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「留年商法」を行う私立歯学部、高い国試合格率のカラクリ

プレジデントオンライン / 2020年5月2日 11時15分

Getty Images=写真

歯科大学生の大半が、国家試験(国試)にストレートで合格して歯科医になれるという時代は、今は昔。私立大学の歯学部では6年で歯科医になれる割合が2割を切る学校もある。入学生の半数以上が、留年もしくは国試不合格で浪人という現状を、医療ジャーナリストが報告する。

■見せかけの合格率を底上げしたい

2020年3月16日に発表された2020年度の歯科医の国試合格率は、65.6%(3211人受験して2107人合格)で、前年(63.7%、2059人合格)よりは上向いたが、同時に発表された医師の92.1%に比べて著しく低い。2000年頃までは歯科の国試合格率も9割を超えていたが、近年は受験者の3人に2人前後で推移。背後のからくりを知ると、より過酷な実態が見えてくる。

まず、歴史的経緯を遡ってみたい。1961年に国民皆保険制度が導入されると、歯科にも患者が殺到。甘い食品の広まりから“虫歯大国”へと突入、続々と歯学部が誕生した。現在29ある歯学部のうち、22校が61年以降に大学・学部を新設している。69年、人口10万人当たり30人程度だった歯科医師を50人にまで増やすという目標が閣議決定された。今も歯科医は増加し、人口10万人当たり80人を上回り、最多の東京都では120人に迫る。

片や歯磨き習慣など予防の普及により虫歯患者は急速に減少し、過当競争を招いている。歯科医師過剰時代の到来は、80年代には認識されていた。歯科医師の新規参入の削減策が検討され、87年に歯学部入学定員の「20%削減」が掲げられ、98年にさらに「10%削減」が求められた。しかし、国の指導力も私学にまでは及ばない。追加の10%削減は完遂できなかった。“入り口”を狭めることができなければ“出口”で調整するよりない。文部科学省が各大学に定員削減を要請するとともに、厚生労働省が国家試験の合格基準引き上げなどの抑制策を取った結果、合格率が7割を切る時代に突入した。

6年間で3000万円前後の学費を払いながら歯科医師になれないような私学は、学生集めに苦渋する。せめて“見せかけの合格率”を底上げしたいと、あの手この手の努力が行われる。

国試で注目すべきは、出願者数と受験者数の差である。6年生になれた学生に対して、卒業試験でふるいにかけて受験者を絞ることは、「合格率(合格者÷受験者)」を高く見せようとする私学の常套手段で、受験者は出願者の半数という大学もある。国家試験の日に卒業試験を行い、卒業はさせるが受験させないという荒業もある。それどころか、国試出願の直前に留年を確定させ出願者と受験者の数を揃えようとする大学も。

出願のみで受験しない学生数は合格率に入っていない

こうして、卒業しながら何年も国試に合格できない人、10代で入学しながら留年や休学の末に三十路になっても卒業できない人さえいる。留年などで“滞留”する学生が多ければ、入学定員を多少削減しても在籍学生数は増加する。進級時に3割以上が留年する大学もあり“留年商法”と揶揄される実態だ。

■定員割れを止めるなら起死回生の秘策

国試の結果に戻ると、近年健闘している大学の1つに、岩手医科大学がある。20年の新卒合格率は97.1%(35人受験して34人合格)。21人の未受験者はいるものの、ここ数年、合格率、6年ストレート合格率とも上昇傾向にある。同大は11年から米国ハーバード大学と提携して歯学部の教育改革に乗り出している。

さらに一学年の学生数が50人台と、29大学中突出して少なく、関係者は「全体に目配りができていることが奏功しているのではないか」と見る。同大歯学部の定員が少ないのは、1つには定員割れを防ぐ目的もあるが、別の事情もある。医師不足に鑑み、歯学部を減員する代わりに医学部を増員する「歯学部振替枠」を利用しているため、大学の台所事情には大きな影響はないと見られている。

定員割れを“インバウンド”という秘策で盛り返した大学もある。2019年には、神奈川歯科大学は、721人の在学生のうち留学生が143人。松本歯科大学も544人のうち188人で、台湾や韓国からの学生が多い。留学生は優秀な学生が多く、国試合格率に寄与する。しかも合格後、母国に戻る人も多く、日本の歯科医が増える心配もない。

■個々の歯科医を出身大学だけで評価してはいけない

元私立大学教員のS氏は歯学部の実態を分析し、ブログ「(続)とある最底辺歯科医の戯れ言集」で解説する。6年間の学費総額を6年合格率で割った独自の「お得度指数」によると、20年度入試では、私大は昭和大学、朝日大学、明海大学の順に「お得」と評価する。渾身のブログを書き続ける理由を「入り口で誤った選択をする人を、できるだけ少なくしたい。あらかじめ実態を知れば不幸になる人も減らせる」と語る。少子化時代にありながら、若者が路頭に迷いかねない私大歯学部問題に10年以上も根本的な解決策が見いだせないのは、とてももどかしい。

とはいえ、成績上位者に特待生制度を導入している大学は多く、全額免除となれば、国公立大学より少ない負担で卒業できる。偏差値が低い大学にも、6年で卒業し国試に合格する“上澄み”の層が確実にいる。私大歯学部の状況は危機的でも、出身者は別。国試を突破した個々の歯科医を出身大学だけで評価してはいけないだろう。

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塚崎 朝子 ジャーナリスト
読売新聞記者を経て医療、科学分野で執筆多数。筑波大学大学院および東京医科歯科大学大学院修士。著書に『患者になった名医たちの選択』など。

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(ジャーナリスト 塚崎 朝子)

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