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橋下徹「なぜ吉村知事は専門家会議を活用できるか」

プレジデントオンライン / 2020年5月13日 11時15分

大阪府が設けた自粛解除基準の達成状況を色で伝える「新型コロナ警戒信号」の運用に合わせて黄色にライトアップされた通天閣(写真左・大阪市浪速区)と太陽の塔(同右・大阪府吹田市)=2020年5月11日夜 - 写真=時事通信フォト

緊急事態宣言の「出口戦略」をなかなか打ち出せない政府に対し、大阪府の吉村洋文知事は具体的な数値目標を盛り込み、自粛の解除に向けて動き出した。橋下徹氏は「この差は専門家会議との向き合い方にある」と指摘する。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(5月12日配信)から抜粋記事をお届けします。

(略)

■豊洲移転問題、原発問題でも露呈した「専門家の使い方」の問題点

専門家は自分の専門領域について、最高の水準を追求する。特に安全性の水準設定を専門家に丸投げしてしまうと、専門家は、自分の専門領域以外の事情、特に社会的なコストというものを考慮することなく、自分の専門領域における専門知を駆使して、とことん青天井の安全水準を追求してしまう。

東京都の築地市場の豊洲移転問題では、豊洲の土壌の安全性が青天井に追求された。また、原発についても、現在、青天井の安全性が追求されている。

しかし、安全を追求するには必ず社会的なコストがかかり、これは結局、社会の構成員である国民・市民の負担となる。

ゆえに、民主国家の政治家は、国民・市民の求めるもの、許容できる範囲を意識しながら、安全性と社会的コストのバランスを考慮して総合判断しなければならないし、それが政治家の役割というものだ。

(略)

たとえば豊洲の土壌については、専門家が土壌の地下水を「飲めるほど」にその安全性を追求しようとしたが、そのときに政治家は「東京都全体の土壌地下水の『平均並みの』安全性、ないしはこれまで市場として機能していた『築地の』土壌地下水の安全性と同程度のものを追求すべきだ」と専門家に方向性を示すべきだった。それが、どこまでの安全性を追求すべきかの総合判断というものである。

そしてその方向性の中で、専門家が具体的な安全基準を作っていく。

(略)

ところが、メディアもインテリも、政治家に対しては「科学的な判断をしろ!」「科学的根拠を示せ!」といつもいつも批判するものだから、政治家はいつの間にやら、専門家の判断にすべてを依存してしまう癖がついてしまったのかもしれない。

特に安倍政権の新型コロナ感染防止策については、政治家が総合判断しなければならないところまでを専門家に委ねてしまっている傾向が強いと感じる。

(略)

専門家への丸投げは、専門家にとってもしんどいことである。専門家は、国家の命運のすべてを背負うことまでできないだろう。その仕事は政治家の仕事だ。

ゆえに政府専門家会議も「我々は感染症対策の専門家であって経済の専門家ではない。経済的な判断は経済の専門家の意見を聴いてもらいたい」と言っている。

(略)

■そして「自粛」の出口が見えなくなった

その点、吉村洋文大阪府知事の思考パターンは「常に獲得目標を考える」というものだ。今、この場面での獲得目標は何か、そのために何をすべきか、シンプルにこの思考を実践する。

これは言うは易し、行うは難しである。

複雑な問題になればなるほど、様々な論点や見解に翻弄されて獲得目標を見失ってしまうのが常だ。

たとえば新型コロナ感染症対策において、政治行政が設定すべき獲得目標は何か、を考えてみる。頭がいい人ほど、そしてよく勉強して博識タイプな人ほど、あれやこれやと目標をあげてしまう。

しかしリーダーが設定する獲得目標は、基本的に1つだ。

普通は、二兎も三兎も四兎も追いたくなるものだ。そこを1つに絞り込んでいくのが、リーダーの役割である。そしてそのリーダーが率いる組織が巨大になればなるほど、獲得目標はシンプルに絞り込む必要がある。

