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東大合格ゼロの高校から東大を目指す「リアルドラゴン桜」のすごい教え方

プレジデントオンライン / 2020年5月22日 9時15分

昨年4月、静岡・誠恵高校の大講堂で、全校生徒らを前に講演する東大生の西岡壱誠さん。 - 撮影=黒坂明美

偏差値は30台後半から40台前半。東大合格者は歴代ゼロ。そんな静岡県の私立高校で、初の東大合格をめざす挑戦が始まっている。名付けて「リアルドラゴン桜プロジェクト」。講師を務める東大4年生の西岡壱誠さんは「僕も高3の模試は偏差値35でしたが2浪の末、東大合格できた。勉強で自分を変えられることを教えたい」という――。

※本稿は、「プレジデントFamily2020春号」の記事を再編集したものです。

■「勉強が苦手な子が集まる高校」が本気で東大合格を目指している

「自分の人生はそこそこでいい。頑張るのは苦手だし、自分には何の可能性もない。そう考えている人が多いかもしれませんが、今や『そこそこ』の人生もつかめない可能性があります。入試や就職活動で、競争に勝たないと生き残れない。そんな社会を考えたことがありますか?」

東京大学4年の西岡壱誠(いっせい)(23)が、大講堂の壇上から問いかけていた。昨年4月上旬、相手は静岡県の私立誠恵(せいけい)高等学校の、全校生徒約460人と教職員。同校は偏差値30台後半から40台前半で、「勉強が苦手な子が集まる高校」とも言われる。一見すると、おとなしそうな子たちが多い。

西岡は、将来は国内労働者の49%がAI(人工知能)か、ロボットで代替可能になるという推計などを紹介していく。彼自身の暗い過去も率直に語った。

■講師は「高3の模試が偏差値35」で2浪の末に東大合格

「僕も小・中・高と学年ビリで、ずっとイジメられていました。高3の模試が偏差値35。先生から『お前、このままでいいの?』と聞かれ、『これが僕にお似合いの人生だ』と答えて、ぶん殴られたこともありました」

西岡はある出会いを機に一念発起。東大合格者が歴代ゼロの無名校から、2浪の末に合格。その後は18万部突破の『東大読書』などのヒット本を執筆し、人気作家としても活躍中だ。

彼の背後で大写しになっているのは、人気漫画『ドラゴン桜』の主人公・桜木建二。弁護士として落ちこぼれ高校に関わり、数々の受験テクニックと名台詞で生徒の心に火をつけ、東大合格へ導く物語だ。西岡は、同漫画に勉強法などを情報提供する、東大生チーム「東龍門」プロジェクトのリーダーでもある。

実は、西岡の講演は、東大合格者輩出を目指す、誠恵高校の学校改革2カ年計画の始動を記念するもの。

青年漫画誌「モーニング」で連載中の『ドラゴン桜2』を導入教材に、生徒に勉強の楽しさや意義を伝え、オンライン学習サービス「スタディサプリ」(以下、スタサプ)で、勉強を習慣化させる。

スタサプは、人気講師の講義動画をスマホで視聴できる。しかも到達度テストで課題を知り、動画やテキストの復習などで克服できる仕組みだ。

さらに西岡らの指導を加えて東大合格者輩出を目指す。同校の学校改革に漫画のストーリーを重ね、西岡が桜木の役割を担う。漫画×オンライン学習サービス×東大生による「リアルドラゴン桜プロジェクト」(以下、RDP)だ。

■「ずっと寝ていてもいい。東大生を質問攻めにしてもいい」

昨年8月上旬、誠恵高校3学年のRDPメンバー15人が、静岡県内にあるホテルのセミナー室に集まった。2日間の夏合宿。初日の午前10時前、西岡から漫画『ドラゴン桜2』のコピーが全員に配られた。内容は、スパルタ合宿を期待して参加した男女2人の高校生が、自由に勉強してほしいと言われて戸惑い、そんな勉強はできないと合宿所を出ていく……。

英語検定3級の試験への挑戦を機に、前向きに勉強するようになった2年生の山口珠侑。
英語検定3級の試験への挑戦を機に、前向きに勉強するようになった2年生男子。(撮影=黒坂明美)

西岡がこう切り出した。

「夏合宿もこの漫画と同じです。何をするかは皆さんの自由。この2日間ずっと寝ていてもいいですし、逆に、東大生たちを質問攻めにしてもいい。誰かにやらされて勉強しても、成績は上がりませんから」

生徒らは神妙な顔で聞いていた。記者は、西岡から合宿前に聞いた話を思い出した。昨年4月以降、彼は同校を毎月訪れていた。

「夏合宿は基礎学力をつける場。自主的に勉強をやり切った、という成功体験を積んでほしいです」(西岡)

