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「国民にバレたらまずい」安倍政権が検察庁法改正を急ぐもう一つの理由

プレジデントオンライン / 2020年5月18日 17時15分

首相官邸に入る安倍晋三首相=2020年5月18日、東京・永田町 - 写真=時事通信フォト

■野党も「定年引き上げ」には大賛成

コロナウイルスの蔓延で経済が凍りつき、大量の失業が発生し始めている中で、公務員の定年を引き上げる法案が審議されている。雇用対策や失業対策の審議を急ぐべきこのタイミングで、公務員は定年を延長して身分保障を強めようというのだから「悪い冗談」にしか思えないが、安倍晋三内閣は必死で成立を急いでいる。

国民にバレたらまずいと思っているのだろうか。「検察庁法改正」に論点をずらし、セットで審議されている公務員全体の定年問題は真正面から議論されていない。明らかな「目くらまし」戦術だ。実は、労働組合を支持母体とする野党も、公務員の定年引き上げには大賛成で、与野党をあげての論点外しの末、早期の成立に向けた議論が進んでいるのだ。

なぜ安倍内閣は緊急事態の最中、公務員の定年引き上げを急ぐのか。ひとつは、5月29日にある数字が明らかになる前に大方の審議を通しておきたいという思惑があったようだ。とくに法案成立を働きかけている霞が関の官僚たちは、その数字が明らかになることを恐れている。

■「不都合な真実」が数字で表れるかもしれない

その数字とは、総務省統計局が毎月発表する「労働力調査」である。前月の結果を翌月末に発表する。つまり、4月分が5月29日に公表されるのだ。4月末に公表された3月分では、新型コロナの影響はまだ本格的に表れていない。就業者数、雇用者数とも87カ月連続の増加となっていた。87カ月というのは第2次安倍内閣が発足した翌月の2013年1月から前年同月比でプラスが続いているということだ。安倍首相が繰り返し「アベノミクスの成果」として強調してきた数字である。

5月末に発表される4月分では、そのプラスの記録が途切れることになりそうだ。3月の完全失業率は2.5%で、2月に比べると0.1ポイント上昇したとはいえ、まだまだ「完全雇用」に近い数字を保っている。それが4月にはどこまで悪化するのかが注目される。

新型コロナへの緊急経済対策として政府が力を入れた「雇用調整助成金の拡充」が効果を上げていれば、思ったより失業率は上がらないかもしれないが、そうでなければ大きく悪化することになる。つまり、政府の施策が後手に回っていることを示す「不都合な真実」が数字で表れる可能性が大きいのだ。

■「このタイミングで公務員だけ定年延長とはね」

全体としては雇用増が続いた3月分の数字だが、悪化の兆しは表れている。非正規の雇用者数が前年同月に比べて26万人、1.2%減少したのだ。契約社員が30万人減少しているが、新年度を前に正規雇用への切り替えが行われたケースが多かったのか、正規雇用の67万人増で数字的には吸収されている。次いで減少数が大きかったのはパートの18万人。3月段階ですでにパートを減らす動きが出ていた可能性もある。

もっとも4月以降、激減して大きな問題になったアルバイトは、3月段階では6万人増えており、まだ影響は現れていない。非正規雇用は全体で2150万人おり、雇用者全体の38%を占める。4月に入って雇い止めになったパートやアルバイトは多く、この非正規雇用がどれだけ減少するかが最大の注目点だ。

公務員の定年引き上げを実現したい人たちからすると、こうした大幅に悪化した数字が明らかになる中で、公務員だけが定年を引き上げるという議論が繰り返されれば、国民の怒りを買うことは火を見るより明らかなのだ。

「悲願が実現できるラストチャンス、安倍内閣でなければ絶対に通らないと労働組合の幹部は思っており、党の重鎮などに陳情に来ている」と自民党議員は語る。「このタイミングで公務員だけ定年延長とはね」とこの議員は呆れるが、“安倍一強”と言われる中で、官邸が決めたことに反対するのは難しいと言う。

■「再雇用」ではなく、「定年」を延長する

閣議決定されている法案では、現在60歳の定年を2022年度から2年ごとに1歳ずつ引き上げ、2030年度に65歳にする。民間企業で多く採用されている「再雇用」ではなく、定年が延長される。現在も希望者は65歳まで再雇用する「再任用制度」が存在するが、それでも「定年」を延長するのは、身分保障と待遇をよりよくすることにつながるからだ。

民間では60歳で再雇用された場合、大幅に給与が下がるのが普通だが、今回の法律改正では、人事院などの資料によると「60歳を超える職員の俸給月額は60歳前の70%の額とし、俸給月額の水準と関係する諸手当等は60歳前の7割を基本に手当額等を設定(扶養手当等の手当額は60歳前と同額)」することになるという。もっとも閣議決定の新聞報道では「当分の間、7割に抑える」と書いており、将来、7割から引き上げることもにおわせている。

