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スーパー店員がコロナ感染した場合の"労災の3条件"

プレジデントオンライン / 2020年5月13日 15時15分

スーパーでレジ待ちする買い物客=2020年3月27日、東京都練馬区 - 写真=時事通信フォト

医療従事者やスーパー店員、宅配業者など、リモートワークのできない仕事で新型コロナウイルスに感染したら、労災は適用されるのか。ジャーナリストの村上敬氏が、労務問題に詳しい千葉博弁護士に話を聞いた——。

■在宅勤務ができない「エッセンシャルワーカー」たち

新型コロナウイルスの影響で、リモートワークを取り入れる企業が増えている。オフィスや通勤電車の「3密」が感染拡大の要因になり得ることを考えると、たしかにムダな出勤はできるかぎり減らしたいところだ。

ただ、世の中にはリモートワークができない仕事が数多くある。代表格は、“エッセンシャルワーカー”が従事する仕事だろう。いま最前線でコロナの検査・治療に当たっている医療業界や、公共交通、介護、スーパー、物流などの業界は、従業員が現場に行かなければサービスを提供できない。国民生活の根幹部分は、まさにリモートワークできない人たちによって支えられている。

オフィスワーカーも、すべてが即座にリモートに置き換えられるわけではない。いまだに紙の帳票があり、その処理のために定期的にオフィスに出勤している会社員は少なくない。コロナ対策でデジタル化・リモート化の動きは一気に加速しているが、まだ過渡期であることを忘れてはいけない。

さまざまな事情で出勤せざるを得ない人たちにとって最大の不安は、コロナの感染リスク、そして万が一のときの補償だろう。エッセンシャルワーカーも、できれば“ステイホーム”したいというのが本音に違いない。社会あるいは会社の要請でやむなく出勤しているのに、罹患(りかん)して補償が十分でなかったら目も当てられない。実際のところ、出勤して罹患した場合の補償はどうなっているのか。

■医療従事者は負傷、死亡すると国から補償が出る

エッセンシャルワーカーの中でも、医療従事者は新型インフルエンザ等対策特別措置法に補償の規定が明記されている。都道府県知事は、必要に応じて医師や看護師などの医療関係者に医療を行うように要請・指示できることが定められている(第31条)。事実上の強制に近いが、医療従事者から協力を得るためには補償も必要。そこであわせて、要請・指示で医療を行ったために死亡・負傷したり、疾病にかかったり、障害が残ったときに、本人や遺族に損害を補償することも定められた(同第63条)。

補償額は政令で決まっていて、例えば死亡した場合は、支給基礎額(平均賃金)の1000倍が支給される(災害救助法施行令第12条)。平均賃金は、過去3カ月の賃金総額を3カ月の日数で割ったもの。月給40万円の看護師なら、ざっと1億3000万円強が死亡時の補償額になる。もちろん「命あっての物種」ではあるものの、補償としてはそれなりに手厚い。

■スーパーの店員が感染したら労災は下りる?

スーパーの店員や配達員など、その他のエッセンシャルワーカーはどうだろうか。残念ながら、新型インフルエンザ等対策特別措置法に特別な規定は設けられていない。出勤した結果、新型コロナに罹患して損害が生じれば、まずは労災保険の適用を検討することになるだろう。厚労省HPの「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」にも、「業務に起因して感染したものであると認められる場合には、労災保険給付の対象となります」と記されている。

問題は、どのようなケースなら業務に起因したと認められるか。労務問題を数多く手掛ける千葉博弁護士に、まず感染症一般のケースで解説してもらった。

「労災は、業務災害と通勤災害の2種類があります。業務災害は業務中に感染したこと、通勤災害は通勤中に感染したことが明確になっていなければなりません。ケガはどこで発生したのかが明確になりますが、感染症は経路を明確にすることが難しい。職場で多数の感染者が出たという状況なら分かりやすいですが、そうでなければハードルは高いと考えたほうがいい。

さらに難しいのは通勤災害です。不特定多数の人が利用する電車で感染経路を明らかにするのは、極めて特殊な状況を除いて現実的ではありません。また、労災は業務や通勤に内在する危険が表面化したときに適用される保険です。通勤中に感染するくらい感染症が広く蔓延(まんえん)していれば、それは生活一般に内在する危険であって、通勤に内在した危険ではないという解釈が成り立ちます。通勤中に普通のインフルエンザにかかっても一般に労災の適用にならないのも、そのためです」

