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「在宅勤務は認めない」という職場で感染したら、損害賠償を要求できるか

プレジデントオンライン / 2020年5月12日 11時15分

緊急事態宣言発令して2週間、通勤する大勢の人たち=2020年4月22日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

政府がリモートワークを推奨する中、出勤した社員が新型コロナウイルスに感染したら企業は責任を負うのか。ジャーナリストの村上敬氏が、労務問題に詳しい千葉博弁護士に話を聞いた――。

■アメリカでは感染者の遺族がスーパーを訴えている

5月6日に期限を迎える予定だった緊急事態宣言の期間が、31日までに延長された。政府は人の接触機会を減らすため、企業に対して出勤者を7割以上減らすように要請している。しかし、経団連が会員企業を対象に4月に行った調査では、テレワークや在宅勤務で出勤者を7割以上減らした企業は半数にすぎなかった(公共インフラや生活必需サービスなどの企業は除く)。

経団連の会員企業は大企業ばかりで、就労者数で日本の約7割を占める中小企業は調査対象になっていない。中小企業は大企業に比べてテレワークが進んでいないことを踏まえると、いまだ多くの人が出勤を余儀なくされていると考えていいだろう。

従業員を出勤させている企業にも、それぞれに事情があるのかもしれない。しかし、いまの状況で出勤させることが経営的にベストな選択かどうか、改めて考える必要がある。万が一、従業員が新型コロナウイルスに罹患(りかん)した場合、従業員やその遺族から損害賠償を請求されるリスクがあるからだ。

実際、アメリカではウォルマートで働く従業員が新型コロナウイルスに感染して、3月25日に死亡。その遺族が4月6日、ウォルマートと施設所有会社を相手に訴訟を起こしている。その従業員は死亡の2日前までウォルマートで働いていたという。

訴訟大国アメリカでの話だとはいえ、他人事ではない。日本でも、企業には従業員が安全で健康に働けるように配慮する「安全配慮義務」が課されている(労働契約法第5条)。この義務を怠って従業員に損害を生じさせれば、損害賠償の対象になりうる。新型コロナウイルスについても同様で、企業側に安全配慮義務違反があったと認められれば、従業員や遺族が被った損害を賠償する責任が生じる。

■「3密」対策をしていない職場は訴えられるかも

もちろん職場で感染者が発生したことが、直ちに損害賠償を意味するわけではない。損害賠償が認められるためには、企業側に過失があることが立証されなければいけない。では、どのような場合に過失が認められるのか。労務問題に詳しい千葉博弁護士は、「予見可能性があったか」「回避措置を尽くしたか」が判断のポイントになると教えてくれた。

「『最近、世間でコロナの感染が広がっているから、うちの職場もひょっとしたら』という漠然とした危惧感があるだけでは、予見可能性があったと判断されません。過失と認められるためには、『少し前から職場で発熱した人がチラホラ現れていた』というような具体的予見可能性が必要です。

また、予見可能性があっただけでは過失として認められません。予見可能性があり、なおかつ損害が生じる結果を回避するための措置を企業が尽くしていないときに初めて過失が認められ、損害賠償責任が生じます。例えば換気をしたりテレワークを導入したりするといった『3密』対策をしていない職場で感染者が出れば、回避措置が不十分だったと判断されて損害賠償責任を負う可能性はあります」

■休業要請を受けているのに営業して感染したら

感染のリスクが具体的に予見されていて、そのリスクを低減させるための措置を十分に取っていないとき、企業は安全配慮義務違反と判断されるおそれがある。それを踏まえたうえで、具体的なケースについても見ていこう。

まずキャバクラやライブハウスなど、新型インフルエンザ等対策特別措置法で休業要請の対象になっている施設で感染者が出た場合だ。対象施設の多くはすでに休業しているが、一部のパチンコ店は店名が公表されるまで営業を続けていたし、飲食店に対する要請は営業時間の制限どまり。休業要請対象の施設で働く人たちが感染する可能性は十分にある。

