なぜ「野球の強豪校」は暴力事件を繰り返してしまうのか
プレジデントオンライン / 2020年5月14日 15時15分
※本稿は、元永知宏『野球と暴力 殴らないで強豪校になるために』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■無期限活動停止、ゼロからのスタート
2016年8月、北照高校(北海道)は、秋季北海道大会への出場を辞退すると、道の高野連に届け出た。主な理由は部員の暴力だった。打撃練習中の態度が悪いと、上級生が下級生を平手打ちしたほか、SNSで上級生の悪口を発信した下級生の顔を殴るという暴力行為があった。そのほかに、部員の試験でのカンニング、校則違反のバイク免許取得、野球用具のインターネット販売などの不適正な行為が確認された。
同校野球部は、無期限の活動休止を宣言した。春夏合わせて8度も甲子園に出場している強豪校の不祥事は、大きなニュースになった。2016年10月には、野球部長が部内暴力の報告遅れで、謹慎3カ月の処分を受けている。
それから1年10カ月後、南北海道大会を勝ち抜いた北照の選手たちが、甲子園のグラウンドに立っていた。不祥事発覚、出場停止から、どうやって復活を果たしたのか。
■いまは高校生らしい生活をさせてあげたい
2019年、北海道の人気観光地、小樽市にある北照を訪ねた。取材対応をしてくれたのは、謹慎3カ月の処分を受けた上林弘樹元部長、チームを甲子園まで導いた現監督である。上林は言う。
「私も北照OBです。長く部長をつとめていながら、こんな不祥事を招いてしまった。処分を受けたことも含めて、大いに反省しました。それまでも私は、部長として野球部に関わりながら、いいことも悪いことも含めて、いろいろなことを見てきました。いまの時代に合った、周囲の方に応援していただける野球部にしようというところから、活動が再スタートしました」
8度の甲子園出場を誇る強豪校には、長く続いたルールがある。指導者と選手、上級生と下級生の関係すべてを白紙にして、改めてつくり直すことは簡単ではなかっただろう。2016年12月にチームの謹慎処分が解け、2017年1月に上林が監督に就任し、新しい試みが始まった。
「初めに生徒と話をしたのは、野球以外の部分です。野球部を組織としてどう変えていくか。それを第一に考えました」
まず、練習への取り組みを大きく変えた。以前は休みがほとんどなく、24時間野球漬け。1年間365日のうち、360日も練習に明け暮れていたが、週に1日はオフにして、年末年始の休暇を2週間ほど取ることにした。
「もちろん、しっかり練習するときはしますが、休むときは休む。野球と普段の生活をきっちり分けて、しっかりプライベートの時間もつくっています。そうしてあげないと、選手はストレスを溜めてしまいますから」
栄養への考え方も大きく変わったし、休養にも気を配っている。
「食べ物の指導もしますし、選手の疲れ具合を見て、『今日の午前中は寝といていいよ』と言うときもあります。昔は野球、野球でしたが、高校生らしい生活をさせてあげたいと、いまは考えています」
■昔と同じやり方でいいはずがない
もともと男子校だったこともあり、上下関係は厳しかった。1979年生まれで、北照OBでもある上林も暴力の洗礼を受けたひとりだ。
「先輩のあたりもキツかったですし、指導者も厳しかった。でも、私たちの時代は当たり前。どんなに練習が厳しくても、うまくなりたい、甲子園に出たいと思って耐えました。それが、当時の高校野球の常識だったと思います。私はキャッチャーだったので、特にキツい指導を受けることが多かった。でも、同じやり方がいいはずはありません。自分自身の経験、これまでの失敗を反省し、いいことと悪いことの取捨選択をしました。昔は選手が野球部のやり方や指導者に合わせていたけど、いまは逆ですから。子どもたちに合わせて、こちらが変化しないといけない」
■何もできない日々で気づいた「野球ができる」喜び
“高校野球の当たり前”が世間では通用しない。当然のことに気づき、小さなことからかみ砕いて選手に説明するようになった。
「社会で通用する人間になってほしいという思いが根底にあります。高校生は未熟なので、そういったところを踏まえて指導しなければと、私も謹慎期間に考えました」