それが「何をするかは自由」という狙い。西岡は同校の特長を指摘した。

「先生たちがとても熱い想いで、取り組んでくださっています。その熱量が生徒たちにも乗り移ってきて、学習習慣がついてきましたね」

■スタサプ視聴の時間数で「日本一」を達成

理由は二つある。まずはスタサプ視聴の習慣。すでに昨年7月に、参加約1000校中、1学期の生徒1人当たりの視聴時間数で日本一を達成した。RDPの取り組みが、学校全体に波及効果をもたらしていた。

先生たちの奮闘も見逃せない。2年生の進学コースの通常授業から、RDPメンバー6人を分離し、別の教室で英数国の3教科を週10コマ、大学入試センター試験向けの特別授業にあてていた。平日の放課後も先生が付き添い、3学年のRDPメンバーは90分間の自由学習。さらに夏休みも、午前9時から午後4時まで学校での自由学習を見守っているという。

夏合宿の合間に2年生に話を聞いた。中学時代に不登校経験があるA君。東大受験を公言した一人だ。当初は通信制高校への進学を考えていたが、父親に全日制をすすめられ、誠恵高校には嫌々通い始めたという。

「でも、授業はわかりやすいし、自分と似た境遇の人も多い。ここなら自分もいていいんだと思えました。気持ちに余裕ができて、1年生で英検3級を受けて合格し、今年は準2級を受けたら返り討ちにあいました。でも算数が苦手で、今も小学生用の計算力ドリルに苦戦中です」

A君が東大受験を決めた動機は、西岡との出会い。偏差値35から2浪後の合格は、A君の「東大生」像とは真逆だったからだ。

「僕より偏差値が低かった人が東大生になれるのなら、自分ができないはずはないんじゃないかっていう気持ちになれました。しかも、東大生に直接教えてもらえるって、なんか特別な感じになりますよね」(A君)

合宿中の彼は、西岡とも冗談を言い交わして笑っていた。

■勉強習慣がなかった生徒たちが1日12時間勉強!

A君同様に、東大受験を公言しているもう一人が、芸術コース2年生のBさん。芸大志望からの進路変更のきっかけは、合宿前の6月、RDPによる東大見学ツアーに参加したことだという。

昨夏の勉強合宿の合間、ホテル裏の敷地内を散歩する。左から本間、山口、旗持、勝間田の2年生4人。
昨夏の勉強合宿の合間、ホテル裏の敷地内を散歩する2年生4人。(撮影=黒坂明美)

「合格率E判定から、東大文三に現役合格された方(女子)が、私が興味のある心理学専攻でした。とても楽しそうに大学生活について話される表情が輝いていて、私もあんな大学生になりたいと憧れました」

そう話すBさんもキラキラしていた。東大生と会い、じかに話を聞き、相談にも乗ってもらえる。受験勉強の動機づけとしては最高だろう。

A君と同じ進学コース2年生で、4年制看護大学への進学を目指すCさん。彼女は「放課後の自由学習は、先生が付き添ってくださり、常に質問できます。生徒同士で宿題の答えを見せ合い、意見交換をすることで、仲間の大切さも実感しています」と話す。

合宿先を訪ねてくれた母親は、Cさんの変化をこう話した。

「今までテレビやYouTubeを見て過ごしていた時間が、スタサプを見る時間に変わりましたね。わからない問題があると、スタサプで関連動画を探しては見ているようです」

1年生の頃は、学校で配られたプリント問題を自宅で解く程度。ところが、スタサプで勉強習慣が身につき始めてからは、「看護系の参考書や問題集を買いに、私も書店に連れて行かれます」と、母親は目を細めた。

■2ケタの足し算引き算に時間がかかる子もペンを握る手を止めない

夏合宿に話を戻す。開始から3時間後に昼食になったが、15人全員がそれまで黙々と各種ドリルに取り組んでいた。2ケタの足し算引き算に時間がかかる子や、漢字の熟語づくりが苦手な子もいた。だが誰一人、ペンを握る手を止めなかった。

午後は西岡の講義もふくめて5時間。夕食後も、全員が午後8時から午前0時直前まで自由学習を続けたという。勉強習慣がなかった生徒たちが1日12時間勉強! 1人では難しくても仲間が一緒なら頑張れる。

2020年1月、誠恵高校の2時限目の特別授業を見学した。RDPの英検3級不合格を機に積極的になれた2年生男子3人が受ける古文の授業。当日配られた、センター試験の模擬問題は、平安時代の歌物語『伊勢物語』の「筒井筒(つついづつ)」の一節だ。

「男性俳優の浮気話が報道されていますが、これも幼なじみと結婚している男性が、浮気をする話です」

古文を担当する高橋通明(みちあき)教頭(51)がそう切り出すと、A君がすかさず「不倫は日本の文化です」と、某男性俳優の昔の迷言を引用した。高橋が、「古っ! お前、実はオッサンだね」と応じる。そこからセンター試験の出題傾向を織り交ぜ、設問読解の要点を説明していく。