また、「役職定年制」も導入することになっているが、例外も認められるようで、高齢職員がポストにとどまり続ける可能性もある。霞が関も、永田町も、60歳の給与の7割というのが本当に世の中が納得する「世間相場」だと思っているのだろうか。世間相場から外れていると思うからこそ、どさくさ紛れに法案を通そうとしているのだろうか。

■検察庁法改正問題ばかりが批判されている

どさくさ紛れと言えば、野党もメディアも、公務員の定年引き上げに正面から反対する論調は見られない。昨年から続いている検察官の定年延長問題に絡めて、公務員の定年延長と一括で審議されている検察庁法改正の方ばかりを批判している。

検事の人事に内閣が関与するのは三権分立を揺るがす大問題だ、黒川弘務・東京高検検事長の定年を法解釈の変更で延長した恣意的な人事を糊塗(こと)するための法改正だ、といった批判が噴出。ネット上でもツイッターで数百万件の抗議の投稿がされるなど、検察庁法改正問題はまさに「炎上」している。

野党も検察庁法改正は強く批判しながら、公務員全体の定年延長にはむしろ賛成している。5月11日の衆議院予算委員会で質問に立った枝野幸男・立憲民主党代表は、検察庁法改正について「火事場泥棒」だと厳しく詰め寄ったものの、「国家公務員法改正には大筋賛成」だと発言した。また、同日の参議院予算委員会でも、福山哲郎議員が、検察庁法の改正部分を削除すれば、国家公務員法の改正、つまり公務員の定年延長には賛成だと発言している。

連合や自治労など労働組合にとって公務員の定年延長は「悲願」。その成立に労働組合の支援を受けている政党はむしろ賛成なのだ。

■人件費は膨らみ、組織の活力は失われていく

公務員の定年延長は、実は影響が大きい。国家公務員は一般職で28万人あまり、裁判所職員や防衛省職員など「特別職」を加えた全体では58万人だ。だが、国家公務員が定年を引き上げた場合、地方自治体も右へ倣えで定年引き上げが相次ぐことになる。公務員は国の制度が基本になっているからだ。その数274万人だ。さらにかつて公務員だった日本郵政グループや国立大学法人なども国に右へ倣えで定年を延長することになる。国会への法案提出が議論された段階で、定年を65歳に引き上げたところもある。

だが、これは、あくまで人手不足が続いていた環境での話だ。安倍首相も国会答弁で、「高齢職員に活躍してもらう」点を定年延長の理由として繰り返し発言しているが、それは未曾有の人手不足が続いていた時の話だろう。目前に大失業の大津波が迫っている中で、公務員だけ定年延長を急げば大きな禍根を残すことになる。

定年が延びればどうなるか。財政が厳しい中で、総人件費を膨らませないようにしようと思えば、新規採用数を減らすことになる。特に財政状態の悪い地方自治体は新規雇用を抑えざるを得なくなるだろう。そうなれば若者の就職機会は減ることになる。

新規採用を絞らないとすれば、定年が延びる分、人件費は膨らむことになる。そのツケは税金の形で国民や住民にいずれ回ってくる。60歳時の7割に設定すれば、当然、新卒採用の賃金を大きく上回る。退職金も民間企業以上に手厚く支払われ、年金も保証されている公務員をさらに定年延長で優遇することで守る必要が本当にあるのだろうか。

高齢職員が職場に残り続けることで、組織の活力が失われる危険性もある。そうでなくても中央省庁では若手職員の退職・転職が相次いでいた。いつまで経っても責任を持たされない働き方に嫌気がさしているという。定年延長が、ますます優秀な若者人材を集められなくするかもしれない。

■強行採決すれば、国民の「怒り爆発」は確実

5月18日時点で、法案を強行採決するという報道や、今国会での成立を見送るといった報道が入り乱れている。公務員の定年延長を強行採決で決めたとなれば、早晩、明らかになってくる民間雇用の悪化とともに、安倍内閣への国民の「怒り」が爆発することになるだろう。官邸周辺にもそうした国民の怒りを恐れる声はあり、法案への対応が揺れているに違いない。

1929年から始まる世界大恐慌では、ハーバート・フーヴァー大統領の失策が大恐慌を深刻化させ、長期化させたと言われている。国民の購買力を維持することが不況脱出にとって重要との観点から、企業に対して賃金水準の維持を求めたが、その要請に従った企業が給与水準を維持するために、人員を削減するという行動に出たため、失業をより深刻化させた、というものだ。大恐慌時代、失業した人と雇用され続けた人では生活に天地の差が生まれ、社会分断を引き起こしていった。

民間企業の疲弊を横目に公務員の生活保障に動けば、安倍首相は将来、フーヴァー大統領同様、歴史に悪名を残すことになりかねない。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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