不祥事が発覚して、チームは活動停止。強豪野球部の評判は地に落ちた。もちろん、翌春のセンバツ出場がかかる秋季大会に出られなかった選手たちの落胆は大きかった。
「活動を自粛することになり、練習もできませんでした。私も謹慎処分を受けたので、選手の指導から離れ……学校の施設は使えないから、選手たちは公園でキャッチボールをしたり、寮の前で素振りをしたり、できるのは個人練習だけ。でも、そのことで『野球ができるのは当たり前のことじゃない』と気づいてくれたのかもしれません」
やらされる練習から、選手が自主的に取り組むスタイルに変わっていった。いや、変わらざるをえなかった。
「振り返ると、あのころが転換期だったように思います。崩れていたものを少しずつ直していきました」
■「道具の準備は1年の仕事じゃないんですか?」
なるべくみんな平等に、当たり前のことを当たり前に勝利を目指すチームのなかでは、どうしても格差が生まれる。主力選手と控えのメンバー、ベンチ入りできない補欠。上級生と下級生の壁。だが、試合がなければ、全員が同じ地平に立つことができる。
「私自身、『甲子園、甲子園!』と言いながら、それでいいのかと思うことがありました。『野球がうまいからえらいのか』『甲子園に出た選手がすごい人なのか』と。野球がヘタでもすごい子はいるし、甲子園に出てダメになるやつもいる。長い人生で考えれば、甲子園だけがすべてではない。
私も、生徒たちも完全リセット、ゼロからのスタートでした。2年生は環境が変わったことに対する戸惑いはあったでしょう。不満もあったはずですが、そういう意味では、あのときの2年生がよく頑張ってくれました」
チームで揃って食事をし、みんなで練習する。グラウンドの整備も、部室の掃除も、全員でやるようになった。それまで野球にかけていた時間を、自分たちを見直すことに費やした。
「グラウンド整備にしても、『なんで僕たちが? 道具の準備は1年の仕事じゃないんですか?』という声が2年生から上がりました。私は、『それは誰が決めたの? 一番使うのは試合に出ている選手じゃないか。自分のために道具を手配するのは当たり前でしょう』と諭しました。上級生の姿を見て、下級生が学ぶようになりましたが、初めはいろいろと不平・不満もありました」
■ベンチ入りメンバーを選ぶのに“投票”させる
上林は選手に対する評価の方法も変えた。
「全員平等にチャンスを与えるのは難しいけど、なるべく同じ条件で競わせるようにしました。練習試合のデータをしっかり取って、選手起用の根拠を示すように。最後の夏の大会は、ベンチ入りメンバーを選ぶために、選手に投票させています。全員の意見を聞いて、みんなが納得できるようにしたいからです。“納得感”が低いと、チームがうまく動かなくなる」
あいさつの徹底、道具の整理整頓。どこの野球部でも気をつけていることだが、簡単なようで難しい。
「あいさつ、言葉遣いに関しては、細かく注意しています。でも、一度にたくさんのことはできません。『ゴミを拾え』と言うと、言われたゴミ拾いだけをするようになってしまうので……。相手の気持ちを考えて行動してほしいんですけど、そのあたりはまだまだですね」
■矛盾のある、辻褄の合わない指導はやめる
選手に変わることを求めた上林も、自分の指導法を見つめ直した。
「高校野球といえば、気合と根性。気持ちが大事だ、集中しろと言いますが、どの表現も非常にあいまいですよね。練習中と同様に、食べることにも、寝ることにも根性を使ったほうがいい。なんのためにバットを100回振るのか、10キロ走るのか。根性の使い方を間違えないように指導しています」
試合中、バッテリー以外の野手の守備機会は多くない。飛んできた打球をミスなく処理することと、1000本ノックに耐えること。このふたつの関連性は薄いのだが、厳しいノックに耐えれば守備力がつくと考えられてきた。
「野球の練習には矛盾したものが多くて、辻褄が合わないところが出てきます。守備の練習でも、バッティングでも、体力づくりでも。私はやたらと長距離を走らせることはしません。体を大きくするためにたくさん食べるように指導しても、長い距離を走らせすぎると痩せていきますから。成果を出すために、やるべきことを時間をかけて丁寧にやりました。時期によっては練習時間を短くして、あえて太らせる。練習のやりすぎは絶対によくない」
■誰かのミスで全員走る連帯責任はナンセンス
だが、すべての練習を刷新しているわけではない。あえて以前のやり方を残している部分もある。
