニメ放送終了頃(2019年6月)から8月にかけてだったと思います。
アニメ11話以降の登場キャラ増加や「柱」(注2)のキャスト発表で元々のファン層がより一層盛り上がり、4月からは視聴していなかったけれど本作を気にしだす人が出始めました。キャラクター数が増えると、グッズはもちろん、コスプレの選択肢が広がり、キャラ同士の関係性を描くファンアートもより充実していきます。
注2:鬼の撲滅を目的とした「鬼殺隊」の主軸となるメンバーの総称。ファンの人気も高い。
こうしたファン活動が活発化することで、特にその分野の層が厚い女性ファンが増え始め、4月時点ではアニメを視聴していなかった女性層が続々とアニメの“後追い”を始めていったのです。
これには本作が“後追い”しやすい環境、つまりNetflixやAmazonプライム・ビデオなどの配信プラットフォーム数が充実していたことや、夏以降、春クールに女性人気が高かった劇場作品(注3)が、一旦徐々に落ち着きを見せ始めるタイミングであったことなども、少なからず関係していたように思います。
注3:「KING OF PRISM ‐Shiny Seven Stars‐」「名探偵コナン 紺青の拳」「プロメア」「劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEキングダム」など。
■一挙放送と映像クオリティでファン層を押し広げる
それでもこのころはまだ、グッズ展開や2.5次元舞台化といった流れもみるに、“女性人気が特に高いジャンプ作品”(注4)という印象でした。
注4:例えば他に「黒子のバスケ」や「ハイキュー!!」、「D.Gray‐man」など。
【③マンガ・アニメ好き全般】
その盛り上がりが、男女問わず③のマンガ・アニメ好き全般にまで広がっていったのは、9月28日のアニメ放送終了頃にかけてのことです。
この時期、6月から毎月のように実施されていた一挙配信が、高評価を聞きつけたアニメ好き全般を呼び込んで後追いを増加させつつ、アニメクライマックスに向けて盛り上がりを加速させ続けたことも大きかったと思います。
その際、普段女性人気の高い作品にはあまり靡かない層までがアニメを視聴し始めたのには、男女問わず人気の高い作品を数多く手掛けるアニメ制作会社「ufotable」(ユーフォ―テーブル)の制作であったこともひとつのポイントとなったようです。
【④マンガ・アニメを割とみる一般層】
さらにその後、アニメ放送終了頃から年末にかけては、人気が④の一般層にまで拡大し、町中やSNSで、意外な人までが「鬼滅の刃」を話題にし始めるようになりました。
これは③までの層が、趣味のコミュニティ内だけでなく、家族や会社の同僚・上司といった人々にまで本作をすすめ、視聴者・読者層が広がっていったことが要因だと思います。
本作が年齢性別だけでなく、アニメやマンガ好きか否かに関わらず勧めやすいジャンル・内容であったことも、それを後押ししたのでしょう。
■「売り切れ続出」「入手困難」の話題が招いたトレンド
また印象的だったのが、特にこの頃からアニメの評判だけでなく、原作関連の話題が急増したことです。
そうして“17巻と小説版が売り切れ続出で入手困難”なことや、“ランキングの殆どを本作が占める現象”が話題になり始め、それらが「今、この作品がトレンド」という指標となったことも、一般の層が興味を持つきっかけとなっていったと思います。(注5)
注5:同時期『オリコン年間コミックランキング 2019』の“作品別ランキング”で「ONE PIECE」を抑えて1位を獲得したというニュースも話題になった(出展:ORICON NEWS)。部門別とはいえ“「ONE PIECE」超え”というパワーワードは一般層に与えるインパクトが強かったのか、本作が取り上げられる際によく使われる一方、「『ONE PIECE』より売れた=累計発行部数を超えた」等の誤解も招きかねないので注意が必要。
通常ならアニメ放送中から放送終了直後のピーク後、徐々に落ち着くはずの原作コミックスの売れ行きがアニメ終了後も右肩上がりで伸び続けたのは、アニメの続きを読みたい視聴者層が原作を買い始めただけでなく、こうしてこの時期以降もファンの母数が増え続けていったことが大きかったようです。
■「今この作品を知らないのはやばい」
【⑤普段マンガやアニメをみない層】
一般層にまで広がった本作の人気は、更に年末から年明け以降、⑤の普段マンガやアニメをみない層にまで拡大していきました。
これには年末にかけて、タレント・椿鬼奴氏の「鬼滅の刃」好きが話題になり、加えて12月頃から報道番組などでも「鬼滅」人気の特集が増え、そんな中紅白歌合戦で主題歌が歌われたという流れも大きかったと思います。
これらの出来事は、この時期「鬼滅の刃」の知名度を、普段マンガやアニメをみない一般層にまで繋ぐ“チャンネル”として機能していたのでしょう。
こうした流れがかつての「君の名は。」と同様に、もはやアニメ好き云々に関係なく「今この作品を知らないのはやばい」という世間の空気を形成して、12月の2500万部から1カ月ほどで4000万部突破という累計発行部数の急上昇を生んだのだと思います。
「君の名は。」と「鬼滅の刃」の現象に違いがあるとしたら、約2時間で完結する映画と違い、“完結していないマンガ原作作品”ということで、新刊の発売や劇場版の公開等、まだまだ新たな展開が控えている点です。
原作の新しいエピソードに伴い、それに付随したコラボ企画やグッズ販売等も行われていくので、展開によってはブームもより長期に渡り続く可能性があります。
■「鬼滅の刃」現象が起きた3つのポイント