そもそもこれらの施設が休業要請の対象になったのは、3密になりやすく、クラスターが発生しやすい空間だと考えられているからだ。ならば予見可能性があり、損害賠償請求のリスクは高いと考えていいのか。

「休業要請は不要不急の業種かどうかも考慮されていますから、休業要請イコール予見可能性ありという1対1の関係ではありません。予見可能性は、あくまでも個別の具体的な状況を見て判断されます。ただ、休業要請の対象ではない施設と比べると、たしかに具体的予見可能性があるとされやすいでしょうね」

■通勤はOKだが、訴訟リスクが高い業種も

休業要請の対象になっていない一般企業も油断はできない。予見可能性が個別の状況で判断されるなら、休業要請の対象外だからといって予見可能性なしとは言えない。例えば同じ空間でたくさんの人が発話するコールセンター業務など、対象外でもリスクが高い業種はある。千葉弁護士は「一般企業も、いまは慎重に考えるべき」と釘を刺す。

「予見可能性は、そのときどのような情報を知りえたかということにも左右されます。例えば3カ月前の段階では、新型コロナはインフルエンザと変わらないとも伝えられていました。その状況で従業員の被害を予見するのは難しかったかもしれません。しかし、いまは感染の危険性が広く認知されています。緊急事態宣言が出ていますから、職場での感染がまったく予見できなかったという主張は一般企業でも通りにくいのではないでしょうか」

■マスクせずに会議に出たら出勤停止を食らったケース

安全配慮義務を果たすには、感染を回避するための措置をしっかり講じることも大切だ。職場内でのソーシャルディスタンスの確保や、マスクや消毒液の常備、入室時の検温など、企業が率先してできることは多い。ただし、やりすぎにならないようにうまくコントロールしたい。

「感染防止のためにプライベートにまで踏み込んで何か強制するのは、安全配慮義務を果たすことになっても、労務上の別の問題を生むかもしれません。また、軽い発熱後、すぐに平熱に戻ったのに出勤停止を命じるのもどうか。正当な理由のない出勤停止命令は、従業員からの労務提供の受領拒絶に当たります。出勤停止にするとしても、きちんと賃金を支払わないと、今度はその件で訴えられかねない」

実際にやりすぎと思える事例も現れ始めた。大阪市で専門学校を運営する学校法人では、マスクが買えず、未着用で会議に出席した職員が出勤停止の懲戒処分を受けた。同校職員らの労働組合は「行きすぎた処分」として、法人側に団体交渉を申し入れる事態に発展している。

■「やむを得ない出勤」はある程度認められる

企業が取り組める回避措置として忘れてはいけないのが、不要不急の出勤を減らすことだろう。冒頭に紹介したように、テレワークなどを導入して出勤者を7割以上減らした大企業は、いまだ半数にとどまっている。

「業務上の必要性は、回避措置を尽くしたかどうかを判断するときのファクターの一つになりえます。例えばオンラインで済む会議のためにわざわざ出社させて、その結果、職場で新型コロナに罹患したら、回避措置が十分ではなかったと判断されるおそれがあります。

一方、業務に出勤の必要性があれば、出勤させること自体に問題はありません。普段はオンラインで会議をしていても、議題の機密性が高いときなど、出社してもらわないといけないケースはあるでしょう。やむを得ないときに出勤させても、回避措置を尽くしていないとは判断されにくい。むしろ普段はリモートに移行していることを評価されるでしょう。できる範囲でやっていけばいい」

重要なのは、できる対策を一つひとつ積み上げていくことだろう。出勤を減らすのも、その一つ。その会議はリアルで対面しなければいけないのか。そのハンコは慣例で押しているだけで、なくしても誰も困らないのではないか。改めて見直してムダな出勤をなくすことが、従業員の健康を守ると同時に、万が一のときに会社を守ることにもなる。

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村上 敬(むらかみ・けい)
ジャーナリスト
ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。

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(ジャーナリスト 村上 敬)

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