(略)

感染症の感染拡大を抑え込むことは当然のことだし、そのことによって国民の命を守るというのは誰もが願うことである。

しかし他方、感染拡大を抑え込むことにあたって、社会経済活動を抑止するのであれば経済が犠牲になる。金の話は後回しでいいじゃないかと言う人もいるが、家族の生活を守っていくこと、さらには人間らしい営みを維持することも大事な目標である。また、経済が疲弊した場合に自殺者が多く出てしまうことも歴史が示すとおりであり、この命を守ることも重要な目標だ。

(略)

政府の専門家会議は、弁護士1人を除くと他のメンバーはすべて感染症など医療の専門家であり、経済のことはまったく考えていない。とにかく感染症を抑え込むことが至上命題になっている。ゆえに自粛、自粛、自粛となる。これは彼ら彼女らにとってはある意味当然のことだ。

安倍政権は、この専門家会議に、国家としての獲得目標の設定と進むべき方向性の判断を丸投げしてしまったことで自粛の出口が見えなくなってしまった。

これに対し、吉村知事は「医療崩壊を阻止する」ことを獲得目標に掲げた。そして医療崩壊が生じない範囲であれば、社会経済活動を一定認め、医療崩壊が生じない範囲で感染者が一定発生することや場合によっては死者が出ることも容認した。これがまさに政治的な総合判断というものだ。その上で、数値化、見える化にもこだわった。

ここで医療崩壊を阻止する目標と、数値化・見える化の目標はまったく矛盾しない。

吉村知事は、専門家会議に「医療崩壊を阻止することのできる数値基準を設定して欲しい」と方向性を示したのである。

きわめてシンプルな獲得目標と方向性であるが、一定の感染者数、死亡者数をも容認したという点では、きわめてシビアな判断を伴うものであった。

吉村知事の命を受けた専門家たちは「可能な限り感染者数を0に、死亡者数を0にすることまではしなくてもいい」という免罪符を得た上で、自分たちが専門知を振り絞るべき目標が明確になったのである。

「医療崩壊が生じない数値基準」

こうなれば専門家たちは水を得た魚である。大阪府の専門家会議や担当職員は、脳みそをフル回転させた。

自粛を段階的に解除していい数値基準と、再び自粛モードに転換しなければならない数値基準。医療崩壊が生じる・生じない数値基準とは何か。この点に絞って専門家たちはとことん議論した。

そして出てきたのが、「大阪モデル」という数値基準である。

(略)

■安倍政権は日本の「獲得目標」と方向性をズバリと示せ

橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)
橋下 徹『トランプに学ぶ 現状打破の鉄則』(プレジデント社)

他方、安倍政権が専門家会議に方向性を示した気配はない。ゆえに専門家会議は、自分たちが思う、感染症対策の最高水準を追求している。そしてこれまで、政府は専門家会議の決定を政府の決定にしてきた。

つまり、総合的な政治判断がないのである。

政府は、人との接触を8割減らすという目標を出しているが、それはいったい何を目指しているのか。人との接触を8割減らすこと自体が目標なのか、いやそうじゃないはずだ。8割減は手段のはずだ。とにかく、ゴールが見えない。

感染者数はどこまで少なくしなければならないのか。実効再生産数(1人の感染者から何人に感染させるか)は? 陽性率(検査人数から何人陽性者が出たか)は? 病床利用率は? 死亡者数は? いったいどのような数字がどうなれば自粛が解かれるのか、そして再び自粛となるのかがまったく分からないのである。

(略)

日本の獲得目標は何か。二兎も三兎も四兎も追ってはならない。安倍政権は、まずそれをズバッと示すことが必要だ。

(略)

(ここまでリード文を除き約2800字、メールマガジン全文は約9000字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.199(5月12日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【政界・新リーダー論(2)】吉村知事が打ち出した「大阪モデル」誕生の秘密》特集です。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。

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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)

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