「選手のころから、試合に負けたあとにさせられるペナルティ練習が嫌いでした。ただ、いまでも私は、試合で打たれたピッチャーを走らせることがあります。それは罰としてではなくて、走っている間にいろいろなことを考えさせたいから」
勝つこともあれば負けることもあるのがスポーツだ。だが、「負けたら終わり」のトーナメント形式で行われる高校野球では、目の前の試合しか見えない、いや見ようとしない指導者がいる。
「でも私は、今日勝っても明日負けるかもしれない、負けても次は勝てるかもしれないと思っちゃうんです。いまチームに大事なことはなんなのかを、いつも考えています。
ペナルティ練習をやらせると、違う方向にエネルギーを持っていかれますね。どうしても、『あいつのせいで』となってしまう。負けたことや失敗に対して罰を与えても、何も生まないと思う。連帯責任もナンセンスです。誰かのミスで全員が走るというのは、どうなんでしょうか。選手にとってはストレスでしかない」
もしグラウンドにボールが落ちていたら、チーム全員が責を負う。何らかの罰を与えられるのが、いままでの当たり前かもしれない。
「それが起こるのは、チェック係が仕事をおろそかにしていたから。でも、犯人捜しをしても意味がない。どちらかというと、マネジメントの問題です。なぜそうなったか、どうすれば防げるかを考えるほうが大事ですよね」
■「自分で考える」生徒を育てるためには?
監督やコーチが考えを一方的に押し付け、選手はそれに黙って従う。それまで長く続いてきたやり方を大きく変えたのは、選手への信頼があったからだ。
「まだ高校生なので、厳しく言うところは厳しくしています。教えることはちゃんと教えないと。でも、ずっとスポーツをやってきた子は聞く耳を持っていますよ。無理に“やらせる”必要はないと思っています」
■「いま打て!」と試合中に言っても意味はない
やらされる練習よりも、自発的に取り組む姿勢が大事だという信念がある。
「その生徒に合ったやり方を提示することができますし、相談にも乗ってやれる。だけど、野球をするのは本人です。やったらやったぶんだけのことが返ってくる。失敗しても、何かを得られると思う。試合中に監督がベンチから、『いま、打て!』と言っても意味はない。生徒に力をつけさせるしかないんです。試合に勝ったら、生徒のおかげです。監督の力なんて、たかが知れてます」
自分の頭で考えろ、自主的に取り組めと言われても、ずっと指導者に服従することを強いられてきた選手には難しい。上林は思い切った策に出た。
■アルバイトで練習の効率アップ
「冬の間、練習休みを1日増やして、33人の部員を3つのグループに分けて、ローテーションでアルバイトをやらせました。自分で履歴書を書かせて。社会勉強になるし、お小遣いが増える。すると不思議なことに、練習の効率まで上がりました。少ない人数でたくさん練習ができて、早く終わることができました」
学校とグラウンド以外の空気を吸い、大人たちと接することで選手は変わった。野球も大事だが、それがすべてではないと生徒たちは気づいたようだ。
「その会社の人にかわいがってもらいましたし、お金を稼ぐことの大切さを学んだようです。生徒に『どっちがしんどい?』と聞くと、『練習のほうがいいです』と言う。それまでは練習がつらいと言っていたのに、『どっちやねん?』という感じです(笑)。グラウンド以外の時間の大切さをわかってくれればいい。そこがいい加減な人は、野球もいい加減でしょうから」
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スポーツライター
1968年、愛媛県生まれ。立教大学野球部4年秋に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に、『プロ野球を選ばなかった怪物たち』(イースト・プレス)、『レギュラーになれないきみへ』(岩波ジュニア新書)、『殴られて野球はうまくなる!?』(講談社+α文庫)、『補欠の力』(ぴあ)、『野球を裏切らない』(インプレス)などがある。
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(スポーツライター 元永 知宏)
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