今となっては後付けにもなりますが、こうして振り返ってみると、「鬼滅の刃」が社会現象に至ったポイントとしては以下の3つが考えられます。
【ポイント①原作自体の面白さ】
1つ目は何よりの大前提として、幅広い層に受け入れられる原作の面白さと、ブームの火付け役となった高評価なアニメ化があったから、というのは間違いないでしょう。
しかしコンテンツが無数に溢れる現在、どれだけ素晴らしい原作やアニメがあっても、それを好きになってくれる人々にきちんと届かなければ決してブームは起きません。
【ポイント②短期間に4回のファン層拡大】
そう考えると2つ目のポイントは、内容以外の外的要因として、前述4回のファン層拡大が共時的に起きていったことだと思います。
素晴らしい原作とアニメのリリースに、上記⑤に至るまでの条件やタイミングが上手くかみ合い、アニメやマンガ好きに関わらず「鬼滅」にハマるポテンシャルを持つ潜在的なファンにまできちんと作品が届いた結果が、この「鬼滅の刃」現象なのでしょう。
■ファンの熱量を次々と繋げ続けたオンライン
【ポイント③SNSの口コミと後追いできる配信環境】
3つ目は、ポイント②の潤滑油でもある配信環境やSNSの存在です。
アニメ開始当初から上記①のファンが毎週のようにSNSでアニメの凄さを投稿し続けていたことや、その口コミが届いたときに②や③のファン層が後追いできる配信環境があったこと、④に繋がる最新刊売り切れの話題やランキング独占の情報も、SNSやネットニュースなどを通して広まった話題でした。
それまでに盛り上がりが途切れてしまっては⑤にまで至らなかっただろうことを考えると、今回の現象には、ファンの熱量を次々と繋げ続けたオンライン上の出来事がいかに重要であったかということも窺えます。
■「鬼滅の刃」を通してみえてくるもの
当初は「進撃の巨人」にも似ていると感じた本作の盛り上がり方ですが、これほどの短期間で爆発的に、しかも最近の報道番組での特集によると70代や80代といった層にまで人気が広がっている(注6)という現状をみると、いよいよそれとも異なる位置づけになってきているように思います。
注6:高齢層にまで本作が楽しまれている理由としては、西洋風の舞台設定や登場人物の名前が横文字である「進撃」と比べて、大正という時代設定や和名の登場人物といった要素がハードルを下げていることが考えられる。
こうした短期間での爆発的な盛り上がり方は、かつての「ドラゴンボール」や「ONE PIECE」、「名探偵コナン」などと違い、“お茶の間”が無くなった現在に、配信環境やSNSの口コミ、“バズり”を発端に国民的な認知度を持つアニメが生まれる際のスピード感であり、新しいフォーマットなのかもしれません。
普段マンガやアニメをみない層も含めた1月からの爆発的な盛り上がりは、そろそろ“熱心なファンだけ残っていく”形で徐々に収斂していくことも予想できます。
しかしその一方で、ゲーム化の発表や今月のアニメ一挙放送、10日の劇場版最新情報の特番や5月の最新20巻発売など、盛り上がりを加速させるイベントもまだまだ目白押しです。そうした今後の展開やそのタイミングによっては、未だ本作を知らない人々へもうひと段階のブームの拡大というのもありえるかもしれません。
■アジア圏全体や欧米も含めた今後の反応が鍵
ただ国内だけではその広がりにも限界がありますので、そこから更に上述の「ONE PIECE」や「進撃の巨人」、または「ドラゴンボール」や「NARUTO ‐ナルト‐」といった世界的に有名な巨大コンテンツにまでなっていくのかについては、アジア圏全体や欧米も含めた今後の反応が鍵になっていくかと思います。
因みに北米での本作は、今年2月に発表されたクランチロールのアニメアワードにて、アニメオブザイヤーを受賞し、現在は英語の吹替版が好評放送中です。ですがまだあちらの盛り上がりの全貌はみえてきておりませんので、やはりそちらも劇場版を含めた今後の展開への反応次第のように思われます。
いずれにせよ、今回の「鬼滅の刃」現象を通してみえてくる重要な点は、アニメやマンガ好き、恐らく製作サイドでさえ予想もしていなかったほどの潜在的な作品ファンが、今の日本にこれだけ存在しているのが分かったこと、なのではないでしょうか。
これをひとつの“点”で終わらせるのではなく、「鬼滅の刃」関連の話題や製作関係者の関連作品達を起点として、そうした潜在的なファンにアニメやマンガの世界に居続けてもらえる“線”を広く結んでいけたなら、いずれは収斂していくとしても、今回の盛り上がりは今後のアニメやマンガ史に残る重要な出来事にもなり得ると思います。
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アニメウォッチャー
北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程在籍。三木プロダクション所属。毎週約100本以上(再放送、配信含む)の全アニメを視聴し、全番組の感想をブログに掲載する活動を続けている。まんたんウェブやアニメ誌などでコラム連載や番組コメンテーターとして出演する傍ら、アニメ情報の監修で番組制作にも参加しつつ、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。
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(アニメウォッチャー 小新井 涼)
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