3週間後のコロナ状況を正確に予測できる「DTチャート」が示す真実
プレジデントオンライン / 2020年4月7日 17時15分
■死亡者数の比較から見たコロナの現状分析
新型肺炎(新型コロナウイルス感染症)について、Financial Times(FT)の統計チーム(John Burn‐Murdoch)から提供されるグラフにもとづいて現状分析をツイートしているのですが、その背後にあるロジックをここでまとめておきます。なお、私は専門家ではありませんので信頼性は各自で判断してください。
各国の状況を見るのに、検査態勢が異なるため、感染者数の比較は意味がありません。それに対して死亡者数は、東アジアと欧米であれば、病院は肺炎の患者を必ず検査するでしょうから、もっとも正確と考えられます(イランなど新興国は正確にカウントされていない可能性が高いので比較対象から外します)。
この論理で各国の死亡者数を累積してチャート化しているのがFTの統計チームです。縦軸が累積死亡者数、横軸が日数で、死者が10人を超えた日からスタートしています。チャートの縦軸が対数になっていることに注意してください(片対数グラフ)。
対数グラフは目盛りごとに値が倍々で増えていき、指数関数のような範囲の広いデータを扱うときに使います。FTのグラフで「0~1000」「1000~10000」「10000~20000」の区間を比較するとわかるように、数字が大きくなるほど目盛りの距離が短くなります。
■中国は感染をほぼ完全に抑制できている
下記は著名な統計家ネイト・シルバーによる説明で、線形グラフで指数関数(オレンジ)が示されています。ここでは1日3割のペースで感染者数が増加しますが、途中、抑制策で10%に下がったとします(青)。
これを対数グラフで示したのが下記です。縦軸を対数にしたことで、指数関数が線形関数のように表示されます。対数グラフで伸び率がゆるやかなように見えても、実際には指数関数的に感染者が増えていることに注意してください。また、抑制策で感染者数が30%から10%に下がるのは大きな効果ですが、対数表示にしたことでその効果が見えにくになっています。
次にDT(doubling time)を説明します。DTは「死亡者/感染者が2倍になる日数」のことで、DT=2日は「2日で死者数/感染者が倍(日率41%)」、DT=3日は「3日で死者数/感染者が倍(日率26%)」です。各国別の最新のDTはこのサイトで更新されています。
プリンストン大学の神経科学者Sam Wangは、DTが3日を超えると指数関数的な発散が減速(逓減)しはじめると述べています。それを参考に、DT1~3日を「加速(逓増)」、DT4日以上を「減速(逓減)」とします。それに対して、死亡者/感染者の絶対数が減少することを「収束」とします。
FTの国別累積死亡者数のチャートに引かれている4本の線は、左からDT=1日、2日、3日、7日です。グラフの傾きが急なほど、指数関数的に死者数が増えていることになります。中国は累積死亡者数こそ多いものの傾きが平坦化(DT45)しているので、感染をほぼ完全に抑制できていることがわかります。
ニューヨークタイムズが公開している国別累積死亡者推移チャートも同じロジックで作成されています。これはインタラクティブで、国にカーソルを当てるとDTが表示されるので便利です。
■今後2~3週間の状況をほぼ正確に予測できる
次に重要なポイントは、「累積死者数は遅行指標」ということです。潜伏期間を5日、入院から死亡までを14日とすると、今日の死亡者数は19日前の感染状況を反映していることになります。ロックダウン(都市封鎖)してもそれ以前の感染者数は変わらないので、効果が出るまでに最短で20日間必要になります。
ただし、医療崩壊したイタリアでは入院してから平均8日で死亡していると報じられました。この場合は潜伏期間(5日)を加えて13日になります。大雑把に2~3週間前の感染状況を示していると考えればいいでしょう。
ロックダウンなどの感染抑制策をとっても、それ以前の感染者数/入院数は変わらないので、2~3週間はそれまでのトレンドに沿って死者が増えていくはずです。すなわち、累積死亡者数の推移を見れば今後2~3週間の状況をほぼ正確に予測できます。この「未来予測能力」がこのチャートの最大の特徴です。
たとえば、下記は3月25日のFTの地域別チャートで、ニューヨークはロックダウンから3日目ですが、おそろしい勢いで死者数が発散していることがわかります。このトレンドは少なくとも2週間は変わらないので、この時点で、医療崩壊が報じられた北イタリアやマドリードよりはるかに深刻な状況になることが「確定」しています。その後の経緯はご存じのとおりです。