この授業のおかげで、A君は苦手だった古文読解のコツをつかみ、助動詞の見分け方テストで、最近76点の自己最高点を取ったと、力強い笑顔とともに胸を張った。

■勉強は「拷問」のイメージが強かった高2が意欲を燃やすワケ

同じ授業を黙って受けていたのが2年生のD君。英語が苦手な彼は、昨冬に英検3級を受験した。不合格だったが、あと1問正解だったら合格だったと知り、少し自信がついたと、うれしそうに話す。

高橋通明教頭
高橋通明教頭。(撮影=黒坂明美)

「それまで勉強は『拷問』のイメージが強かったんですが、(英検の結果が出て)以降は、どんなに難しくても、まずは挑戦してみよう、と勉強にも積極的になりました」

夏合宿で話を聞いたときには、表情の変化に乏しく、もっとぽそぽそと話す印象だった。小さな挑戦を通して得た手応えが、D君を変え始めていた。しかも1年生の頃は部活動もせず、放課後は自宅に帰ると疲れてよく寝ていたというのだから。

授業後、高橋教頭は、自身の業務内容の変化を率直に話してくれた。

「従来の私の仕事は、各学年の時間割の作成や、不登校の生徒宅への家庭訪問などの管理業務が中心でした。退学者を一人も出さないことが、一番の優先事項だったからです」

小・中学校時代に不登校経験がある生徒もいて、同級生とのトラブルがあると、すぐに来なくなると明かした。

「一方で毎日登校してきて、授業態度も真面目で、テストでも平均点以上をとる生徒は、私から見ると、『一番手がかからない存在』。でも、その子たちも下手に叱るとすぐ学校に来なくなる。ですから叱る理由になりやすい宿題も、今まで出せませんでした。そもそも就職か、専門学校への入学を希望する生徒が多く、内申書重視の指定校推薦以外に、受験対策への需要自体もあまりありませんでした」(高橋教頭)

■「一番意識が変わった先生は?」「私ですね」と教頭は即答した

指定校推薦以外の受験を希望した生徒には、個別対応をしてきた。

平日放課後の90分間の自主学習に集まったRDPの生徒たち。
撮影=黒坂明美
平日放課後の90分間の自主学習に集まったRDPの生徒たち。 - 撮影=黒坂明美

RDPで一番意識が変わった先生を尋ねると、私ですねと高橋教頭は即答した。自分の授業が2年生の模試の点数を左右するためだという。

「授業中に生徒によく考えさせて、個々の反応を見ながら、できるだけ習熟度に応じた問題を解かせるようにしています。今日も特別授業を終えて職員室に戻る途中、『あの教え方で、生徒たちは過去問を解けるのかなぁ』と不安にもなります。恥ずかしながら50歳をすぎて、『先生の入り口』にやっと立てた気分ですよ」

教頭はを少し紅潮させ、まんざらでもない表情でそう話した。

昨年4月の西岡の講演後に、先生と関係者が集まったキックオフ会議のことが思い出された。冒頭で挨拶に立った高橋教頭は途中、旗持ら2年生のRDPメンバーを会議室に招き入れて、熱く語りかけた。

「今まで『勉強して変わりたい』と思っている子たちは、僕らを恨んでいたと思います。今日から私たちは、そんな生徒たちに関われる学校になりたい。大人が真剣に、全力を尽くして、君たちのために動きます!」

当日初めて同校を訪れて内情を知った、記者の鼻の奥をもチクッと刺すような決意表明だった。

しかし現実は甘くない。今年1月の訪問時に、今回取材したA君ら2年生4人に、昨秋2回受けた模試の結果を尋ねた。彼らの話をまとめると、英語と数学は200点満点中、最低15点から最高45点だった。

だが、西岡は意外と楽観的だった。

「そもそも、僕も2浪していますからね。模試の点数は悪いですが、現時点では問題ありません。たとえば英語なら、単語や文法を頑張って覚えても、それらが武器になるレベルまで自分に定着させるには、3カ月はかかると言われます。大学受験は本来、長距離走なんですよ」

20年のセンター試験では一筋の希望も見えた。同校のRDP3年生の男子が、公民(政治・経済)で100点満点中88点、国語(現代文の評論と小説)で89点を取った。

「政治・経済も、国語も平均点が60点を割り込んでいたので、実質的な偏差値は60台後半だと思います。うれしい“大誤算”ですよ」(西岡)

本気の熱意は伝わる。西岡から先生へ、先生から生徒へ、そして点数にも反映され始める。誠恵高校「リアルドラゴン桜プロジェクト」は勝負の2年目に入る。(文中敬称略)

(荒川 龍)

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