■感染機会や経路が特定できないと労災は難しい

以上が感染症に罹患した場合の一般論だが、果たして新型コロナウイルスによる感染症でも同じように適用されるのか。厚労省は2月3日に、都道府県労働局に向けて「新型コロナウイルス感染症に係る労災補償業務の留意点について」という内部通達を出している。その中で労災対象の条件として示されたのは、以下の3つだ。

① 業務または通勤における感染機会や感染経路が明確に特定
② 感染から発症までの潜伏期間や症状等に医学的な矛盾がない
③ 業務以外の感染源や感染機会が認められない

一つ目の感染機会・感染経路の特定は、千葉弁護士が解説した通り。他の二つについても同様に解説してもらった。

「新型コロナの潜伏期間は1~14日とされています。最後に出勤したのが3週間前だとすると、職場で感染したという主張とは医学的な矛盾が生じます。また、仕事の後に人が多く集まる飲食店で遊んで帰ったとすれば、本当は飲食店で感染した可能性もある。こうした場合は労災の適用が難しくなるでしょう」

3つの条件のうちハードルの高さを感じるのは、やはり「感染機会・感染経路の特定」だ。新型コロナウイルスは無症状の感染者が多く、クラスターが発生していなかったり、感染が判明した人と濃厚接触していなくても、職場で感染したりするリスクは十分にある。しかし感染機会や経路の特定ができなければ、労災の適用が難しくなってしまう。

■その後の方針で「感染リスクが高い労働環境」も対象に

そうした声を受けたからか、厚労省は4月28日に新たに内部通達を出している。通達によると、医療や介護の従事者は「業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険給付の対象」になる。それ以外の労働者で、感染経路が特定されていないときも、「感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下で業務に従事して」、「業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められる場合」は対象になるという。

注目したいのは、感染リスクが相対的に高い労働環境下の例として、複数の感染者が確認されたクラスター環境の他に、「顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下」が挙げられている点だ。つまりスーパーの店員のように、不特定多数と接触するがゆえに感染リスクが高く、なおかつ感染経路の特定が難しかったエッセンシャルワーカーも、労災の適用を受けやすくなったわけだ。

■「感染したくない」と出社拒否したら懲戒処分になるか

新たな通達は、接客業で働く人たちにとって朗報だ。しかし、それ以外のワーカーにとってはどうだろうか。出勤を余儀なくされている会社員の中には、会社に行く以外は外出を自粛している人も多い。思い当たる節は出勤しかないのに、感染機会や感染経路の特定ができずに労災の対象から外れるとしたら、実に酷な話である。労働局にはぜひ柔軟な対応を期待したい。

労災の適用が難しいなら、会社に損害賠償を求める道もある。ただ、こちらも容易ではないらしい。千葉弁護士の見解は次の通りだ。

「定期的な換気や消毒液の常備など、世間で言われているような感染対策を会社が講じていなければ、安全配慮義務を怠ったとして損害賠償が認められる可能性はあります。ただ、これも感染が会社の業務に起因していることを立証する必要があり、感染経路がある程度特定できていることが前提になるでしょう」

万が一のときの補償が不透明なら、いっそのこと出社拒否したいと考える人もいるに違いない。また、たとえ補償があってもこの状況で出社はゴメンという人がいても驚かない。もし新型コロナを理由に出社拒否をしたらどうなるのか。

■自己都合なら賃金は支払われないので注意

「気持ちは分かりますが、新型コロナの感染が拡大しているからという漠然な危惧感だけでは、出社拒否をする正当な理由になりません。正当な理由のない出社拒否は、業務命令違反。理屈の上では、懲戒処分の対象になりえます。

ただし、会社としても、出社拒否を理由に処分を下せば『社会通念上相当なのか』と問われかねません。ましてや解雇するのは相当に難しい。自分の都合で出社拒否なら賃金を払わなくていいので、賃金を支給せずに出社するよう促すのが、会社の対応の現実的なラインになるでしょう。出社拒否を考えている場合は、そのようなリスクがあることを踏まえて判断してください」

感染リスクを背負って現場で働くエッセンシャルワーカーには感謝の気持ちが尽きないし、会社の都合で仕方なく出勤しているオフィスワーカーにも同情を禁じ得ない。この状況下で好んで出勤している人は、ほとんどいないはずだ。やむなく出勤している人たちが少しでも安心して働けるように、政府には補償制度の拡充を望みたいところだ。

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村上 敬(むらかみ・けい)
ジャーナリスト
ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。

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(ジャーナリスト 村上 敬)

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