DT=3(日率26%)、スタートを(死者)10人とすると、10日後に100人を超えます。ここでロックダウンに踏み切っても、同じペースで死亡者は増え続けるため、20日後に1000人、30日後には1万人に達します。
この事態を為政者は把握しているでしょうが、国民は指数関数を直観的に理解できないため、100人の死者がわずか10日で1000人に増えるような状況を冷静に受け入れることができません。
これが欧米諸国の置かれている苦境で、イタリアは現在、感染の収束が期待できますが、死者の累計は1万人を超えており、ひとびとはその人数に圧倒されてしまうでしょう。このように、いったん感染が拡大しロックダウン状況になると解除が難しくなります。
ロックダウンの効果が出て感染者数が抑制されると、その効果は2~3週間後にチャートに反映されます。イタリアはDT=8日を超えるようになって、感染者数の減少が報じられるようになりました(現在はDT=13日)。
■「どんなに悪くてもイタリアくらい」と思えるか
それでは、あらためて最新のグラフを見ていきます。星印がつけられているのは、全国的なロックダウンが行われた日です。
イタリアは減速傾向がはっきりしてきました(DT=13日)。被害が拡大したのは、死者10人を超えてからロックダウンまで15日間かかっているからでしょう。
スペインはロックダウンの判断はイタリアより早かったものの、立ち上がりの増加率が大きかった(グラフの傾斜が急だった)ため発散し、イタリアを超える大きな被害を出すことになりました。3月8日にマドリードで国際女性デーの12万人パレードを行ったことが影響していそうです(DT=8日)。
それ以外のヨーロッパの国は、ほぼ同じ傾きの立ち上がりです。チャートを見るかぎり、フランス(DT=4日)、イギリス(DT=3日)、ドイツ(DT=4日)は今後、イタリアとほぼ同様の経過をたどりそうです。現在のイタリアが2~3週間後のヨーロッパの姿です。
ヨーロッパの状況が比較的落ち着いているように見えるのは、イタリアを見てロックダウンに効果があるとわかったことと、今後の状況が予測できるようになったからではないかと思います。「いったい何が起きるかわからない」という不安と、「どんなに悪くてもイタリアくらい」と思えるのではまったくちがいます。イタリアは甚大な被害を出しましたが、後続のヨーロッパ諸国に大きな貢献をしました。
■この数日で新規感染者が増えはじめた日本
アメリカの状況は、ニューヨークタイムズが州別の累積死亡者数チャートを公開しています。
州にカーソルを当てるとDTが表示されますが、ニューヨーク(DT=3日)だけでなくニュージャージー(DT=3日)、マサチューセッツ(DT=3日)、コネチカット(DT=3日)など東部全域で死者数が指数関数的に発散しています。ミシガン/デトロイト(DT=4日)、イリノイ/シカゴ(DT=3日)、ルイジアナ/ニューオリンズ(DT=5日)などでも急速に感染が拡大しており、その他の州が追随しています。アメリカ政府は死者の予測を10万~24万人に上方修正しましたが、これは誇張ではありません。
死亡者累積チャートは遅行指標なので、過去の感染状況はわかっても現在の状況を把握できません。そのためにはやはり、感染者(陽性者)数を見るほかありません。
下記はFTの統計チームが新しくリリースした新規感染者推移チャートです。最初に述べたように、国によって検査のやり方が異なるために絶対数を比較することは意味がありませんが、検査手法が一貫していれば傾向を知ることはできます。
日本はこの数日で新規感染者が増えはじめており、初期のヨーロッパと同じ状況です。ほとんどの国がロックダウンしていますが、先進国のなかで唯一、韓国は強硬措置を回避しつつ感染を抑え込むことに成功しました。台湾もロックダウンせずに感染を抑制しています。状況はきびしいものの、「日本はもう終わりだ」とか「東京を封鎖すべきだ」との極論は不要です。
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作家
『マネーロンダリング』などの国際金融小説のほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など、金融・人生設計に関する著書多数。近著に『上級国民/下級国民』。
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(作家 橘 玲)
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