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池上彰+増田ユリヤ「コロナ後のために知っておきたい日本史の常識」

プレジデントオンライン / 2020年5月27日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bennymarty

世界の歴史を紐解くと、感染症の流行がたびたび社会を大きく変えてきたことがわかる。著者の池上彰氏と増田ユリヤ氏は「新型コロナウイルスの感染が拡大している今も、安倍政権の政策によっては大きく社会が変わる可能性がある」という――。

※本稿は、池上彰、増田ユリヤ『感染症対人類の世界史』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■平清盛は「日宋貿易による感染症」で亡くなった

【池上】平清盛はマラリアで亡くなったのではないかと言われているそうですね。

【増田】1181年に亡くなっていますが、そういう説があります。

【池上】これは日宋貿易の影響だったのではないかとのことですが。

【増田】宋、つまり中国との貿易が盛んになって、人の行き来も多くなります。当然、感染症もやってくるわけですね。

【池上】どういったものが輸出入されたんでしたっけ?

【増田】日本からは刀剣や砂金、水銀や硫黄、陶器や扇などが輸出されています。宋からは陶磁器や織物、典籍、つまり書籍ですね、あとは医薬品や銅銭などが輸入されました。

【池上】あっ、宋銭ですね。

【増田】宋銭は大量に輸入されて、日本の貨幣経済の発展に貢献します。

【池上】なるほど。日本は中国の貨幣で売買していたんですよね。やはり交易には、いろいろな面がありますね。それ以前にも中国との行き来はありましたから、当然、感染症の問題もあったんですよね。

【増田】奈良時代に、日本でも天然痘の大流行がありました。八世紀、七三五年から七三七年にかけての出来事で、天平の大疫病と呼ばれています。

■奈良の東大寺の大仏は「感染症対策」でつくられた

【池上】奈良の東大寺の大仏が疫病対策でつくられたことくらいしか知りません。

【増田】聖武天皇は七四三年、国内の不穏な状況を仏教の力に頼って鎮めようとします。「鎮護国家」という言い方を教科書ではしていますね。精神復興のために大仏をつくることを決め、大仏造立の詔を出します。またそれに先だって七四一年には、国分寺、国分尼寺建立の詔が出されています。

【池上】だから東京にも国分寺という地名があるわけだよね。

【増田】当時から残っているということですよね。全国にある国分寺や国分尼寺が、その際に国ごとにつくられたわけですから。

【池上】それほど当時は全国的にひどい状況だったわけですね。

【増田】聖武天皇が即位したのは七二四年。この頃、旱魃や飢饉が続き、七三四年には大きな地震が起こり、被害も甚大でした。そんな状況が続く中で疫病が広がったわけです。

【池上】被害ももちろん大変だったでしょうけれど、それだけ立て続けにいろいろなことが起これば、社会に不安が蔓延します。その疫病が……。

【増田】天然痘だと言われています。

■政治の中枢にいた人物も相次いで死亡

【池上】その当時だと、遣唐使や遣新羅使が行き来していますね。

【増田】彼らの行き来で感染症も持ち込まれたのではないかと言われています。全国で計算すると、一〇〇万人から一五〇万人の方が亡くなったようです。さらにこの疫病によって、政治の中枢にいた藤原武智麻呂房前宇合麻呂の四兄弟も相次いで亡くなります。彼らは聖武天皇の妻である光明皇后の異母きょうだいです。当時は、藤原氏が政治の実権を握ろうと他の勢力と競い合っていた時代なんです。七二九年には、長屋王という皇族が、藤原四兄弟の陰謀で朝廷から謀叛の疑いをかけられ自殺しています。

【池上】権力争いが続く中で疫病のため、藤原四兄弟は亡くなってしまったと。

【増田】そうなんです。その後、七四〇年には、藤原広嗣が大宰府で朝廷に反旗を翻し挙兵しますが、鎮圧されています。社会はもちろん、政治も不安定化していて、混乱した時代だったと思うんです。

【池上】まさに感染症の流行が政治や社会に大きな影響を与えたわけですね。

■経済の立て直しとして墾田永年私財法がつくられた

【増田】そうなんです。飢饉や地震、そして疫病もあった。そういったことが、当時の律令政権が自分たちで国の歴史をまとめた六国史には書いてあるんですね。その中の八世紀末にまとめられた『続日本紀』には、この時代のことが書いてあって、何か悪い出来事があるとその度に元号を変えて、都も転々としていたことがわかります。

【池上】混乱した状況から日常を取り戻すには、日々の生活を立て直していく必要があります。

【増田】聖武天皇による東大寺の大仏造立には、こうした社会の不安を取り除き、人々の気分を安定させようといった狙いがありました。つくり始められるのは、七四五年です。奈良の大仏や全国の国分寺、国分尼寺は、災難を仏教の力で消滅させ、国家を守る「鎮護国家」という思想から生まれたものでした。

【増田】経済状況もたいへんになっていますし、大仏や寺をつくるにしても莫大な費用がかかります。そこで聖武天皇は、経済対策を考えます。復興政策としてつくられたのが、墾田永年私財法です。

【池上】懐かしいー。

【増田】習ったなあ、聞いたことあるーって感じですよね(笑)。それ以前の口分田は、六歳になると男女が土地を与えられ、その与えられた土地から税金を計算されて徴収され、亡くなると国へ返すという決まりでした。しかし飢饉や疫病の影響で人が少なくなると、耕地が荒れてしまいます。

【池上】たくさんの方が亡くなっているから、農地を耕す人も減るに決まっています。

【増田】それで、自分たちがそれぞれ耕した土地は私有を許可するということにこの法律で定めたんです。

【池上】まさに感染症が社会制度を変えざるを得ない状況にしたわけですよね。

■農地をお金持ちに売る人も現れた

【増田】農耕地が増えれば生産性も上がって、徴税も増えますからね。その結果、どういうことが起こったかというと、多くの人が土地を一所懸命耕します。するといい耕地もできてくるようになります。

【池上】戦後の日本の農地改革も同じです。GHQ(連合国軍総司令部)の指令によって、地主が抱えていた土地を解放させ、小作農たちが農地を手に入れます。その結果、農業生産性が爆発的に上がるんです。米の生産性も上がり、農家は潤うようになり、餓死者がいなくなります。やっぱり人間って、自分の利益になるとわかれば、がんばろうと思って、やっていけるんですよね。

【増田】農耕地が増えて生産性が上がれば、当然、税も払わなくてはいけませんから、税を納めるより、開墾した農地をお金をたくさん持っている人へ売るという人たちも出てくるわけです。すると、お金持ちが生産性の高い耕地を買うようになります。当時は、高級官僚の所有する田畑や寺社の農地も無税だったんですよ。

【池上】今も昔も役人と宗教法人は優遇されていると。

■武士の誕生も元をたどれば感染症がきっかけ

【増田】当時、農地にはいくつかの種類があって、高級官僚や寺社は税を免除されていました。その結果、農民たちは開墾した農地をこうした有力者に売り、売った先で働くという雇われ農民になります。要はサラリーマンですよね。自分の土地はないけれど、労働を提供して賃金を得る。この方が、自分で農地を耕して税金を納めるより、働いて賃金をもらえるので、農産品の出来不出来など、リスクも低くなって、生活が安定します。こうして広大な農地を経営する人たちが出てくるわけです。それが荘園の誕生です。

池上彰、増田ユリヤ『感染症対人類の世界史』(ポプラ社)
池上彰、増田ユリヤ『感染症対人類の世界史』(ポプラ社)

【池上】おおー。感染症が契機になって社会が大きく変化しました。

【増田】特に東大寺などの大寺院は広大な原野を独占するんです。国司や郡司の協力を得て、農民たちを使って灌漑施設などもつくっています。大規模な原野の開墾も開始され、荘園の経営が始まっていくのです。ここで、よりいい土地を自分たちのものにしようと、力ずくで奪おうとする輩も出てくるわけです。そういった輩から土地を守るために生まれたのが、武士の始まりになります。

【池上】今でいうガードマンが生まれたわけだ。すごいですね。歴史がきちんとつながって見えてきます。そして感染症からそんな歴史の変化が見えてくるなんて。

【増田】何か自分なりのテーマを決めて歴史を見ていくと、流れがよく見えることがあります。感染症についても流行する前の社会の状況と、収まってからの社会にどういう変化が起こっているかに注目すると、こんな歴史の動きも見えてくるんですよね。

【池上】まさに墾田永年私財法は、感染症をはじめとした疫病や飢饉といった災害への復興政策ですからね。それが大きな社会的な変化へとつながっていった。今も新型コロナウイルスですごく景気が悪くなっていますから、安倍政権の経済対策に関心が集まっています。その政策によっては、今後の日本社会も大きく変わっていく可能性があるわけです。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHKに入局。報道記者、キャスターとして活躍。「週刊こどもニュース」のお父さん役で大人気に。2005年に退職。名城大学教授、東京工業大学特命教授などを務める。『おとなの教養』『はじめてのサイエンス』『見通す力』『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など著書多数。

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増田 ユリヤ ジャーナリスト
国學院大學卒業。27年にわたり高校で社会科を教えながら、NHKのリポーターを務めた。世界各地を精力的に取材している。著書に『新しい「教育格差」』『教育立国フィンランド流 教師の育て方』『揺れる移民大国フランス』などがある。

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(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ)

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